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ソードレボリューション 作者:殻鎖希

第7回   廃城舞台の最恐決戦
      5
「こいつはまたひどいな……」
 恥ずかしい話だが告白しよう。胃の中身を逆流させそうになった。
 ミレアもよく堪えてるよ。全く、感心しちまうな。
「んー、だってさ。
 私こういうの馴れてるし」
「俺だって、ある程度なら馴れてるさ」
「応用生物学を専攻してたからね。グロテスクとも縁があるのよ」
 ……脱帽します。俺はそんな分野取ってなかったもんな。
 だが実際、ここに来たのは正解だった。
 ターミアル城。この地域を治める国王が暮らしていた場所だ。
 昨日も一度、俺達二人はこの城を訪れている。つまりは火災の調査のためだ。その時に見て回ったのは一階のみ。即ち、二階以降にはまだ手をつけてなかったんだよ。
 そこで今日、ゆっくりと朝を満喫した後でこうして足を運んだんだけど……
「………………」
「ちょっと、フィズ?平気?」
「平気じゃない……かもな」
 口の中に酸っぱい物がこみ上げてくるのが分かる。
「無理しないでいいよ。こんなの普通に見てたら、気分悪くなって当たり前だもん」
「俺も……生物にしとくんだったな」
 真面目に情けねえ。プロが聞いて呆れるぜ。
 でも、こればっかりは駄目だ……畜生!
 唯一の階段を上がってすぐの扉を開けた瞬間、俺達を待ちかまえていたのは、腐敗臭と虫の群れに覆われた正視に耐えない屍の山だった。死体に寄生した幼虫野郎が増殖して、まさにここは虫の根城と化してたんだ。
 ともあれ最初の重労働は、窓を全開にして臭いと虫を追い出す事だった。結果、虫は何とかなったんだが……臭いの方は今一つ効果がない。
 致命的だったのは、昨日の時点でこれだけの臭いに気付かなかった事。ここら一帯に渡って、鼻の曲がるようなのが充満してやがるから……嗅覚がイカれてたのかも知れない。
「参ったな。これじゃ、ろくに調べる事も出来ないぜ。
 今の状態の俺じゃ、現場を荒らすのが関の山だ……」
「任せてよ」
 ミレアは、ふがいない俺を責めようとはしなかった。
「私が遺体を調べてみるから。
 フィズは……」
「床や壁の損傷具合から、何か手がかりを探ってみる」
「よろしい」
 満足そうに頷くミレア。
 悪い……ありがとな、相棒。
 こうなったら、俺も四の五の言ってられない。回れ右してとんずらしたいのは山々だけど。ここで歯を食いしばらないと、俺はもう二度とプロの探偵を名乗れない。
 なるべく死体を避けるようにして、俺は近くの壁に歩み寄った。
 城建築の典型と言える石造りの壁と床。そのあちこちにひびが入っている。所々に飛び散ってるどす黒いのは、血の痕みたいだな。
 小突いてみても砕ける事はなかった。抵抗はまだ残ってる。一般家屋ほどには脆くなっていない。尤も、威力は小さいにしろ、どうやらここでも風が荒んでいた事に変わりはないらしい。
 それから火災の跡もしっかりと残されてる。外に比べてここの方が、火の勢いが強かったみたいだが……
「………………?」
 ……背筋に冷たい物が走った。
 まさか、と笑い出したくなる。何かの間違いと考えたい。しかし……現実と照らし合わせてみれば、真実はもはや明らかだ。
 思い出してみろ。この仕事で見てきた、あるいは聞いてきた全てを。
 答えは……自ずと見つけられる!
