■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

ソードレボリューション 作者:殻鎖希

第5回   事件の裏に潜みし影
      3
「ここが……」
 疲れのせいか、あるいは無惨な眺めのせいなのか。ミレアは言葉を失っていた。
 ミレアだけじゃない。俺だって、目の当たりにした瞬間は驚いたさ。
「何があったんだろうな?」
「大規模な自然災害の跡……ってのが、一番妥当だと思うけど。地震とか火災とか、例えばそういうの」
「状況から見ると、その可能性が高いな。だが、辻褄の合わない点もある」
 眼前に広がる光景を見渡しつつ、俺は率直に意見を述べた。
 歩きに歩いてようやくたどり着いた町。かつてのターミアル城下町と想像されるその場所は、今や完全に廃墟と化していた。
 家屋はほとんど原形をとどめていない。かろうじて被害の少なそうな物の陰には、幾人かの気配がある。木々は倒れ、草花も枯れ果ててしまっているようだ。奥手に見られる建物、国王が住んでいたであろう城もまた然り。
 まさに、凄まじいの一言に尽きる荒れようだった。
「感慨に耽ってる場合じゃないな。
 ミレア、仕事だ」
「うん。
 で、とりあえず……どうする?」
 ミレアに問われ、俺は少し考えた。
 今回の仕事は、生存者の救援及び真相の究明だ。まず、優先すべきは……
「少し調べてみよう。まだ釈然としない事が多すぎる」
「そうね」
 相棒も異論はないみたいだ。
「手分けしてやろうぜ。
 俺は少し建物を調べてみる。お前は聞き込みをしてくれ。怪我人がいれば、可能な限り保護するようにな」

 瓦礫の山の中、俺は一人佇んでいた。
 この辺りが最も被害の大きいと見られる場所だ。人っ子の一人もいやしない。 
 地に膝をつき、屈み込む。
 ボロボロになった煉瓦を一つ掴み……俺は確信した。
 前言撤回。こいつは自然災害じゃない。この町を崩壊させたのは魔法の力。つまり、破壊活動は人為的に行われたんだ。
 根拠は度の過ぎた荒廃にある。突発的な災害であれば、なるほど建物を薙ぎ倒すくらいはするだろう。でも……
 拳骨を作り、軽く小突いてみる。ただそれだけで、煉瓦の塊はあっさりと粉々になってしまった。
 どんな災害であろうが、これほどまでに一気に老朽化を促進させる力はない。
 物体の持つ抵抗を無効としちまうほどの力。俺の知る限りでは、魔法以外に考えられなかった。
 火でも水でも土でもない。これは風の力だ。ああ、俺と同じ風使いの仕業なのさ。
 そりゃ、いい気分はしなかったよ。俺の持つのと同じ力が、一つの城下町を壊滅に追い込んだ、なんてな。どことなく居心地が悪くなったってのも、本当の話だ。
 腰を上げる。
 フェイカーの情報が正しければ、怪しいのはここで戦闘を繰り広げていた二人組。つまるところ、凄腕の剣士と魔法の使い手。
 凄腕の剣士……あの女剣士の姿が頭によぎる。決めつけるのは早計だけど、彼女イコール二人組の片割れという可能性も低くはない。
 だが、彼女は風使いじゃない。俺もミレアも目撃してるんだ。彼女が地の魔法を使うところを。
 相性が最悪である地の魔法は、いかに風使いが修行を積んでも絶対に会得出来ない。これだけの威力の風を操れる人間が、《法を阻む大地の盾》なんざ覚えてるわけがないんだよ。
 とすると、もう一人の魔法の使い手が臭う。しかし、だ。こっちに関しては、素性の想像すらつかないんだよな……
 フ……ム。
「おじちゃん」
 やはり情報が足りなさすぎる。一度、ミレアと合流してみるか。
「ねえ」
 向こうは何か有力な手がかりが掴めたかも知れないし。
「おじちゃんてば」
 ………………
 さっきから子供の声が聞こえる。気のせいだろうか?
