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ソードレボリューション 作者:殻鎖希

第6回   嵐の前の静かな一夜
      4
「如何ともしがたいのは食糧だな」
 干し肉を口に放り込みつつ、俺はそう呟いた。
 廃墟で迎える夜ほど静かなものはない。やり場のない寂しさを覚えるのも、またひとしおってか。
 ターミアルに着いてから、ずっと働き通しだった。陽が沈んだ後で、やっと初めての休憩が取れたってわけさ。いやあ、真面目に疲れたね。
 焚き火を囲んで簡単な食事を済ませた後(干し肉は食事じゃないぜ。間食……オヤツってやつだな)、俺と相棒は今後について検討していた。
「今日明日は心配ない。だが、いずれ死活問題となるのもまた必至だ」
「私達に求められた仕事は、あくまで救助。支援活動じゃないのよね。
 第一、フリーの私達だけじゃ、大規模な食料調達なんて不可能よ」
「フム……」
 かなり重大な問題である。
 町の郊外には、城が管理していた地下食料庫がある。荒れ果ちまったこの町だが、そこだけは奇跡的に被害が少なかったんだ。地下に位置していたのが幸いしたのかな。
 城そのものが完全に崩壊、国王も行方不明である現状では、管理も何もあったもんじゃない。まあ、おかげで難民達も、飢え死にだけは免れてるのさ。
 ただし……当然ながら、食い物にも限りがあるんだよな。
「他地区に応援を頼む、とか?」
「そうするしかないんだろうが……距離がありすぎるぜ」
「私達もやらなきゃいけない事があるわ。まだ、ここを出るわけにはいかない」
「現段階じゃリスクがありすぎる。賢い策じゃない」
 なら、どうすればいいのか。
 ……今は放っておくしかない。まずは、迅速に他のやるべき事を片付けてしまうべきではないか。
 俺は話題を変えた。
「もう一つ、問題が残ってる。ターミアル壊滅の真相だ」
 日中を怪我人と手当と情報の収集に勤しんだ結果、ある程度の推測はたてられるようになった。
 聞き込みで得られた情報は以下の通り。
 1.紫に身を包んだ道化師が一人、行方知れずとなった。
 2.国王を含め、城に居を構えていた者は全て死亡、あるいは行方不明となった。
 3.当時、城を起点としての大規模な火災が発生していた。
 4.茶色の髪をした女剣士が目撃されている。
 5.マスターと思しき人物を見た者はいない。
 6.意外にも死者数は少なく、人口の一割に満たない。
「混乱の最中にしては、まずまずの情報量だ。ちぐはぐな点も多いが……」
 断っておくけれど、これらの情報は複数から得られた証言をまとめた物だ。調査をして裏もとってある。ガセの類は混ざってないはずだった。
 よし。一つ一つ洗い直してみよう。
「事件に対する青紫のピエロの関与は、もはや明確となった。発起人となったのか、共犯者となったのかは分からないが。
 目撃証言をふまえて考えると、俺達に戦いを挑んだ、あの女剣士も一枚噛んでるらしい。例の凄腕の剣士とやらの正体も、彼女である可能性が極めて高い。他に該当する人物がいないからな」
「じゃあ、もう一人の魔法の使い手は……青紫のピエロ?」
「かも知れない。過去の案件からも、道化野郎が魔法を扱える事は判明している。
 ただし、断定するには早いな」
 謎のベールに包まれていた影共。ここに至って、戦闘をやらかしたという二人組が、少しずつ見えてきたってわけだ。
「ヘルゼーラの話の信憑性についてだが、こちらは薄くなってきたな。俺達がここに入ってから、マスターとは一度も顔を合わせてない。目撃証言だって一つもなかっただろ」
「マスター、か。
 大惨事が起きたには違いないんだけど、あの人自らが、わざわざ現地に出向くとも思えないわね」
 理論としては、その通りだった。
 六つの頃から、俺やミレアが勉学に励んでいた場所、スクール。十年を通じて、読み書きや算術、天文学や史学、生物学に魔術など、ありとあらゆる事を学ぶ場所だ。
 設立されたのはほんの一五年前。その創立者こそが、マスターと呼称される人物なんだ。
 マスター……かつては、さる伝説のパーティーの一員であり、〈魔を極めし者〉として知られている。今昔の魔法使いの中でも、かつてのあの人は間違いなくトップに輝くほどの男だったよ。
 だが、それだけの大物であっても、寄る年波には勝てぬのか。現在のマスターの戦闘能力は皆無に等しい。体力の衰えが主な原因とされている。
 あの人自らが先導をきって表舞台に顔を出す事は、まずありえない。不測の事態が生じたとしても、スクールにいる教師共に任せてる。若かりし頃のマスターには遠く及ばないものの、他の教師達もまた、何かしらの道に精通しているエキスパートばかりだからな。
