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ソードレボリューション 作者:殻鎖希

第2回   我が手に宿れ、吹き荒ぶ風よ!
      2
 水属性には治癒系の魔法があらかた揃っていて、その中には解毒の類も含まれている。
 俺がパグラムを水使いと判断したのも、身に毒を宿しながら、一週間も生き長らえていたためだ。ずっと、体力の治癒魔法を使いつづけていたに違いない。魔法で毒を抜かなかったのは、彼女が解毒魔法を覚えてなかったのか、あるいは解毒魔法を駆使しても効果がなかったのか。
 確実に言える事がある。人喰い花の毒はそこいらの薬じゃ治らない。メルブの死に様を見た時から感付いていたことだが、パグラムの話で確信を持てた。
 さて……と。いよいよか。
 乾ききった唇を舐める。
 パグラムと話し終えた後、俺は地図を頼りにして、洞窟の最深部へと歩を進めていた。人喰い花と一戦を交えるためだ。
 勝算は……ほとんどなかったな。
 あの時の行動は、今思い出しても不思議だよ。手に負えなけりゃ、降りちまえばよかったんだ。パグラムを連れて、洞窟を脱出しちまえばね。どうせ六千レアだ。貰っても、そんなに嬉しくない。
 なのに、どういう訳か。俺は人喰い花に刃を向ける事にした。依頼を全うする覚悟でいた。
 つくづく因果な商売だ、探偵ってのは。こんな仕事をやっていくよりは、就職難で喘ぎ苦しむ方がマシなんじゃないのかな。
 ……独り寂しく洞窟の中を歩く事しばらく。俺の耳に、よく聞き慣れた音が飛び込んできた。
「水の流れる音……!」
 小さく呟く。いよいよ近づいてきたらしい。
 アインの村の名産物は、この洞窟で取れる湧き水だ。そこいらの水とは、質そのものが比べ物にならない。特に、この水を用いて作られる薬は効き目抜群で、そちらの方も繁盛している。
 ところが、この場所は人喰い花が棲み着くにも絶好の場所となってしまった。ジメジメと湿っていて水も豊富。緑の色素も持ち合わせていないので、太陽光も要らない。餌になる人間もいる。
 贅沢三昧してくれてるわけだ。たかだか人喰い花風情が。
 ……やがて。俺はこれまでよりも広々とした所へ出た。眼前にあるのは湧き水で形成された泉。そして……人喰い花!
 それを目の当たりにした瞬間、俺は驚鍔せずにいられなかった。
 デカいんだ。信じられないくらいに。加えて、あんな植物は見た事がない。女性のウエストくらいはあるかと思われる茎を、気味の悪い蔦が覆っている。肝心の花が、これまた常識外れに大きい。抵抗さえされなければ、大の男一人くらいは苦もなく丸呑みにしてしまうのではないか。
 俺の存在に気づいたのか。やたらにデカい花がこちらに向いた。
 花弁を開く。中には歯のような物がはっきりと見て取れた。舌らしき物体も、柱頭とは思えない。
 これ、本当に植物なのか?
 それとも、まさか?
 ……考えてる暇なんてほとんどなかった。反射的に、俺は後方に跳び下がる。
 黒髪が数本、宙を舞う。危ういところでかわしたものの、ヤツの蔦の一撃は紛れもなく頭をかすっていたらしい。
「この野郎!」
 俺は剣を抜いた。間髪入れずに地を蹴る。その勢いで一気に間合いを詰める事に成功した。隙を抑えた動作で、蔦を横に薙ぐ。
 手ごたえ、あり。
 斬れた蔦から、あたかも血液のごとく、黄ばんだ液体が飛ぶ。急いで俺は離れた。
 この毒液がヤバいんだ。遅効性であれ、まともに喰らうと、メルブと同じ運命をたどる事になる。俺は水属性じゃないし、それ以前に魔法が使えないんだからな。
 気味の悪い花が牙を光らせ、首をめがけて襲いかかってくる。噛まれれば、毒に冒されて助からない。
 タイミングを合わせて、再び俺は跳んだ。狙いは茎。ここをぶった斬れば、勝てる見込みもある。上手くいけば、これで終わりになるかも……
 ところが、だ。突然にして、剣を持っていない左側面から凄まじい衝撃が走った。
 とても堪えきれない。たまらず、身体ごと吹っ飛ばされてしまった。ろくに受け身も取れないまま、壁に肩口から激突する。
「グッ……」
 俺は口から呻き声を漏らした。
 そんな……馬鹿な!俺は注意を怠らなかった。あのタイミングで、俺の方が攻撃を喰らうわけがないんだ。なのに、どうして?
