8 温かい……それに気持ちいい。 俺はゆっくりと目を開いた。 「………………」 「意識が……戻ったか」 マキ……なのか? 「俺は一体……?」 一体、何がどうなったんだ? 身を起こそうとする俺の顔に、生温い液体が滴り落ちる。 「マキ?」 「グア……」 続いて重い音が聞こえる。そう、何かの倒れるような…… いつまでもお寝んねしていられなかった。慌てて俺は起きあがった。 そこで気付く。左腕が復元している事に。 剣圧を受けて、確かに俺は左腕を失ったはずだ。しっかりと記憶している。 だが、今はそんな事に構っていられない。 よろめく足を何とか踏ん張らせて、俺は眼前の光景を受け止めた。 シギと……マキがいた。 杖に魔力の刃を発生させているシギと、傷だらけになって膝をついているマキが。 「どうした、マキ!」 何があったのか、訊くまでもなかった。それでも俺は叫んでいた。 「貴公も……しぶとい男よな…… まさか……あの状態で助かるとは……」 「あんたが助けてくれたのか。俺の腕を治してくれたのも……」 おそらくはシギと戦いながら、俺に治癒魔法をかけてくれたんだ。自身も相当の深手を負いながら、俺のために。 「ライアス…… 私は貴公を死なせたくはなかった……それ以上の理由はない」 「しっかりしろ、マキ!」 「おや、負け犬が性懲りもなくしゃしゃり出てきたでしゅか。いい加減にしてほしいもんでしゅねえ」 即席の魔法剣をもたげ、シギが残忍な笑みを浮かべる。 「何なら、そっちからもう一度殺してやるでしゅか」 「させん!」 荒い息をつきつつも、マキは何とか構えを取り、渾身の居合いを繰り出した。だが、いつものスピードがまるでない。 「往生際の悪い人でしゅねえ。 さっさとくたばるがいいでしゅ」 剣閃を軽々とかわし、シギは魔の刃を掲げた。 「やめろ!」 飛び出そうとするけれど、すぐには身体も動いてくれない。もはや俺にはどうしようもなかった。 刃が振り下ろされ、造作もなく切り裂かれるマキの身体。 「……!」 大量の血を噴いて、マキはそのまま倒れた。 「………………」 光景を目の当たりにしても、俺には実感が湧かなかった。 マキが……やられたのか?途方もなく強かった、あのマキが…… 「随分と手こずったでしゅがねえ。さすがの魔危しゃんも、これで終わりでしゅか。 運がなかったんでしゅよ。おいらが新たな力さえ手に入れてなければ、勝ち目もあったでしょうに」 「マキ……」 マキは動かなかった。 身体中の無数の裂傷が、戦いの凄まじさを物語っている。今のマキは、惨死体そのものだった。 この俺なんざを助けるために……マキは本気を出せなかった。だから、ここまで一方的になぶられちまったのか。 「許してくれ……なんて言えた義理じゃないかな」 俺は地に落ちていた輝きの剣を拾い上げた。 「すぐに……俺も行く。 せっかくあんたに貰った命だが、こうするしか手はないだろうからな」 殺意を持って斬り合った事もあった。相容れない仲でもあった。だけど、最期にはマキは俺を助けてくれた。 「後は、負け犬を倒せば終わりでしゅか。 邪魔者を一掃してから、完全な魔力を得てやるでしゅ」 すでにシギの意識は俺に移っていた。刃をこちらに向けてくる。 「青紫のピエロ……シギ」 俺もまた、剣を握りしめる。 「嘘はつけないもんだよな」 「何でしゅか?」 「俺の中には、まだどこかにこの世に対する未練があったらしい。結果がこの情けねえ有り様だ。 最初からこうするだけの覚悟が出来ていれば……勝負は決まってたのによ」 「ハッタリはやめろでしゅ。どんなに足掻いたところで、今のおいらには絶対かなわないんでしゅからね」 「足掻いてやるさ。それであんたを葬れるのなら」 シギは油断しきっている。切り札を試みるには……おそらく、最後のチャンスだ。逃すわけにはいかない。 