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ソードレボリューション 作者:殻鎖希

第8回   形式だけの事件解決
      6
 俺が意識を取り戻したのは……全てが終わった後だった。
「フィズ……良かった」
「ん……」
 傍らにはミレアが座っている。
「俺……」
 『俺は誰なんだ?』なんてギャグを飛ばす気にもなれなかった。とにかく頭がぼんやりしたまま、働いてくれない。
「廃墟の一角を貸してもらえたから、大丈夫だよ。
 心配かけさせないでよね……お兄ちゃんのくせに」
「ん?ああ……悪い」
「もう少し寝てていいよ。かなり、疲れてるでしょ?」
 勧められるまま、俺は再び眠りについた。

 次の時には、俺も全ての事情を思い出していた。
 ミレアと城を調査していた事。そこで、青紫のピエロに出会い、あの女剣士と再会した事。さらに……あまりにも現実からかけ離れた、凄まじい戦いぶりを目にした事。
 そこまで話して、俺はふと思い当たった。
「腕は……それに足も……」
「どうしたの?」
 ミレアに訊かれる。
「俺が最初にシギと戦った時……腕と足をやられたんだ」
 右腕を灼かれて両足首を折られた記憶が鮮明に残っている。あれが幻覚や幻想の類とはどうしても考えられない。
 でも……俺の身体が完治しているのも、紛れもない事実だった。
 ミレアが薬で治療してくれたのかと訊ねても、彼女は頭を振るばかり。
 治癒の魔法を用いてはいたけれど、役に立ったかと問われれば、首を傾げざるを得ない。思うように作業がはかどらなかったってのが、正直な感想だったからな。
「……あのさ」
「何だ?」
「頭でも打ったの?」
 ばつが悪そうにそっぽを向く俺。
 そうなんだよな……こんな話をいきなり信じろって方が無理な話さ。何しろ、場に居合わせてた俺ですら、疑わしく思えてきたくらいなんだから。
「……なんてね。冗談」
 だから……あの時は、あいつの言葉が嬉しかった。
「お前……俺の話」
「うん、信じてる」
「………………」
「何故か、分からないって?
 だって……私の相棒だしね。あなたがどういう人間か、よく知ってるつもりだから」
「ミレア……」
「それに、他の理由もあるよ」
 他の理由?
「と言うか……証拠みたいな物よ」
 俺が眠ってる間に、何かがあったのか?
「どういう事だ?」
「城、がね」
 城?ターミアルの?
 俺は立ち上がった。
 そこで初めて、腰の鞘に剣が納められていない事に気付く。
 あ、そうか。シギとの戦いで、落としたままだったっけな。
「まだ、無理しない方がいいよ」
「少し見てくるだけだ……すぐに戻る」
 ふらふらとした足取りで、俺はゆっくりと歩いた。
 建物の外に出る。突然の日光が眩しく感じられた。
 目が慣れたところで、改めて確認。
 一見すると、何も変わっていない気がするんだがな。とにかく城へ行ってみるとしようか。
 城の方向へと向き直る。
 その時だった。俺の目に、とんでもない物が映ったのは。
「馬鹿な!」
 あまりの驚きに、疲れなんか吹っ飛んじまった気になった。俺はそこへと急ぎ、精一杯に駆けた。
 少し走っただけなのに、すぐに息が切れてくる。やはり、まだまだ本調子じゃなかったみたいだ。
 予想以上に時間をかけて、俺はそこ……元々はターミアル城があったはずの場所にたどり着いた。
「そんな……」
 圧倒的な光景の前に、俺はただ呆然と立ちつくしていた。
 城はなくなっていた。残骸すらも、跡形もなく消え失せていた。そして代わりに……地面に大穴が開いていた。まるで、何かが大爆発でも起こしたかのごとく。
 一体……ここで何が起こったんだ?シギも女剣士も、どこにも見当たらない。
「フィズ」
 追いかけてきたのか。ミレアに後ろから声をかけられた。
「俺……どれくらい寝てたんだ?」
「丸一日よ」
「そんなに……」
 受けたショックはかなり大きかった。
 続けるミレア。
「城の中に気になる物があったの。それを調べるために一旦明るい所に出てたら……雷が落ちてきて、その直後に爆風に巻き込まれたわ。おかげで、強く頭を打って気を失う程度で済んだのよ」
「じゃあ、詳しい事は分からないのか」
「ええ。気が付いた時には、こうなってた。そこにあなたが倒れててね。
 周りにも人が集まってたから少し訊いてみたんだけど、特に進展はなかったわ」
 クソ……
 俺は唇を噛みしめた。口の中に鉄錆の味が広がる。
 追いつめたと思ったのに、あの道化野郎が!また、雲隠れかよ……
「そんな顔しないで。一つだけ、分かったわ」
 そんな俺を励ますようにして、相棒は道具袋に手を入れた。
「何故、この城下町は滅びなければならなかったか……その理由がね」
 中から取り出したのは、一冊の古ぼけた日記帳らしき物。
「さっき言った、気になる物って……これの事なの」
 手渡される。
 表紙にはたった一言書かれていた。『ロゼ』と。
「……っ!」
 度重なる衝撃に襲われ、俺の身体は震えていた。