 かろうじて起き上がる。骨折はしていないようだ。でも、左の肩がひどく痛む。
 人喰い花に視線を戻した時、さらに俺は驚かされる事になった。
 斬ったはずの蔦が……再生してやがる?
 そうか。今しがたの一撃も、再生した蔦によって行われたのか。道理で避けられなかったんだ。
 俺は歯を食いしばった。
 やっぱり、こいつは俺の手におえる相手じゃなさそうだ。こいつには武器が効かない。多分、魔法で一気に倒してしまう以外に術はない。
 なるほどな。武器の扱いに手慣れていたと思われるメルブが死んだのも頷ける。
 魔法さえ……魔法さえ使えれば……
「分不相応ってやつか……畜生」
 諦めるか。この化け物に喰われちまうしかないのか。
「いや……ゴメンだね」
 精一杯に口元を歪める。絶望的状況に追い込まれている俺には、その笑みを浮かべるだけでも、かなりの労を要した。
 剣を握り直す。
 魔法が使えないんだ。なら、剣で勝負するしかない。あの茎さえ真っ二つにすれば、多分再生も追いつかないだろう。
 ……それで止めを刺せなかったら、ジ・エンドだ。潔く死ぬしか道はない。
「どうせ死ぬんだったら、格好つけて死にたいもんだよなあ。人間誰しもよお!」
 俺は覚悟を決めた。
 足を踏ん張って懸命に走り出す。狙うは人喰い花の太い茎だ。
 だが、そいつも徒労に終わる事となる。
 剣をかざしたその瞬間……今度こそ俺は諦めさせられざるを得なかった。
 蔦を斬った際に付着したあの毒液。そいつのせいで、早くも剣が錆び始めてやがったんだ。
 もうこうなったら、一か八かだ。
 俺は賭けに出た。錆びた剣に望みを込めて、渾身の力で一気に振る。
 しかし、駄目だ……斬れない!
 花が迫ってくる。多分、頭から丸飲みにでもする気なんだろう。このままだと喰われちまう。だけど、どうしようもない。逃げるにも遅すぎる。
 俺は腹をくくった。
 ……その時だった。
「聳えよ!」
 凛とした声が場に響く。それと同時に、人喰い花の根本から、鋭く太い一本の棘が生えてきた。
「《聳え立つ氷柱の塔》……?」
 花の動きが止まる。すかさず、俺は距離を取った。
 《聳え立つ氷柱の塔》。地面から氷の棘を発生させて標的を貫く、極めて殺傷力の高い水属性の魔法だ。
 この状況下でこんな芸当が出来るヤツ。とくれば、一人しかいないかな。
「寝てろって言わなかったか?」
 首から上だけで振り返る。
 案の定、そこにいたのは水使いの吟遊詩人さんだった。
「随分と独り言の多い探偵ね」
「どの辺から見てたんだ?」
「『分不相応……』ってところくらいかしら」
 ……他人に独り言を聞かれる事ほど恥ずかしい話はない。思わず穴を掘って入りたくなった俺であった。
「分かってるんでしょう。この依頼は、あなたの手に負えるものじゃないのよ。
 この魔法だって長くは持たない。早く逃げなさい、フィズ」
「……あんた、どうするんだよ?」
 直感でしかなかった。理由はない。ただその時、俺は何となく嫌な予感を覚えた。だから、尋ねてみた。
「………………」
 答えを返すのを迷ってるのか、パグラムは押し黙ってしまった。
「……やれやれ」
 そんなパグラムの様子から、俺は悟っていた。
 剣を鞘に納める。
「向いてないのかもな、この稼業」
「……?」
「前代未聞だよな。こんなにお人好しの探偵なんてよ。