「行くぜ!」 俺は勝負に出た。 構成を編む要領で、身体に流れる魔力を高める。秘められた風の力を。 「魔法で来るでしゅか。でも、現実は悲しいでしゅね。あんたの風魔法はおいらには通じないんでしゅよ」 「それはどうかな?」 さらに高める。 いつもなら、この時点までに魔法を発動させているところだ。しかし、ヤツの言った通り、この程度では大したダメージも期待出来ない。 ならばどうするか? ……言葉で述べるだけなら単純な話だ。とどのつまり、常時よりも魔力を上げればいい。 今回のように、実力が大きくかけ離れた者を相手にする場合、この戦法は危険な賭けへと一転する。生半可に上がった魔力では、むしろ返り討ちにされる可能性が高い。 けれど、俺にその心配はいらない。 「……おかしいでしゅねえ」 シギもようやく気付いた様子だ。 「あんたから感じられる力……明らかにさっきとは別物でしゅ。並みの意識容量では、ここまでに魔力を高められないはずなんでしゅが……」 「………………」 「まさか……!」 その、まさかだぜ…… 今から止めようたってもう遅い。 これこそが、魔法を使う者にとっての切り札。自らの意識容量の全てを魔力に変換する事により、潜在能力の全てを爆発させる大技だ。無論ながら、これを用いれば術者もただでは済まされない。 全意識容量を使い切ってしまったその瞬間に、人は自我のコントロールを失ってしまう。そして、最終的には自我そのものが崩壊して廃人と化す。こうなれば、もはや死んだも同然の状態だ。例外はありえない。 これだけのリスクを背負った魔法なんだ。確実に効果はある。百パーセントの意識容量を魔力に変換し、狙いをシギ一点に定めて発動させれば、いくら奴でもまず助かりはしない。試験場内への影響も、極力とどめられる。 強大すぎる威力のため、防御は絶対不可能。俺自身を殺そうとして下手に攻撃を仕掛ければ、その瞬間に魔力は暴発する。かと言ってこのまま何もしなければ、あえなくシギは死ぬ事になる。 今の俺を止める方法はただ一つ。俺自身が意志を持って、目覚めさせた力を抑えるしかない。それに成功して初めて、この魔法は防がれる。 だが……俺に降りる気はない。 「面倒な事をしてくれたでしゅね。自殺なら一人でやってほしいもんでしゅ」 状況的にはシギも決して有利ではない。それでも、ヤツは落ちついていた。 「いいでしゅよ。その勝負、受けてたってやるでしゅ」 シギは魔の刃を振りかざした。 「包闇・極!」 シギも魔法を発動させた。杖を包んでいる闇がさらに大きくなった。 「おいらのとっておきを全開にしてやるでしゅよ。命懸けのあんたでも、この魔法だけは破れないはずでしゅよ」 「破らせねえさ……この一発だけは、何があっても決めてやらあ」 俺も負けじと力を高める。シギもまた、刃を増加させ続けていた。 これで終わりだ、何もかも。次の一撃で、俺はいなくなる。シギと共に。 父さん……今行くからな。 心中で俺が独りごちた、その刹那だった。 「させねえよ」 不意に……凄まじい速さで何かが俺の脇をかすめていった。 何だ……人影か? 「ロゼの野郎に誓ったんだ。テメエは俺が死なせねえ」 その人影らしき物は、瞬く間にシギの前に躍り出ていた。 マキに勝るとも劣らぬ跳躍力だ。そう、あれは…… 「オヤジ……」 〈槍を尊ぶ者〉クリマ・セイルが、ようやくここまで追いついてきたんだ。 「ちっとどいてな」 「へぐっ!」 槍で顎を突き上げられ、柄にもなく情けない声を出すシギ。 「い、痛かったでしゅ。舌、思い切り噛んだでしゅよ」 「うるせえよ。次喋ったら突くからな」 ガンを飛ばしてシギを無理やり黙らせ、オヤジは俺へと向き直った。 「おい、フィズ。テメエ、何やってんだよ?」 「今頃、何しに来やがった……?」 