 あの大戦の再来ともなれば、また話は変わってくるんだろうけど。今のところ、そんなネタは入ってきてないし、今回の案件がそこまでの大事とも思えないんだ。
「やっぱりガセネタだったのか……
 火の気のない所に煙が存在しないのも、確かなんだが」
 うーん……どうも、引っかかるな。
「火の気のないって言えば」
「あん?」
「火災の謎もまだ残ってるわ」
 あ。そうだった。そいつがあったんだ。
「何故、火災は発生したのか……」
 膝を抱え込んで首を捻るミレア。
 家屋を徹底的に調べたところ、確かに広範囲に渡って、火の気の痕跡が残されていた。
 惨事において勃発した火災。一見すれば何の不自然もない。って言うか、俺も最初は違和感を感じこそすれ、気付かなかったんだ。
 初め……建物の損傷具合から、俺はこいつを風使いの仕業と考えた。しかし、そうなると一つの疑問が浮かび上がってくる。つまり、火を放ったのが誰なのかって事だ。
 物質の抵抗を無と化すくらいの、強烈な風だぜ。生半可な火力じゃ、間違いなくかき消されちまう。この点から、自然あるいは偶発的な火災発生説は却下。強力な風魔法に対抗出来うる、火魔法が使われたと断定してしまっていいだろう。
 ところが。この説には明らかな矛盾が生じてるんだ。
 例外を除いて、自分の属性以外の魔法を極める事は出来ないって話は、以前にした事があったよな。ほら、自己属性以外の系統に関しては、覚えられても基礎程度だってやつだよ。
 用いられた風の魔法は、まさしく強力無比そのもの。あれだけの代物を扱いこなせる人間がいるとすれば、限界まで極めた風使いくらいのもんだ。
 じゃあ、その風に匹敵するだけの火は、一体どこからやってきたんだろうな?
 はっきりさせておきたい事が一つ。風を操ったヤツと火を起こしたヤツは、同一人物ではありえない。
 二つの魔法を極められる例外もいない事はないけれど……どちらにしても無理な話だよ。最高レベルに等しい魔法を二連発出来る、それほどの意識容量を持ち合わせた人間が存在するわけがない。あの〈魔を極めし者〉のマスターでさえ……一度に放てる最高魔法は一発だけなんだから。
 そもそも、第一にメリットがない。危険を冒してまで二つの魔法を使わずとも、片方だけで事は足りたはずなんだ。
 となると、現場には火のスペシャリストが一人いた事になるんだが……
「仮に二人と考えてみても、どうも納得いかないな」
「超人が二人も居合わせたって事になるんだよね。それこそ、伝説にでもなるくらいの天才が、二人も」
 そんな連中がゴロゴロ戯れてたのも、十数年前までの話だ。
 ……核心に迫りつつあると思ってたら、とんでもない矛盾が生じやがった。捜査を進める上における、大きな障害がな。
「今のままじゃ、さっぱり話が見えてこないね。
 これからどうしようか、フィズ?」
 どうするか?
 どうも一箇所、気になる所がある。一度は赴いた場所だけど、もう一度訪れてみるのもいいかも知れないな。
 よし。その手でいこう。
「調べ直したい場所がある。そこをあたってみようぜ」
「どこなの?」
「明日になれば嫌でも分かるって。楽しみは後に取っとけよ」
 さすがにこれから労働したいとは思わなかったね。俺も心底疲れ切ってたんだ。
 実質問題としても、昼間の方が適しているはずだ。暗闇の中でゴソゴソと嗅ぎ回るよりは、お天道様の下で堂々と調査する方が、断然効率も上がるだろ。
「今日はゆっくりと休む。そして明日に備えよう。よし、決定。
 意義ある人は?」
 決定させてから意見を問うってのは、やっぱり変な話だろうか?
「ないで〜す」
 ミレアも同意してくれる。尋ねるまでもなく、当たり前だったか。
 仕事の話はそこまでにして、焚き火の始末をちゃっちゃと終わらせた俺達は早々に床についた。
 明日こそは真相を突き止めてやる。そう心に誓いながら。

 ふと気付くと、俺は見慣れた地に立っていた。
 紛れもない。ここは俺ん家の庭だ。正確に言うなら、オヤジことクリマの家って事になるんだろうけど、この際どっちだっていい。
 何で俺、ここにいるんだ?って言うか、今まで俺は何やってたんだっけ?
 記憶が混乱して、今一つ定まらない。頭に靄がかかったみたいな、とにかく変な感じだ。
 さっぱり要領を得ないまま……俺はしばしの間、呆けていた。
 ……変だ。どこかに違和感がある。ここは、俺の知っているあの家と何かが異なっている。
 でも、どこが?
 ……玄関口のドアが開かれた。中から出てきたのは、一振りの剣を提げた男のガキだ。
 ヘルゼーラか?
