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ソードレボリューション 作者:殻鎖希

第12回   別離と邂逅そして死闘
      6
「ここまで……ありがとな」
 俺のセリフで、ミレアもとうとう我慢の糸が切れちまったらしかった。
「フィズ……」
 俺の胸に顔を埋め、相棒でもある妹は肩を震わせていた。俺は優しく頭を撫でてやる。
 彼女の眼からとめどなく溢れる涙だけは、止めてやれそうもなかった。
「俺がいなくなっても、お前なら一人でやっていける。太鼓判を押してやるよ。何せ、この俺の相棒なんだから」
「言うに事欠いて……それで最期のつもりなの?」
 どうも……女性とのコミュニケーションは苦手なままだったみたいだな。
「一つだけ、お願い」
「ん?」
 涙を拭いながら、ミレアは道具袋から小瓶を一つ取り出した。
「ここ数日で……調合しておいた薬よ。ちょっとした実験だって……先生にも手伝ってもらったの。
 絶対に役に立つわ。持っていって」
「……ああ」
 何の薬かと尋ねてみたが、はぐらかされた。ただ、死の間際が近づくような事態になった時に、この瓶を割ってほしい。そう頼まれただけだった。
 相棒の頼みとあっては、無下に断るわけにもいかないよな。
「約束する」
「お兄ちゃんなんだから……信じてるよ」
 俺は瓶を受け取った。
「さあ、もう帰りな」
「フィズ……」
 去り際に、ミレアは精一杯の笑顔を見せてくれた。俺も何とか相好を崩してみせる。
 御者の教師に連れられて、ミレアは馬車に乗り込み、名残惜しそうにスクールへと帰っていく。
「全てが終われば……魔法の狼煙を上げる。そうすれば、また迎えに来てくれるだろう」
「少なくとも、俺には必要ないだろうな」
 長く付き合ってきた相棒を見送りつつ、俺は呟いた。
「おそらくは、今日ここで死ぬ事になる俺に、迎えはいらない」
「おい、フィズ」
 それまでずっと口を閉ざしていたオヤジが腹立たしそうに俺を睨み付けた。今にも、手に持った槍……市販されているごく普通の物である……で突きを飛ばしてきそうな雰囲気だ。
「テメエ、まだ……」
「いきり立つな、クリマ。大事の前だ。折角のパーティーを決裂させられても困る」
 一触即発のムードを和らげたのは、一番の年長者であるマスターだった。何やらより年の功ってやつかな。
「ケッ……!」
 面白くなさそうだが、正論と判断したらしい。オヤジの中で、急激に怒気が冷めていくのが分かった。
 そう、俺達はパーティーなんだ。これよりこの卒業試験場内部へと潜入し、シギを討つ。ただそれだけのために組まれた、即席のメンバー。尤も面子に関しては、俺を除いては言う事なしなんだが。
 パーティー……いや、待てよ。
「なあ、マスター。そろそろ話してくれないか」
「何を?」
 質問を返される。
「四人目のメンバー、マキについて」
 直に作戦は決行に移される。その前に、仲間の顔と名前くらいは知っておかなければ話にならない。
「マキってのはどんな野郎なんだ?と言うより、今どこにいる?」
「ここに」
 返答が響き渡る。洞窟の中から。
 男……じゃない?それに、あの声は……
「私を野郎と称するとは……
 礼を失するは罪に値する。即刻、斬り捨ててくれようか」
 この物言いは忘れようもない。どうやら間違いなさそうだった。
 暗がりから歩み出る人影。
 しなやかな刀に動きやすそうな甲冑。唯一の相違点は、少しばかり髪が伸びたくらいの事だろう。
 姿を現したのは他でもない。以前のターミアル調査の件において、俺やシギと剣を交えたあの女剣士だった。
「あんたが四人目、マキだったのか」
「そうだ」
 頷くマスター。
「そして、この件に関しての情報提供者でもある」
 俺はしげしげと女剣士改めマキを観察した。
 異常な強さを持つ彼女とは、出来れば剣を交えたくないのも本音だ。それが一度俺達の側につくとなれば、かなりの儲け物になる。〈魔を極めし者〉と〈槍を尊ぶ者〉の上、このマキが加わってくれれば、戦力面においては申し分ない。
 けど……そうあっさりと信用していいものなのか。いい女には違いないが、それだけの理由で受け入れちまうのも馬鹿丸出しだろ。
 何より気に入らないのは、全く得体が知れない事だ。
「……久しいな、フィズ・ライアス」
 俺の胸中を察したのか、マキの方から話しかけてきた。
「以前には、貴公がさる方の子息と知らず、いささかの無礼を申した。形式上の非礼を詫びておこう」
「形式上?」
 眉をつり上げる。
「馴れ合う気など皆無。ならば意志の疎通など、必要限度の言葉で足りる」
「横柄な口を利き方と言い……悪いが、信用出来ないな」
「臨時に手を組むだけだ。
 私は貴公を、軽視と同時に軽蔑しているのだからな」
 ……どきつい性格は前の時と何一つ変わってない。どうも、仲良しこよしとはいきそうにないな。
「それと、貴殿が……」
 俺との話はさっさと切り上げ、マキは隣に目を移した。
「クリマ・セイル殿か。相見えるのは初めてだが、伝説に違わぬ人物と見受けられる。光栄に思う」
 俺は軽蔑で、オヤジは光栄だぁ?