「上にいた魔物共をあらかた片付けて、ここまで来てやったんだろうが」 タイミングが悪いにもほどがあるぜ…… そもそも、今更俺に何を言おうってんだ? 「まだ間に合う。やめろ、フィズ」 馬鹿げてるよ……あんた。 「俺には、義務がある」 「血迷うにゃ、早いすぎるんじゃねえのか。まだやれる事があるはずだ」 無駄なんだ……もうこれしか打つ手はない。 「フィズ!」 「………………」 「……そうかい。なら、俺もこうするまでだ」 オヤジは両腕を広げた。シギをかばうようにして立ち、そのまま仁王立ちをする。 「な……オヤジ……?」 「こいつが俺の覚悟だ」 口元を歪め、オヤジは俺を見据えた。 ……このままではオヤジも巻き込んじまう事になる。 撃つか?いや、ここは…… すり足を使って、少し横に移動してみる。 「無駄な事すんなって。 立ち位置を変えたにしても、俺はすぐに反応出来る。第一、今のお前にゃ素早い行動なんざ取れねえだろ」 やっぱり駄目か。すっかり、見透かされてやがる。 「おっと。そっちもじっとしてな」 オヤジは軽く槍を振った。まさに杖で斬りかかろうとしていたシギが動きを止める。 「……あんた、ただ者じゃないみたいでしゅねえ。シャドウマスター様と同じ匂いがするんでしゅよ」 シギも悟ったようだ。オヤジから感じられる、ただならぬ雰囲気に。 いつもの馬鹿オヤジとは違う。マスターが常に醸し出している、あの威圧感に似た気配。伝説の槍術家と呼ばれるだけはある。 「なあ、フィズよ」 オヤジは呟いた。 「伝説の男ってのはな、惚れた女を不幸にするように出来ているらしい。 ロゼもそうだった。綺麗なカミさんとガキんちょを俺に託して、野郎自身は別の女と剣の道を選んだ。 理屈で言うなら、それはお前らのためだった。確かに剣の事もある。しかし何よりも、お前達の幸せを願って、ロゼはシャドウマスターとの戦いを続けたんだ。 そして結局、ロゼが戻ってこぬままに、お前の母もこの世を去った」 父さんの話?いきなり何を…… 「俺だって似たようなもんだ。知っての通り、ヘルゼーラにも母親はもういねえからな。 それで……どうする気だ、フィズ?お前が三人目の伝説となるのか?」 俺が伝説に? ここで俺が果てて伝説となり、歴史に名を刻む。それは俺の一番嫌いな事だ。 「どうしようもねえ状況なら、俺も納得出来るかも知れねえ。 だが、そうじゃねえだろ。テメエには、まだ他の方法が残されてるはずだ。 いいか。もしここで、テメエが諦めて命を投げ出せば……少なくとも一人は不幸なヤツが増える事になるぜ」 ミレア……! その時、俺は思い出していた。今一度試してみるべき、もう一つの手段を。 そうだ、あれがあったんだ。 俺……馬鹿だ。 「……悪い」 額に大量の汗が滲んでいる。正直言って、かなり辛い。 「オヤジ……俺、もう一度だけ悪あがきしてみる」 「よし」 満足げに頷くオヤジ。 まずは、この状態を何とかしないとな。 俺はゆっくりと、高ぶった感情を鎮め始めた。ゆっくりと……ゆっくりと。 続いて意識容量から魔力への転換をストップさせる。 後は、多量の魔力を身体に吸収させるのみ。 「………………」 汗はとどまる事を知らず、滝のように溢れてくる。 実はこの作業が一番手間取るんだ。半具現化された魔力はなかなか元の鞘に戻ってくれない。ここで一つ誤れば、魔力を暴走させちまう事にもなり得る。それでジ・エンドとなり、意識容量の全てを費やした挙げ句、俺は廃人になる。 だが……クソ!思うように魔力を制御出来ない。このままではヤバいぜ。 「手を……貸そう」 苦戦している俺の横から、手がさしのべられた。 ありがたい。けど、誰だ? 「貴公を……死なすものか」 「マキ!生きてたのか」 それはマキだった。傷ついた身体に鞭を打ち、俺の魔力制御に協力してくれている。 