5 散々に捜し回った挙げ句、俺は相棒を食堂で見つける事が出来た。 しまったな。寮のどこかを待ち合わせに指定しとくんだったよ。 ミレアはヘルゼーラと一緒だった。二人でのんびりとティーブレイクを楽しんでいたみたいだ。 姿が目に止まったらしい。二人は俺の方を見て手を振ってきた。 「待たせたな、ミレア」 ニッと笑って、俺は二人の席に近づく。 「遅かったね。 で、どうだった?」 「ん……」 ……どうにも、決まりが悪いな。 とりあえず、テーブルに置いたチョコレートを一つ失敬する事で、俺ははぐらかそうとした。 「いけるな、これ」 「フィズ」 ……駄目か。 「シギの正体が分かった。それだけさ」 俺は腹をくくった。 「シギ……青紫のピエロの事ね」 「俺も剣には自信があったつもりだよ。しかし奴の前では通用しなかった。 あれだけの強さを持ってるんだ。ただ者じゃない。さしずめ、過去の大戦に関わりがあるんじゃないかと踏んではいたが、まさかあれほどの大物とは思わなかった」 俺は……シギについての全てを話した。 彼が魔物とは異なる生命体である事。シャドウマスターが彼を手駒にしようとした事。そして……彼こそが大戦の引き金であった事。 一通りの話を終えても、ミレアには未だ信じられない様子だった。ヘルゼーラに至っては、半分も理解出来ていないだろう。 分かりはしないよな。あの強さを、実際に目の当たりにした者でなければ。 「そして、俺はマスターからの依頼を引き受けた」 「依頼?」 俺は頷く。 「シギを楽にしてやる事。それが、今回の仕事だ」 「……本気なの、フィズ?」 心配そうな顔のミレア。 「こう言ったら怒るかも知れないけど、あなたの力じゃ青紫のピエロには勝てないんじゃないの?」 「かもな」 「だったら……」 「だが、俺がやらなければいけない」 「どうして?」 「そいつが俺の義務だ」 「答えになってない」 「心配すんなっての」 俺は真新しい剣の柄を叩いた。 「俺には、輝きの剣がある。こいつがいる限り、俺にも勝ち目はあるさ」 「嘘」 まるで駄々をこねる子供のように、ミレアは頬を膨らませた。 「フィズ、言ってた。これからは剣に頼りすぎないし、剣を軽んじたりもしないって。 昔ならともかく、今のあなたがそんな風に考えてるはずがない」 ……さすが相棒。俺の事を誰よりも知ってくれているわけか。嬉しくもあるが、時には少々厄介だな。誤魔化しが通用しないぜ。 黙ったままでいるのもそろそろ限界だ。この辺で言っておいた方がいいな。俺の定めた覚悟を。 「ミレア」 「何よ?」 「今回の仕事、お前は連れていけない」 「え……?」 目を丸くするミレア。自分が何を言われてるのか、分からないみたいだ。 「ヘルゼーラも、落ちついて聞いてくれないか。大切な話なんだ」 「兄さん……」 俺は、このたった二人だけの義妹弟をじっと見つめた。 今なら……俺にも何となく理解出来るよ。母さんと俺を残していなくなってしまった、父さんの気持ちを。 「まともに戦ったのでは、俺に勝ち目はない。シギは見た目通りの馬鹿じゃないんだからな。 でも……手段を選ばなければ、確実な方法もあるさ」 「まさか、あなた」 そうさ。俺で……終わらせなければいけないのさ。 「ミレア」 よく助けてもらったよな。ミレア・タガーノという相棒がいたからこそ、今の俺はこうしていられるんだ。 「ヘルゼーラ」 お前も……俺達と同じだ。だが、お前には苦労はかけないから。お前は、ただのヘルゼーラ・セイルとして生きていきな。 「この仕事を終えた時には……おそらく俺はこの世にいない」 いざ口にしてみると、その言葉は意外なほどにあっさりと出てくれた。何もかも、吹っ切れた気分だった。 「冗談?」 「いや、本気さ」 「あなた、馬鹿になった?」 「ひどい言われようだな、おい」 「いきなりすぎる」 「悪い。でも、決めた事なんだ。悩んだ末に導き出した結論さ」 俺の告白を聞いても、ミレアはそれほどに取り乱す風でもなかった。あくまで外面上だけならば。 対して、ヘルゼーラの方はそうもいかなかった。あからさまに動揺している。 こういう所で、経験差ってのは明確になるんだよな。月並みだが、冷静沈着である事はプロの探偵としての必須条件だぜ。 「……何なんだよ、それ?」 「ヤバい仕事を引き受けちまったんでな。五体満足で戻ってこれるなんて甘い期待は、最初から抱けないんだ」 「命あっての物種だろ。