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ソードレボリューション 作者:殻鎖希

第3回   新たなる調査の始まり
Mission2 城下崩壊の真相を暴け
〜悪魔との邂逅〜

依頼状
 豊かな緑に恵まれた美しきターミアル地方。その城下町から一切の連絡が途絶えている。調査を進めた結果、ターミアルにて大規模な戦闘が行われていた事、さらには城下町が廃墟と化している事が判明した。しかし誰が何の目的で戦っていたのか、町の崩壊と関係があるのかといった点においては、依然として謎のままである。依頼は二つ。町にいる生存者達を救助及び保護する事。そして、城下崩壊の原因を突き止め、人為的なものであるとするなら、首謀者を割り出す事。この二つをこなして、報酬は八百万レアとする。
〈クルーヴ〉店主 フェイカー

      1
「オヤジ、入るぞ」
 一応断っておいてから、俺はドアを開けた。
 以前に無断で入り、危うく突き殺されそうになった事がある。本人曰く、日課の鍛錬をしていたらしい。いい年こいたオッサンが、部屋の中で暴れるなよな、と突っ込みたくなったよ。
 注意を怠らず、俺はゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた。
 中ではオッサンが一人、机に向かって何やら調べ物をしている。
「慣れない事を頑張ってるねえ」
 俺が声をかけるとようやく、オヤジは顔を上げた。
「よお、フィズか」
「ヘルゼーラの姿が見えないな。
 帰ってると聞いてたんだが、どこだい?」
「買い物に行かせた。直に戻ってくるんじゃねえか」
「そっか」
 あいつの方は別にいい。用事があるのはオヤジなんだからな。
 このオッサンの名はクリマ・セイル。俺達の養父にあたる人さ。赤ん坊の頃からずっと世話になってる。
 今では俺もスクールを卒業してるし、一人でやっていけない事もないんだが……別居する理由もないから、ずっと一緒に暮らしてるってわけだ。
 ちなみに、他の家族としては二人の義妹弟がいる。そいつらも、また紹介するよ。
「何か用か?」
 尋ねられて、俺は腰につるしてあった袋を取った。
「これ」
「ん?」
「ジュエルだよ」
「ああ……そうかい」
 納得した様子で、オヤジは受け取る。
 ジュエルとは、言葉の示す通り宝石の事。世界に存在するあらゆる金属よりも硬く、魔法にも耐性がある代物なんだ。よく、武器なんかの装飾にも使われたりするな。無論ながら、金銭面での価値も抜群なんだぜ。
「ブルーに……レッド……クリアもあるか。
 はん、上等じゃねえか」
「簡単に言ってくれるよな。そんだけ稼ぐのに、俺やミレアがどんだけ苦労したか……」
「若いうちに、苦労は積んどかないといけねえぜ」
「いい加減教えてくれないか、オヤジ?」
 どうも俺は落ち着かなかった。
 もう随分前の事だ。俺はオヤジにこう言われた。『ジュエルが必要なんだ。テメエの稼ぎから少し分けてくれないか』とね。
 嫌とは思わなかった。世話になってる人だし、それくらいはお安いご用だと考えてたんだ。
 だけど……だんだんと気になってくるもんだろ。オヤジは、大量のジュエルを一体何に使うのかって。
「けっこうな量になってるはずだよな。それでどうしようってんだよ?」
「テメエは気にしなくていいんだよ」
 いつもの返事がこれだ。
「心配するなって。必ず返してやらあ」
「なら、いいけどな」
 また、はぐらかされちまったか。
 まあ……このオヤジの事だ。伊達や酔狂で、こんな馬鹿をやらかしたりはしない。きっと訳があるんだろう。
 クリマは一見すると、ただの冴えないオッサンだ。でも、実際は……
「フィズ」
 って、何だよ、オッサン。
「魔法の調子はどうだ?」
「順調だよ。今のところはな」
「そうか。
 別に信用してないわけじゃないがな。もう二度と、剣に呑まれちまうんじゃねえぞ」
