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ソードレボリューション2 作者:殻鎖希

第9回   猟奇事件?誘拐事件?鍵を握るは妖しの森
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 馬車に揺られて幾日か。俺とミレアの二人は久しぶりにコイートの大地を踏みしめる事となった。
 城下町は、猟奇事件の恐怖から解放され、元の活気を取り戻しつつあった。道ですれ違う人々の顔にも、笑顔を見受ける事が出来る。完全に彼らの傷が癒えたと言うわけではないが、あの頃の殺伐としたコイートと比べると平和なもんさ。
 あの猟奇事件は決して後味の良いものではなかったが、こうして町が穏やかな時を取り戻しつつある事は素直に嬉しいね。奪われてしまった命は絶対に戻ってはこないし、どんなに忘れようとしても決して忘れられぬ事もあるけれども……事件に少なからず関わった者としては、早く立ち直って欲しいと思うよ。
 コイート城下町に到着した俺と相棒は、しばし感慨に耽った後、すぐに行動に移る事にした。
 いつまでも過去に浸っているわけにはいかないんだ。俺達の前では新しい案件が手を広げて待っているんだから。

 宿を取り荷物を置いた俺達は、休む間もなく次の行動に移った、ミレアとは別行動を取り、それぞれの目的地へと足を運ぶ。
 俺が目指すは城下町の一角に佇む家。コイート城王宮騎士団に属する一人の騎士とその家族が居を構える場である。この家の主である騎士とは、俺も直接の面識があった。しかし、こうして彼の家を訪問するのも、彼の家族に会うのも初めての事だ。
 玄関のドアをノックする。程なくして、家の奥から一人の女性がその姿を現した。年の頃はおそらくは俺よりも少しばかり上……二〇代といったところだろうか。なかなかの美人だ。
「どちら様でしょうか?」
「俺の名はフィズ。こちらの家の奥さんからとある依頼を受けた、しがないフリー探偵だ」
 彼女の質問に応答する。女性と話すのはどうにも苦手なんだけど、仕事柄お話をしないというわけにもいかない。
 俺の自己紹介にその女性は目を丸くした。
「貴方が……フィズ・ライアスさん?お噂は主人より伺っております。
 ご挨拶が遅れました。私、リック・ジョーナンドの妻、エルザ・ジョーナンドです」
「こちらこそ初めまして。
 俺もリックが結婚していると知った時には正直驚いたもんだ。まさか、あのデカブツの奥さんが、これ程の美人だとはね」
「ユーモアのある方なのですね。主人が言っていた通り……」
 『ジョーナンドからどんな事を聞かされてるんだ?』と突っ込みたいのは山々だったが、怖い答えが返ってきそうな気もしたので心に留めておく。
「それで、早速話を聞かせて欲しいんだが。何せ、こちらもまだ分からない事だらけなんだ」
「では……立ち話も疲れるでしょうから、どうぞこちらへ」
 エルザの案内で、俺は応接間へと通された。程なくして、温かい紅茶と手作りらしきクッキーが運ばれてくる。暫しの間、俺は彼女のもてなしに舌鼓を打った。
 一息ついたところで、俺は話を切り出した。
「依頼状には、あんたの旦那……リックがシダノの森の中で行方をくらませたといった事が書かれていた。
 何故、彼がシダノの森なんかに足を運んだのか、あんたは知ってるかい?」
「……シダノの森についてはご存じですか?」
 エルザの問いに俺は首肯する。
 シダノの森。近隣の者は決して近寄らないと言う曰く付きの場所だ。「森の中には、人間の姿に化ける事の出来る動物が住んでいる」という言い伝えが元々存在していた上に、実際に森に入って奇妙な動物を目にしたという者が多くいた事から、次第に人が寄りつかなくなっていったらしい。今じゃ、人々から恐れられて妖しの森なんていう二つ名までつけられている。
