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ソードレボリューション 作者:殻鎖希

第9回   輝ける剣
Mission3 死戯を斬れ
〜時代に遺された者達〜

依頼状
 フィズ・ライアスよ。伝説の男の血を継ぐ者として世に生を受けたお前を、私は誇りと思う。お前にとって肩書きや建前など、ただの障害でしかない事は百も承知。しかし、私はあえてこう言いたい。お前は天賦の才に恵まれた、サラブレッドと呼ばれるに相応しい存在だ。誇り高き子、フィズよ。お前に探偵としてではなく、我が戦友の遺した者として、折り入って話したい事がある。面倒を頼む事になるやも知れぬが、その時は仕事と割り切ってくれて構わない。それなりの報酬も支払おう。そのために、あえて依頼という形式をとらせてもらったのだ。ともあれ……今一度、スクールへと足を運んでもらいたい。我が旨を確かにここに記した。
                                  スクール マスター

      1
 発端は九〇年ほど前。さる東国において、その双子が生を受けた事こそが全ての始まりだった。
 二人はある種の天才だった。幼年時代より、誰の師事を仰ぐ事なく魔法を扱いこなし、二〇となる頃には歴史に名を刻むに相応しい実力と実績を兼ね備えていた。
 彼らの魔法は特異だった。地水火風のいずれにも属さず、またその全てを備える天とも毛並みが違っていた。
 双子の兄は命を創る業。弟は命を壊す業。
 在と無。魂をを左右させる、正反対に位置する力。
 国を出て、世界に立ち……双子の兄弟は改めて知らされた。自らの持つ才能の素晴らしさと恐ろしさを。
 やがて……二人は道を分かつ事となる。
 意見と価値観の相違は次第に大きくなり、遂には大惨事を招く結果となる。
 血で血を洗う地獄絵図は、瞬く間に世界中に広がった。
 勃発した大戦の最中……双子の兄はある三人と出会う事になる。
 〈剣を求めし者〉が二人。天をも操る疾風の女剣士、ベルナ・ノウカン。隻眼でありながらも鬼神と呼ばれた傭兵、ロゼ・ライアス。
 〈槍を尊ぶ者〉が一人。腕利きの鍛冶師としても知られる槍術家、クリマ・セイル。
 そして……兄もまた、自身を名乗った。
 〈魔を極めし者〉。
 その瞬間をもって、伝説のパーティーは完成を果たしたのであった。

