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ソードレボリューション 作者:殻鎖希

第1回   俺の名前はフィズ・ライアス
 伝説なんざ、クソ喰らえだ。
 死んじまったら、何もかもお終いだろ。命を賭して歴史に名を刻んだとしても、当の本人がそれで死んじまったら、何の意味もないじゃないか。
 伝説も宗教も信じない。不可視の存在を受け入れたら、父さんみたいになっちまう。
 信じられるのは俺自身の腕。そして、それに見合う剣。
 だから、俺はこの道を選んだ。
 腕を磨くために。
 もう一つの相棒を探すために。

Mission1 人喰い花を退治せよ
〜初めて魔法が使えた日の記録〜

依頼状
 良質な湧き水が取れる事で有名なアインの洞窟に、巨大な人喰い花が棲み着いた。被害が後を絶たず、もはや湧き水産業による利益も期待出来ない。よってこの人喰い花の退治を望む。報酬は五千レアとする。

追記
 以前、この依頼を引き受けた吟遊詩人の二人組が、そのまま行方不明となっている。二人の安否を確認、無事であるなら保護せよ。一人につき、報酬に千レアを追加する。
アインの村 村長

      1
「申し遅れたわね。
 私はパグラム・ユーネルという者よ」
 俺は改めて、しげしげとその女性を眺めた。
 鍔の広い帽子。身を包む外套。衣類に関しては、全て赤茶一色。肌は白く、束ねた髪もクセのない金髪。なかなか整った顔立ちに、青い瞳がよく似合っている。
 うん。何度見ても文句なし。まあ、傾国の美女とまではいかないにしてもな。
「干し肉、食うかい?」
 そんな美人な彼女、パグラムに一言。我ながら死ぬほどつれないセリフだ。まあ、状況が状況だから仕方がない。
「助かるわ。水も携帯食も底を突いててね。これからどうするか、途方に暮れてたのよ」
「湧き水は飲むに飲めない。食い物だって調達の仕様がないからな」
 村で買っておいたやつを、一袋投げ渡してやる。一人で食わせるのも決まりが悪いかと思い、俺用にもう一袋取り出した。
 ちびちびと囓りながら、さくさくと話を進める事にする。まずは自己紹介だ。
「俺の名はフィズ。しがなく探偵稼業を営んでいる、シケた男だよ。こいつも何かの縁だ。よろしくな」
「探偵?フリーなの?」
「組織には属してないぜ。かと言って、天涯孤独の身でもない。相棒が一人いる。ちなみに現在は別行動中」
「随分と口数の多い探偵ね」
 初対面の相手に対して警戒心なく、身の上を打ち明ける探偵ってのも珍しいんだろうな。
「知られてヤバい事は喋ってない。だったら別にいいんじゃないか」
「お話好きってわけ。それとも単に、お調子者なのかしら?」
「両方だろ」
 口に残った肉の欠片を、水筒に入れた水で喉に流し込む。
「水はいるかい?」
「ああ……今はいいわ」
 ランチタイム終了、と。そろそろ本題に入るとするか。
「満腹してるみたいだから、眠たくなる前に少し話をさせてもらうぜ」
 素直に頷くパグラム。
「まずは確認だ。こいつを見てくれ」
 俺は一枚の紙を取り出した。この案件を引き受ける際、情報屋から貰った物だ。アインの村の長、直筆の依頼状さ。
 内容については、人喰い花の始末と吟遊詩人の保護を求むといった事だ。完璧にこなしても、報酬は七千レア。安物の剣を五本買える金額だ。少々、割に合わない仕事だったかも知れない。
「こいつに書いてある吟遊詩人とは、ズバリあんたの事だ。間違いないな?」
「ええ。一週間ほど前に引き受けたわ」
 パグラムは大きく嘆息した。
 フム。このアインの洞窟には、道が舗装されてたり、所々に灯りがあったりと、一応は人の手が加えられてる。食い物さえ持参すれば、一週間くらいは軽々しのげるだろうか。少なくとも……俺であれば。
 俺は探偵。パグラムは吟遊詩人。活躍の舞台も方法も全然違う。どちらがダンジョン慣れしているかは一目瞭然。
「参ってるのよ……はっきり言って」
「………………」
 この話題に触れるべきか。戸惑ったが、それも一瞬の話だ。
「あんたの片割れさんについてなんだが」
「死んだわ」
「……知ってる。あんたと出会う前に、向こうの通路でまだ新しい白骨死体を発見した」
 そう。もしもその骸を見つけていなければ、俺はとっとと人喰い花退治に向かっていただろう。
 ボロボロになった衣類から、髑髏の正体が吟遊詩人であると俺は判断した。さらに所持品を調べていく内に、ふと妙な事に気付いたんだ。荷物の中には、食い物や薬の類が全く含まれてなかったのさ。そのくせ、武器はそのまま放置してあった。使い勝手のよさそうな、なかなかの名剣が一振りだ。売れば軽く三万を超える。
 行方不明になったのは二人。なのにそこにあったのは一人分の骨だけだった。極めつけに、旅の必需品である携帯食や薬が見当たらない。
 この時、俺は思ったんだ。もう一人は今でも、この洞窟のどこかで生きてるんじゃないかって。
 無論、生存の可能性は低かった。でも生きているとしたら……そちらを優先するべきだ。依頼人から渡された地図を頼りに、俺は洞窟内を捜し回った。
 結果、こうしてパグラムは生きていた。
 ……それにしても。何気なしに引き受けた依頼だったが、相当に厄介な気がする。
 あの骸骨の状態について一つ。残されていた武器の事についてもう一つ。疑問はこの二つだ。
 まあいい。質問を続けよう。
「お仲間のためでもあるんだ。辛いだろうが、答えてくれよ。
 あんた達がここに来たのが一週間ほど前。人喰い花と一戦交えるが、まるで歯が立たなかった。連れの方が後に死亡。あんたもここから出られずに一週間を過ごす」
 相手の顔をじっと見つめ、言葉を止める。二呼吸ほどおいて、俺はゆっくりとこう続けた。
「訊かせてもらおうか。あんたは何で、この洞窟から出られなかったんだ?」
 骸を発見した時から、ずっと違和感があった。有り体に言えば、遺体があまりに朽ち果てすぎてたんだよ。とてもじゃないが、たかが一週間そこそこでは、人の身体はあそこまで腐らない。
 だけど、現に腐った死体があった。とすると?
「粗方はお見通しなんでしょ。探偵ってのも伊達じゃなさそうね」
「生業にするつもりだからな。
 それで、答えは?」
「毒のせいよ」
「やっぱりな」
 そんなとこだろう。それもただの毒ってわけではなさそうだ。少し考えてみるか。
 情報を整理し、思考を巡らせる事しばし。
 ……なるほど。だいたい読めたぜ。
「《身を癒す水の滴》。便利な魔法が使えるんだな。全く羨ましいね」
「え?」
 訝しがるパグラム。
「色々と言い当ててやろうか。
 あんたの属性は水。あんたの連れについては、確証は持てないけど火と考えるのが妥当かな。でも、魔法はあまり得意じゃなさそうだ。多分、剣に頼るタイプだな。
 ざっと推測すれば、こんなとこかな。訂正があれば指摘してくれ」
「……パーフェクトよ。洞察もなかなか鋭いのね」
「そいつはどうも」
 探偵と名乗る者の端くれなら、このくらい出来て当然なんだがな。
「根拠を聞かせてくれる?」
 俺は首を縦に振った。
「あんたの連れ……」
「ああ。彼の名前はメルブ・ミラーというの。メルブと呼んでくれればいいわ」
「ならそうしよう。
 メルブの持っていた武器が、ヒントになったんだんだよ」
「……確かに獲物を見れば、彼が剣士だった事は分かるわ。でも、魔法が苦手とまでは言い切れないんじゃない?」
「言い切れるさ」
 俺は腰につけている自分の剣を指さした。ついで鞘から抜いてみせる。
 銀の刀身を見据えながら説明する。
「俺はちょいとばかし、剣にはうるさいんだ。実の話、探偵になった理由も、最高の剣を探すという目的があったからさ。諸般の事情があってな」
 絵空事の剣ではなく、実在する最高の名剣を手に入れる。これは誓って夢ではない。実現させなければならない目的だ。
「だから一目で分かった。メルブの剣は、吟遊詩人が持つにはいささか重すぎるってね。可能性としてありえるとすれば、使えない魔法のカバーってとこだろう」
 二、三度素振りを繰り返した後、俺は納刀した。それからこう付け加える。
「つまりは、俺と同じってわけだ」
 ……俺の名はフィズ・ライアス。頼れる相棒と、しがなく探偵稼業を営んでいる、シケた男だ。
 俺の持つ致命的欠点。それは、魔法が使えない事だった。

