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I Wish・・・ 作者:殻鎖希

第3回   最終話 道の分かれし時
「……別れて下さい」
 唐突に飛び出した言葉に、しかしながら飛鳥は驚きを覚えることもなかった。あるいはすでに、頭のどこかでそのセリフを予期していたのかもしれない。
 取り乱すこともなく、落ち着いた口調で飛鳥は瀬奈に理由を尋ねた。
「どうしてそう思う?」
 瀬奈は答えなかった。
 しばし、二人の間に静寂の時が流れる。
「……答えられないか?」
 沈黙に耐えられなくなったのか。先に口を開いたのは飛鳥の方だった。
「ん……」
 瀬奈は少し何かを考えている様子だったが、やがて意を決したようにこう言った。
「私……好きな人がいるから」
 瀬奈の告白を耳にしても、飛鳥はさして衝撃を覚えることもなかった。
 さらに飛鳥は瀬奈に訊ねる。たとえ答えが分かっていることであったとしても、瀬奈自身の口から真実を聞きたいと思ったからだ。
「それは……俺の他の誰かってこと?」
「……うん」
 返ってきた返答も、まさに飛鳥が予想していた通りのものだった。
「そっか」
 飛鳥は大きく溜め息をつく。
 この瀬奈という少女と付き合ってから実に半年の時が流れた。半年という期間は決して長くはない。しかし、人の心が移ろいゆくには十分な長さであったようだ。
「………………」
「………………」
 二人の間にまた長い沈黙が訪れる。どちらとも何を喋るということなく、ただ時間ばかりが過ぎていく。
(さて……どうするか)
 言葉を交わさぬまま、飛鳥はずっと考えていた。
 別れたくない、と言うことは容易い。その言葉を口にすれば、あるいは今すぐに別れる、といった事態にはならないのかもしれない。
 だが……
(迷うまでもないよな)
 飛鳥は大きく一つ頷いた。彼の中で、最初からすでに答えは決まっていたのである。
「もう一つだけ……訊いていい?」
 瀬奈に問いかける飛鳥。
「……うん」
「もし俺と別れたとしても……瀬奈は後悔しない?」
「しないよ」
 次に返ってきたのは返事は即答であった。
「私、後悔をするような生き方だけはしたくないから」
「そっか」
(もう、俺の出る幕じゃあないってことか)
 声に出し、そしてまた胸中で呟きを漏らす飛鳥。現実に二人の別れの時が近づいていることを、彼はひしひしと感じていた。
「もしも……な」
 飛鳥は諭すようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「もしも、お前がこのまま俺と一緒にいても、絶対に幸せになれないって言うのなら……俺じゃなくて、その人と一緒にいたなら幸せになれるって言うんなら……もう俺が言うことは何もないよ」
 ある者が聞けば、疑問を覚えるかもしれない。またある者が聞けば、異論を挟もうとするかもしれない。けれども、それは飛鳥にとっての偽りなき本心だった。
「………………」
「………………」
 もう何度目かになる静寂の後、瀬奈は飛鳥を促した。
「ねぇ、そろそろ……」
「ああ」
 思い詰めたような瀬奈のセリフに、飛鳥はこう答えた。
「……じゃあな。幸せになるんだぞ、絶対に」
「……うん」
 ようやく聞き取ることができるほどのか細い声で、瀬奈は肯定の意を示す。
 それが……二人が恋人として交わした最後の言葉となった。

 そしてまた、道は二つに大きく分かれる。

 分かれ道を選んだ日。
 共に生きることはできないけれど、それでも二人は歩いていく。それぞれの道を……それぞれのパートナーと……
 けれども決して……二人にとって変わらないこともある。
 I Wish・・・
 貴方の力になることを。

《完》

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Novel Editor by BS CGI Rental
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