「ミレア!」
 俺は叫んでいた。
「ちょっと変じゃないか?」
「あなたもそう思うんだ」
 さすがは相棒。すでに察してくれてるらしい。
「なあ、ミレア。確かあそこの扉って、閉まってたんだよな」
 俺は入ってきた扉の方を指さした。
「一階に通じる階段は……あの扉の向こうにしかなかった。そいつも間違いない。
 つまり、ここで燃えていた炎は、一階から飛び火したんじゃないって事になる」
「逆もまた然りだよ。それに風についても同じ事が言える」
 付け加えるミレア。
「どの遺体でも、烈風による切り傷が著しく目立ってるの。中にはバラバラに四散してるのも混じってるわ」
「その上から放火か。いい趣味してやがる」
 酷すぎる光景が視界に入ったせいか、一層気分が悪くなってきた。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「あ……ああ」
 ……脂汗が額ににじむのが分かった。
 俺には仕事があるんだ。こんな所でへたれこんでる時じゃない。
「問題は……どこから魔法を放ったのか、だ」
 頭を振って俺は続けた。
「窓口の状態から判断すると、外から放ったという可能性は低い」
「もう一回言うよ。どの遺体においても、著しい切り傷と火傷の痕が見られたわ。最もひどいのなんかだったら……」
「いや……もういい」
 今でさえ卒倒しそうなんだ。これ以上、その話を進めると非常にまずい。
 知らなかったよ。俺ってこんなにデリケートだったんだ。
「とにもかくにも、はっきりしてきたみたいだな」
 なるべく死体を意識しないようにして、俺は部屋の奥に目を向けた。
 そこにあったのは壁にぽっかりと空いた穴。向こうには廊下が見られる。そして、その廊下の上に放置されている、焼けただれた板きれ。
 近づいて確認する。……どうやら、かつては扉としての役割を果たしていた物らしい。
「廊下側に向かって倒れた扉か。裏付けの証拠がもう一つ出てきたぜ。
 現場が物語ってる。ターミアル城、第二の出火元はこの部屋だったんだ」
 そうだ。誰かがこの部屋の中で、風と火の魔法を使ったんだ。
 とすると、逃走経路があるはず。一階を通らずに燃え盛る城から脱出するための道が。
 よし。そいつを探すとしよう。
「俺は廊下の向こう側を調べてくる。ミレアは、ここをもう少し調べといてほしい」
「私が先を調べてくるから、フィズがここに残るってのはどう?」
「……勘弁してくれ」
「冗談よ」
 ウーム……どういうわけか、時々ミレアの方が年上と錯覚する事がある。精神的な年齢は、案外逆だったりして。
 何か……複雑な気分だな。
「フィズ?」
 ……と、いけないいけない。
「とにかく、行ってくる」
「うん。気を付けてね」
 気を付けて、か。
「そっちもな」
「了解」
 異臭の漂う部屋から一刻も早く去るべく、俺は早足で廊下へと進んだ。
 ミレアの言う通りだ。一旦のほとぼりが冷めた事を理由に気を許すのは愚の骨頂。この城の中に危険が潜んでいないという保証はどこにもないんだ。
 いつでも剣が抜けるように構えつつ、俺は廊下に一歩踏み出した。
 実際……注意を怠らなかったのは正解だった。

 何かが飛んでくる?
 ……俺は咄嗟に反応して、横薙ぎを繰り出した。
 刀身にまとわりつくそれは……燃え盛る炎!
 しまった!魔法だったのか!
 この剣には、魔法に対する耐性が備わっていない。燃えて使い物にならなくなるまで、さして時間もかからないだろう。
「……包め!」
 素早く構成を編んで、魔法を展開する。
 炎の下から刀身を守るがごとく発生した障壁、《具を包む真空の矛》。主として、物体のコーティングに用いる魔法だ。こいつをかけておけば、少なくとも刃そのものには被害が及ばない。
「なかなかいい反射神経をしてるんでしゅねえ。相手に不足はない、でしゅか」
「……誰だ?」
 俺は周囲を見回した。……気配はない。
 調査を進めていくうちに、俺は玉座らしき場所にたどり着いていた。ターミアル城の最上階。ここから先に部屋はない。
 二階の一番最初にあったあの部屋以外には、屍は見当たらなかった。この場にも死体はなく、本来国王が座るべき椅子の上にも、誰もいなかった。ただし、火事の跡はしっかりと残されている。
 で、ここを調べてみようとした矢先にこの騒ぎだ。
 火の粉を振り払い、俺はもう一度訊いた。
「誰だ?出て来やがれ!」
「おいらはここにいるでしゅよ〜。ほらほら、ここでしゅってばあ〜」
 ……あからさまに人をくったような態度。不意打ちの事と言い、気に入らないな。
 どこだ?
 俺は目を閉じ、意識を第六感に傾けた。
 確かに大きな魔力を感じる。
 出所は……上? 