「………………」
 光栄に値する当のオヤジと言えば、鳩が豆鉄砲喰らったような顔をして呆けてやがった。
 どうしたんだ?
「……一つ、訊いていいか?」
 やや間をおいて平静を装い、オヤジはこう言った。
「ベルナ・ノウカンって女、知ってるか?」
「名だけは存じている。
 〈剣を求めし者〉にして、かつての貴殿らの同士と申せばよいのか?」
「いや、同士ってのとはちょっとばかり違うんだが……まあ、会った事がないならいい」
「質問の意図が解せぬ。よければ、事の次第を願いたい」
「いや……すまねえ。何でもないんだ」
 やや訝しげな表情を見せたものの、マキはそれ以上は追求しなかった。よって、この話題も打ち切りとなる。
「一通りの自己紹介も済んだか。
 ならば早速で悪いのだが、試験場の中に入ってもらおうか」
 一同の顔を見渡すマスター。
 マスターはこの中でただ一人、洞窟の外に残る人間だ。本心としては自ら乗り出したいのだろうが、高齢である彼にもはや戦闘など出来ようはずもない。だから、こればかりは仕方がないんだ。それに、彼には代わりにやってもらう事もあるしな。
「諸君らの内部進入を確認した後、この場に結界を張る。存分に戦ってくるがいい。
 親として不甲斐ない限りだが……死戯をよろしく頼む」
「了解」
「へいへい」
「御意のままに」
 それぞれがそれぞれなりの返事をする。
 そして……俺達三人は、卒業試験場内部へと足を踏み入れたのであった。

「……風が止んだ」
 オヤジの呟きに、俺は一瞬歩みを止めた。
「どうやら、マスターが結界を張ったらしいな。もう後戻りは出来ないってか」
「………………」
 改めてそう告げられるのも、どこか妙な気分だった。
 空間の一部を隔離し、別の空間……俗に言う異次元に転移させる技術。結界魔法と呼ばれるそれは、在属性のマスターのみが扱える業。無論ながら、俺自身がこうして体験するのも初めてだ。
 結界を張っておけば、周囲への被害は最小限度に収まる。仮に洞窟が崩壊したとしても、この場以外には直接の影響は受けずに済むわけだ。よく出来てやがるよな。尤も、結界はあくまで保険である。崩壊を妨げられるなら、それに越した事はない。
「どうした、腹でも痛くなったか?
 小さい方だけなら、その辺りでしても構わんぜ」
「んなわけないだろ、馬鹿。
 ただ……何となく落ちつかないだけだ。結界の中ってのがな」
「まあ心配はいらねえよ。結界魔法は、あのマスターのとっておきなんだぜ」
「……分かってる」
 これからが本番なんだ。四の五の言ってられないよな。
 数度深呼吸し、俺は息を整えた。それから改めて、手元の地図に視線を移す。
 試験場に入ってからしばらくは、一本道が続く。罠も特に仕掛けられていない。持久力のテストという名目はあるんだけど、実際のところは準備体操みたいなもんだ。
 一本道で迷うわけもないし、不意打ちを受ける事もありえない。今の俺達にとっても、この前進は単なる肩慣らしに過ぎなかった。嵐の前の静けさってやつだろうか。
 よし。今の内に少し探りを入れてみよう。
「なあ……マキ」
 俺は先頭に立つ剣士殿に声をかけた。
「二つほど、訊きたい事があるんだが」
「用件は?」
「まずは、ターミアル城の事だ」
 俺がその名を出しても、彼女はさりとて動揺した様子もなかった。
「あそこをぶっ壊して大穴を開けたのは、あんたなのか?」
「知ってどうする」
「一歩間違えれば、俺や相棒は死んでたんだ。聞かせてもらう権利はあるんじゃないか」
 俺達が退こうとしなかった事は、この際無視する。
「……私ではない。あれは死戯の仕業だ」
「そうかい」
 どこまで信じられるかな?