割に合わない仕事なんか、断ったらいいだろ」 「繰り返させるなよ。そいつが俺の義務なんだって」 どうしてもヘルゼーラには納得出来ないらしかった。無理もない。その理不尽さは、俺にもよく分かる。 「ヘルゼーラ。 お前にもいつか理解出来る時が来る。そうなれば、もうお前も一人前の男になってるだろうぜ」 成長を見届けてやれそうにないのが、心残りなんだけどな。 さて。いつまでもこうしていては埒があかない。決心を鈍らせたくもない。 そろそろ、潮時だな。 「お前達に極力隠し事はしたくない。だから一応、話せる範囲までは話しとく。 近いうちに、シギはある場所に現れる手筈になっている。マスターの情報だ。まず間違いはない。俺はその時に、奴と戦う」 「………………」 ミレアの真摯な眼差しが、俺の鼓動を速める。ヘルゼーラの痛切な視線が、俺の心に突き刺さる。嬉しくもあり、同時にどこか寂しかった。 「生き残れる可能性はゼロじゃないが、極めてそれに近い。 俺が戦地に赴くまで、まだしばしの時間がある。その間に二人とも、覚悟を決めておいてほしい」 『借り部屋の方へ行ってる』。そう言い残して、俺は席を立った。 意外だったが……最後には、どちらも俺を引き止めようとはしなかった。ミレアはともかくとして、ヘルゼーラすらも。 今の俺にとっては、とても有り難く感じられた。 柄じゃないけど……目頭が熱くなってくるのをどうしても止められなかった。
それからの数日は、あっという間に過ぎていった。 無用の混乱を避けるため、今回の件については、スクール内でも公にされはしなかった。ヘルゼーラもきちんとわきまえてくれていて、悪戯に言いふらすような真似はしなかった。結局のところ、俺達が何をしに戻ってきたのかは、直接の関係者を除いては謎のままとなっている。むしろ、俺にとってはそっちの方が楽だった。 来る日に備え、俺は毎日を剣と魔法の鍛錬に費やした。輝きの剣にも慣れておかなければいけないし、魔法だっておろそかにするわけにはいかない。 事情を知らない教師共の冷たい視線が、辛いと言えば辛かった。あの連中は、俺を伝説の男の息子としてしか見てくれない。個性を潰され、ガキの頃に差別を受けた経験もあってか、俺はどうしてもああいう人種が好きになれないんだ。でも、いちいち気にしてもいられない。 結局俺は、懐かしい後輩達との再会もほとんど果たさず、ミレアやヘルゼーラともろくに話せないままに、ずっと一人で剣を振り続けていた。 そして……
校舎を出ると、そこには満天の星空が広がっていた。 「………………」 しばし、俺は立ち尽くしていた。夜空に輝く宝石の一つ一つを目に焼き付けるがごとく、何をするでもなしにただ眺める。 綺麗なもんだな。平野のど真ん中で見る星ってのもまた格別だぜ。 これで……最後になるかも知れないけどな。 ちゃんと別れを告げられたのは、ミレアとヘルゼーラだけだったか。少しばかし味気ないが、まあいいだろう。俺は父さん達のように天才でも超人でもない。ちょいとばかり剣に自信があるだけの、しがない探偵なのさ。死んだからって世界がどうこうなるわけでもなし。 「歴史に名を残すのだけは……勘弁してほしいな」 苦笑する。 大嫌いな伝説にはなりたくなかった。 ……干し肉を出して、ちびちびと囓る。馴染みの塩辛さが、どこか懐かしく思えた。 その時だった。ふと、どこかから視線を感じたんだ。 誰かに見られているのか?しかし、相手の居場所までは特定出来ない。 「誰だい、こんな夜更けに?」 軽口を叩きながら、柄を握る。向こうから何か仕掛けてきた際、後れをとらないように。 姿の見えぬ相手に声をかけ、一人でいきり立つ。端から見ると、ただの変な人でしかない。これで勘違いだったら、いい笑いもんになるな。 幸いにも、この場に三人目はいなかった。そして、俺の直感は外れていなかった。 「おいおい。俺だ、俺」 ……背後だと?いつの間に? 咄嗟に向きを変え、俺は後方に跳びずさる。 そこにいたのは、俺も全く予想していなかった男だった。 「オヤジ?」 「よう、フィズ。久しぶりだな」 俺の養父にして、伝説のパーティーが一人〈槍を尊ぶ者〉。クリマ・セイルは、校門にもたれかかるようにして立っていた。 「どうしてあんたがここにいる?」 「随分な挨拶じゃねえか」 「あ、いや。悪い」 いけね。まだ柄から手を離してなかった。 