 案外、そろそろ潮時だったりして」
 首を前に戻す。凍れる花がそこにあった。しかしよく見ると、氷柱にひびが入ってる。直にこの魔法も破られちまうわけか。
「聞いてたんだろ、俺の独り言。
 どうせ死ぬなら……」
 格好つけて死にたいさ。
 俺は右腕を掲げた。
 今度こそ正真正銘、こいつが最後の悪あがきになる。成功率はゼロに等しい。けど、この場を乗り切るには、これしかない。
「何をする気?逃げなさい」
「ゴメンだね」
 俺は言い返してやった。
「この化け物を倒す。この身体に流れる、風の力を持って」
「あなた……だって魔法は」
「正確に言うなら、きちんと発動させた事がないだけなんだ。
 こう見えても、スクールにいた頃は成績も悪くなかったんだぜ。算術にしても史学にしても、そこそこはこなせていた。
 ああ。魔法だって、例外じゃなかった」
 人喰い花から注意を逸らさず、俺は続ける。
「理論は頭に入ってる。意識容量も魔力も十二分に足りてる。構成を編む手順だって文句なしだった。
 たった一つ俺が出来なかったのは、組み立てた魔法を撃ち出す事。発動だったんだ」
 それまでが完璧でも、一番肝心な所を落とせば全部パーだ。魔法において最も重要な発動が出来ないのは、俺にとって致命傷だった。
 全く惜しかったぜ。実技を除けば、魔術分野だって人並みに扱えたんだ。
 それもあって、昔はよく落ちこぼれ扱いされてたっけな。
「出来ないわけがない。俺は何度も試したさ。けど、結果として、成功例は一度もない。何故か俺の魔法は発動してくれなかった。
 無謀かも知れないが、最後の挑戦だ。成功すれば、俺は魔法の力を得られる。失敗すれば……死ぬ」
「逃げなさいよ!」
 悲痛なパグラムの叫びが胸に痛んだ。
 何故だ、パグラム?俺とあんたはついさっき知り合ったばかりだろ。赤の他人同士なんだ。そこまで俺を心配してくれる義理はないんじゃないのか?
 いや……そいつもお互い様かな。
「フィズ……」
 そんな風に俺の名を呼ぶんじゃねえよ。
「お願……い……」
 突然に彼女の声が弱々しくなり、やがて消えてしまう。続いて耳の飛び込んだのは、何かが倒れる鈍い音。
「パグラム?」
 俺の気が緩んだその直後。
 氷柱に無数の亀裂が入った。さらに間をおかずに、粉々に砕かれてしまう。
 遂に魔法が破られたか!
 傷一つ負っていない様子で、ヤツはあの気味の悪い花弁を俺に向けた。
 パグラムか、人喰い花か。
 躊躇いはしなかった。俺は即座に人喰い花を選んだ。
 静かに呼吸を整え、瞼を閉じる。
 試す魔法が失敗したり効かなかったりした時には、俺達は終わりだ。尤も、これから放つ魔法は間違いなくこいつに効く。後は発動するか否かだけ。
 頭の中で手早く魔法を構成する事から作業は始まる。強力な物になればなるだけ、構成にも時間がかかる。俺の使おうとしてる魔法は、さしてややこしくもないから、時間は気にしなくていい。
 第一、こいつはガキの頃から何度も練習を重ねてきた、思い出の魔法でもあるんだ。今度こそ、成功させてやる。
 ……構成が整った。いつも、ここまではうまくいく。勝負はこれからなんだ。
 魔法を発動させるには、言葉を叫ばねばならない。ただ一言、大きな声で。術者自身が発した声は空気を震わせ、その振動の波が魔法の具現化へつなげてくれる。
 頼む……俺の中の風の力よ!
