3 「ここが……」 疲れのせいか、あるいは無惨な眺めのせいなのか。ミレアは言葉を失っていた。 ミレアだけじゃない。俺だって、目の当たりにした瞬間は驚いたさ。 「何があったんだろうな?」 「大規模な自然災害の跡……ってのが、一番妥当だと思うけど。地震とか火災とか、例えばそういうの」 「状況から見ると、その可能性が高いな。だが、辻褄の合わない点もある」 眼前に広がる光景を見渡しつつ、俺は率直に意見を述べた。 歩きに歩いてようやくたどり着いた町。かつてのターミアル城下町と想像されるその場所は、今や完全に廃墟と化していた。 家屋はほとんど原形をとどめていない。かろうじて被害の少なそうな物の陰には、幾人かの気配がある。木々は倒れ、草花も枯れ果ててしまっているようだ。奥手に見られる建物、国王が住んでいたであろう城もまた然り。 まさに、凄まじいの一言に尽きる荒れようだった。 「感慨に耽ってる場合じゃないな。 ミレア、仕事だ」 「うん。 で、とりあえず……どうする?」 ミレアに問われ、俺は少し考えた。 今回の仕事は、生存者の救援及び真相の究明だ。まず、優先すべきは…… 「少し調べてみよう。まだ釈然としない事が多すぎる」 「そうね」 相棒も異論はないみたいだ。 「手分けしてやろうぜ。 俺は少し建物を調べてみる。お前は聞き込みをしてくれ。怪我人がいれば、可能な限り保護するようにな」
瓦礫の山の中、俺は一人佇んでいた。 この辺りが最も被害の大きいと見られる場所だ。人っ子の一人もいやしない。 地に膝をつき、屈み込む。 ボロボロになった煉瓦を一つ掴み……俺は確信した。 前言撤回。こいつは自然災害じゃない。この町を崩壊させたのは魔法の力。つまり、破壊活動は人為的に行われたんだ。 根拠は度の過ぎた荒廃にある。突発的な災害であれば、なるほど建物を薙ぎ倒すくらいはするだろう。でも…… 拳骨を作り、軽く小突いてみる。ただそれだけで、煉瓦の塊はあっさりと粉々になってしまった。 どんな災害であろうが、これほどまでに一気に老朽化を促進させる力はない。 物体の持つ抵抗を無効としちまうほどの力。俺の知る限りでは、魔法以外に考えられなかった。 火でも水でも土でもない。これは風の力だ。ああ、俺と同じ風使いの仕業なのさ。 そりゃ、いい気分はしなかったよ。俺の持つのと同じ力が、一つの城下町を壊滅に追い込んだ、なんてな。どことなく居心地が悪くなったってのも、本当の話だ。 腰を上げる。 フェイカーの情報が正しければ、怪しいのはここで戦闘を繰り広げていた二人組。つまるところ、凄腕の剣士と魔法の使い手。 凄腕の剣士……あの女剣士の姿が頭によぎる。決めつけるのは早計だけど、彼女イコール二人組の片割れという可能性も低くはない。 だが、彼女は風使いじゃない。俺もミレアも目撃してるんだ。彼女が地の魔法を使うところを。 相性が最悪である地の魔法は、いかに風使いが修行を積んでも絶対に会得出来ない。これだけの威力の風を操れる人間が、《法を阻む大地の盾》なんざ覚えてるわけがないんだよ。 とすると、もう一人の魔法の使い手が臭う。しかし、だ。こっちに関しては、素性の想像すらつかないんだよな…… フ……ム。 「おじちゃん」 やはり情報が足りなさすぎる。一度、ミレアと合流してみるか。 「ねえ」 向こうは何か有力な手がかりが掴めたかも知れないし。 「おじちゃんてば」 ……………… さっきから子供の声が聞こえる。気のせいだろうか? 「お・じ・ちゃ・ん」 いや、気のせいじゃないみたいだ。視線を落とせば、いつの間に来たのか、幼い女の子の姿があった。髪は乱れ、服も煤と埃にまみれている。その他には誰もいない。 ……ちょっと待て。この子がさっきからしきりに呼んでるおじちゃんって……もしかして俺の事? 冗談じゃねえ!このフィズ・ライアス一七歳、まだまだおじちゃんなんて呼ばれる覚えはねえぞ。 極めて古典的ではあるが……俺の中の自尊心はガラガラと崩れ落ちた。 オッサン……この俺がオッサン呼ばわりされるなんて…… 「どうしたの、おじちゃん?」 ……いかんいかん。子供に呑まれてどうするんだ。 しっかりしろ、フィズ・ライアス一七歳! 「あ……えーと」 我ながら情けない切り出し方だ。何故か既視感を感じてしまう。 「俺に何か用かい?」 「あのね、おじちゃん」 「お兄ちゃんだろ?」 「おじちゃ」 「俺はお兄ちゃんだ」 「じゃあ……お兄ちゃん」 って……馬鹿か俺は。子供相手にムキになってどうすんだよ。 「ねえ、お兄ちゃん。あたしのお家で何してるの?」 無邪気に尋ねかけてくる女の子。 「あたしのお家って…… ああ、君はここに住んでたんだ」 「うん、ここで住んでるの」 こくりと首を縦に振る。 「……腹、減ってないか?」 干し肉入りの袋を取り出す。俺が今すぐにこの娘に対して出来る事は、せいぜいこの程度でしかない。 「いい物やるよ。美味いぜ」 「……子供相手に干し肉はないでしょ」 後ろから唐突に声をかけられる。 ミレアだ。聞き込みも一段落ついたんだろうか。 ミレアが差し出した物を覗き込んだ途端に、女の子の目が輝いた。 「チョコレートだぁ」 「はい、どうぞ。好きなだけ持ってっていいからね」 「ホントに?」 一粒を口の中に、残りも全部ポケットの中に詰め込む女の子。 それから、 「ありがとう、お姉ちゃん!」 と言い残して、本当に嬉しそうな様子で駆けていってしまった。 「ミレアはお姉ちゃんで、俺はおじちゃんなんですか」 えらい違いだな。俺達、同い年なのにさ。 ……グレてやろうかとも考えたが、示しがつかなさすぎるので、かろうじて思い止まった。 「あの子のね、お父さんとお母さん」 傍らのお姉さんが話しかけてくる。 「亡くなったらしいわ。……この瓦礫の下で今も安らかに眠っているはずよ」 「あの子だけは無事だったんだな」 「運良く外で遊んでいたらしいわ。だから下敷きは免れたのよ。 尤も……あの子自身は何も知らないんだって。お父さんもお母さんも、すぐに帰ってくるんだって……心の中で信じてるみたい」 「残酷な現実ってやつをを理解するには幼すぎる…ってわけか」 人間ってのは形で決まるもんじゃない。決して幸せだとは言えない境遇を背負っちまったあの子でも……何も知らないとは言え、あんな風に笑えるんだ。 やがてはあの子も現実に直面するだろう。おそらくは、遠くない未来に。全てを理解してしまったその後でも、あの子は笑っていられるんだろうか? そりゃ確かに、俺達だって孤児さ。ミレアの場合は、実親が誰なのかすら分からない。俺にしても、母さんの事は何一つ知らないんだ。本当の父さんについても、話に聞かされただけで、記憶はない。俺達にとっての親はクリマのオヤジ唯一人だけ。だから不自由もあまりしなかった。 でも、あの子の場合は勝手が違う。 せいぜい……頑張れよ。将来は、きっといい女になれるぜ。 「フィズ」 「ああ、分かってる」 そうだな。いつまでも感傷に浸っててもしょうがない。とっとと仕事に移ろう。 「何か分かった?」 「こいつをやらかしたのが風使いだって事だけは間違いなさそうだ。 で、そっちは?」 「……ビックリしないでね」 どうやら、ミレアは有力な情報を手に入れたようだ。さすが、聞き込みに長けているだけはある。 「珍しくこの町を訪れた旅人……道化師がいたらしいのよ。真っ白な顔に紫模様のペイントが施された、そんな道化師がね」 「青紫のピエロか」 俺は別段驚きもしなかった。何となく、予想していた事ではある。やっぱりそうだったのか、くらいにしか思わなかった。 探偵稼業を営む全ての者にとって、まさに好敵手と呼ぶに相応しい犯罪者……青紫のピエロ。あの道化野郎とも、そろそろ決着をつけないとな。
