6 俺が意識を取り戻したのは……全てが終わった後だった。 「フィズ……良かった」 「ん……」 傍らにはミレアが座っている。 「俺……」 『俺は誰なんだ?』なんてギャグを飛ばす気にもなれなかった。とにかく頭がぼんやりしたまま、働いてくれない。 「廃墟の一角を貸してもらえたから、大丈夫だよ。 心配かけさせないでよね……お兄ちゃんのくせに」 「ん?ああ……悪い」 「もう少し寝てていいよ。かなり、疲れてるでしょ?」 勧められるまま、俺は再び眠りについた。
次の時には、俺も全ての事情を思い出していた。 ミレアと城を調査していた事。そこで、青紫のピエロに出会い、あの女剣士と再会した事。さらに……あまりにも現実からかけ離れた、凄まじい戦いぶりを目にした事。 そこまで話して、俺はふと思い当たった。 「腕は……それに足も……」 「どうしたの?」 ミレアに訊かれる。 「俺が最初にシギと戦った時……腕と足をやられたんだ」 右腕を灼かれて両足首を折られた記憶が鮮明に残っている。あれが幻覚や幻想の類とはどうしても考えられない。 でも……俺の身体が完治しているのも、紛れもない事実だった。 ミレアが薬で治療してくれたのかと訊ねても、彼女は頭を振るばかり。 治癒の魔法を用いてはいたけれど、役に立ったかと問われれば、首を傾げざるを得ない。思うように作業がはかどらなかったってのが、正直な感想だったからな。 「……あのさ」 「何だ?」 「頭でも打ったの?」 ばつが悪そうにそっぽを向く俺。 そうなんだよな……こんな話をいきなり信じろって方が無理な話さ。何しろ、場に居合わせてた俺ですら、疑わしく思えてきたくらいなんだから。 「……なんてね。冗談」 だから……あの時は、あいつの言葉が嬉しかった。 「お前……俺の話」 「うん、信じてる」 「………………」 「何故か、分からないって? だって……私の相棒だしね。あなたがどういう人間か、よく知ってるつもりだから」 「ミレア……」 「それに、他の理由もあるよ」 他の理由? 「と言うか……証拠みたいな物よ」 俺が眠ってる間に、何かがあったのか? 「どういう事だ?」 「城、がね」 城?ターミアルの? 俺は立ち上がった。 そこで初めて、腰の鞘に剣が納められていない事に気付く。 あ、そうか。シギとの戦いで、落としたままだったっけな。 「まだ、無理しない方がいいよ」 「少し見てくるだけだ……すぐに戻る」 ふらふらとした足取りで、俺はゆっくりと歩いた。 建物の外に出る。突然の日光が眩しく感じられた。 目が慣れたところで、改めて確認。 一見すると、何も変わっていない気がするんだがな。とにかく城へ行ってみるとしようか。 城の方向へと向き直る。 その時だった。俺の目に、とんでもない物が映ったのは。 「馬鹿な!」 あまりの驚きに、疲れなんか吹っ飛んじまった気になった。俺はそこへと急ぎ、精一杯に駆けた。 少し走っただけなのに、すぐに息が切れてくる。やはり、まだまだ本調子じゃなかったみたいだ。 予想以上に時間をかけて、俺はそこ……元々はターミアル城があったはずの場所にたどり着いた。 「そんな……」 圧倒的な光景の前に、俺はただ呆然と立ちつくしていた。 城はなくなっていた。残骸すらも、跡形もなく消え失せていた。そして代わりに……地面に大穴が開いていた。まるで、何かが大爆発でも起こしたかのごとく。 一体……ここで何が起こったんだ?シギも女剣士も、どこにも見当たらない。 「フィズ」 追いかけてきたのか。ミレアに後ろから声をかけられた。 「俺……どれくらい寝てたんだ?」 「丸一日よ」 「そんなに……」 受けたショックはかなり大きかった。 続けるミレア。 「城の中に気になる物があったの。それを調べるために一旦明るい所に出てたら……雷が落ちてきて、その直後に爆風に巻き込まれたわ。おかげで、強く頭を打って気を失う程度で済んだのよ」 「じゃあ、詳しい事は分からないのか」 「ええ。気が付いた時には、こうなってた。そこにあなたが倒れててね。 周りにも人が集まってたから少し訊いてみたんだけど、特に進展はなかったわ」 クソ…… 俺は唇を噛みしめた。口の中に鉄錆の味が広がる。 追いつめたと思ったのに、あの道化野郎が!また、雲隠れかよ…… 「そんな顔しないで。一つだけ、分かったわ」 そんな俺を励ますようにして、相棒は道具袋に手を入れた。 「何故、この城下町は滅びなければならなかったか……その理由がね」 中から取り出したのは、一冊の古ぼけた日記帳らしき物。 「さっき言った、気になる物って……これの事なの」 手渡される。 表紙にはたった一言書かれていた。『ロゼ』と。 「……っ!」 度重なる衝撃に襲われ、俺の身体は震えていた。