 生憎と、俺はマキの言葉を鵜呑みにする気はさらさらなかった。
「もう一つの方の質問だ。
 あんた、俺達よりも先に試験場に入ってたんだろ」
 確か彼女は最初、試験場の中から姿を現したよな。
「それで、どの辺りまで行ってたんだ?」
「一つ目の分岐点で引き返した。
 理由としては、貴公らの到来を認識した事もあったが」
「何か他にもあるのか?」
「肯定しておく」
「気になるな」
「己の目で確認するのが最良だ」
 ……あっさりとはぐらかされた。
 しかし、俺はやがてその真意を知る事となったのだった。
 ……どれほど歩いただろうか。いい加減、歩くのに飽きてきたところで、ようやく一つ目の分岐点が見えてきた。二つの分かれ道が見える。
「……?」
 さらに近づいて……俺達はそこで異様な物を目にした。
 それは触手だった。壁や天井、床にまで絡みついている。気味の悪い事この上ない。
「他の理由ってのは、こいつの事かい?」
「言うまでもない」
 マキは柄を握りしめた。
「先へ踏み出した瞬間に攻撃された。この場に仕掛けられた罠とは、この蔦の事か?」
「少なくとも、俺が受けた時にはなかったはずだぜ。十中八九、敵の仕業と考えていいだろうな」
 答える一方で、俺はどこかに引っかかりを覚えた。
 マキがこの触手を蔦と形容した、あの辺りで……
「障害物の類は、全部蹴散らしちまえばいいだろうが。罠だろうが何だろうが、関係ねえよ」
 オヤジもやる気満々らしい。すでに、愛用の槍を構えている。
 しかし、これでいいんだろうか?
 どうにも違和感の正体が拭えない。ここまで出かかってるのに……
 違和感と言うより……既視感か?どこかで、これと似た物を見た事が……
「斬る!」
 マキが抜刀した。
 刹那……彼女の姿が、ある吟遊詩人と重なった。
 思い出した!
「待て!」
 俺の叫びに反応して、マキはすんでのところで刃を止めた。
「待て……とは?」
 そのままの格好で尋ねられる。
「こいつに物理攻撃は通用しないんだ。いや、逆にこっちの得物の方が腐る羽目になる」
「解せんな。根拠はあるのか?」
「前に俺はこいつと戦った事があるんだよ」
 そうだ。以前にアインの村での案件を受けた時、俺はこれと酷似した蔦を持つ魔物、人喰い花と一戦を交えたんだ。
 あの蔦には驚異の毒液と再生力が備わっていた。特に警戒すべきが前者で、金属を錆びつかせる性質を兼ねてるんだ。下手に斬りつければ、武器を失うといった窮地に陥っちまう可能性もある。
 そこんところを手短に説明する。どうやら二人とも分かってくれたみたいだ。
「事情は察した。して、策はあるのか?」
 刀を納めるマキを尻目に、
「こうすりゃいいんだよ」
 と、俺は左手を掲げた。
「……吹き荒べ!」
 用いたのは《吹き荒ぶ真空の刃》。アインの洞窟で止めを刺したのも、確かこの魔法だったな。
 生み出された竜巻は、違える事なく蔦に命中した。と同時に、あの気持ち悪い毒液が、あたかも血液のごとく吹き出した。
「やっぱりな。
 こいつの属性は水だ。よって、風魔法が効果覿面って事になる。魔法攻撃には、再生も追いつかないみたいだし」
「………………」
 面白くなさそうな顔をするオヤジ。彼の地属性じゃあ、水と相性がよすぎて、ダメージを与えられない。
「心配すんなよ、オヤジ。
 ……包め!」
 そんなオヤジに、俺は一肌脱いでやった。《具を包む真空の矛》を発動させて、槍を風の力でコーティングしてやる。
「そいつをかけとけば、突いても大丈夫だろうぜ。あくまで、物理力じゃなく、魔力で攻撃する事になるからな。毒液からも守られるはずだ」
「先に言えや、阿呆が」
 悪態をついている割には、オヤジもどこか嬉しそうだった。
「私も居合いが主流なのでな」
 と、マキは自分で即興の魔法剣を作り、鞘の中に納めた。
 唯一俺だけは武器に頼らず、魔法のみで戦う。以前には、とても考えられなかった事だけどな。