 いや、別に俺だってそんな動物が本当に存在してるなんて信じてるわけじゃないさ。一度は訪れてみたいと思うような観光スポットだとも思わないけどな。どうにも分からないのは、何故ジョーナンドが奇妙な伝説の残る森の中に足を踏み入れたのかって事だ。
 その辺りの事情をエルザに問うてみる。暫し考えるような素振りを見せていた彼女だったが、やがて口を動かし始めた。
「以前にコイートで起こった猟奇殺人。その事後調査を主人はずっと続けていました。
 『あの事件を起こした犯人については、まだ捕まえる事が出来ていない。だから、その足取りを追わねばならないんだ』。主人はいつもその言葉を口にしていました」
 成程。確かにあの事件の黒幕である爺さんは未だお縄についていない。まず第一に事件の調査を行う事及び事件の再発を防ぐ事を目的として依頼を受けた俺達とは異なり、ジョーナンドは事件の首謀者を突き止めるという仕事を与えられていたわけか。あの男は口は悪いが、自分の仕事はきっちりとこなす。中途半端に仕事を投げ出す様な事は絶対にしないはずだ。
「他地区や他大陸にも赴き、主人は調査を続けていました。何日も帰って来ない事も珍しくありませんでしたが、そういう時にも便りは必ず届いていました」
「リックは《音を結ぶ風の道標》を習得していたからな。会話は出来なくとも連絡を取る事は可能だったってわけか」
 頷くエルザ。
「そうして事件を追い続ける内に幾十日かが過ぎました。
 その日、コイートに戻って来ていた主人は旅の疲れを癒す間もなく、お城へと向かいました。しかし、そこで国王様より予想にもしていなかったご命令を授かったのです」
「命令?」
「はい。
 ご命令はあまりにも意外なものでした。国王様はおっしゃられたそうです。『直ちに猟奇事件の調査から身を退くように』と」
 ……確かにそれは随分といきなりな話だ。これまで熱を入れていた事件の調査を、ある日突然打ち切ろうとはね。
 考えられる可能性としては、国王に対して何らかの圧力がかけられたというところだろう。しかし、一地区を治める者を相手を威圧する事の出来る相手なんてそうそういるものじゃない。
 俺が考えを巡らせる間にも、エルザは話を進める。
「けれども、主人はその言葉に従いませんでした。初めて国王様の命に背いたのです。
 城を離れ、主人は単独で調査を続けました」
「奴はそういう男だ。剣の腕もさる事ながら、正義感だって誰にも負けちゃいないさ」
 俺は知っている。ジョーナンドの中に流れる熱い血潮の滾りを。
 猟奇事件が勃発するさらに前、とある案件と関わった際に俺はジョーナンドという男を知った。彼とは共に闘った仲だ。どんな男であるのかは、よく分かっているさ。
「その後、暫くして主人はシダノの森に足を運びました。私にも詳しい事情は分かりません。ただ、主人の話によると何でも森に関する奇妙な噂を耳にしたとか……」
「噂?例の妖しの伝説とはまた別の物か?」
「ええ。
 他の地域では有力な手がかりを得る事が出来なかったらしく、主人はもう一度コイートで聞き込みを行いました。その内に、シダノの森の話が耳に入ったという事です」
「どんな噂なのかはご存じかい?」
 俺が訊ねると、エルザは少し考える様な素振りを見せた後にこう答えた。
「何でも……近頃、森の中から子供の啜り泣く声が聞こえてくるそうなのです」
「子供の声?」
「それも一人や二人ではないそうでして……
 最近になって、急にこんな噂が囁かれるようになったんです」
 得体の知れぬ生物が棲む森から、聞こえてくるという子供達の泣き声。ただのオカルトじゃないとしたら、何かの事件が起こっているのかも知れない。現に、その森の調査に赴いたジョーナンドは、行方不明になっちまったんだからな。