顔こそ不貞不貞しそうなオヤジであったものの、それほど気分を害した様子でもなかった。ひとまず、いろんな意味でほっとする。 「フン。 ひいきの情報屋がいただろ。その男を通じて、マスターから呼び出しを受けたんだよ。んで、今日の夕方に着いたってわけだ」 マスターがオヤジを? 「おいコラ、フィズ。テメエよお」 と、いきなりがっしと肩を掴まれる。 「わ!何しやがる!」 そのまま、俺は羽交い締めにされてしまった。 こ……このクソオヤジが!老いぼれ身体のどこに、こんな力があるってんだ? 「何しやがる、だぁ? そりゃ、こっちのセリフだろうが、この親不孝のドラ息子が!」 「放せっての!明日に大事を控えてる身なんだ、怪我でもしたらどうすんだよ!」 一瞬力が弱まったところを見計らって、俺は何とかオヤジの抱擁(?)から脱出した。 足を投げ出してへたり込み、荒い息をつく。 「この阿呆が」 「……悪かった、とは思ってるよ」 「マスターから、全部話は聞かせてもらったぜ。テメエの今回の仕事についてな」 「本当は俺の口からちゃんと言いたかったんだ。けど……何てのか、その」 「言いそびれました、ってか?」 鋭い眼光で睨まれる。 オヤジ……本気で怒ってる。 「親に相談もしねえで、何もかも決めちまいやがって」 「すまん」 つらつらと悪態を並べるオヤジに、俺はただ頭を垂れるしかなかった。 最後の最後まで、俺はとんだ親不孝者らしい。 「けどな、オヤジ」 分かってほしい。 「もう後戻りは……出来ないんだ。 決戦は明日。今更になって、引き返せないだろ。俺にも降りる気はないしな」 この数日、挫折しそうになった時もあった。依頼なんざ断って、とんずらしたい気持ちにもなった。 でも……結局、俺は踏みとどまる道を選んだのさ。 「ガキが悟ってんじゃねえよ」 頭を振り、オヤジは嘆息した。 「俺は……もうガキじゃない」 「ガキだよ。まだまだケツの青い小僧のくせしやがって」 「………………」 あえて二度目の反論はしなかった。挑んだって、負かされちまうだろうし。 黙って聞いている俺に向かって、オヤジはとんでもない事を要求してきた。 「そんな調子じゃあ……明日の戦いもテメエ一人で行かせられねえな」 「何?」 どういう意味だ? 「俺も手を貸してやる。そのために来たんだからな」 「ちょ、ちょっと待てよ!」 焦る俺を尻目に、オヤジは一人勝手に話を進めている。 「明日の次第について、さっきまでマスターと話し込んでいた。 計画はここに記してある。日の出までに読んどきな」 腰の道具袋から取り出した紙の束を俺に手渡す。 「いや、そうじゃねえって!」 つい、声を荒げてしまう。 確かに、オヤジがいてくれれば心強い事この上ない。伝説の槍術家と呼ばれたこの男の強さ、俺も身に染みて知らされている。 だが、やはり。 「オヤジ、あんたを連れてはいけないよ」 「無駄だ。マスターの合意を得ている」 勝手な事を…… 「あんたにはヘルゼーラがいるだろうが。 あんたの強さは重々承知してるつもりだが、最悪の可能性だってあるんだ」 「人の事をとやかく言う前に、我が身を正してみたらどうだ?」 「何が言いたい?」 「相棒を残して、一人で逝く気かよ?」 オヤジの言葉の一つ一つが、胸に突き刺さる。こと、そのセリフが一番強烈だった。 「ミレアの気持ちも、ちったぁ考えるんだな。 それに……ソードレボリューションの道を目指すって話はどうなった?」 ソードレボリューション、つまりは人と剣の調和ってやつか。片時たりとも、忘れた覚えはないつもりだが。 「所詮は上辺だけの信念じゃねえか。テメエの抱く志ってのは、そんなもんなのか?」 「………………」 「どの道……明日の朝になれば、俺達は嫌でも戦場に駆り出される事になる。すでに手遅れ、後戻りは出来ねえ」 「元々、逃げるつもりなんざない。受けて立ってやらぁ」 「因縁だか執念だか知らねえが、見上げた根性だな」 オヤジにはそれ以上、話を続けるつもりはないらしかった。 くるりときびすを返す。 「そこまで強情を張るなら、もう俺も知らねえ。好き勝手暴れて、殺されてきな」 「ただでは死なない」 「……阿呆が」 「悪い」 今夜はこれで三回目。俺はさして悪びれた風でもなく、一応謝っておいた。 「もういい。とっとと寝ろ。明日に備えて、しっかりと休んでおけ」 「あんたも酒は控えときなよ」 「一杯やってからでもないと……今日は眠れそうもないんだがな」 実に不機嫌そうな様子で、オヤジは寮の方へと歩いていった。 そっか。オヤジも、この戦いに参加する気なのか。ああなっちまったら、いくら俺が止めたって聞く耳を持とうとしないんだ。その頑固さゆえに、俺は時々あの人が分からなくなる。 明日は……オヤジと肩を並べて、戦場に立つのか。 「そうだ、計画書」 手に掴んだままでいた計画書。今晩中に目を通しておく必要があるな。 俺をのけ者にして、マスターとオヤジが何を取り決めたのか、見せてもらおうじゃないか。