      7
 城下襲撃の調査は、一通りの終わりを迎えた。
 難民の保護に関しては、意外とスムーズに事が進められた。俺が町に残って救助活動を続けてる間に、ミレアを隣国(と言ってもかなり離れてるけど)に向かわせたんだ。
 ターミアルの実情を知って、向こうの王はすぐに対策を立てた。救援物資を運び、魔法医を遣わせてくれたおかげで、徐々にではあるが人々にもゆとりが出来始めた。
 ターミアルは今、他国から新たなる指導者を呼び、国家再建を目指している。
 代償は途方もなく大きいけれど、あそこにいる人達は誰一人とも屈しようとしなかった。ミレアがチョコレートをあげた女の子も、現実を知って涙を流しながらも、彼女なりに頑張ろうとしていた。弟がケロイドを負った男性も、生の望みを絶つ事なく、治療に専念すると言ってくれたんだ。
 だから、俺達も安心して、ターミアルを去る事が出来たよ。
 とまあ、こちらの方は特に問題はなさそうに見える。だが……真相の解明については、とてもじゃないが、満足のいく結果とは言えなかった。
 俺達の導き出した結論には、はっきりとした根拠がない。剣士とピエロが再び闇の中へと消えた今では、確たる証明を示すなど不可能となっちまったんだ。ここではあえて、推測を交えて話をさせてもらう。
 火災発生の謎については、ある程度の説明がつけられる。化け物じみたあの二人ならあるいは、火魔法と風魔法の同時展開くらい、造作もなくやってのけるかも知れない。いや、事実上シギは魔と地の属性を一緒に用いて、俺に深手を負わせた。
 大規模な戦闘を行った二人組の正体も、彼らと決めてしまっていいだろう。凄腕の剣士にに魔法の使い手と、特徴も合致している。
 では何故、ターミアルは滅びなければならなかったのか。そして、ありとあらゆる魔法をこなす、あの二人は何者なのか。
 この辺の事情についても、話は見えてくるんだ。
 答えは、この日記帳にある。
「ロゼ……」
 俺はその名を反芻した。
 皮肉だよな……本当に。これが、定められた運命ってやつなのかな。
 複雑な思いを胸に抱きつつ、俺は〈クルーヴ〉の中に入った。

