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ソードレボリューション 作者:殻鎖希

第4回   女剣士との邂逅
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 船を降りて数時間。
 ここまでくれば、後ろを振り返っても、海はおろか砂浜すら見えない。周囲を覆うのは鬱蒼と茂る緑ばかり。
 そんな中、俺と相棒は地図を頼りに、目的地へと向かっていた。
 城下町とは名ばかりで、その実ターミアルは、いわゆるど田舎に類する。地区としても決して広くない上、町と呼べる代物が一箇所しかないのがいい証拠だ。かろうじて歩道だけは整備されているものの、利用者は極めて少なかったはずだった。
「これだけ歩いてるのに……」
 隣で愚痴るミレア。
「まさか、休憩所の一つもないなんてね」
「ここまで徹底して過疎が進んでる田舎も珍しいよな。一応、他地区との交流もあったらしいけど」
 その他地区に出るまでが、徒歩でおよそ数時間。港に行くにも同じくらいの時間を要する。こいつはたまらないだろう。
 あまりの不便さに耐えかねて、ターミアルを去る者も増え、田舎はますます廃れていった。うまく出来た悪循環だ。
「辺鄙な環境で起きた不可解な事件、か」
 この案件。腑に落ちない点がある。
 それはマスターの関与の件。これについては、あくまで噂でしかないから、現地で直に確かめないといけないんだが。もしも本当にマスターが絡んでいるとすれば……とんでもない事になる。そうなると、もう俺達の手には負えないという事だ。
「ミレア」
 俺は隣の相棒に視線を向けた。
「今回の仕事はかなりの危険を伴う。薬の準備、念入りにしといたよな」
「……うん」
「どうも嫌な予感が頭から離れないんだ。ただじゃ終わらないと……」
 そこで、俺は残りのセリフを飲み込んだ。素早く周囲に注意を配る。
 ミレアにもすぐに分かったようだった。
「いつから?」
「ついさっきまで息を潜めてたって感じだぜ。気配の出現がいきなりすぎる」
「誰?」
「お前の友達でもないんだろ。だったら俺も知らない」
 緊張の糸を張り巡らせつつ、俺は腰の剣を抜く。アインの案件を受けた時に、愛用を一本腐らせちまったからな。こいつはまだあまり手に馴染んでない、新品同然の一振りだ。
 ミレアも背中から自分の得物……大きな弓を外して手に持った。矢を取り出してセットする。
 これで、こちらの態勢は整った。
「出て来な。それとも、こいつの的になりたいのかな?」
 相手に矢を向けるミレア。
「あるいは、一つ試し斬りでもさせてもらおうか……」
 隙を抑えた動作で俺も剣を構えた。
 下手な動きでも見せようもんなら、問答無用でばっさりだ。
「さあ、どうする?」
「……なるほど。素人ではないようだな」
 返ってきた声は、男にしては高すぎる物だった。
 女、か。声のみで類推するに、おそらく俺達より少し年上くらい……
「あれだけの微々たる気配をも、逃す事なく認知するか。鍛練を積まねば出来る芸当ではない」
 眼前の茂みから物音が聞こえ出した。間違いなく、先ほどから狙いを絞っていた場所だ。
 そして……その女は姿を現した。
 動きやすく作られた甲冑に身を包み、腰にはしなやかな剣をぶら下げている。誰がどう見ても、一目で傭兵と分かる風貌だった。
 ストレートに伸ばした髪はセミロング。瞳とお揃いの茶色だ。
 目立つのは右頬の傷跡。横一文字に斬られた名残ってとこか。
 惜しいねえ。ゴツい古傷と殺気に満ちた眼光さえなければ、水商売でも十分やっていけるだろうに。
「しびれたぜ、あんたの殺気。これだけの美人に凄まれちゃ、振り向かないわけにはいかないよな」
「随分と口の軽い男だな」
「そうかい?これでもけっこう苦労してるんだぜ。女性と話すのは苦手なんだ」
 職業柄(いや……あまり関係ないかも知れないがともかく)、俺は割と美人と出会う事が多い。そして、どうやら今回も例外じゃないみたいだ。敵対する者同士という立場の違いはあったにしろな。
「単刀直入に述べよう」
 茶髪の彼女はにこりともしないで、淡々と告げた。
 ……ノリの悪い女だ。
「ここから先に進むな」
「嫌だと言えば?」
「わざわざ訊かなければ解せないか?」
「二対一だぜ。どっちが不利なのか、よく考えてみろよ」
 全く口を開こうともせず、ミレアは構えている。いつでも矢を撃てる状態だ。軽口を叩いてるけど、俺だって気を抜いてるわけじゃない。相手が少しでも動けば、すぐさま的確に反応出来る。
 現状は圧倒的に俺達に分がある。俺は確信していた。
「無意味な殺生は好まない。私にはそちらの趣味はないからな。
 拒否は許さん。さっさと帰れ」
 ……思いっきり無視されてしまった。気まずい雰囲気が漂う。
「どうしても駄目なの?」
 横から口を挟んだのはミレアだ。女剣士と相見えて以来、ずっと黙り込んでた彼女が初めて喋ってくれた。