「やれやれ」 オヤジが苦笑しつつ、頬を掻くのが見えた。 「少なくとも二人、だったかい?」 マキの手を伝わって、魔力の流れは緩やかになった。そして……正常に戻る。 「や……った」 俺は輝きの剣を地に降ろし、自身もその場に腰をついた。 「フィズ」 「ライアス」 二人の超人が声をかけてくる。言葉を発するのもままならなかったから、とりあえず笑顔で返事をした。 しばし……呼吸を整える。 「大丈夫そう……にもないな」 「見りゃ分かるだろ」 少し落ち着いたのか、ようやく声が出た。 「積もる話は後だ。 今は……」 身を起こそうとするが、身体が動いてくれない。仕方なくそのままの姿勢で俺は続けた。 「今は、シギを倒す」 「……正気でしゅかあ?」 オヤジの背後から、小馬鹿にしたようなシギの嘲笑が聞こえた。 「あんたじゃおいらは倒せないでしゅよ」 確かに……そうだ。 自爆技を発動させようとした見返りで、俺には余力がほとんど残っていない。対してシギは、未だ魔の刃を持ったままなのだ。 どちらに軍配が上がるかは一目瞭然と思われる。 でも、実際はそうとも言い切れない。 「それとも、魔危しゃんやそちらのオッサンと交代する気でしゅかあ?」 「いや……」 俺は道具袋からある物を出し、掲げてみせた。 「フィナーレは俺が決めるさ」
『ここ数日で……調合しておいた薬よ。ちょっとした実験だって……先生にも手伝ってもらったの。 絶対に役に立つわ。持っていって』 試験場に入る際、ミレアから渡された小瓶。 死の間際に立つような事になれば、その時に瓶を割れ。俺はあいつからそう聞かされていた。 そう、使うべきは今なんだ。 「オヤジ。マキを連れて、退がっててくれ」 「おう」 素直にオヤジは従ってくれた。マキに肩を貸して、俺とシギから距離を置いた。 ……よし。 「正真正銘の馬鹿でしゅねえ。自殺でもしてた方がマシだったんじゃないでしゅか?」 「最初の方はその通りかも知れないな。だが、後のセリフはいだだけないね」 「生意気でしゅよ。そんな瓶……こうしてくれるでしゅ」 魔の刃と化したシギの杖から、暗黒弾が放たれた。 すかさず、俺は瓶から手を離す。 狙い違わず、瓶は弾の直撃を受けて粉々になった。 元より瓶は壊すつもりだったんだ。問題はない。 「無駄な抵抗はやめろでしゅ。大人しくするがいい……」 偉そうに並べ立てらられていたシギの口上も、途中で途切れる事となる。どうやら、ヤツも気付いたようだ。自身の壊した瓶の中から、赤い霧みたいな物が溢れ出している事実に。 薬なのか?ミレアはそう言ってたんだが、正直なところ……こんな奇妙な代物にはお目にかかった事がない。 微かな熱を帯びたその霧は、ゆったりと俺の身体にまとわりついてきた。 鬱陶しさも覚えなかった。いや、むしろ逆ではなかったか。不可思議さは拭いきれなかったけれど、俺はどこかで安堵に浸りきってはいなかったか。 何故、こんな気分になれるんだろう? ……そのわけについては、すぐに察しが付いた。考えてみれば、簡単な話だった。 「何なんでしゅか?次から次へと、色々見せてくれるんでしゅねえ」 「………………」 俺は輝きの剣を持ち直した。道化へと切っ先を向ける。 「シギ。そいつで来るんだ」 俺は、視線でシギの杖を示した。 「そうでないと、今の俺とは勝負にならないからな」 「これはおいらの最強技なんでしゅ。魔力も最終段階まで高まりつつあるんでしゅ。 甘く見たら、後悔するでしゅよ」 「なら、試してみるんだな」 シギに挑発をかます。ヤツのようなタイプなら、単純に乗ってくるだろう。絶対の自信を持っていれば、なおさらの事だ。ヤツは万に一つにも、俺に負ける事はないと確信している。 戦闘の際、相手の力量の目測を誤るのは愚の骨頂。それが命取りになりかねない。 勝負は……最初から決まっていた。 