この依頼を受けた時から、薄々はその気配を感じていた。 犯罪の裏方を牛耳る者として、ヤツの存在はこの業界で広く知られている。 犯罪を仕組み、あるいは自らが犯罪の発起人となり……ヤツは事件を起こすんだ。素性も素顔も不明。尻尾を掴む事も出来ない。ただ、影だけがそこにある。裏社会の大物の典型だな。 アイン村での人喰い花の一件が、最も記憶に新しい。 何故、あの洞窟に人喰い花は棲み着いたのか。 一見すれば、自然発生した、とも考えられる。しかし、だ。よくよく頭を捻ってみてくれ。いくら湿気の多く、水分豊富な洞窟だとしても、そうそうあんな化け物が育つだろうか。それも……人の手の加えられた洞窟の中でだ。 あれだけのデカさになるまで、村人が放っておいたというのも変だ。人喰い花なんて物騒な物が寄生したと分かれば、蕾のうちにでも始末してしまえば良かったのに。 そう。あの人喰い花からは、成長の過程がすっぽりと抜け落ちてるんだよ。 成長を必要としない生物がいるか否か。 ……いる。 かつて学生時代に習った事がある。命を作り出す魔法……召喚について。 魔法によって生み出された生命に、肉体的成長はいらない。生から死の間、容姿を全く変えずに過ごす事だって可能なんだ。彼等は、生まれた瞬間から完成された存在なんだから。 一般的に、召喚魔法によって生み出された生物は、魔物と呼ばれている。 そして……人喰い花もそれであった可能性が高い。植物じゃなかった。あのピエロによって作り出された魔物だったんだ。そう考えると、あの異様なまでの再生力も説明がつけられる。生まれながらにして強力な再生力を備えた生物を作るのは、召喚さえ使えれば、さして難しい話でもない。 事実、事件勃発の直前、道化の姿は確認されている。あの事件もヤツが……青紫のピエロが仕組んだ物だったんだ。
これまで俺はヤツを捉えるに事すら手を焼いていた。ヤツはいわば影の存在だ。まるで掴み所がなく、こちらが捜査を始める頃には、すでに雲隠れした後。手際もよろしく、身元証明の類は一切残さない。 今まで、ヤツは俺達探偵を嘲るようにして、数々の犯罪に加担してきた。 「だが……今回ばっかりはそうもいかないだろうな」 「え?」 「今回こそ……絶対に道化野郎をぶった斬ってやる」 「ああ……」 曖昧に相づちを打つだけで、ミレアも特に何を喋ろうともしない。ひたすらに足を踏み出す事だけに、意識を傾けているようだ。 気にはしなかった。元々、独り言のつもりだったからな。返事も期待してなかった。 むしろ……俺もあんまりお話をしたい気分にはなれなかった。 こなす事は一つだけ。与えられた仕事だ。 それ以上は口を開こうともせず、俺達は眼前の廃屋へと歩いていった。 「あの……」 廃屋から一人の男性が出てくる。どこか疲れた風に見て取れる青年だ。 「あなた方は?」 「探偵だ。あんた達の援助を依頼されて、ここまで来た。いかなる組織にも属さないはぐれ者ゆえに、出来ることは限られてるが、とりあえず怪我人の手当なら任せてくれ」 「それは……有り難い」 青年の表情がどこか明るくなった。希望を取り戻したってところかな。 「弟を看てやってくれませんか? もう、手の施しようがないかも知れないけれど……どうか、この通りお願いします」 必死に頭を下げられた。 