「地図によると……どちらに進んでも、行きつく先は同じだ。ただし、左の方がトラップが少ない」
「最深部に到達するのが目的だ。死戯の居場所もそこのはず。
 なら、迷うまでもない。左を選ぶのが得策だ」
「よし。それじゃ、景気よく暴れようぜ!」
 まずは、オヤジが先陣を切った。
 瞬発力に物を言わせた神速の突きが、幾十もの蔦を見事に捌く。さすがは伝説の槍術家〈槍を尊ぶ者〉だ。
 続くマキの剣技がこれまた素晴らしい。
 まさに光のごとき一閃が、次々と蔦を薙いでいく。抜刀から納刀への洗練された一動作。ほとんど隙が見受けられない。ターミアルで会った時より、さらに強くなった感がある。それとも、あの時はある程度手を抜いていたのか。
 しんがりの俺に、ほとんど役割は回ってこなかった。ただ二人が仕留め損なったのを、ひたすら魔法で迎撃していくだけだ。
 魔法が使えなかった俺では、とてもかなわなかった強敵。しかし……今ではその人喰い花も、ただの雑魚と成り下がっていた。あの時とは、戦いのレベルがまるで違うのを、つくづく実感させられたね。
「この先は……
 気を付けろ、オヤジ。その先にはトラップがあるぞ!」
 改めて地図を確認し直し、俺はオヤジに向かって叫んだ。
「このまま真っ直ぐ行くと、広けた場所に出る。そこが第一関門なんだ。
 床と連動したからくりで、誤った床を踏むと……」
「踏むと、どうなる?」
 蔦から槍を引き抜き、毒液をうまくかわしつつ、先を促すオヤジ。
「その場に仕掛けられていた魔法が発動しちまうんだ。その中にはナメてかかるとヤバいのも混じってるぜ」
「面倒臭え」
「魔法攻撃に対する臨機応変な対応を、正しく出来るかどうかのテストなんだが……トラップを放置したままにしておいたのが裏目に出たな」
 槍と刀をかいくぐって、蔦の一本に強襲される。『吹き荒べ!』と吼えてそいつを粉砕し、俺は一気に駆けた。
 すぐさま、問題の場所が見えてきた。そこでもまた、多くの蔦がひしめき合っているみたいだ。
 まずは俺が正しいルートを示し、二人には後から来てもらう。おそらくは、一番適切な処置だと思った。
「いいか。俺が先頭に立つ。二人とも、俺の後に……」
「必要ない!」
 だが。実際にはもっといい手があった。
 いきなり、マキが猛スピードで俺を追い抜いた。
 すれ違い様に、
「浮遊!」
 と叫ぶ。
 直後、俺の足が地面から離れた。
「何?」
 振り返ると、オヤジも同じく宙に立っている。
 馬鹿な!
 複数を浮遊させるなんて……人間業じゃない。そもそも、浮遊魔法なる物が存在しないのも、空中でうまくバランスを保ちながら魔法を展開させるなんて芸当が、人間には不可能であるためなんだ。
 それなのに……存在しないはずの魔法なのに……
「動くな。すぐに終わる」
 自身も宙に浮いたまま、マキは正面を見据えた。
「ハッ!」
 気合いを込めると同時に、後ろから凄まじい圧力がかけられる。
「痛!」
 思わず、舌を噛んじまった。
 そこで初めて、自分の身体が前進しているのに気付く。知らぬうちに、俺は空中飛行していたんだ。
 この状況においてもなお、マキは居合いを繰り出し、遅い来る蔦共を斬り捨てている。しかも、今度は一本も逃す事なく、だ。
 マキ……相も変わらず無茶苦茶だな。
 こうして俺達は、あっという間に第一関門を突破した。
 狭い通路にさしかかったところで、やっと魔法が解除される。ゆっくりと、俺達は地面に降り立った。
「なかなか出来るじゃねえか」
 顎を撫でるオヤジ。彼が人を誉めるのも、非常に珍しい事だった。
「この程度、造作もない」
 マキは息一つ切らしていない。いい加減に驚かされ疲れたのもあって、俺はもう何も言わなかった。
 俺達三人は、どうにも奇妙な雰囲気に包まれていた。まあ、即興のパーティーだから無理もないか。
「……?」
 そんな中、オヤジが周囲を見渡している。直に、俺も異変に気付いた。
 唐突に、蔦の攻撃が止まった……?
「さて、どう解釈したもんかな?」
「潔く降伏したか……ありえんな」
 俺も同感だ。相手はあの青紫のピエロ。この程度でむざむざと縄につくなんて、まず考えられない。
 とすれば、あるいは蔦を用いる必要がなくなったのか?
 その時だった。突如、通路の奥から紅蓮の炎が飛び出してきたのは。
 危ういところで何とかかわす。
「トラップか!」
 怒鳴るオヤジ。
 すかさず、俺は地図を確認した。
「いや、ここには何も仕掛けられていないはずだぜ。
 つまり……」
「新たなる敵襲だ」
 マキは刀を持ち直した。
 なるほどな。蔦の手が休まったのは、次の相手に場を譲るためだったわけだ。
 俺は相手の仕掛けてきた方向に、目を凝らした。
 そこにあったのは暗闇に浮かぶ三対の瞳。それもおそらく、人間の物ではないだろう。
「また、魔物かよ……」
 俺も後れをとらないよう、輝きの剣を鞘から引き抜いた。
 蔦とは違い、今度の相手は初見だ。くだらない先入観は捨てた方がいい。
「来るぞ」
 とマキが言い終わるが早いか、敵は仕掛けてきた。
 遠くから猛ダッシュをかけて、こちらへと迫ってくる。
 その正体は……犬?
 無論ながら、ただの犬じゃない。三つの頭を持ち合わせていて、図体も馬鹿にならないほどにでかい。ほとんど熊だ。そのくせ、瞬発力には目を見張るものがある。
「ケルベロス!」
 突進を避けて、マキが小さく呻いた。
「死戯が生み出す魔物の代表格だ。属性は天で、同時に三種の魔法を放つ事が可能だ」
「頭が三つなのはそのためかい?」
 唾を吐いて、オヤジは乱入者を一瞥する。
「訳の分からねえ蔦野郎の次は、やたらとデカい犬っころか。
 面倒臭えし癪に障るが、先を急がせた方がいいみてえだな……」
 独りごち、そして改めて槍を構え直した。
「おう、フィズ。先に行けや」
「あ?」
 いきなり、話を振られて戸惑う俺。
「呆けてるんじゃねえよ。俺はここに残って、魔物共を一掃しておく。だから、テメエらは先を急ぐんだ」
「オヤジ……?」
 ふと、俺はどこかに違和感を覚えた。
 オヤジは、何かを焦っている?
「マキも文句ねえな。ここからは二人で行くんだ。後から俺も追いかける」
「承知した」
 あっさりとマキは即断した。
 釈然としないのは俺だけみたいだ。しかし、ここに残っても意味はないだろう。
 シギの所へ向かうのが賢明か……
「分かった。
 オヤジ、ここは任せる」
 すでにオヤジはケルベロスと対峙し、呼吸を整えている。いつでも突きを繰り出せる体勢だ。
 まあ、オヤジの事だ。負けるはずもないし、必要以上に心配してやるのもお節介だよな。
「フィズ」
 ケルベロスから視線を逸らさぬまま、オヤジはこう告げた。
「俺は信じてるからな」
 ……信じている、か。
 昨夜からのオヤジとのやり取りが、脳裏に蘇る。あんなオヤジの一面をかいま見たのも、あるいは初めてだったのではないだろうか。
「……悪い」
 俺は駆け出した。後にマキも続く。
 俺達二人を止めようとすえるケルベロスであったが、それも無駄だった。まさに文字通りに、オヤジから横槍が入れられる。
 それをちらりと確認し、俺とマキは目的地を目指した。

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Novel Editor