 地、水、火、風、天、魔、在、無。
 人間には生まれつき、属性という物がある。現在確認されているのは八つ。左に記したのがそれだ。
 人間の九〇%は初めの四つ、地水火風に属する。かくいう俺自身も例外ではなく、風属性だ。残りの十パーセントはその他にに含まれる。
 属性とは、端的に述べれば言葉の示す通りの力の種類。そして、その力を具現化したのが、いわゆる魔法。
 俺が魔法を使えると仮定しよう。俺の属性は風だから、主として使用出来るのは風魔法。吹き荒ぶ風を繰り、真空の波動を撃つ。時に心地よい息吹きは人の身を癒してくれる。魔法の力は万能だ。過信しすぎると、痛い目を見る事になるけど。
 さて。属性には相性がある。
 例えば、風は火と相性がいい。燃え盛る炎の力を、巻き起こした旋風で後押ししたりとか、様々な応用が利くのさ。コントロールさえ間違わなければ、風と火は互い能力のの促進剤になり得る。
 しかし、水や地とは相性がよくない。特に、風使いが注意しなければならないのは地属性だ。風を阻む土石の力なんて、何の薬にもならない。むしろ逆に、しっぺ返しを喰らいかねない。まさしく、百害あって一利なしってやつだな。
 残りの四つ、天魔在無について、一概に説明するのは難しい。こいつらはいずれもクセがあってね。力そのものが強すぎるるために、どの属性がどれと相性がいいか悪いかなんて、一口にはまとめられないんだ。
 だから、ここでは簡単な性質のみを述べておこう。
 世の法を借りて魔力に変換する天に対し、魔は自然あらざる存在に造られし者のみが宿す事の出来る、いわば禁呪の属性。非常に似通っている一方、正反対の存在とも表現される。分かりやすく言えば、左右対称の存在って事になるかな。
 在は生を造る力であり、無は死を造る力である。悪いが、この二つに関してはこれ以上に表現のしようがない。何しろ……この属性を宿す人間は今のところ、それぞれ一人ずつしか確認されていない。ゆえに分からない事も多く、これ以上を語る事は出来ない。
 なお、例外を除いて、自分の持つ属性以外の魔法は極められない。俺の場合、風魔法を極められる可能性はあるものの、その他の物については、せいぜいで火や水の基礎をかじる程度が関の山って事さ。相性最悪の地や、クセのある天魔在無に関しては扱える可能性すらも皆無。最初から問題外。
 うん。魔法の説明に関しては、とりあえずはこんなもんだな。使えなくとも、知識だけは充分にあるんだぜ。

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Novel Editor