 カッと目を見開き、俺は大きく息を吸い込んだ。そして叫ぶ。
「吹き荒べ!」
 俺は掲げていた右腕を振り下ろした。
 そういうのは大嫌いなはずなのに。あんなに誰かにすがりたい気になったのは初めてだった。それだけ、俺にとっては全身全霊の賭けだったんだ。
 果たして……
「……ッ!」
 付け加えよう。あれほどに我が目を疑ったのも、あの時が初めてだったよ。職業柄、俺は自身で見た物以外は信じないようにしてるんだ。逆に言えば、見た物に関しては信用していたって事になるんだが……。
 無理もなかった。あの瞬間だけはな。
 咆吼に呼応して……俺は掌から力が溢れるのを、はっきりと感じ取っていた。風の具現化された力が。
 奇跡は起きていた。俺は初めて魔法を起動させ、竜巻を作り出せたんだ。
 《吹き荒ぶ真空の刃》。風属性の中で最も基礎にあたる魔法。でも文句はなかった。むしろ、最高の気分に慣れた。
 俺の元を離れ、竜巻は人喰い花に向かって直進する。恐ろしく速いスピードをもって。
 人喰い花は直撃を受けた。鋭利な刃に蔦が切り裂かれる。茎にも亀裂が入り、毒液が吹き出した。真空の渦の衝突には、さしもの怪物も耐えられなかったのだ。
 一通りの攻撃が終わる。それでも人喰い花はまだ生きていた。蔦も茎もボロボロ。再生もおぼつかない様子ではあったのだが。
 もう一発撃てば、確実に倒せる。反射的に俺は右腕を挙げていた。
 でも、一度踏みとどまる。
「……分かってくれ、とは言わないぜ」
 静かに諭すように、言葉を選びながら俺は呟いた。
「あんたは人を喰っちまったんだ。自分が生きるためだとしてもな。依頼された通りに、俺はあんたを始末する。所詮は弱肉強食ってやつだろ。
 次があるなら、人の手の届かない、もっと静かな場所で生まれ変われよ」
 ……俺達だって肉を喰らう。それと同じ事なんだ。自然の摂理ってやつさ。こいつが人を喰ったのも、そうしないと生きていけなかったんだよな。
 ……だから、俺はお前の事を恨みはしないさ。
「吹き荒べ!」
 俺は吼える。
 二度目の竜巻が唸り……今度こそ、人喰い花を八つ裂きにした。
 バラバラになった茎や蔦が毒の海に落ちる。自らの体液によって自らの肉体は灼かれ、溶かされてしまう。気味の悪かったあの花すらも、あまりにあっけなく。
 終わった……?