 事件に子供が関与してるとすれば、考えられるのは誘拐の類か、それともあるいは……
「あの、ライアスさん」
 顎に手をあてて俯く俺に、エルザは不安を隠しきれない様子で告げる。
「私、もう何もかも分からなくなってきたんです。
 前の猟奇事件もそう。この国で、あんな酷い事件が起こった事なんて今までなかったのに。一体どうして……?」
 エルザは肩を震わせていた。これまで彼女が堪えていたものが一気に外に溢れ出してきたみたいだ。
「………………」
 彼女の疑問に答える術を、俺は持ち合わせていなかった。分からない事だらけなのは、俺も同じだったからな。
 しかし、真実を白日の下に晒す事こそが、探偵の務めだ。途中で投げ出してしまうわけにもいかない。
 それに何より、ジョーナンドは俺の戦友なんだ。回数こそ少ないが、奴とは戦地で共に闘ってきた。仲間を放ったらかしにするわけにもいかないだろ。
 だから、俺はエルザに言ったんだ。自らの偽りなき決意を。
「この仕事、引き受けさせてもらうよ、奥さん。
 これまでに起こった事……これから起ころうとしている事。絶対に暴いてみせるさ」
 エルザは潤んだ瞳をこちらに向けた。か細い声を絞り出すようにして、言葉を紡ぐ。
「主人を……どうかよろしくお願いします」
 涙を拭う彼女の肩に、俺はそっと手を添えて頷いてみせた。
 断る理由などあるはずもない。俺は迷わず、この案件を引き受ける事にしたんだ。

 待ち合わせの時間を大幅に過ぎても、ミレアは戻ってこなかった。
 干し肉を一口囓り、俺は手の中にある一冊の古ぼけた本に目を落とす。
 これは、かつて俺がある案件に関わった際に手に入れた日記帳だ。表紙には『ロゼ』と書かれたサインがある。
 ロゼ・ライアス。俺の本当の父親にして、〈剣を求めし者〉と謳われた伝説の男。その男の手記を、俺は事あるごとに読み返していた。かつて勃発した大いなる闘い……大戦の記録そのものを。
 そして今。再び、俺はこの本に手を伸ばす。
 俺は伝説なんて大嫌いだ。そして……決して帰って来る事なく、伝説になっちまった父さんも。
 けど、そんな嫌いな父さんの日記を、何故か俺は何度も読み返している。家族を捨ててまで、父さんの成したかった事が一体何なのか。もしかしたら分かるかも知れないと思ったから。
 でも、やっぱり分からない。
 溜め息を吐き、俺は日記を道具袋の中にしまい込んだ。
「そんなにいい物だったのかよ……伝説の男になるってのは」
 ぼんやりと独りごちる。
 一向に答えの見えぬこの問いを、俺はこれまでに何度繰り返してきたんだろう?そして、これからもまた同じようにして自問し続けるのだろうか。正直、いつまでも迷い続けるのは真っ平御免なんだがな。
 自嘲の笑みを浮かべたその時、部屋の戸が開く音が俺の耳に飛び込んできた。ようやく相方が宿に戻ってきたらしい。
 俺は入り口に視線を移す。そこには、すっかりくたびれ切った様子のミレアが突っ立っていた。
「……とりあえず、お疲れ」
 嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったけど、相方の顔を見て留まる事にする。
「並みのお疲れじゃないわよ……正直言って」
 背の大弓を外して大きく嘆息するミレア。虚脱感を振り払うようにして、彼女は街で買ってきたものらしいチョコレートを二、三個いっぺんに口に放り込んだ。
 いつもは割とクールな面が目立つミレアだが、本気で疲れ切っているらしい。俺がジョーナンドの家を訪ねている間に、ミレアはコイート城に赴いて聞き込みをしてもらっていたんだが……何か収穫はあったのだろうか?