「天井か?」
 俺は頭上を見上げた。同時に剣を振るう。
「飛べ!」
 剣に込められていた風の魔力が、一筋の矢となって標的を急襲する。《具を包む真空の矛》からの派生魔法の一つだ。
 しかし……
「楽しいでしゅ!」
 相手の声と共に、あっさりとかき消されてしまう。
 ……何だ、今のは?
 魔法……なのか?でも、あんな魔法は聞いた事がないぞ。第一、あのタイミングで詠唱が間に合うわけがない。
 何よりも俺を驚かせたのは、ヤツの風貌だった。
 丸くてデカい鼻。真っ白に塗りたくった顔。そして、紫一色の衣装。
「道化野郎……!」
 ここで対面出来るとはな。この瞬間を待ち焦がれたぜ。
 そうだよな……青紫のピエロ!
「降りてこい」
 抗うなら、容赦はしない。剣の錆にしてやる。
「まあ、いいでしゅよ」
 さして抵抗もせず、道化は静かに地に降り立った。
 浮遊魔法だと?こんな魔法も見た事がないぞ。
 この野郎は一体……?
「用がある。俺と一緒に来い」
「それは嫌でしゅ」
 頭を振る道化。
「拒否は許さない。従わないのなら……手段は選ばない」
 左手をかざす。いつでも魔法が撃てるよう、準備を整えた。
「嫌でしゅよ」
「こっちは別に、頭と胴体が離れてても構わないんだぜ。殺っちまったって、何の問題もないさ。
 加減してやるつもりなんざ毛頭ない。下手な期待は今すぐ捨てな」
「それでも嫌でしゅ。おいらにはやる事があるんでしゅ」
 どうせ、ろくでもない事だろ。腐れ外道が。
「やれやれ、仕方ないな」
「どうするんでしゅか?」
「俺から退く気はないね。
 そういうわけで……戦うしか道はなさそうだな」
 時間は充分に稼げだ。構成もまとまったし、あとは発動させるだけだ。
「仕方ないでしゅね……」
 いかにも面倒臭いといった風に、道化は背中に背負った杖を取った。魔力増幅を目的として作られた、どこにでも市販されてるような木の杖だ。
 体術より魔法を重視するタイプか。剣と魔法を使える俺が、やや有利だな。
 互いの得物を手に、睨み合う俺達。独特の緊張感が、その場に満ちていた。
 ……そうだ。
「おい、道化」
「それは、おいらの事でしゅか?」
「ああ。
 あんたの名前を聞かせてくれないか」
 少し興味があった。通り名でない、ヤツの本名について。
「名前でしゅか?おいらの?
 ……シギでしゅよ」
「シギ……!」
 変わった名だな。本名である可能性も決して高くないし。
 それでも、手がかりに違いなかった。青紫のピエロに一歩近づくための。
「覚えといてやるぜ、シギ!」
 張りつめていた空気の流れが変わった。
 『吹き荒べ!』と俺は吼える。呼応して、振り下ろした腕から竜巻が発せられた。
 間髪入れずに走る。両手で剣を支え直しながら。
 これこそまさしく、剣と魔法の二段構えなり!
「効かないでしゅよ!」
 先ほどと同じく、竜巻はかき消されてしまった。原理も不明のままだ。
 けれど……まだ、こっちがある!
「喰らいな!」
 猛然と距離を縮めて、俺は突きを狙った。数ある剣技の中でも、殺傷力の高い代物だ。
「………………」
 悪党には似合わない、つぶらな瞳をわずかにひそめ、道化野郎ことシギは、これを紙一重でかわした。
 このスピードの攻撃を避けるとは……ただ者じゃないな。身のこなしにも自信ありってか。
 だが……勝負はここからだぜ。
 すかさず、俺は剣を翻した。攻撃が横薙ぎに変換される。場に応じて臨機応変に対応出来る事もまた、突きの強みなんだ。
 鋭い刃は相手の腕を浅く裂いた。
「逃がすかあっ!」
 続けて、肩口からタックルをかます。
 完全にバランスを見失ったところで、最後の仕上げに下から大きく斬り上げてやった。
 飛び散る鮮血。
「よし」
 勝利を確信し、俺は剣を鞘に納めた。それから改めて、地に伏したピエロに目をやる。
「立てる……はずもないか」
 俺の剣をまともに受けたんだ。手も足も出ないうちに殺られちまったってわけだ。
「大人しくしてれば、もう少しは長生き出来たんだろうがな。
 ともあれ、こいつもこれで……」
「勘違いしないでほしいでしゅ」
 なっ……!
