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ソードレボリューション 作者:殻鎖希

第15回   ソードレボリューションの誓いの元に
      9
 シギが倒された事を、何らかの方法で外から察知したのか。ともあれ、俺達三人が地図を頼りにして巨大迷路のゴールを見つけた頃には、結界魔法もすでに解かれていた。
 ゴールを通って洞窟を抜け、外に出る。
 随分と長い時間、試験場にいたらしい。空はすでに、赤みが差していた。
 夕陽なんざ、もう二度と拝めなくなる決心もしていた。そのせいなのか、どこか懐かしさを覚えていた気がする。
「………………」
 分からないもんだよな、人の生き死になんてさ。
 そんな風にひとしきり思いを馳せた後、俺はマスターの方にちらりと目をやった。
 マスターは座り込んだまま、しばらく動こうとしなかった。彼の眼前には、安らかな眠りについたシギの姿があった。
 俺がこの手で斬り捨てた道化野郎。ヤツは紛れもなく、青紫のピエロと呼ばれた犯罪者だった。多くの人間を傷つけ、殺してきた。
 でも……マスターにとっては、シギは自分の子供以外の何者でもなかったんだ。自分の子供を殺してくれと依頼しなければならなかったマスターの心境、俺にはとても計り知れない。
「貴公が気に病む必要はない」
 俺の事を心配してくれてるのか、マキが声をかけてきてくれた。シギとの交戦中に受けた傷も、完全に治療済みだ。
「……探偵にしとくにゃ、俺は人がよすぎるかい?」
 そんなマキに、悪戯心で尋ねてみる。
「最初はかように考えていた。
 しかし、今の私は貴公を尊敬している。戦いを通じて貴公の魂を知ったからな」
「俺はそんなに大した人間じゃねえよ」
 伝説なんか、クソ喰らえだっての。
「さて……私はそろそろ行くとしよう」
 そんな俺を見て安心したのか。マキはくるりときびすを返した。
「どうするよ?」
「死戯を倒すという義務はなくなった。私がここにいる理由もない」
「そうかい。まあ、元気にやりな」
「貴殿もな。〈槍を尊ぶ者〉」
 オヤジは似合いもしないウインクを、マキに送った。案の定、マキはにこりともしなかったが、まあそれもご愛敬ってやつだ。
「浮遊」
 マキの身体が宙に浮く。
「達者でな、ライアス」
「ああ。また会おうぜ、マキ」
 ……あれは見間違いだったのかも知れない。けれど、少なくとも俺の記憶には鮮明に残されていた。マキの、愛らしい笑顔が。
 俺が次の言葉をかける前に、マキは猛スピードでどこかへと飛び去っていった。
「結局……あいつは何だったんだろうな?」
 空を見上げながら、オヤジはぼんやりと呟いた。
「あの魔力……ヤツもかなりの使い手だった。下手したら、昔のマスターを上回るかも知れねえ」
「野暮な事言うなよ」
 俺には、何となくマキの正体について予想が付いていた。
 マキと相見えたオヤジが、ベルナ・ノウカンの名を出した事。マキがさる東国とつながりを持っているらしい事。そして、マキがシギとの戦いを義務と言い切った事。
 魔危のヤツもまた……大戦に遺された一人だったってわけか。今となっては、どうでもいい話だがな。
「ケッ」
 そっぽを向くオヤジ。やれやれ、まるで子供みたいだな。
 苦笑を漏らしつつ、俺は視線を前に戻した。一台の馬車が走ってくるのが見える。
 そうか。魔法の狼煙を上げてからけっこうな時間が過ぎたもんな。
「……迎えが来たぜ」
 俺は二人の先人達を促したのだった。

 これまで探偵をやってきて、ミレアには色々心配をかけさせちまったけど、特に今回は極めつけだった。俺が無事にスクールに生還した時のあいつの顔は、一生忘れられないだろうな。
 俺が相棒をもっと信じてやってさえいれば、事態はもっと好転していたかも知れない。
 いや、ミレアだけじゃない。ヘルゼーラやオヤジにも、今回は随分と迷惑をかけた。改めて、俺は自分の未熟さに恥じ入る事になってしまった。
 シギとの戦闘の翌日、ミレアの力は俺の身体からすっかり消え去ってしまった。あの薬の持続効果は一日だけだったらしい。
 残念だとも思わなかった。要は、これから俺達が強くなればいいだけの話なんだから。
 今度こそ本当に目指してやる。人間と剣の調和を、ソードレボリューションを。
 俺は改めて決意を胸に秘めた。
 さらに、それから数日後。
 俺は相棒のミレアと一緒に、スクールを去る事となった。ヘルゼーラには授業があるし、オヤジはもう少しここに残るらしい。よって、最初に俺達が帰る事になったんだ。
 校門の前に立ち、俺達は懐かしの学舎を眺めていた。ここに訪れる事もしばらくはないはずだ。柄にもないが、しっかりと目に焼き付けておきたかった。
「ねえ、フィズ」
 傍らで大きな弓を背負った相棒が話しかけてきた。
「ん、何だい?」
「来年もまた来よう」
「ああ、そうだな……」
 ミレアの言わんとするところを察し、俺は大きく頷いた。
 シギの遺体は、スクールの敷地内にマスター自らの手で手厚く葬られた。全てが秘密裏に行われたため、大がかりな葬式は出来なかったけれど、それでもマスターはどこか満足した様子だった。
 俺とミレアは来年もここに来るつもりだ。シギのヤツの墓参りにな。
「さあ……帰るか」
「うん」
 とりあえず、今は思い残す事はない。
 俺達はスクールに背を向けて歩き出した。
「ところで、帰ってどうするの?」
「さてな。
 何なら早速新しい仕事でも探すか?」
「その前に〈クルーヴ〉で一杯やりたいわね」
「悪くないな」
 他愛もない話をしながら、俺達は帰路につく。そしてまた依頼を受けて、仕事を完遂すべく努める。
 これからも、それはきっと変わらない。
 そして、俺達はまだまだ強くなる。
 ソードレボリューションの誓いの元に。

                                                           《完》

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Novel Editor