      2
 とてものどかな、付け加えて麗らかな日の元。俺は世にも奇妙な光景を目の当たりにしていた。
 俺達の養父、クリマの事だ。
 その日、俺は呼び出されて、彼の部屋まで赴いた。
 そこで……オヤジはらしくもなく机に向かい、やり遂げた男の顔をしていたんだ。
 どうしたんだろう?悪いもんでも食ったのかな?
 珍しすぎて、本気で心配しちまうよ。
「おい、フィズ」
 名を呼ばれて、思わず後ずさってしまう。
「……何だよ?」
「仰け反る事ぁねえだろうが。悪いもんでも食って、腹壊したか?」
 それはこっちのセリフだ。
「シケた面しやがって。せっかく人が幸せを運んできてやったってのに」
 幸せを運んできただぁ?エンジェルだのキューピットだのの類に例えるには、このオッサンじゃごつすぎるぞ。
「何を一人でぶつぶつ言ってやがる?」
「あ、いや……何でもない」
 無理に笑顔を作って、俺は答えた。
「まあ、いい。
 それでだ。本題に入る前に一つ訊かせろ」
 オヤジの顔つきがシリアスになった。どうやら冗談でなく、何か重大な話があるらしい。
 俺も改めて真剣に構え、次の言葉を待った。
「フィズよ。新しい剣には、もう馴染んだか?」
「……その手の話か」
 つまり、説教目的だな。
 この間の城下調査の一件で、俺はまたまた剣を失う羽目になった。さしずめ、その事を怒ってるんだろう。
 でも、何で今になって?
「答えてみろ」
「……馴染むわけないだろ」
 どこか圧倒された感もあり、俺は正直に本心を伝えた。
「俺にとって、剣はもう一人の相棒だと思ってたんだ。単なる道具じゃない。使えなくなった、失っちまったからって……そうそう忘れられねえよ」
「テメエの有り様に不服だと?」
「まだまだ俺も三流剣士だ。あの件で、嫌になるくらい思い知らされたぜ」
 そろそろ剣とも長い付き合いになる。剣術に関しては、スクールでの成績も優秀だった。そこそこには自信があった。少なくとも、魔法を覚えるまではな。
 だが、道化野郎と……シギのヤツと戦って、俺はさらにショックを受ける事となった。
 剣に頼りすぎてはいけない。しかし同時に、剣を軽んじてもいけなかったんだ。
「人間と剣との調和か。
 俺には、出来ないのかな」
「無理かどうかは、やってみねえと分からねえだろうが」
「そうかも知れないが……」
 俺に剣を持つ資格はあるのか?俺ごときに剣を振り回せるだけの器があるのか?
「なら、やってみろ」
 オヤジは椅子から立ち上がった。それから机の裏でしゃがみ込んで、何やらガサゴソやり始める。
「おい、何を……」
「だから。幸せをくれてやろうと思ってな」
 本当に何なんだ?
「よっと、重いな。
 ……ほら、こいつだ」
 ただ言われるがままに、俺はそいつを手渡された。
 これは……
「剣?」
 相場よりもかなり重くはあったが、俺の手の中にあったのは、間違いなく一振りの剣だった。
「暇を見て作っといてやったんだ。せいぜい感謝しな。
 さあ、抜いてみろ」
 言われるがままにする。
「……!」
 俺は目を見張った。
 虹の刃とでも表現すべきだろうか。そこには美しく七色に輝く、立派な刀身があったんだ。
「驚いたか?」
 無理もないって。こんな剣を持ち出されたんだからな。グウの音も出ねえよ。
 ……待てよ。この輝き、見覚えがあるぞ。
 これは、確か……
「名はずばり、輝きの剣(ブライトブレード)だ。シンプルでいいだろ」
 輝き……そうか!
「ジュエルだ。この剣、ジュエルで出来てるのか」
「ご名答」
 ニヤリとオヤジは笑った。
 安定した強度と魔法耐性を持つ宝石、ジュエル。よく武器などの原料として、他の金属と併用される事はある。だが、こいつみたいに純粋にジュエルのみで作られた剣なんてのは……見た事はおろか、聞いた事すらない。ジュエル自体が非常に高価で、あまりに贅沢すぎるためだ。作ったところで割に合うはずもない。
「鍛冶師としての俺様の最高傑作だ。遠慮はいらねえ。くれてやらあ」
「こいつを、俺に?」
「おう。元々は、テメエの稼ぎだからな。しっかりと返したぜ」
 稼ぎ……?
「って、おい!
 まさかこの剣、俺が分けてやってたジュエルで……」
「鈍感なやつだな。探偵にとって、命取りになるぞ」
 俺は言葉を失った。
 分けてくれと頼まれてからずっと、俺は儲けた報酬の中から、何割かのジュエルをこのオヤジに渡してきた。何に使うのかと不思議に思ってたけど、まさかこんな剣を作ってたなんて……
「お膳立てはくれてやった。お前の求めた最高の剣がここにある。
 いいか、フィズ。輝きの剣を持って、本当の剣士になれ。剣に頼りすぎず、己の信念を貫き通せ。それが出来たなら……テメエはもう一人前だ。
 なあ、もう一度目指してみろよ。ソードレボリューションの道ってやつをよ」
「ソードレボリューション……」
 剣を鞘に戻し、腰に提げてみた。
 初めてなのに……どこか懐かしさを覚える。何とも不思議な気分だった。
 ソードレボリューション、か。情けない話だが、すっかり忘れちまってた気がするよ。
「オヤジ」
 改めて礼を言わせてくれ。
「……ありがとう」
 あんたの右に出る者を、俺は知らない。あんたほどに、己が武器に魂を預けられるやつなんざ、俺は見た事がない。
 〈槍を尊ぶ者〉の二つ名は伊達じゃないってか。
 その日、俺は本当に久しぶりに目にする事となった。伝説と称されるほどの男の顔ってやつをな。