 ベッドに腰を下ろした相棒に、俺は早速訊ねてみた。
「それで、情報は集まったかい?」
「ううん」
 身体を横にしたまま、頭を振るミレア。
「国王様はおろか、大臣や騎士団の人達にも聞き込みをしていたんだけどね。皆揃って『我々とジョーナンドは最早何の関係もない。話す事など何もない。もう帰ってくれ』の一点張りなのよ。それでもしつこく粘って聞き込みを続けてたんだけど、成果は得られなかったわ」
 ミレアの報告に、俺は微かな苛立ちを覚えた。
 とどのつまり、すっぱりと手を切られたというわけか。コイートのために精一杯働いていたジョーナンドに対して、その仕打ちはいくら何でもあんまりすぎるんじゃないか?
 苛立ちを表に出さぬように注意しながら、俺は口を開いた。
「成程。そいつはエルザの話と照らし合わせて考える事が出来るな」
「エルザって……」
「ジョーナンドの奥さんだよ」
 俺は先程仕入れてきたばかりの話を、ミレアに語って聞かせた。
「突然の撤退命令、か。急に態度を翻すなんて、おかしな話ね」
「ま、何かがあったと考えるのが普通だろうな」
 喋りながら、俺は一つの確信を持った。間違いない、この国は何かを隠している。
「私の方の情報は、そのくらいのものよ。
 あなたの方はどう?フィズ」
「ああ、どうやら手がかりはシダノの森にあるらしいぜ」
「シダノの森って……あの妖しの伝説で有名な?」
 ミレアは訝しげに眉をひそめる。
「奥さんの話では、ジョーナンドはそこに行ったっきり帰ってこないらしいんだ」
「でも、どうしてジョーナンドさんはそんな所に?
 例の猟奇事件と何か関わりがあるのかしら?」
「最近、シダノの森から子供の泣き声が聞こえてくるという噂が立っているらしい。ジョーナンドはその真相を調べに行ったんだ。
 猟奇事件の犯人の手がかりは見つからない。王も仲間もあてにする事が出来ない。藁をも掴む思いだったんだろうぜ」
「成程。
 それで、これからはどうするの?」
「決まってんだろ」
 俺は相棒の肩を軽く叩いた。
「俺達も行くのさ、シダノの森に」
「確かに他に手がかりはないしね。ジョーナンドさんが行方不明になったのも、おそらくはその森での事だろうし……」
「そういうこった」
 同意を示すミレアに、俺は大きく頷いてみせる。
「だがしかし、赴くにはそれなりの準備をする必要があるな」
 もしも、ジョーナンドの行方不明と先に起きた猟奇事件が一つの線で繋がるとすれば。シダノの森には事件を解く鍵が眠っているとみて、まず間違いない。つまり、それだけ危険も大きいって事だ。
 そうでなくとも、このコイート城下町からシダノの森に行くだけでもかなりの道のりを要するんだ。携帯用の食糧だって、十分に備えておかなければならない。チョコや干し肉ばかりをクチャクチャやってるわけにはいかないだろ。
「よし、旅の支度を整えよう。食い物に水、薬と……」
「矢も要るわ。弓だけじゃどうしようもないもの」
 そう言って、自分の得物を見やるミレア。
「そうだな。
 他にも、もう少し情報が欲しいところだ。子供の泣き声の噂についての情報も集めておかないと……」
 言葉を遮るようにして、奇怪な音が部屋の中に響き渡る。何事かと一瞬驚いたが、気付いてみれば何の事はない、俺の腹の音だった。
 窓の外に広がる橙の世界を一瞥し、俺はベッドから腰を上げた。
「とりあえずは酒場に行こうか。日も落ちてきたし、良い具合いに腹も減った事だしな」
「情報収集も兼ねて、ね」
 そう言ってミレアもまた立ち上がる。
 俺は一振りの剣を腰に提げた。この街で事件が起きているわけでもないから、ミレアの大弓を携えるのは流石に邪魔になるだろうが、剣くらいは持っていきたい。手の馴染み加減や魔法耐性、斬れ味等いずれをとっても輝きの剣には遠く及ばないが、こいつもそれなりの業物には違いない。
 得物を持たぬとは言え、ミレアにも火魔法の力がある。魔法に関しては、俺よりも彼女の方がずっと上手だしな。探偵たる者、常に不測の事態に備えておく必要があるのさ。