 店のカウンターにて。三人の人間が顔を並べていた。
 俺ことフィズ。クルーヴの店主であるフェイカー。同店のウエイトレスでもある、俺の相棒ミレア。
「ターミアルの件についてのレポートだ」
 あらかじめまとめておいた紙束を、俺は依頼人に手渡した。
「……さすがですね」
 心底から感心した様子で、フェイカーは満足げに頷いた。
「とても誉められたもんじゃない。証拠の一つも掴めなかったんだからな」
「案件が案件ですから」
「……推測の話で悪いが、かいつまんで説明させてもらおう」
 続いて、テーブルの上に投げ出したのは日記帳。
 表紙に書かれたサイン……ロゼ。
「これを見つけてきたんですか」
 目を丸くするフェイカー。
「いや、ミレアの手柄だよ。
 ……このサインから分かる通り、こいつはあの人によって書かれた物だ」
「〈剣を……」
 果実酒入りのグラスを傾けながら、ミレアはこう言った。
「〈剣を求めし者〉が一人……ロゼ・ライアス」
「伝説のパーティの一員として、先の大戦に深く関わった人物、だよな」
 ロゼ・ライアス。かつて〈魔を極めし者〉と志を共にして手を組んだ、伝説の男の一人。類い希な剣の才能を持ちながらも、強い剣を求めてやまなかったと聞かされている。
 そう。あの人は俺の……
「……この日記には全てが記されていた。
 最終決戦に挑む前夜、あの人はターミアルにて宿をとった。そこでこれを綴り終えて、時の王に託したんだ。
 こいつの中には……大戦の全てが遺されてる。あの人の事だ。死して、歴史に名を刻みたかったんだろうな」
 しかし、この日記が公にされる事はなかった。当時の国王に、何らかの考えがあっての事だろうか。
「ターミアル城内では、二箇所にわたって火災の後が見受けられた。最後には……城そのものがなくなってしまっていた」
 何のために?
「あれほどの強者が、二人も揃って争わなければならなかった。探偵の前に、姿すら見せようとしなかった青紫のピエロが、今回に限って大きな動きを見せた」
 何故?
「……全ては、この日記を巡って起こっちまったんじゃないのかな?」
「大戦の記録を残したくなかった?」
 訝しがるミレア。
「そう考えられるんだよ」
 俺は改めて、フェイカーに向き直った。
「すまないが……この日記、俺に預けさせてもらえないか?」
「構わないですよ」
「ありがとう」
 酒代分のレア硬貨を置き、俺は立ち上がった。
「報酬は?」
「いらない。……貰う気になれない」
 日記を脇に抱えて歩き始める。
 何しろ……今回の事件は、まだ解決してないんだから。
「……ライアスさん」
 そんな俺に、フェイカーはなおも声をかけた。
 まだ、何かあるのか?
「一つだけ言わせてもらいたいのですが」
「……?」
「この件の依頼主なんですがね。実は、私じゃないんですよ」
 何?
「かのマスター殿から、仰せつかった事だったんです」
 ……心臓が口から飛び出しそうになった。
 あの噂……半分は当たっていたのか。直接赴いていないにしろ、マスターがターミアルに何らかの興味を示したのは、間違いなさそうだ。
 かろうじて、俺は平静を装う。
「父さん……それにマスターか。疑問がまた増えちまったな」
 困ったように頭を掻きながら、俺はドアのノブを回したのだった。

 陰で何が起ころうとしているのか、俺達にはまだ知る術もなかった。
 ただ、嫌な予感が頭をかすめる事はある。
 シギは二つの魔法の併用が出来る。かつて〈魔を極めし者〉でさえ不可能だった技術を、いともたやすく用いるとは……もしかすると彼以上の天才なのかも知れない。
 それほどの天才が、とんでもない事を目論んだとすればどうなるか。
 即ち……大戦の再来を招く事になる。
 今度において、また歴史が最悪の方向へと進もうとしているのか。あるいは、大事に至る前に防ぐ事が出来るのか。
 ……ああ、そうさ。来るべき運命の警鐘を奏でるべく、その時は刻々と近づいていたんだ。
 俺達に出来る事は数少ない。ただ、今は疲れた身体をゆっくり休め、次に備えるしかないんだから。
 この借りは高くつく。次こそは……絶対に逃がしはしない。
 俺は、深く心に誓うのであった。

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Novel Editor