      3
 輝きの剣を譲り受けてから数日後。
 俺とミレアは船の上にいた。
 今回の件に関しては、俺一人で出向くべきなのかも知れないが……彼女が一緒に来ると言って聞かなかったんだ。まあ俺としても、相棒がいてくれると心強いに違いない。
 俺達は甲板に出ていた。
 潮の香りに満ち、カモメの声が響く大海原。晴天にも恵まれて、気持ちいい事この上なかった。
 のんびりと俺達は言葉を交わしていた。
「……スクールか」
「ああ」
「覚えてる?
 あの時のフィズ、手が着けられなかったんだよ」
「忘れられないっての」
「先生達も相当苦労してたよね。私なんか、隣でわぁわぁ泣いてて」
「あの頃は周りに迷惑かけてばっかりだったよな」
「年下の私が言うのも変なんだけどね。昔のあなたって、元気すぎて大変だったのよ。
 あれかしらね。ほら、憎まれっ子は世に何とかって」
 俺は干し肉を囓り、ミレアはチョコレートを口に放り込む。そうしながら語られるのは、遠く感じられる昔話。俺達がスクールに通っていた、学生時代の想い出だ。
 マスターがスクールを創立して一五年になる。そして、俺達が卒業したのが一年前。確か、一六の時だったよな。
 プロとしての探偵稼業を始めた都合もあり、卒業後はそれまで一度も足を運べなかった。今回は本当に久しぶりの訪問となる。
 事の起こりは、情報屋のフェイカーより預かった、一通の手紙にあった。
 差出人はマスター。
 内容については……よく分からなかった。どうにも表現が抽象的すぎるんだ。手紙では話しづらい事なんだろう。
 なら、直接本人に会うしかない。
 実は……俺自身、会って話を聞きたいと思ってたところなんだ。前回に担当した案件について、どうにも合点のいかない所がある。あの人なら、絶対に何かを知ってるはずだ。
 結局は、計らずして思い通りになった。これを断る道理はないよな。
「………………」
「マスターの事?」
 ん?
「それとも、義父さん?
 ベルナさんって人か、あるいは……」
「父さんの事じゃねえよ」
 俺はわざとそっぽを向いた。
「マスターについて、考えてたんだ。前の件も残ってるだろ」
「ああ、そうだね」
「もしもの事があったらいけないしな」
 ……最悪の事態だけは避けたい。歴史を繰り返させたくはないんだ。
 伝説なんて、クソ喰らえさ。なくなっちまうに越した事はない……
 と、一人で思いを馳せ始めた、その時だった。
「ライアス、タガーノ」
 操舵室から一人の女性が出てくる。
 長く伸ばした髪の上に乗っているのは、紛れもないキャプテンハット。二〇は越えているはずなんだが、あどけなさと悪戯っぽさの残った表情を見る限りでは、余裕に十代で通用する。
 バイキングの現長、賊連中の姉御的存在。その名もシルク・カズウェル。代々に受け継がれてきたバイキングの一族、カズウェル家の跡取り娘なのさ。
「よう、姐さん」
「お世話になってます」
 俺は気楽に、ミレアは礼儀に即して挨拶をした。
「悪いね。こっちも色々とあってさ。なかなか声がかけられなかったよ」
 至って気さくに、話しかけてくる姐さん。
「無理を頼んだのはこっちだからな。おかげで助かった」
「水臭いな、あたしとライアスの仲じゃないか。あんたは若いんだし、遠慮なんかしなくていいんだよ。どんと構えてな」
 いやいや、姐さんこそまだまだ若くて美しいだろうに。
「ところで、例の話は考えてくれたかい?」
 またか。
 俺は溜め息と共に頭を振った。
「バイキングに入れって件なら断るぜ。
 俺はフリーの探偵。組織に属するつもりはさらさらないんでね」
「ま、いつかは落としてやるよ。
 あんたほどの男がいてくれたら心強い。惚れ惚れする剣捌きも、毎日拝ませてもらえるだろ」
「生憎と俺はあんたが言うほど、大した男じゃない」
 皮肉でも謙遜でもない。本心だった。
「タガーノは……」
 相棒にまでスカウトをかける姐さん。実際、ミレアの薬の知識には助けられる事が多いからな。
「すみませんが、私もちょっと」
「そうかい……今度はいい返事を期待してるよ」
 無駄だってのに。
「まだ着くまでには時間があるけどね。二人とも、そろそろ準備を始めといた方がいいよ。中に入ってな」
 と最後に言い残し、姐さんは再び操舵室の奥へと消えていった。
 ぼんやりとそれを見届け、俺は呟く。
「……だんだんと近づいてきてるんだな」
「うん」
 隣で相づちを打つミレア。
 不安は大きくなっていた。どうにも嫌な予感が頭から離れてくれないんだ。
 でもな。どんなに事が悪く進んでも……絶対に最悪の事態だけは迎えさせないようにするから。
 俺は覚悟を決めていた。らしくないと笑われそうだが、俺には責任があるんだ。
 やれやれ。血筋だの伝説だのって……結局最後まで好きになれないかな。
 なんて風に考えていると、何やらどうしようもない寂しさがこみ上げてくる気がした。心の揺らぎを隠すようにして、俺は新たな干し肉を頬張るのだった。