「じゃ、行こうか」
 ミレアを促し、俺は扉のノブに手をかけた。

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 夜の酒場は、空気こそ悪かったものの酒と料理の味は申し分のないものだった。一地区を治める国王様のお膝元とくれば、食い物もまた格別だ。
 俺とミレアはウエイターや客を相手に、シダノの森についての詳細を訊ねてみた。大抵の返事は、俺達がすでに聞いている程度の噂話だったんだが、その中でただ一つ気になる話があったんだ。
 その話をしてくれたのは、旅の剣士と思しき二人の女性だった。
 彼女達のいるテーブルに同席し、盃を進めながら話を聞かせてもらう事にする。
「あなた達の話している事と関係があるかどうかは分からないけれど、一月ほど前に訪れた村で多くの子供がいなくなるという事件がったの」
「失踪事件……か。その事件は解決したのかい?」
 俺の質問に答えてくれたのは、もう一人の女の方だった。
「犯人は捕まったよ。近くの山を根城にしていた賊の仕業だったんだって。
 でも、さらわれてしまった子達は結局戻って来なかったって」
「その賊のアジトに捕らえられていたんじゃないんですか?」
 相手のコップにワインを注いでやりつつ、訊ねるミレア。一言礼を告げてから、女剣士はこう答えた。
「賊達は捕まえた子供をみんな、どこかに売りとばしっちゃったらしいんだよ。どこへ売られていったのかも皆目見当がつかないらしい。
 ま、それも一ヶ月前の話なんで、案外今では万事解決しているのかも知れないがな」
 どうだろうか?売った人間を探すならともかく、買った側の人間を探すのはそうそう容易な事じゃあない。世界ってのは広いんだ。他の大陸に逃げられただけで、足取りを掴むのは極めて難しくなる。
「あんた達の話にも子供が関係しているそうじゃないか。もしかしたらって事もあるかも知れないよ」
「つまり、その子供達を買い取った人間が、シダノの森にいる可能性もあるってわけか。
 ちなみに、その誘拐事件ってのは、どこの村で起こったんだ?」
「カークスという名の小さな村よ」
 もう一人の女剣士が答える。
 カークス村?はて……聞いた事のない村だが。
 ミレアに視線を移すと、彼女もきょとんとした顔つきをしていた。どうやら、彼女も知らないらしい。
「まあ知らなくとも無理はない話だ。エベル大陸はハウデリアにあるほんの小さな村だからな」
 エベル大陸のハウデリア地区?また随分と遠い所の地名が飛び出してきたもんだな。道理で知らないわけだぜ。
 この世界には四つの大陸と幾つかの島が存在している。エベルはその一つで、南に位置する大陸だ。かなり大きな大陸で、数多くの地区が存在している。
 ちなみに、今俺達が住むこの大陸は、ラスロウド大陸と呼ばれている。西に位置する少し小さな大陸で、アベリ、ドラー、レゴムス、ターミアル、コイートの五地区が存在しているんだ。
「エベルとラスロウド……船に乗っても何十日はかかる距離ですよね」
「カークス村で子供を買った人間が、このコイートに足を踏み入れた。あり得ない話ではないな。
 だが仮にそうだとして、どうしても一つ見えてこないものがある」
「何が見えてこないの?」
 首を傾げる俺に、女剣士はそう訊ねる。
「その人買いの目的だよ。
 旅をしているあんた達は知らないかも知れないが、シダノの森にはちょっと曰く付きの言い伝えがあるんだ。その伝説を知る者は決して森に立ち入ろうとはしないはずさ」
 そう。もしも連中の狙いが、子供を奴隷の類としてこき使う事にあるだけならば、わざわざラスロウドの辺境にまで足を運ぶ必要がないんだ。
 だが、もしも人買い達が妖しの伝説の事を全く知らなかったとしたら?ただの森と思い込んで、その中に入ってしまったのだとしたら?そういう可能性だってある。