「これ以上、馬鹿を見てられないでしゅ。 死ぬがいいでしゅ!」 シギは巨大な魔刃を振るった。 「甘い!」 俺も剣で応対する。 ぶつかり合う二つの刃。威力は……互角!俺の技も全く引けを取らない。 「な……何で折れないんでしゅか?」 初めてシギの表情に驚愕が現れた。 「おいらのこの魔法こそが、最強の剣なんでしゅ。いかに魔法耐性を持ち合わせていても、それが物質である限り、まともにぶつかれば折れない道理はないはずでしゅよ」 「斬り合ってる最中に、つらつら御託並べてどうすんだよ」 刃を交えたままで、構成を編む。 力を借りるぜ……相棒! 「屠れ!」 咆吼と同時に、シギの足下から燃え盛る炎が出現した。 《其の身を屠る火炎》。火属生に位置する魔法である……あいつの得意技だ。 間髪入れずに、俺は左手を剣から離した。掌をかざして、もう一度叫ぶ。 「蝕め、嵐よ!」 風魔法を展開。炎に覆い被さるようにして、竜巻が発生した。 《吹き荒ぶ真空の刃》とは桁違いの技、《命を蝕む絶望の嵐》。俺の使える風魔法の中で、最も優れた破壊力を秘めている。 竜巻に身を裂かれながら、シギは吹き飛ばされていた。さらに、壁に後頭部をぶつけて、派手に転倒する。 普通の相手なら、このまま追い打ちをかければ倒せる。けれど……驚異の再生力があるシギでは、まだ決定打にはならない。 案の定、ほどなくしてヤツは立ち上がった。杖を持つ手からは、未だ魔力が発せられている。 それでも、ダメージはあったらしい。 「……いきなり強くなったでしゅよ。 本当にどうなってるんでしゅかねえ?」 二、三度頭を振って、シギは改めて構え直した。 「失敗だったな、シギ」 「何がでしゅ?」 「あんたは勝てる内に、全力で俺を殺しておくべきだった。 悪いがな。今の俺は、あんたにだけは負ける気がしないんだ」 そうだ……俺には相棒がいる。ミレアの力を借りる事で、今の俺には火魔法が使える。輝きの剣も俺と一緒に戦ってくれている。 だから、絶対に負けはしない。 「あんたとは、背負った重みが違うんだよ。 さあ、目に焼き付けな。俺達の底力をな」 俺は剣を振りかざした。 「おいらの魔法がそんな剣に負けるわけがないでしゅ。 二度目の奇跡はありえないんでしゅよ!」 猛然と突進してくるシギ。敵の動きに対して、俺は的確に反応出来た。 「闇の力に勝てる道理はないでしゅ!」 「そいつぁ、残念だったなあ!」 横薙ぎを放つ。火と風の二つの力が込められた魔法剣を用いて。 シギの攻撃を受け流して、一閃。 「な……!」 シギの胴から鮮血が吹き出した。 「さっき、おいらの魔法剣が効かなかったのも、その力のせいで……」 「ご名答」 火と風……異属性の調和が導く力。それはシギの魔属性をも上回っていたようだ。 「復活ごっこは終わりだ。再生すら追いつかないほどに、一気に決めてやる」 「そうはさせるかでしゅ!」 放たれる暗黒弾。俺はその全てを斬り捨てた。 返す刀で、さらに薙ぐ。 「あ…… ま、まずいでしゅ!」 「逃がすかよ」 シギの足首を掴み、片手で投げる。倒れ込んだところにまた斬りつける。 それでも、シギにはまだ戦意があった。火に灼かれ、風に裂かれながらも、隙を見ては反撃を仕掛けてくる。 「ま……負けないでしゅよ」 「どうした? 魔法が弱まってきているぞ。そろそろ、限界なのか?」 「うるさいでしゅ!」 シギは杖を放り出した。術者の手元を離れ、杖を包み込んでいた魔の刃も消滅する。 諦めたか? いや、違う。次の攻撃は…… 「業火!」 シギの片方の掌から燃え盛る火炎が発せられた。 やっぱり、《業火灼熱無限大》で来やがったか。相も変わらず、大した魔法だ。 だが……バレバレなんだよ。 事もなく、俺は左手一本で一撃目の炎を握り潰した。 「無駄だ。