 俺は数歩後ろに跳んだ。
「ここにいた人達よりは強いみたいでしゅね。でも、おいらからしてみればまだまだでしゅよ」
「嘘だろ……」
 背筋に冷たい物を覚えながら、俺はただ呆然と見ているしかなかった。ヤツがゆっくりと身を起こすのを。
 馬鹿な……あれを喰らって、何故立てるんだ?最後の一撃は、遅かれ早かれ死に至らしめるほどの痛手だったのに。
 立ち上がったシギには、傷口はおろか服の破れすら残されていなかった。
 治癒したのか?それも一瞬にして、痕跡も残さぬまでに?
「反則だっつーの!」
「そう言われても困るんでしゅがねえ」
 本当に困ったように、シギは帽子を掻いた。
 一体、どうなってやがるんだ?あの女剣士と言い、こいつと言い……常識の域を軽く越えてるぞ。
 悪い夢でも見てるのか、俺は?
「今度はこっちの番でしゅ。たっぷりお返ししてやるでしゅよ。
 ちょっとは痛かったでしゅからね。おいらも怒り心頭でしゅ」
 杖を構えるシギ。
「クソ野郎が!」
 我に返って、俺は再び剣を抜いた。
「心配しなくていいでしゅよ。おいらは剣とかよりも、魔法の方が得意なんでしゅ。だったら、そっちの方が断然有利でしゅよね」
 そいつは常識内での話だろうが!
 むしろ、この場合は……
「行くでしゅよ!」
 シギは叫んだ。
「チッ!」
 杖から幾つもの暗黒弾が放たれる。それらは一斉に、俺めがけて飛来してきた。
 こっちも魔法……は駄目だ。構成を編むのが間に合わない!
 仕方ない。右に跳んで時間を稼ぐ!
 しかし、シギはそうさせてくれなかった。
「じっとしてるでしゅ!」
「……ッ!」
 不意に何かに足を取られる。俺は足下に視線を移した。
 そこにあったのは。床から隆起した巨大な二つの手だった。そいつが、がっしりと俺の両足首を掴んでる。
「《怒れる大地の束縛》?」
 この魔法は知っていた。属性は地。素早い相手の動きを封ずるための物だ。本来はその名の通り、大地上で使うのが好ましいが、屋内でもやれない事はない。
「放せ!放しやがれ!」
 必死に俺はもがいた。けれど、それも徒労に終わる。
 弾は全て、違える事なく俺の右腕を直撃した。
「グ……アウッ!」
 闇がもたらす激痛に、剣を取り落としてしまう。
 あ、熱い……腕が灼ける!
 こいつは大マジにヤバいぞ……
「次は足を潰してやるでしゅ」
 続いて、掴まれた足首に凄まじいまでの圧力が加えられた。
 骨の折れる嫌な音が響く。
「……!」
 何とか一矢報いようと、俺は魔法を繰り出そうとした。
 でも……無理な話だった。こんな緊迫した状況じゃ、絶対に間に合わない。それ以前に、痛みに意識を奪われすぎて、詠唱そのものが成り立たない。
「痛いんでしゅかぁ?所詮は口だけだったって事でしゅかねえ」
 へらへらと笑うピエロ野郎。
 魔法は継続され続けていて、石造りの手はなおも俺の足を放そうとしない。
「は……放せ」
「何でしゅか?」
「放し……やがれってんだ……」
 意識が朦朧とし始めた。
 腕の方にも痛手を負ってるんだ。このままだと、長くはもたない。だが、魔法は使えないも同然で、剣すらも手元にない。攻め手も守り手も、もう俺には残されていなかった。
 ……青紫のピエロは俺の手でどうこう出来る相手じゃなかったか。なぶり殺しの運命はさけられないのか……
 杖を背に戻し、いかにもつまらなそうにシギは溜め息を漏らした。
「随分と元気がなくなったんでしゅねえ。おいらが強すぎるんでしゅかあ?」
 全くその通り……反則だぜ。
「しょうがないでしゅね。次で決めてあげるでしゅよ」
 その両の手に炎が灯される。
 こいつ……一体、いくつの属性を操れるんだ?まるで、きりがないぞ。
「おいらを斬った人間は数少ないんでしゅ。だから誉めてあげるでしゅ。でも、それが限界みたいでしゅね。
 覚悟はいいでしゅか?おいらの《業火灼熱無限大》で、灰にしてくれるでしゅ」
「クソ野郎が……」
 俺は最後の抵抗を試みようとした。しかし、すでに身体が言う事を聞いてくれない。
 駄目だ……
 諦めを悟ったのか……シギは魔法を発動させた。
「業火!」
 まずは左の掌から怒濤のごとく、火炎が押し寄せてくる。
 何て魔法だ……こんなの受けたら、ひとたまりもないぞ!