 俺がその考えを話すと、皆は頭を悩ませるようにして口を閉ざしてしまった。
「……ねぇ、フィズ」
 しばらくの時が経った後、口を開いたのはミレアである。
「もしかしたら、今シダノの森で起きている事はコイートの猟奇事件とは全く関係のない事なんじゃないかしら」
「確かに、そう考える事も出来るな」
 と答えたものの、俺は今一つ釈然としないものを感じていた。
 ジョーナンドはコイート王の懐刀とまでに讃えられた男だ。剣術の腕だって半端じゃない。生半可な腕の持ち主が闘ったとして、まず間違いなく返り討ちの目に合うだろう。ただの人買いに、それほどの力があるとは到底思えないんだが……
 何にせよ、シダノの森で調べるべき事が一つ増えちまったってわけだ。遙か遠き地で起きたという誘拐事件。こいつの調査もしておく必要がある。別に依頼を受けたわけでもないけど、知らんぷりをしておくのも気が引けるからな。
「助かったよ。お陰で貴重な情報が得られた」
 テーブルの上に四人分の酒代と情報料を置き、俺は席を立った。
「そろそろ行こうか、ミレア」
「ええ」
 ミレアも頷き、その腰を上げる。
「俺達はこれで失礼するよ」
 二人の女人に背を向け、俺達は店を後にしようとする。そこに、
「ああ、ちょっと待ちな」
 と、剣士の一人から声をかけられた。
「何だい?」
 歩を止めて、振り返る。
「あんたの名前を聞いてなかった」
「おっと、こいつはレディに対して失礼な事をした。
 俺はフィズ。しがなく探偵稼業を営む者だ。そして、こっちが相棒の……」
「ミレア・タガーノです」
 遅ればせながら、俺達は自己紹介をする。
すると、剣士達もそれぞれ自分の名を述べた。
「私の名はバロック・アーネルダ。見て分かるかと思うけど、旅の剣士だよ」
「私はメリー・ダイヤモンズよ」
 俺達は握手を交わす。
 ほんの一時の間だけ、言葉を交わした旅人達。彼女達の素性も知らない、旅の目的も分からない。おそらくはもう会う事もないだろうこの二人とのやり取りであるが、なかなかどうして感慨深いものがある。そんな風に想って、俺は妙に照れくさくなった。
 今までに幾度となく、俺達はこうして他人と出会い、そして別れてきた。螺旋の様に渦巻いた邂逅と別離の連鎖は、間違いなくこれからも続いていくであろう。少なくとも、俺が探偵なんていう、因果な商売にこの身を揺蕩える限りはね。
「それじゃあな」
「ああ。また縁があったら、どこかで」
 最後に短く挨拶を交わし、俺とミレアは夜の酒場の扉を開いたのであった。

 その後、俺達は暫く街を巡り、旅の支度を整えた。
 ミレアの弓に番えるための矢と、薬類。水や携帯食糧だって忘れてはいけない。あんまり俺の趣味には合わないんだが、魔法のアイテムも購入しておく事にした。
 お伽噺の世界の住人みたいな身なりをした爺さんか、あるいは他国から遙々この地にやって来た人攫いか。どちらが待ち構えているとしても闘いは避けられないだろう。準備はきっちりとしておく必要がある。
 出来るだけ早く済ませて帰りたいところだが、蓋を開けてみればこれは長丁場になるかも知れない。俺は預言者でも占い師でもないから未来の事は分からないが、ただ一つはっきりしているのはこの案件が一筋縄ではいかないものだって事だ。
 あのリック・ジョーナンドほどの男が行方をくらませてしまっているんだ。何かよっぽどの事があったに違いない。だから、覚悟を十分決めてかからないとな。
 宿に戻ってから、俺はぐっすりと眠った。明日に備え、しっかりと睡眠を取っておかなければならない。
 そして明くる日、俺達は朝一番に一台の馬車を捕まえて城下町を後にした。
 目指すは南西。妖しの伝説が語り継がれるシダノの森だ。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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