7 城下襲撃の調査は、一通りの終わりを迎えた。 難民の保護に関しては、意外とスムーズに事が進められた。俺が町に残って救助活動を続けてる間に、ミレアを隣国(と言ってもかなり離れてるけど)に向かわせたんだ。 ターミアルの実情を知って、向こうの王はすぐに対策を立てた。救援物資を運び、魔法医を遣わせてくれたおかげで、徐々にではあるが人々にもゆとりが出来始めた。 ターミアルは今、他国から新たなる指導者を呼び、国家再建を目指している。 代償は途方もなく大きいけれど、あそこにいる人達は誰一人とも屈しようとしなかった。ミレアがチョコレートをあげた女の子も、現実を知って涙を流しながらも、彼女なりに頑張ろうとしていた。弟がケロイドを負った男性も、生の望みを絶つ事なく、治療に専念すると言ってくれたんだ。 だから、俺達も安心して、ターミアルを去る事が出来たよ。 とまあ、こちらの方は特に問題はなさそうに見える。だが……真相の解明については、とてもじゃないが、満足のいく結果とは言えなかった。 俺達の導き出した結論には、はっきりとした根拠がない。剣士とピエロが再び闇の中へと消えた今では、確たる証明を示すなど不可能となっちまったんだ。ここではあえて、推測を交えて話をさせてもらう。 火災発生の謎については、ある程度の説明がつけられる。化け物じみたあの二人ならあるいは、火魔法と風魔法の同時展開くらい、造作もなくやってのけるかも知れない。いや、事実上シギは魔と地の属性を一緒に用いて、俺に深手を負わせた。 大規模な戦闘を行った二人組の正体も、彼らと決めてしまっていいだろう。凄腕の剣士にに魔法の使い手と、特徴も合致している。 では何故、ターミアルは滅びなければならなかったのか。そして、ありとあらゆる魔法をこなす、あの二人は何者なのか。 この辺の事情についても、話は見えてくるんだ。 答えは、この日記帳にある。 「ロゼ……」 俺はその名を反芻した。 皮肉だよな……本当に。これが、定められた運命ってやつなのかな。 複雑な思いを胸に抱きつつ、俺は〈クルーヴ〉の中に入った。
店のカウンターにて。三人の人間が顔を並べていた。 俺ことフィズ。クルーヴの店主であるフェイカー。同店のウエイトレスでもある、俺の相棒ミレア。 「ターミアルの件についてのレポートだ」 あらかじめまとめておいた紙束を、俺は依頼人に手渡した。 「……さすがですね」 心底から感心した様子で、フェイカーは満足げに頷いた。 「とても誉められたもんじゃない。証拠の一つも掴めなかったんだからな」 「案件が案件ですから」 「……推測の話で悪いが、かいつまんで説明させてもらおう」 続いて、テーブルの上に投げ出したのは日記帳。 表紙に書かれたサイン……ロゼ。 「これを見つけてきたんですか」 目を丸くするフェイカー。 「いや、ミレアの手柄だよ。 ……このサインから分かる通り、こいつはあの人によって書かれた物だ」 「〈剣を……」 果実酒入りのグラスを傾けながら、ミレアはこう言った。 「〈剣を求めし者〉が一人……ロゼ・ライアス」 「伝説のパーティの一員として、先の大戦に深く関わった人物、だよな」 ロゼ・ライアス。かつて〈魔を極めし者〉と志を共にして手を組んだ、伝説の男の一人。類い希な剣の才能を持ちながらも、強い剣を求めてやまなかったと聞かされている。 そう。あの人は俺の…… 「……この日記には全てが記されていた。 最終決戦に挑む前夜、あの人はターミアルにて宿をとった。そこでこれを綴り終えて、時の王に託したんだ。 こいつの中には……大戦の全てが遺されてる。あの人の事だ。死して、歴史に名を刻みたかったんだろうな」 しかし、この日記が公にされる事はなかった。当時の国王に、何らかの考えがあっての事だろうか。 「ターミアル城内では、二箇所にわたって火災の後が見受けられた。最後には……城そのものがなくなってしまっていた」 何のために? 「あれほどの強者が、二人も揃って争わなければならなかった。探偵の前に、姿すら見せようとしなかった青紫のピエロが、今回に限って大きな動きを見せた」 何故? 「……全ては、この日記を巡って起こっちまったんじゃないのかな?」 「大戦の記録を残したくなかった?」 訝しがるミレア。 「そう考えられるんだよ」 俺は改めて、フェイカーに向き直った。 「すまないが……この日記、俺に預けさせてもらえないか?」 「構わないですよ」 「ありがとう」 酒代分のレア硬貨を置き、俺は立ち上がった。 「報酬は?」 「いらない。……貰う気になれない」 日記を脇に抱えて歩き始める。 何しろ……今回の事件は、まだ解決してないんだから。 「……ライアスさん」 そんな俺に、フェイカーはなおも声をかけた。 まだ、何かあるのか? 「一つだけ言わせてもらいたいのですが」 「……?」 「この件の依頼主なんですがね。実は、私じゃないんですよ」 何? 「かのマスター殿から、仰せつかった事だったんです」 ……心臓が口から飛び出しそうになった。 あの噂……半分は当たっていたのか。直接赴いていないにしろ、マスターがターミアルに何らかの興味を示したのは、間違いなさそうだ。 かろうじて、俺は平静を装う。 「父さん……それにマスターか。疑問がまた増えちまったな」 困ったように頭を掻きながら、俺はドアのノブを回したのだった。
陰で何が起ころうとしているのか、俺達にはまだ知る術もなかった。 ただ、嫌な予感が頭をかすめる事はある。 シギは二つの魔法の併用が出来る。かつて〈魔を極めし者〉でさえ不可能だった技術を、いともたやすく用いるとは……もしかすると彼以上の天才なのかも知れない。 それほどの天才が、とんでもない事を目論んだとすればどうなるか。 即ち……大戦の再来を招く事になる。 今度において、また歴史が最悪の方向へと進もうとしているのか。あるいは、大事に至る前に防ぐ事が出来るのか。 ……ああ、そうさ。来るべき運命の警鐘を奏でるべく、その時は刻々と近づいていたんだ。 俺達に出来る事は数少ない。ただ、今は疲れた身体をゆっくり休め、次に備えるしかないんだから。 この借りは高くつく。次こそは……絶対に逃がしはしない。 俺は、深く心に誓うのであった。
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