 愚かな事とは知っていた。でも、そうするしかなかった。俺は……目を閉じた。戦いを放棄したんだ。
 ……その時だった。
「させん!」
 突如、正面に人影が躍り出る。俺と魔法に挟まれる形で。
 俺は驚愕に目を見開いた。
「……あんたは!」
「話は後だ」
 肌を灼く熱風にも臆する事なく、彼女は得物に手を伸ばした。
「………………」
 目にも止まらぬスピードで、抜く。
 それを納めた時には……炎は真っ二つに割れていた。
 よし、これで……
「気を抜くな」
「何……?」
「次がある」
 彼女のセリフが終わるか否かの内に、それは来た。
「灼熱!」
 シギが吼え、右の掌から同じように炎を撃ち出すのを、俺はぼんやりと眺めていた。
 ここまで人間離れしてるとはね。驚きを通り越して、呆れちまうぜ……
 二度目の炎も全く同じ要領で、彼女は一刀のもとに斬り捨てた。
 ほぼ同時に、俺は地面に投げ出される。鬱陶しい足枷が、ようやく解除されたためだった。
「治癒魔法に専念しろ。尤も、その痛手では困難だろうがな」
「……あんたが助けてくれるとは思わなかったよ」
 よく、ここまで無事だったもんだ。と、俺は素直に感心してしまった。あまりにナンセンスな現実が多すぎて、頭も少々馬鹿になってたみたいだ。
 危機一髪で、俺を助けたのは、昨日一戦を交えたばかりの女剣士だった。火だるまにしてやったとばかり思ってたんだが……
「貴公らがこの地に足を踏み入れた以上、命を奪う理由はなくなった。冥府への旅人をむやみに増やす必要もあるまい」
「またあんたでしゅか〜?おいらの邪魔をするなでしゅよ」
 横槍が気に入らなかったらしく、どことなく怒気をはらんだ口調でシギは言った。
「何なら、二人まとめて殺してやってもいいんでしゅよ」
「貴様風情が、よく吠える」
 対して、女剣士の声は、相も変わらず抑揚がない。
「私を討つだと?
 ……討てるものなら討つがいい。可能性は皆無に等しいが」
「どうでしゅかねえ?おいらをあまり甘く見ない方がいいでしゅよ」
 改めて、シギは杖を手にした。剣士もまた、いつでも刀を抜けるように構えを取る。
 俺は……悔しいが、寝ているしかなかった。満足に立てないし、加勢したところで足手まといになる。心を鎮めて構成を編み、腕と足の治癒を完了させるしかない。
 微動だにせず、視線をぶつけ合う二人。
 俺に言わせれば、どちらも常識外れの化け物だ。魔法の定理そのものを根本から覆しかねないほどの使い手、シギ。東国の剣と目にも止まらぬ技を操り出す居合いの達人、名も知らない女剣士。
 ……今さらながらに震えが来た。別世界に迷い込んぢまったみたいな気がする。
 でも、何故だ?そこまでの強者がこんな所に何の用がある?