今の俺には炎は通じない」 「しゃ、灼ね……」 「だから無駄だっての」 剣の切っ先を、道化野郎の丸っこい鼻元に向ける。 「撃てばどうなるか、分かってるよな。やめといた方がいいぜ」 「うっ……」 「じっとしてな。楽にしてやるからよ」 魔法の構成を編む。 優劣は完全に逆転していた。シギにはもはや、いささかの勝機も残されていない。だからと言って、俺は手を抜いたりはしない。 「せめて、おいらが完全に魔力を取り込んでいれば……」 「どちらにしろ、結果は変わらなかったと思うがな。 お前は、俺達には勝てない」 「こ……こうなったら、これしかないでしゅ!」 突然、シギは身を起こした。 下手な小細工でも思い付いたか。悪いが邪魔させてもらう。 「粒手よ!」 《這い進む火の粒手》。蛇を象った火の粉の集合体が、その名の通り地面を這ってシギに迫った。 青紫の衣装が紅蓮の炎に包まれる。 それでも……シギは生きていた。 「いい加減、しつこいぜ」 剣を持つ手に力を込める。 おそらく、次の一撃で戦いは終わる。過剰にダメージを受けすぎたせいか、すでにシギは再生も追いつかない様子だった。ヤツは人間を元として生み出された生命体なんだ。どんなに化け物に見えたとしても、限界はある。 「おいらは……負けないんでしゅ。絶対に、何があっても負けないんでしゅ」 よろめきながら、シギはゆっくりと祭壇の方へと向かって歩き始めた。 「い……今からでも、遅くないでしゅ。ここの魔力を、全部おいらの物にするでしゅよ」 そうすれば、俺に勝てるか?……勝てっこないさ、あんたじゃな。 剣を携えて、俺は走った。 そして、懸命に歩こうとしているシギの正面に回り込んだ。 「………………」 シギの愛嬌のある顔に、初めて恐怖の感情が見られた。 悟ったのだろう。もう、どうしようもない事を。 「なあ、シギ」 そんなヤツに対し、俺はこう言った。 「こういうのは嫌いなんだがな。あえて言わせてもらうぜ。 俺は……フィズ・ライアス。〈剣を求めし者〉、ロゼ・ライアスの息子だ。だから、俺はあんたとある意味では同類になる。 俺もあんたも、過去の大戦にずっと振り回されてる。俺達を遺して、伝説の人間達の内の三人もが、今も行方不明。全く、勝手な話だよな。 あんたが悪事に手を染めたのも、仕方ない事なのかも知れない。そうなるように、シャドウマスターはあんたを造ったんだからな」 だが……それでも俺はあんたを許すわけにはいかないんだ。青紫のピエロは罪を犯しすぎた。だから、この場で裁かれなければいけない。 それこそが、彼のもう一人の親が望んだ事でもあるんだ。 ……そろそろ決めるぜ、マスター。 「あばよ、シギ」 「ま、待つで……」 心を鬼にして、俺は耳を塞いだ。 両手で柄を握りしめ、剣を構える。 そして……全身全霊の力を込め、ただ一度斬りつけた。 「………………」 しばし訪れた静寂の直後。 俺が剣を納めると同時に……シギはそのまま崩れ落ちた。 「あ…… シャドウ……マスタ、ーさ……ま……」 血を吐きながらもかろうじてそう呟いて、シギはゆっくりとその目を閉じた。 ヤツの傍らにしゃがみ込み、俺は呼吸が止まっている事を確認する。 「逝ったか……」 俺は、横たわるシギを眺めていた。 力もあった。魔法も完璧に等しかった。しかし、ヤツには背負った物がなかった。 一歩間違えれば、青紫のピエロになっていたのは俺だったかも知れない。クリマという養父やミレアという相棒がいなければ。 こいつ、もしかすると……寂しかったんじゃないかな。心のどこかに支えが欲しかったんじゃないのかな。 ……短く嘆息する。 物言わぬ道化の亡骸を抱え、俺は重い腰を上げた。 こうして……卒業試験場を舞台とした戦いは、その幕を閉じたのであった。
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