「お・じ・ちゃ・ん」
 いや、気のせいじゃないみたいだ。視線を落とせば、いつの間に来たのか、幼い女の子の姿があった。髪は乱れ、服も煤と埃にまみれている。その他には誰もいない。
 ……ちょっと待て。この子がさっきからしきりに呼んでるおじちゃんって……もしかして俺の事?
 冗談じゃねえ!このフィズ・ライアス一七歳、まだまだおじちゃんなんて呼ばれる覚えはねえぞ。
 極めて古典的ではあるが……俺の中の自尊心はガラガラと崩れ落ちた。
 オッサン……この俺がオッサン呼ばわりされるなんて……
「どうしたの、おじちゃん?」
 ……いかんいかん。子供に呑まれてどうするんだ。
 しっかりしろ、フィズ・ライアス一七歳!
「あ……えーと」
 我ながら情けない切り出し方だ。何故か既視感を感じてしまう。
「俺に何か用かい?」
「あのね、おじちゃん」
「お兄ちゃんだろ?」
「おじちゃ」
「俺はお兄ちゃんだ」
「じゃあ……お兄ちゃん」
 って……馬鹿か俺は。子供相手にムキになってどうすんだよ。
「ねえ、お兄ちゃん。あたしのお家で何してるの?」
 無邪気に尋ねかけてくる女の子。
「あたしのお家って……
 ああ、君はここに住んでたんだ」
「うん、ここで住んでるの」
 こくりと首を縦に振る。
「……腹、減ってないか?」
 干し肉入りの袋を取り出す。俺が今すぐにこの娘に対して出来る事は、せいぜいこの程度でしかない。
「いい物やるよ。美味いぜ」
「……子供相手に干し肉はないでしょ」
 後ろから唐突に声をかけられる。
 ミレアだ。聞き込みも一段落ついたんだろうか。
 ミレアが差し出した物を覗き込んだ途端に、女の子の目が輝いた。
「チョコレートだぁ」
「はい、どうぞ。好きなだけ持ってっていいからね」
「ホントに?」
 一粒を口の中に、残りも全部ポケットの中に詰め込む女の子。
 それから、
「ありがとう、お姉ちゃん!」
 と言い残して、本当に嬉しそうな様子で駆けていってしまった。
「ミレアはお姉ちゃんで、俺はおじちゃんなんですか」
 えらい違いだな。俺達、同い年なのにさ。
 ……グレてやろうかとも考えたが、示しがつかなさすぎるので、かろうじて思い止まった。
「あの子のね、お父さんとお母さん」
 傍らのお姉さんが話しかけてくる。
「亡くなったらしいわ。……この瓦礫の下で今も安らかに眠っているはずよ」
「あの子だけは無事だったんだな」
「運良く外で遊んでいたらしいわ。だから下敷きは免れたのよ。
 尤も……あの子自身は何も知らないんだって。お父さんもお母さんも、すぐに帰ってくるんだって……心の中で信じてるみたい」
「残酷な現実ってやつをを理解するには幼すぎる…ってわけか」
 人間ってのは形で決まるもんじゃない。決して幸せだとは言えない境遇を背負っちまったあの子でも……何も知らないとは言え、あんな風に笑えるんだ。
 やがてはあの子も現実に直面するだろう。おそらくは、遠くない未来に。全てを理解してしまったその後でも、あの子は笑っていられるんだろうか?