おいおい、参ったな。あくまでこいつは仕事なんだ。俺にとっても、こなすべき義務ってやつなんだから……こんなに下手に出られちゃかえって背筋がむずがゆくなる。向こうが俺より年上な分だけ、なおさらにな。 「そのために来たんだ。ほら、頭を上げな」 ミレアも隣に並んで、しきりに『そうですよ』とフォローを入れてくれる。 「引き受けて下さるんですね!」 「最初からそう言ってるぜ。案内しな」 「は、はい。こちらです」 青年に先導される形で、俺達は廃屋の中へと向かった。 「弟は火傷を負っているんです。熱もひどくて、ずっとうなされ続ける毎日で……」 「……火傷?」 ふと……俺は違和感を覚えた。 「ええ。全身を炎に灼かれて」 ミレアが目を背けるのが分かった。自身も火の使い手であるから、居心地尾が悪くなったのか。 「こちらです」 青年に案内されたのは、やや大きめの部屋の一角だった。かろうじて原形をとどめてる数少ない場所の一つには、大勢の難民達が逃れてきていた。 幾つもの瞳の中に、俺達二人は晒される。こんな時期にこんな所まで来るなんて、どこの物好きだろうか。視線はありありと語っていた。 周囲を見渡す。 ……いた。 全身を包帯でグルグル巻きにして、直に床に寝そべってるのが一人。外見からは年齢どころか性別すらも不明だが、青年の弟と考えて間違いない。 ゾンビのごとく爛れた肌。鼻を突く悪臭は膿なのか排泄物なのか。 確か……スクールで習ったな。こいつはケロイドと呼ばれる火傷の一種だ。まさに、一生の傷となりかねない大怪我…… 「ミレア、包帯」 俺はつかつかと歩み寄り、彼の前でしゃがみこんだ。 「他に、何か欲しいのある?」 包帯を手渡しながら、ミレア。 「いや。相当の重傷だからな。こいつは魔法を使った方がいい」 と言うより、魔法を使わなければこの火傷は治らない。 俺は掌をかざした。落ちついてゆっくりと構成を編み、それから発動。 「癒せ」 掌に光が宿る。初めて周囲から溜め息が漏れた。 「う……」 一度だけ……呻き声が聞こえた。依然として意識は戻らないものの、効果はあったらしい。 見た目にも大した変化はない。《癒しの風の息吹》をもってしても、一度で完全にケロイドを消し去る事は不可能だ。定期的な治療が求められる。 「まだしばらくかかりそうだ。今すぐにどうこう出来る怪我じゃない」 古い包帯をはがしながら、俺は兄貴の方に話しかけた。 「ちょくちょくは立ち寄るつもりだが……他の仕事もある。あんた達だけを構ってもいられないんだ。 いいか。可能な限り清潔を心がけろ。包帯も渡しておくから、毎日替えてやるんだ」 「あ……ありがとうございます」 改めて深々と頭を下げる青年。振り返らず、俺はひたすらに、包帯を巻き直すという作業を続けた。 「薬の類はある程度揃ってます。私も怪我の治療なら出来ますから、どうぞご遠慮なさらずにおっしゃって下さい」 そう言うミレアもすでに、別の人間に取りかかっているようだ。 ミレアは癒しの魔法こそ使えないものの、薬の知識がとても豊富なんだ。簡単な傷薬から劇薬まで、薬品と名の付く物なら何でもござれ。俺も今まで、相棒の薬に何度世話になったか分からない。 全く頼りになるヤツだ。 「……よし。 今日の所はこれでいいだろう」 作業を終えて、俺は立ち上がった。 どうやら、最も重傷だったのがこの男だったらしい。それでもまだ、怪我人は大勢いる。 相棒も嫌な顔一つせずに頑張ってる。俺もサボってられないな。 しばし……俺も看護及び介抱に専念する事にした。
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