 ……いや、違うな。容姿も全然似てない。
 それじゃ、誰なんだ?今、あの家にいる子供と言えば、ヘルゼーラだけなんだが……
 ガキの方は、まるでこっちに気付いてないらしかった。何もないかのように俺の脇を通り過ぎ、庭の中央に立つ。
 待てよ。あそこは……
 無言のまま、ガキは剣を抜いた。両手でしっかりと剣を支え、続けて素振りを始める。
 ああ……そうか。
 俺は、やっと思い当たった。あのガキの正体に。
 あれは……スクールに通っていた頃の俺自身の姿だ。
 休みの日は、あそこでいつも剣の練習をしていたっけ。魔法を使おうと躍起になって、それでも全然出来なくて落ち込んでた。だから、魔法が出来ない分だけ剣の修行に取り組んで、剣の道を極めようとしていた。結果として、俺は剣を手放せなくなって……そのせいで、いつまで経っても魔法が覚えられなかったんだ。
 まだまだ未熟なガキに過ぎなかった俺、フィズ・ライアスは飽きる事なく、懸命に剣を振るっている。
 何十回、何百回……
 我ながら、鬼気迫るって感じだった。
 だが、所詮はガキの力だ。真剣を振り回すにも限度がある。千に満たぬうちに、ガキの俺は剣を取り落としてしまった。
 膝をついて喘ぐ俺。全身は汗だくで、もはや続けられないのは、見るまでもなかった。
 それでも、なおも俺は剣を持とうとしている。
 今なら分かる。あんな素振り、いくらやったって無駄さ。心がこもってない。ただ焦燥に駆られて、力任せに暴れているに過ぎないんだ。
 叫びたかったよ。『もうよせ!』ってな。でも……何でかな?声が出せなかった。
 柄が朱に染まってる。掌を潰してるのに、俺はやめようともせず、剣に手を伸ばす。
 強くなければいけない。信じられるのは己の力量のみ。あの頃の俺は、腕を磨く事だけを考えてたんだっけな。
 もうよせ。ようやめろ。もう……
「やめろ!」
 ……声が響き渡った。こいつはオヤジの声だ。
 いつの間にか……オヤジが玄関口に立っていた。さすがに今よりは若々しい。その隣には少女が、幼いミレアがぴったりとくっついていた。
 オヤジは俺に歩み寄り……遠慮もなく顔面をぶん殴った。為す術なく、俺は草の絨毯に接吻をかました。
「いい加減に阿呆はやめろ」
 続いて剣を取り上げる。
「なにすんだよ、クソオヤジ!」
 必死にくってかかろうとする俺。しかし、ろくに立つ事すらままならない。
「くだらねえ様ぁ見せやがって!テメエの限界も計れねえのか!」
「うるせえ、返せよ!」
「何度言ったら分かるんだ?テメエの剣は腐ってる。何度やったって無駄なんだよ」
「悟った風に訳分かんねえ事ぬかしてんじゃねえ!クソオヤジ風情に、オレの気持ちなんざ分かってたまるかよ!」
 血の混じった唾と一緒に、俺は罵詈雑言を吐き捨てていた。
 そっか……この頃の俺って滅茶苦茶だったんだよな。こうやって客観的に眺めてると、身に染みて実感するよ。
 何だかなあ……
 複雑な思いを胸に抱きつつ……俺の意識は薄れていった。

 夢、ですか……
 目覚めの気分は最悪だった。楽しくもない思い出が、嫌でも脳裏に蘇ってくる。
 何で今さら、あんな昔の夢を見たんだろうな?
 ま、どうでもいいか。どうせ夢なんだ。忘れるに越した事はないさ。
 ……そろそろ起きるかな。
 寝ぼけ眼をこすりつつ、俺は身を起こした。
 寝心地が良かったとはお世辞にも言えない。まあ、廃墟での一夜だったから仕方がないけどな。
 そうそう。今日はあの場所を探ってみるって話だったか。このターミアルで何が起こったのか、そいつを突き止めるのが今回の仕事なんだ。
 ミレアは……ん、まだ寝てるのか。強いて急ぐ必要もなし、もう少しそっとしといてもいいだろう。
 せいぜい、いい夢見てるんだぞ。俺は先にとっとと朝飯食わせてもらうからな。
 物音を立てないように努めて静かに、俺は一人で食事をとる事にした。メニューは当然ながら干し肉。
 ……うん。美味い。
 誰にも邪魔されずに、青空の下で満喫する朝の一時。なかなかどうして気持ちのいいもんじゃないか、うん。
 爽快な目覚めとはいかなかったけれど、悪い気分はしなかった。そんなに気に病んだりもしなかったし。
 そう言えば……いつ頃からだったかな?
 肉を囓りながら、俺はふと物思いに耽った。
 自らの得物と腕しか信じられなかった少年時代。でも……いつしか俺の側には頼れる相棒がいたんだ。単なる兄妹じゃない。互いにベストパートナーとして認められる、かけがえのない相棒がな。
 夢の中に出てきた出てきたミレアは……まだ俺の相棒じゃなかった。俺を見つめる瞳の中に、怯えがあったのも事実だった。そして、俺もミレアを妹としか見てなかった。完全に信じる事が出来なかった。
 今は違う。神だの伝説だの、不可視の存在を信じられないのは変わってないが、人間については認識を改めたんだ。
 少なくとも、こいつだけは信じられるようになった。妹であり、学友であり、相棒であり……戦友でもある少女。ミレア・タガーノだけは。
 これからも……よろしくな、ミレア。
 水筒に口を付けて喉を潤し、俺は大きく息をついたのだった。

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