「おら、ダラダラしてんじゃねえよ!きびきび動かねえと、海のど真ん中でまとめて魚の餌にしちまうからな!」
 港の一角にて、姐さんの威勢のいい声が響き渡る。現役のキャプテンらしい、立ち居振る舞いっぷりだ。
 若衆がこぞって作業を進める中、俺達二人は行く事にした。
「久しぶりに楽しかったよ。
 何なら、酒の一杯でも付き合ってほしかったんだけどね」
「悪いな。今はそんな暇ないんだ。
 今度いつか、仕事抜きの時に、とことん飲もうぜ」
 相好を崩し会う俺達。
「タガーノも頑張りなよ。じゃじゃ馬の世話も大変だろ」
 ちょっと待て。頑張れって、仕事じゃないのか?って言うか、じゃじゃ馬ってもしかして俺?
「冗談だよ」
 おいおい……キツいな、姐さんは。
「ほら、とっとと行きな。先を急ぐんだろ?」
 へいへい、そうでした。
「じゃ、またな」
「ああ、しっかりやってこい」
「姐さんこそな」
 『行こうぜ』と相棒を促し、俺達はバイキングの船に背を向けて歩き始めた。
 またな、か……そうだといいんだがな。つくづく俺ってやつは、女に対して不器用に出来てるらしい。
 今さら言っても仕方ないよな。
「いよいよだね、フィズ」
 俺の後に付いてくるミレア。その背には、彼女の体格にすれば少々手を焼くのではと感じられるほどの、大きい弓がある。荒事の際には俺をサポートしてくれる、心強い武器。
 ……この、俺の大切な相棒だけには、きちんと話さないといけないよな。その後で、遠くからでいい。俺の覚悟を受け止めていてほしいんだ。
 それ以上には、何も望まないから。
 現実は、ミレアの想像を遙かにぶっ飛んで、残酷な物なんだって……思い知らせちまう事になるかも知れない。ある意味において、俺には責任があるが、ミレアには何の関係もない事だ。背負った重みが違うのも、当たり前の話だろ。
「どうする?ちょっとだけ寄ってく?」
「………………」
「ねえ、フィズ!」
 ……あん?
「ごめん、何だっけ」
「……人の話も聞けないようじゃ、探偵失格よ。
 だからね。この街で、特に買い足しとかしないでいいの?」
 一応、手触りで袋を確認。……干し肉は十分だ。水筒の中までは覗かなかったが、水も心配しなくていいだろう。
「俺は別に大丈夫だ。
 そっちは?」
「矢はまだ補充しなくていいし……こっちもオッケー」
「よし。それじゃ、スクールの方へ直行しようぜ」
 意見もまとまったところで、俺達二人は早々に目的地へと行く事にした。正確に時間を決めてるわけでもなし、問題ないだろう。久しぶりに恩師と再会するんだから、本来は手土産の一つでも持参すべきなんだけど……性に合わないからいいや。

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Novel Editor