「……行くでしゅ」
 ぴんと張りつめた静寂を破ったのは、シギだった。
 杖から発せられる数個の暗黒弾。俺がまともに受けちまった技だ。
「遅い!」
 剣士が一閃を繰り出した。
 抜刀と同時に斬る。さらに休む間もなく、残りの相手をするために刀を振るった。
 納刀をし終える頃には、弾は全て見事なまでに捌かれていた。
 次の魔法を撃たれる前に、彼女は一気に距離を詰めた。
「………………」
 神速の攻撃は、しかしながら難なく避けられてしまう。
 続けざまに仕掛けようとした彼女だったが、さすがにそうはさせてもらえなかった。
「冷たいでしゅよ!」
 シギは床に手をついた。
 力を送り込んで、魔法を展開。
 あたかも荒れ狂う大海がごとく、氷の波が床づたいに押し寄せてきた。
 刀を鞘に納めようとしている最中の反撃だ。こいつを斬るには間に合わない。
 剣士にもそれは承知の上だったのか。焦りも見せずに、あっさりと柄から手を離した。迫る氷に掌をかざす。
「迫れ」
 そこから発せられたのは《迫り来る烈風の波動》。昨日の戦いで、俺が使ったやつだった。
 衝撃波と氷波の正面激突。
 結果は……相殺。
 本来の風ってのは、氷を含め水に強くて地に弱い属性なんだがな。やはり魔法に関しては、シギが一枚上手なのか。
「いいでしゅねえ。やっぱりあんたは、おいらにとって好敵手でしゅよ」
「戯れ事をぬけぬけと……虫酸が走るわ」
 唾を吐いて、剣士は再び柄を握った。
「そうこなくっちゃ、でしゅよ」
「無に帰すのは貴様一人のみ。
 許されがたき己が罪、死の苦痛を伴ってこそ知るがいい」
「遊ぶのはここまででしゅ。本気で殺してやるでしゅ」
 ……今までの分でも、まだまだ本気じゃなかったのかよ。ふざけるのもいい加減にしろってんだ。
 俺の思いなど、どこ吹く風。こちらに振り向こうともせず……剣士は天井を見上げた。
「……邪魔だ」
 邪魔?一体、何を……
 と、疑問に感じたのも一瞬の話だった。
 彼女は真上に刀を振り上げた。
 ……速い!これまでのスピードなんざ、てんで参考にならないほどだ。
 しかし、驚くにはまだ早すぎた。
 刃を納めると同時に、天井に大きな亀裂が入ったんだ。
 まさか……剣圧で天井を斬ったってのかよ。
 無数の石塊が落下してくる。当然ながら避けられるわけもなく、俺は直撃を受けた。
「グッ……!」
「耐えろ」
 耳に響く剣士の声。石塊を刀で弾きつつ、彼女は冷たいながらもよく通る声でこう告げた。
「ここより先こそが真の修羅。十二分に心するがいい」
「簡単に言いやがって……」
「貴公の選んだ道だ」
 そういや、そうだったか。これからは、人の忠告をもう少し聞いてみようかな。
 ……石の雨が止んだ。天井が見事になくなって、無限に広がる大空と、眩しく輝く太陽が露わになった。
「派手でしゅねえ。まあこういうのも、気持ちよくていいでしゅよ」
 さしてダメージを受けたようでもなく、シギの野郎もケロッとしてやがる。ちょっとは期待してたんだけどな。
「で、次はどうするんでしゅか?」
「こうだ……」
 剣士は叫んだ。
「降雷!」
 刹那。俺は間違いなく目に捉えていた。雲一つない青空から稲光が発生し、彼女めがけて落ちたのを。
 が……実際、彼女自身は火傷の一つも負っていなかった。
「天駆ける一閃、己が身に刻んでくれるわ」
「そうくるでしゅか。なら、こっちもでしゅよ」
 対抗して、シギも杖を振りかざす。
「包闇!」
 直後……杖に異変は起こった。
 まともに動かぬ身体をよじり、俺は食い入るようにしてその杖を凝視する。
「魔の……力!」
 そうだ。その時、俺が目にしたのは……杖を包むようにして生じた、魔力の刃だったんだ。急ごしらえではあるが、そこいらの魔法剣とは比べ物にならないほどの代物だろう。剣にはうるさい俺が言うんだ。間違いはないはずだよ。
「まさか……魔属性?
 そう言えば、さっきの暗黒弾にしても……」
 魔法とは、自身の持つ属性を力に変換して用いる物。
 じゃあ、その属性が魔力だとしたら?地水火風にとらわれぬ、むしろそれらをも凌ぐ何かを秘めていたとしたらどうなるか?
 化け物共が……こいつらの魔力は底なしなのか……
「終わりにしてやるでしゅ」
「この一閃をもってな」
 女剣士が刀を抜く。
 その瞬間、鞘の内から光が満ちあふれたのを、はっきりと俺は目に焼き付けていた。
 雷の刀と魔力の杖。二つの武器がぶつかり合う。それを最後に俺の記憶はぷっつりと途絶えている。

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