 いいタイミング。ナイスフォローだぜ、相棒。
「私達にも、行かなければならない義務があるのよ」
「知った事か」
「いや……だから」
「帰れ」
 ……とりつく島もないな。
「どうしても帰らぬなら、それも仕方がないだろう。貴公等は、私の前に己の屍を晒す事となる」
「自信満々、やる気たっぷりだな」
「せめてもの良心からの忠告だ。退け」
「やだね」
 と、俺がセリフを返すか否かの内に……張り詰めた空気の流れが変わっていた。
 女剣士が柄に手をかける。
 ……話すだけ無駄だったか。彼女が退き下がる気配はない。生憎と、俺達にも仕事がある。互いに譲る余地がないのなら、実力行使といくしかないな。
「愚かな……
 ならば、望むが通りに斬り捨ててくれようか」
 より一層強烈になった殺気を纏い、彼女は一歩前に足を踏み出した。
 刹那。俺は剣を薙ぐ。
 狙うは胴。
 少し遅れて、女剣士も鞘から剣を抜いた。しかし……動作が遅れすぎている。
 躊躇いなく、俺は刃を走らせていた。
 ところが。
「……ッ?」
 刃が敵の肉を抉る直前、俺は咄嗟に手を止めた。頭で考えての行動じゃない。あくまで直感に頼っただけでしかなかった。
 そして実際、俺の判断は決して間違っていなかった。
「速い……」
 ミレアも目を丸くしている。
 俺の首筋には剣が突き付けられていた。言うまでもない。女剣士のそれだ。
「………………」
 どちらも……動こうとはしなかった。睨み合ったままで、剣を納めようともしない。
「刺し違える気か?」
 緊迫した状況下で、表情を変えずに囁いてくる彼女。
「支障はない。仮に俺が死んだとしても、相棒が残ってる」
「……困るな」
「俺も命を粗末にしたくないんでね。出来れば、その物騒なのをしまってほしい」
「………………」
「心配すんなって。馬鹿な事はしない。
 第一、俺達が不意打ちしたところで、あんたの反射神経ならどうにでもなるだろ?」
 それで納得したのか……彼女は剣を鞘に戻した。数歩、後ろに跳び下がる。
「大した速さじゃないか。何なら、惚れ直してやろうか?」
 口説きにも全く応じてくれない剣士殿。
「貴公が遅すぎる」
 ……参ったな。剣の腕には、自信があったんだけど。
 彼女の剣は常識外れに速い。俺が一の動作をする間に、彼女は三以上は軽く動けるだろう。スピード面では勝ち目なしみたいだな。
 ん?待てよ。
 あの剣にあの型は……もしや……
「さる東国に、古くから伝わる剣術とやらの型……」
 剣士は微かに眉を動かした。
「鞘の中で刃を走らせ、超スピードで相手に斬りかかる。剣がしなやかである理由も、その独特の型のためだったな。
 聞いた事くらいはあるぜ。居合いってやつだろ」
「刀を知っているのか?」
 抑揚のない声で問われる。
「剣には興味があってね。知識面でも、古今東西なんでもござれだ」
 不敵な笑みと共に、俺はセリフを叩きつけてやった。
 刀。それは、東国に住むとある民族に伝えられている剣の名称だ。異国の者である俺達には、なかなか手に入れられない代物。って言うか、刀なる武器の知名度そのものが途方もなく低い。俺が存在を知っていたのも、最高の剣を求めていたがゆえの話さ。実際、見た事はなかったんだ。この瞬間まで。
 彼らが使う風変わりな剣術の型は、居合いと呼ばれている。
「あんた、東国の出身なのか?」
「………………」
 口を閉ざして、彼女は刀を納めた。
 来るか。話はここまでだな。
 ひとまず俺は、逃げに徹した。
 柄を持つ手にのみ注意をおいて、後方に身を反らす。
 間髪入れずに追ってきた攻撃を、俺は何とかかわす事が出来た。
 が、体勢を戻した頃には、相手もすでに納刀を終えている。
 やはり速い!こっちが反撃に移る前に、斬られちまう。
 ただし……そいつは相手が一人だったらの話だ。
 彼女が再びが刀を抜こうとした瞬間、俺の頬を何かがかすめた。
 矢だ!
 後ろに控えていたミレアの援護攻撃。
 突然の不意打ちに対しても、女剣士は的確に動いた。対象を、俺から矢へと切り替える。目にも止まらぬ一閃は、ミレアの放った矢を真っ二つにしていた。
 飛んでくる矢を斬るとは……さすがだね。しかし、その間に見せた一瞬の隙だけはどうしようもなかったな。
 素早く俺は構成を練る。
 彼女がこちらに注意を戻した時には、すでに発動の準備も整っていた。
 左腕をかざし、俺は叫び、
「迫れ!」
 そして振り下ろした。
 声で生じた空気の振動が、風の力を具現化させる。
 魔法《迫り来る烈風の波動》が発動し、敵に向かって衝撃波が襲いかかった。
 日頃の特訓の成果が如実に表れていた。毎日毎日の積み重ねが実を結んだのか、俺にとってもはや魔法は不得手な物じゃなくなってた。効果面でも、それなりのバリエーションを揃えたんだぜ。
「チ……」
 舌打ちを漏らす女剣士。
 いかにスピードが速かろうが、この魔法は避けられない。魔法剣でもない刀では、斬る事だって不可能だ。生身で喰らえば、致命傷にもなりかねない。
 さあ、どうする?