「いや、まだだ」
 まだ、彼女が残っている。

      3
 強い剣を手に入れたい。そのために探偵になった。
 俺自身が誰よりも強くなって、最高の剣を手にして……
 そうじゃないと、父さんみたいになっちまうと思ったからさ。
 だけど、いつしか俺は剣に頼るようになっていたらしい。強い剣を持って、それで自分が強くなったと勘違いして。
 俺が魔法を使えなかったのも、剣に対する甘えがあったからだろうな。剣に頼りすぎた結果、うまく構成を編めなくなっちまってたんだ。
 だから、剣を手放したあの時、俺は初めて魔法の発動に成功した。
 剣を求める事が落ち度になってたなんてな。本末転倒だ。
 実際は、この俺自身が強くならないと意味がないのにさ。

 あの件から数週間後。
 久しぶりに、俺はアインの村を訪れていた。
 スクールを卒業し、プロとして探偵稼業を営み始めて一年。それなりに依頼を受け、時には誰かと剣を交えた事もあったが……中でもあの仕事は思い入れがある。だから、また来てみたくなったんだ。色々な意味を含めてね。
 彼女に言いたい事がある、ってのも理由の一つだったかな。
 村長に案内され……俺は彼女の泊まる宿へとやってきた。部屋の確認も取る。
 ドアの前で一度深呼吸。続けてノックした。
「入るぜ、パグラム」
 ゆっくりと俺はドアを開いた。
 こざっぱりとした部屋。そのベッドに横たわる女性こそ、人喰い花の一件で知り合った、パグラム・ユーネルだった。
「フィズ……久しぶりね」
「ああ」
 パグラムは思ってたより元気そうだった。何しろあんな事があった後だ。参りきっていてもおかしくないのに。
「これ、見舞い」
 と差し出すは干し肉詰め合わせの袋。
 ……既視感を覚えてしまった。こんな美人を前にして、一度ならず二度までも、つれないセリフをかましてしまうなんて。口説き文句の一つでも考えとくんだったかな。
「ありがと」
 まあ……パグラムも喜んで受け取ってくれたし、別にいいか。
「調子も良さそうだな」
「いつまでもここでご厄介になれないから。もう少ししたら、また旅に出ようと思ってるのよ」
「そろそろ、動いても大丈夫なのか?」
「ええ。毒も抜けたしね」
 パグラムは微笑んでいた。
 人喰い花を倒した後、俺はパグラムを担いで洞窟を脱出した。その足ですぐさま村に戻ったんだ。
 とうとうパグラムにも限界が来ていた。魔法を具現する際に要される精神力、俗に言う意識容量が底をつきかけていたからだ。意識容量がゼロになると……魔法が使えなくなるだけにとどまらず、精神の崩壊へと連鎖し、最終的に廃人となってしまう。あの時のパグラムは、毒と精神崩壊の二つの危機に瀕していたんだ。
 意識容量に関しては、充分な休息を取って絶対安静にさえしてれば、徐々に快復していく。問題は毒の方だったんだが、ここで幸運に恵まれた。
 アインの湧き水から作られる解毒剤は、一般の物より遙かに優れている。人喰い花がいなくなったため、湧き水産業も無事に再開出来た。汚染されてしまった部分を取り除き、新たな湧き水を汲めば、効果覿面の解毒剤も難なく作れるのさ。これさえあれば、どんな猛毒であろうと心配はいらないそうだ。
 かくして、パグラムはしばしアインの村で世話になる事となった……
「今日はまたどうしてここまで?」
「面倒な仕事も今のところはないし、もう一度話がしたかったんでね。あんたが村を出る前に」
 次にまたいつ会えるとも限らないし、もう二度と顔を見れなくなる可能性だって高いだろ。
 借りは返せる時に返しとかないとな。
 俺は彼女にそれを差し出した。
「千レア紙幣……?」
 首を傾げるパグラム。
「報酬は五千レアでいいよ。そいつは、あんたの分け前にしてくれ」
 彼女に魔法を使わせちまったのは、俺の落ち度でもある。助かったとは言え、無事に保護するという役目は全う出来ていなかったんだ。
「……水使いだったのが幸いしたな」
「癒しのエキスパートだからね。解毒系統を会得してなかったのは痛かったけど」
「それだけじゃないさ」
 目を閉じれば、脳裏に蘇る。あの不気味な花。異様な再生能力。血飛沫のごとく飛び散った毒液。