 そりゃ確かに、俺達だって孤児さ。ミレアの場合は、実親が誰なのかすら分からない。俺にしても、母さんの事は何一つ知らないんだ。本当の父さんについても、話に聞かされただけで、記憶はない。俺達にとっての親はクリマのオヤジ唯一人だけ。だから不自由もあまりしなかった。
 でも、あの子の場合は勝手が違う。
 せいぜい……頑張れよ。将来は、きっといい女になれるぜ。
「フィズ」
「ああ、分かってる」
 そうだな。いつまでも感傷に浸っててもしょうがない。とっとと仕事に移ろう。
「何か分かった?」
「こいつをやらかしたのが風使いだって事だけは間違いなさそうだ。
 で、そっちは?」
「……ビックリしないでね」
 どうやら、ミレアは有力な情報を手に入れたようだ。さすが、聞き込みに長けているだけはある。
「珍しくこの町を訪れた旅人……道化師がいたらしいのよ。真っ白な顔に紫模様のペイントが施された、そんな道化師がね」
「青紫のピエロか」
 俺は別段驚きもしなかった。何となく、予想していた事ではある。やっぱりそうだったのか、くらいにしか思わなかった。
 探偵稼業を営む全ての者にとって、まさに好敵手と呼ぶに相応しい犯罪者……青紫のピエロ。あの道化野郎とも、そろそろ決着をつけないとな。

 この依頼を受けた時から、薄々はその気配を感じていた。
 犯罪の裏方を牛耳る者として、ヤツの存在はこの業界で広く知られている。
 犯罪を仕組み、あるいは自らが犯罪の発起人となり……ヤツは事件を起こすんだ。素性も素顔も不明。尻尾を掴む事も出来ない。ただ、影だけがそこにある。裏社会の大物の典型だな。
 アイン村での人喰い花の一件が、最も記憶に新しい。
 何故、あの洞窟に人喰い花は棲み着いたのか。
 一見すれば、自然発生した、とも考えられる。しかし、だ。よくよく頭を捻ってみてくれ。いくら湿気の多く、水分豊富な洞窟だとしても、そうそうあんな化け物が育つだろうか。それも……人の手の加えられた洞窟の中でだ。
 あれだけのデカさになるまで、村人が放っておいたというのも変だ。人喰い花なんて物騒な物が寄生したと分かれば、蕾のうちにでも始末してしまえば良かったのに。
 そう。あの人喰い花からは、成長の過程がすっぽりと抜け落ちてるんだよ。
 成長を必要としない生物がいるか否か。
 ……いる。
 かつて学生時代に習った事がある。命を作り出す魔法……召喚について。
 魔法によって生み出された生命に、肉体的成長はいらない。生から死の間、容姿を全く変えずに過ごす事だって可能なんだ。彼等は、生まれた瞬間から完成された存在なんだから。
 一般的に、召喚魔法によって生み出された生物は、魔物と呼ばれている。
 そして……人喰い花もそれであった可能性が高い。植物じゃなかった。あのピエロによって作り出された魔物だったんだ。そう考えると、あの異様なまでの再生力も説明がつけられる。生まれながらにして強力な再生力を備えた生物を作るのは、召喚さえ使えれば、さして難しい話でもない。
 事実、事件勃発の直前、道化の姿は確認されている。あの事件もヤツが……青紫のピエロが仕組んだ物だったんだ。

 これまで俺はヤツを捉えるに事すら手を焼いていた。ヤツはいわば影の存在だ。まるで掴み所がなく、こちらが捜査を始める頃には、すでに雲隠れした後。手際もよろしく、身元証明の類は一切残さない。
 今まで、ヤツは俺達探偵を嘲るようにして、数々の犯罪に加担してきた。
「だが……今回ばっかりはそうもいかないだろうな」
「え?」
「今回こそ……絶対に道化野郎をぶった斬ってやる」
「ああ……」
 曖昧に相づちを打つだけで、ミレアも特に何を喋ろうともしない。ひたすらに足を踏み出す事だけに、意識を傾けているようだ。
 気にはしなかった。元々、独り言のつもりだったからな。返事も期待してなかった。
 むしろ……俺もあんまりお話をしたい気分にはなれなかった。
 こなす事は一つだけ。与えられた仕事だ。
 それ以上は口を開こうともせず、俺達は眼前の廃屋へと歩いていった。
「あの……」
 廃屋から一人の男性が出てくる。どこか疲れた風に見て取れる青年だ。
「あなた方は?」
「探偵だ。あんた達の援助を依頼されて、ここまで来た。いかなる組織にも属さないはぐれ者ゆえに、出来ることは限られてるが、とりあえず怪我人の手当なら任せてくれ」
「それは……有り難い」
 青年の表情がどこか明るくなった。希望を取り戻したってところかな。
「弟を看てやってくれませんか?