そして、その日はやってきた。
「………………」 腕を組み、俺は物思いに耽っていた。尻の下の不安定さも気にならず、ただじっと心を鎮めているだけだ。 朝食を取り終えた後にすぐ、俺達四人はスクールを出発する事になった。マスターが最も信頼をおいている教師に御者になってもらい、馬車で目的地まで移動。そこからは遂に戦いだ。 さして広くもない幌の中、俺は揃った面々の一人ずつの顔を、しっかりと目に焼き付けた。 向かいにはマスターが座り、後部座席はオヤジが陣取る。 そして。俺は傍らに目をやった。……そこには、ミレアがいた。 しかしながら、仕事の際にいつも持ち歩いている弓矢はない。今回はあくまで俺の仕事。彼女がここにいる理由も、ただ見送りをするためだけであった。授業さえなければ、ヘルゼーラもここにいただろう。 俺は溜め息をついた。まあ……仕方がない。 ただし目的地に着いたら、教師と一緒に即座に帰ってもらわなければいけない。戦いに挑むのは、あくまで俺達なんだから。 昨夜の計画書に記されていた場所。即ち、スクールの卒業試験場。 主として、魔術や体術の実技による最終テストを行う場所が、正規の校舎とは別に存在している。平野をさらに北上したところに連なる山脈の一角……開拓された洞窟だ。 多重構造になっている上、内部には数々のトラップが仕掛けられている。たかが試験と侮る事なかれ。下手をすれば、命を落とす可能性もある。あくまで実戦において、臨機応変な行動が取れるかどうかをテストするのが目的なんだ。 加えて、いつもは教師が試験官として配置されてる。教え子の成長ぶりを自らの目で確かめる事を第一に、または不測の事態が生じた際の責任者という言い方も出来る。 しかし、これは試験じゃない。責任を負うべき第三者など、最初から存在しない。規律も規則も関係ない。その実……血生臭い殺し合いなんだ。 勿論、俺が生還出来る保証もない。 「………………」 静かに目を閉じる。 青紫のピエロ、シギ。大戦の遺した哀れな道化よ。俺はあんたを許すわけにはいかないんだ。あんたのしでかしてきた悪事、もはや笑って済まされるレベルじゃない。 一人の探偵として、伝説の男の息子として、俺はあんたを倒す。そいつが義務だ。命を懸けてでも、成し遂げなければいけない。 計画書はすでに、穴が開くほどに繰り返して読んだ。段取りも把握している。 マスター一人を外に待機させ、その他が試験場に入る。残ったマスターは、外からある魔法を用いて、試験場全体に広がる空間を隔離させる。理由は周囲に被害を及ぼさないため。在の属性を持つマスターがいたからこそ、可能な戦略だ。後は、俺達がシギと一戦を交えるのみだ。 ただ……一つだけ不明瞭な点がある。 計画書にはこう書かれていた。試験場内への潜入は、フィズ、クリマ、マキの三人に一任する。 マキ……一体、誰なんだ?俺達の他にもう一人、この戦いに参加する人間がいるのか? そもそも本を正せば、この話自体がかなり胡散臭い。何故、シギは試験場に立てこもるのか。しかもヤツがそこに来るという情報を、マスターはどこから仕入れてきたのか。 ……まあいい。着けば、全てがはっきりするはずだからな。 少しリラックスしよう。仕事の事ばかり考えててもしょうがない。緊張が高まるだけで、いざって時にへまをやらかしそうだ。 しばらく、俺は揺れに身を任せて、ぼんやりとしていた。何もかもを忘れて、それこそ馬鹿にでもなった気分で。 ガタゴトと揺られて半刻ほど。 俺達は、とうとう目的地にたどり着いたのだった。 卒業試験場。おそらくは、青紫のピエロとの最終決戦になるであろう舞台。あるいは地獄に通ずる門なのか。 禍々しき造りの洞窟入り口の手前で、御者の手綱を引く手がぴたりと止められた。
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