 へいへい、ちゃんと分かってますって。魔法の訓練も、毎日かかさずやってるし。
 不思議なもので、あれだけ使えなかった魔法も、今では当たり前のように出来るんだ。何かのコツが掴めたって感じなのかな。
 せっかく覚えられたんだ。これからは剣だけには頼らない。俺自身がまず強くならなきゃいけないんだからな。最高の剣を求めるなんて、二の次の話さ。
「……ヘルゼーラ、か」
 独りごちるオヤジ。
「ん?」
 俺は後ろを振り向いた。ほぼ同時にドアが開く。
「帰ったよ、親父。
 あ、兄さんもここにいたの」
 立っていたのは、袋を手に提げた子供だった。
 ヘルゼーラ・セイル。この子供こそ、養父クリマ・セイルの唯一の実子。よって、俺の義理の弟という事になる。先日、十歳になったばかりの、まだまだケツの青いガキだがね。尤も、魔法はすでに会得済みだし、スクールでも成績優秀らしいから、将来が楽しみでもある。
 ちなみに、オヤジもヘルゼーラも地属性。俺の風との相性は最悪だな。
「干し肉、買ってきたよ。食うだろ?」
 一旦荷物を机の上に置くヘルゼーラ。その中から干し肉入りの袋を出し、俺に手渡してくれた。
 おっ、気が利くねえ。口元が寂しいところだったんだよ。小腹も減ったし、遠慮なく頂戴しておこう。
「姉さんは?」
「バイト先。何でも忙しいらしくてな」
 しょっぱい肉を口に放り込む。この食感と言い味と言い……携帯食にしとくのは勿体ないよな。
「俺への土産は?」
 オヤジに尋ねられ、あっけらかんと答えるヘルゼーラ。
「頼まれたのは全部買ってきたよ」
「いや、そうじゃなくてよ。常日頃からお世話になってるお父さんに感謝を込めて『これ、僕の気持ちです。受け取って下さい』みたいなアレだよ」
 案の定、ヘルゼーラは頭を振った。
 男と女の間柄なら、そんなシチュエーションもありなんだろうがな。あんたの口から聞かされると、気色悪くて鳥肌が立つ。
「そうかい……」
 何故だろう。寂しそうな顔したオヤジが目に映る。
「落ち込むなって。次の時は何か買ってくるから。
 まあ、土産はないけど……ちょっとした土産話ならあるよ」
「ホウ?」
 興味を示したのは、オヤジじゃなく、俺だった。職業柄、どんな些細な事でも聞いておいて損はない。
「あんまりいい話じゃないんだ。むしろ、ヤな話なんだよね」
「前置きはいい。それで、何なんだ?」
「ターミアル地区の城下町、音信不通になってただろ」
 ああ、その話か。そいつなら知ってる。
 ターミアル地区。最寄りの港から、船に揺られておよそ三日という距離に位置する、緑に囲まれた小国だ。その城下町から一切の連絡が途絶えているという話は、俺も耳にしていた。腕利きの情報屋から買ったんだ。
 ターミアルに関する依頼は、とりあえずどこからも来ていない。俺達はどこの組織にも属してないフリーの探偵だから、特別な事情でもない限りはお偉いさんから要請がかかるわけもなし。よって調査する義務はない。
 そう思ってたんだけど。
「巷で変な噂が流れてるんだ」
「変な噂?」
「スクールのマスターが、ターミアルに向かったんだって」
「……本当か?」
 そいつは……確かに変だな。噂を鵜呑みにしちまうのもいけないが、火のない所に煙は立たないってのも道理だ。
 マスターが関わってるとなれば、他人事じゃない。少しばかり興味も出てきたな。
 まずは手近に探りを入れよう。
「オヤジ。何か知ってるんじゃないのか?」
「さあ……知らねえなあ」
 この野郎、またとぼけやがって。
「マスターの名前が挙がってるんだ。ともなれば、あんたが絡んでると考えるのが当然だろうが」
「マスターねえ。そういや、久しく会ってねえなあ」
「こないだ、二人で酒飲みに行ったばかりだろうが」
「そんな昔の話は忘れたよ」
 このオッサンに訊ねたのがそもそもの間違いだったか。
 面倒臭えが、いつも通りにしよう。

 バー〈クルーヴ〉。俺がよく来る馴染みの店だ。食堂も兼ねているデカい酒場で、そのせいかちょいと値は張る。でも、ここの酒はなかなかいけるんだぜ。
 もう一つ。〈クルーヴ〉は情報の提供屋でもあるんだ。
 店に入って真っ直ぐ、俺はカウンターへと歩いていった。他に客もいないし、どっかりと中央の席に腰を下ろす。
「アインの地酒、くれ」
 そしてカウンター越しに注文を頼んだ。
「まだ準備中です」
 と言葉を返してきたのがこの店の経営者。フェイカーという名の彼は、俗に言うバーテンでもある。
「固えなあ。いつもの事だろ」
 苦笑しながら、俺は数枚のレア紙幣をカウンターに投げ出した。
「ついでに相棒返してくれよ」
「相変わらずですねえ」
 慣れきっているせいか嫌な顔もせず、フェイカーは店の奥に向かって、彼女を呼んでくれた。
 お目当てが直に出てくる。
「あれ、フィズ?」
「よう」
 俺の姿を見つけて、彼女は目を丸くした。
 彼女、ミレア・タガーノは、ヘルゼーラの義理の姉にあたる。つまりは、俺の妹でもあるんだ。数ヶ月違いの同い年だから、あんまり年下と意識した事はないけど。
 物心ついた頃にはすでに、俺とミレアは家族だった。他人と思った事もない。血が繋がってなくてもな。
 共にスクールを卒業してからずっと……俺達は二人で探偵稼業を営んでいる。加えてミレアの場合は、〈クルーヴ〉でアルバイトをしているから忙しさも倍増だ。でもその分、稼ぎはいい。
「どうしたの?何かあった?」
 問いかけてくる相棒に、
「ちょっと気になるネタを仕入れたんでな。
 別に仕事じゃないから、無理にとは言わないが……お前も付き合うだろ?」
 と、俺は誘いをかけた。
 バイトよりも本業が優先されるのは当然だ。案件を引き受けた際には、ミレアは食堂のウエイトレスではなく、プロの探偵となる。
 俺の頼れる相棒。それがミレアなのさ。
 一緒に来てくれるよな、相棒?
「どうしよっかなあ……」
 ちらりとフェイカーを見やるミレア。
「別に構わないですよ。バイト料は減らしますがね」
「ゴメン、フィズ。今回パス」
 ……おい、コラ待てよ。お前は頼れる相棒よりも、銭が大切だと?
「残念でしたね」
 謝罪のジェスチャーのつもりか。拝むようなポーズを取りながら、フェイカーは透明がかった青い液の入ったグラスを、テーブルの上に置いた。
 ははあ、忙しいから渡せないってか。なかなかにしたたかなヤツめ。
「別にいいさ。俺、一人で調べるから」
 気を取り直して、と。
 まずはグラスに一口つける。
 うん……美味い。さすがは良質なアインの湧き水から作られた酒だ。何よりもクセがない。
 一気に半分飲み干したところで……本題に移るかな。
「情報を売ってくれ」
「どんなのがお望みで?」
 俺がこう来るのは、フェイカーもあらかじめ予期してたようだ。話が早い。
「ターミアル地区に関して、何か新しい情報はないか?」
「………………!」
 ほんの一瞬に過ぎなかった。しかし、それを見逃すようじゃ、プロとしては失格だ。観察眼、判断力、洞察力。一つでも欠けていれば、探偵とは言えないのさ。
「フェイカー」
 グラスの残りをちびちびとやりつつ……俺は探りを入れてみた。
「興味本位のついでだ。くだらない事でもいいから、話してみな」
 じっと、フェイカーの顔を覗き込む。
 今は、平静を装ってるつもりだろうがな。俺は、はっきりと見たぜ。あんたの顔に浮かんだ動揺を。
 心の内を見透かされるなんざ、情報屋としては二流か三流だぜ。あんたが未熟だったせいじゃなく、俺が探偵として観察に長けていたにしてもな。
 しばし、睨み合いが続く。
 俺とミレア対フェイカー一人。二対一ってのは何事においても有利だよな。
「……さすがですねえ」
 結局折れたのは、フェイカーの方だった。
「これも宿命でしょうか。
 まあ、いいでしょう。自分の聞いている限り、ターミアルについての情報を提供させてもらいましょう」
「出来れば、洗いざらい聞かせてほしいもんだな。
 ……で?いくらになる?」
「後払いで結構ですよ」
 ……俺は眉をひそめた。
 基本的に情報料ってのは前払いだ。先に金を出さないと、情報屋は何も喋ってくれない。フェイカーだって例外じゃなかった。
「どういう事だ?」
「報酬をお渡しする際に差し引かせて頂こうかと」
「報酬?」
 ミレアと顔を見合わせる。
「ターミアルを調査してくださるなら都合がいい。
 仕事という形で結構です。報酬もお支払いします。ですから、一つ頼まれていただけないでしょうか?」
 この時、俺の中で疑惑は確信に変わった。
 ターミアルで何かが起きている。
 もしかすると……あの野郎も関わってるのかも知れない。
「行くっきゃねえな」
 俺は呟いた。
 俺にとって、もはやこれはただの興味本位の調べ物ではなくなっていた。
 こいつは仕事。こなさなければならない依頼なんだ。
「交渉成立ですね」
 ミレアにも依存はないらしい。
「それでは……
 まずは情報を提供しましょう」
「頼む」
 空になったグラスをテーブルの上に置く。
「ずっと連絡の途絶えていたターミアル地区の城下町ですが……現在、廃墟となっている事が判明しました」
「ま、そんなとこだろうとは思ったよ」
 ……別に驚きはしなかった。ある程度、予想はしていた事だ。音信不通に陥った理由としては、不測の事態が生じて連絡が取れなくなったってのがセオリーだ。そうなると、パターンも限られてくるはずさ。
「それともう一つ。
 直接の原因と結びつくかは不明ですが、ターミアルにて大規模な戦闘が行われていたらしいのです」
「戦闘?」
「具体的に述べるならば、凄腕の剣士と魔法の使い手が、一対一で激しく争っていたとの事になります」
 凄腕の剣士に魔法の使い手、か。直接にしろ間接にしろ、この二人が関わってると見るのが妥当だが。
 ……今の段階じゃ何とも言えない。こればっかりは調べてみないとな。

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