 それに……
「何であいつには、水の魔法が効かなかったんだろうな?」
 《聳え立つ氷柱の塔》も、一時の足止めにしかならなかった。あの、極めて殺傷能力の高い魔法ですらだ。
「本当は植物なんかじゃなかったんだな。
 水属性の……魔物だったんだろ。だから、メルブは死んであんたは助かったんだ」
 植物学についても、一通りだけなら学んだ事がある。
 人を餌とする植物はそれなりに生息している。しかし、だ。あんな短期間で再生を行える植物というのは、どうも聞いた事がなかった。
 あれは……単に植物を形取った別の生き物なのではないか。俺の中で、疑問は膨れ上がっていた。
「火は水に弱い。メルブが骨になってやがったのは、弱点の属性による攻撃を受け、毒の進行が著しく早まったためだろう」
 これが真実なら、面倒な話になってくる。あの人喰い花が魔物であれば即ち、一連の騒動を仕組んだ人間がいる事に他ならない。
「ピエロ」
 ぼそりとパグラムが呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
「何だって?」
「宿の人から聞いたの。
 人喰い花が棲み着く二、三日前に奇妙な客が来たって」
「そいつがピエロだったと?」
 ……怪しいとは思ってた。
 やっぱり、あの野郎が絡んでたのか。
「真っ白な肌にペイントされた青紫の模様。服も帽子も全てが同じ色に彩られたピエロだったそうよ。
 あなた、心当たりあるの?」
「面を拝んだ事はない。ただ、ちょっとした因縁があるだけだ」
 ようやく俺は確信が持てた。この一件は青紫のピエロによって仕組まれた物だったという事実に。
「ある日、それまでの宿代だけを残して忽然と消えてしまったそうよ」
「神出鬼没な道化野郎なんだよ、あいつは」
 付け加えれば、正体不明ってところだな。
「……何があったのかは知らないけど」
「ん?」
「気をつけた方がいいんじゃない?
 そのピエロ……どうも匂うのよね」
「嫌になるほど肝に銘じてるよ」
 これだけ大っぴらに動き回りながらも、全然尻尾を掴ませてくれないんだ。ただの道化じゃない事くらい、身に染みて分かってる。黙って殺られるなんて、俺の性に合わないからな。
 さて、と。大方の事情も呑み込めたところで、そろそろお開きにしますかね。
「悪かったな。病人相手にすっかり話しこんじまってさ。
 俺、そろそろ帰るわ」
 借りも返せた。有力な情報も手に入った。青紫のピエロの件については、後でもう少し宿の主人とやらから、詳しく聞かせてもらうとしよう。
 俺はパグラムに背を向けた。 
「また、縁があったら会おうぜ。そん時は、ご自慢の詩でも堪能させてもらうかな」
「………………」
「なあ、パグラム」
 ゆっくりと歩きながら、俺は続けた。
「あんた、あの洞窟で果てる気だったんだろ。土壇場であんな無茶をやらかしたのも、命が惜しくなかったからなんだろ。
 お節介な探偵の戯言として言っとく。俺にも相棒がいるから、気持ちは分からないでもないが……せっかく助かったんだ。だから、生きてみたらどうだい」
「……考えてみるわ」
 彼女の漏らした呟きを最後に、俺はドアを閉めた。

 あの時以来……パグラムとも久しく会っていない。
 メルブを失った孤独に耐えかねて、命を絶ったのか。あるいは、もう何事もなかったかのごとく、どこかで旅を続けてるのか。彼女がどうなろうが俺の知った事じゃないのかも知れない。
 所詮、俺は一介の探偵だ。与えられた仕事をやり遂げていればいい。他人の心配をする義理でもない。
 ただ……俺、思うんだ。彼女の作る詩を聞いてみたいってね。だから、俺は彼女が生きてる方に自信を持って賭けるぜ。
 今度こそは、気の利いたセリフも言えるようにしとかないとな。三回連続で干し肉ネタは寒いだろ。
 よし。ミレアのヤツにでも、一つご教授願うとするかな。
 いつかまた、彼女と……吟遊詩人のパグラム・ユーネルと再会するかも知れない、その日のためにも。

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Novel Editor