 俺が少し気を緩めた……その時だった。
「阻め」
 静かに剣士の声が響き渡る。
「まさか……魔法?」
 撃てるわけがない。俺もミレアも、そう信じていた。
 ところが……
「なっ……」
「ウソ……」
 現実は見事に、俺達の期待と予想を裏切ってくれた。
 彼女の足下から隆起してきた物、巨大な岩が壁を形作る。俺の放った衝撃波は壁に衝突し……やむなく消え去ってしまった。
 何事もなかったように壁が地に沈み、その影から出て来た彼女は、当たり前だが無傷だった。
「……地の使い手って事ね」
 ミレアが呟く。
 《法を阻む大地の盾》。地属性に位置する魔法だ。風系統の攻撃を防ぐには、こいつが一番手っ取り早い。
 だが、妙だ。
 この女……何故、魔法を具現化させる事が出来たんだ?あの一撃は俺にとって、必殺の決定打となったはずなのに。
 魔法発動に最も要される物。それは構成だ。頭できちんと構成を練らなければ、魔法は発動しない。即ち、魔法を使う際には、構成を練るための時間……俗に言うところの詠唱が不可欠となる。
 けれども、さっきの彼女の魔法には、まるで詠唱時間がなかった。ただ言葉を発するだけで、地の魔法を具現化させたんだ。
 一体、どうやって?
「解せぬか」
 剣士の声が俺達を現実へと引き戻す。
「私と刃を交えたところで、貴公らに勝ち目などない。忠告を聞き入れなかった愚かさ、とくと後悔しながら死にゆくがいい」
 嘲りもせず真顔のままで、ふざけた事をぬかしやがる。
 間違いない。相手は自分の力量に絶対の自信を持っている。俺達に負ける可能性など、微塵にも考えちゃいない。そのくせ……まるで隙がない。仕掛けても、簡単に返されるのが関の山さ。
 ……ん?
 仕掛けても返される……って事はもしかすると……
「殺す!」
 容赦なく、剣士の一閃が襲いかかってきた。 避けようとするが、間に合わない!
 深紅の鮮血が散る。かろうじて致命傷は免れたものの、左腕を深く斬られたようだ。
 ここで……躊躇すれば、死ぬ!
 激痛を堪え、俺は彼女の動きをたどった。
 やはり……そうだ!
「読めたぜ!」
 渾身の力を込めて、俺は右腕一本で剣を振るった。
「何……!」
 思わぬ反撃をやり過ごそうとする相手。しかし、所詮は無駄な足掻き。
 下から上へ刃を斬り上げる。
 手応え、あり。
 剣士は完全に動きが止まっていた。
 そこへ……
「粒手よ!」
 ミレアの魔法が炸裂する。
 《這い進む火の粒手》。地を這う炎の蛇は彼女の身体を包み込んでいた。
「意外にあっけなかったな」
 俺は剣を納める。
 勝負は決まりだ。俺の剣とミレアの火。この二つをまともに喰らっては、まず五体満足にいられない。素人であれば命を落とす。あれだけの達人であっても、死なずに済んだとして、もう戦えないはずだ。
 彼女の使う居合いには、決定的な弱点があった。刀を納める際に、わずかながら隙が生じてしまうのだ。そこを攻められれば、為す術はない。
 受け身一辺倒のカウンター狙いで戦うべきだったな。自ら攻撃を仕掛けたのが、あんたの最大の敗因さ。
 介抱してやる義理もない。一つ間違えば、俺達が殺されてたかも知れないんだ。
「行こうぜ」
 振り返ってミレアを促す。
「その前に、腕」
 呆れ顔で指摘するミレア。
 あ、そうか。
 俺の腕からは、未だ赤い液体が滴り続けていた。こっちはこっちで相当の重傷だ。
 やれやれ。
「……癒せ」
 右の手で傷口を押さえ、俺は魔法を使った。
 《癒しの風の息吹》。これ一つあれば、大抵の傷は処置出来る。風の力ってのは傷つけるだけじゃなく、癒しにも十分な効果を発揮するんだ。
 ゆっくりと痛みが引いていく。手を離した時には、傷口は完全に塞がっていた。ただし、流れ出てしまった血液だけは、どうしようもなかった。
「よし」
 満足げに頷くミレア。
「随分と時間をくっちまった。急いで町へ行くぞ」
 ばったりと倒れた剣士を尻目に、俺達は歩を進めた。
 後から思えば……その時は彼女の名前すらも知らなかったんだよな。
 ただ、色々と謎の多い女性だった事は確かだよ。

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