 もう、手の施しようがないかも知れないけれど……どうか、この通りお願いします」
 必死に頭を下げられた。
 おいおい、参ったな。あくまでこいつは仕事なんだ。俺にとっても、こなすべき義務ってやつなんだから……こんなに下手に出られちゃかえって背筋がむずがゆくなる。向こうが俺より年上な分だけ、なおさらにな。
「そのために来たんだ。ほら、頭を上げな」
 ミレアも隣に並んで、しきりに『そうですよ』とフォローを入れてくれる。
「引き受けて下さるんですね!」
「最初からそう言ってるぜ。案内しな」
「は、はい。こちらです」
 青年に先導される形で、俺達は廃屋の中へと向かった。
「弟は火傷を負っているんです。熱もひどくて、ずっとうなされ続ける毎日で……」
「……火傷?」
 ふと……俺は違和感を覚えた。
「ええ。全身を炎に灼かれて」
 ミレアが目を背けるのが分かった。自身も火の使い手であるから、居心地尾が悪くなったのか。
「こちらです」
 青年に案内されたのは、やや大きめの部屋の一角だった。かろうじて原形をとどめてる数少ない場所の一つには、大勢の難民達が逃れてきていた。
 幾つもの瞳の中に、俺達二人は晒される。こんな時期にこんな所まで来るなんて、どこの物好きだろうか。視線はありありと語っていた。
 周囲を見渡す。
 ……いた。
 全身を包帯でグルグル巻きにして、直に床に寝そべってるのが一人。外見からは年齢どころか性別すらも不明だが、青年の弟と考えて間違いない。
 ゾンビのごとく爛れた肌。鼻を突く悪臭は膿なのか排泄物なのか。
 確か……スクールで習ったな。こいつはケロイドと呼ばれる火傷の一種だ。まさに、一生の傷となりかねない大怪我……
「ミレア、包帯」
 俺はつかつかと歩み寄り、彼の前でしゃがみこんだ。
「他に、何か欲しいのある?」
 包帯を手渡しながら、ミレア。
「いや。相当の重傷だからな。こいつは魔法を使った方がいい」
 と言うより、魔法を使わなければこの火傷は治らない。
 俺は掌をかざした。落ちついてゆっくりと構成を編み、それから発動。
「癒せ」
 掌に光が宿る。初めて周囲から溜め息が漏れた。
「う……」
 一度だけ……呻き声が聞こえた。依然として意識は戻らないものの、効果はあったらしい。
 見た目にも大した変化はない。《癒しの風の息吹》をもってしても、一度で完全にケロイドを消し去る事は不可能だ。定期的な治療が求められる。
「まだしばらくかかりそうだ。今すぐにどうこう出来る怪我じゃない」
 古い包帯をはがしながら、俺は兄貴の方に話しかけた。
「ちょくちょくは立ち寄るつもりだが……他の仕事もある。あんた達だけを構ってもいられないんだ。
 いいか。可能な限り清潔を心がけろ。包帯も渡しておくから、毎日替えてやるんだ」
「あ……ありがとうございます」
 改めて深々と頭を下げる青年。振り返らず、俺はひたすらに、包帯を巻き直すという作業を続けた。
「薬の類はある程度揃ってます。私も怪我の治療なら出来ますから、どうぞご遠慮なさらずにおっしゃって下さい」
 そう言うミレアもすでに、別の人間に取りかかっているようだ。
 ミレアは癒しの魔法こそ使えないものの、薬の知識がとても豊富なんだ。簡単な傷薬から劇薬まで、薬品と名の付く物なら何でもござれ。俺も今まで、相棒の薬に何度世話になったか分からない。
 全く頼りになるヤツだ。
「……よし。
 今日の所はこれでいいだろう」
 作業を終えて、俺は立ち上がった。
 どうやら、最も重傷だったのがこの男だったらしい。それでもまだ、怪我人は大勢いる。
 相棒も嫌な顔一つせずに頑張ってる。俺もサボってられないな。
 しばし……俺も看護及び介抱に専念する事にした。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor