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ソードレボリューション2 作者:殻鎖希

第8回   二つの事件に潜む謎と新たなる事件の勃発
Mission3 旧友の行方を追え
〜そして歴史は繰り返される〜

依頼状

 先日、コイートの王宮騎士団に所属していた騎士の一人からの連絡が突然にして途絶えました。その騎士の名はリック・ジョーナンド。国王様の懐刀とまで言われた男であり、騎士団の中でも一、二を争う剣の使い手……そして私の夫にあたる人物です。他の騎士の方の調査から、コイートの南西に位置するシダノの森に入った事までは分かったのですが、その後の足取りが一行に掴めません。
 フィズ・ライアス様。貴方様への依頼はただ一つ。消息を絶ってしまった夫、リックを探し出しいただきたいのです。報酬としては、一五万レア程をお支払いしようと思います。お忙しい折ににこのような形でお仕事を依頼すること、失礼とは存じておりますが、どうぞよろしくお願い致します。

エルザ・ジョーナンド

      1
 その日、俺は自宅の庭先で義弟のヘルゼーラに稽古をつけていた。
「だあっ!」
 ナイフを手にヘルゼーラは攻撃を仕掛けてくる。巧みなナイフ捌きを俺は身を翻してさっとかわした。
 鋭さはなかなかのもんだが、少々素早さが足りないな。
「ほらほら、足下がお留守になってるぜ」
 俺はヘルゼーラに足払いをかける。
「うわっ!」
 まともにバランスを崩し、ヘルゼーラは派手に地面に転がった。
 って……ちょっとやりすぎたかな。
「大丈夫かよ、おい?」
 手を貸して、ヘルゼーラの身体を起こす。
「平気さ……これくらい。それよりも、もっとやろうよ」
 ズボンについた砂埃を手で払い、ヘルゼーラはナイフを持つ手に力を込める。やる気があるのは結構なんだが、あんまり無理をさせるわけにもいかないな。
「いや、今日はもうこの辺でやめとこうぜ。これ以上やって、身体ぶっ壊しても面白くないだろ」
「でも……」
「病み上がりなんだ。程々にしとけよ」
 そう言って俺はヘルゼーラの手からナイフを取り上げた。
「本格的な鍛錬は身体を本調子に戻してからでも出来る。休む事も大切なんだぜ」
「……うん。分かった。
 ありがと、兄さん」
 礼を告げ、ヘルゼーラは家の中へと入っていった。
 俺も休憩がてらに、好物の干し肉を口に放り込む事にする。
 塩の良く利いた肉を頬張りながら、俺は血の繋がっていない弟の事を考える。
 以前の事件で負った傷が完全には癒えておらず、ヘルゼーラは自宅で療養生活を送っている。尤も、ナイフを操る姿や歩く姿を見る限りでは粗方の傷は治ってるし、後少しの間だけしっかりと休んでれば、すぐにスクールにも戻れるだろうけどな。
 しかし、何だかなぁ……
 むずがゆい様な恥ずかしい様な妙な気分になり、俺は大きな溜め息を吐いた。
 前の事件で大怪我を負って以来、ヘルゼーラの奴にも変に火が点いちまった様なところが見受けられるんだよな。ただただ力を求めようとしてるってのか……どこか鬼気迫るものがあるって感じだ。そう、まるで、ガキの頃の俺みたいに……
 ヘルゼーラは決して弱くはない。さっきのナイフ捌きにしても、とても十歳とは思えぬ程の腕前だ。並の大人を相手にしても十分に渡り合えるだけの実力を持っている。
 問題は、あの事件でヘルゼーラやこの俺の闘った相手が、並大抵の使い手じゃなかったって話なんだけど。
「どうしたもんかな……
 なぁ、オヤジよ」
 肉を咀嚼し終え、俺は柱の影に突っ立っている一人のオッサンに声をかけた。
「気付いてたのか、フィズ」
 柱の影から当のオッサンが登場する。俺やミレアの養父にしてヘルゼーラの実父、クリマ・セイルだ。
「ヘルゼーラは気付いてなかったみたいだから良かったじゃないか。
 今のあいつにゃ、親馬鹿根性は火に油だぜ」
「別に俺はあいつの事が心配だったわけじゃねえよ」
 きまりが悪そうにそっぽを向くオヤジ。これじゃ嘘を付いているのがバレバレだ。伝説のパーティーが一員、〈槍を尊ぶ者〉もやっぱり人の親って事だよな。
「輝きの剣を手にしたお前を易々と倒す程の手練れだ。最初からヘルにゃ勝ち目はねえ。ま、そうは言ってもあいつは聞かないだろうがな」
 ヘルの事が心配じゃないと言った矢先にいきなりこの話題だ。相変わらず、このオヤジは素直じゃない。
 ただ、オヤジの言葉は覆しようのない正論でもあった。
「ああ。今思い出しても背筋がぞっとする。あんな奴は正直初めてだ。
 隻眼の男、キソウ……あるいは、シギやマキの上を行く使い手かも知れないな」
 そんな奴がこの世の中にいるとは、正直あんまり信じたくはないんだが。
「隻眼、か……」
 俺の台詞の一部を反芻するオヤジ。
「どうかしたかい?」
「もしもその男に両の目があったとすれば、果たして俺でも勝てるかどうか、と思ってな。
 奴は片目で魔法も剣もほとんど使う事なく、お前を叩き伏せたってんだろ。流石に俺でもそこまでの芸当は出来ねえだろうよ」
 親父の言葉に俺は唸った。
 確かに、敵さんはまるで本気を出していないって感じだった。その上、奴には目玉が一つしかないと来ている。常人と比べれば圧倒的に狭まるであろう視野を持ちながら、あれ程までの強さを発揮出来るなんて……
「何て言うのか……反則だよな」
 やれやれ。世の中には本当にとんでもない輩がいるもんだぜ。
 溜め息混じりに俺は大きく肩を竦める。
 本当なら、あんな野郎とは二度と闘いたくないんだけど、そう呑気な事も言っていられない。俺が探偵であり奴が犯罪者である以上、俺と奴とは敵対関係にあるわけだし輝きの剣だって取り返さなきゃいけない。泣き寝入りだけは御免だからな。
 お先真っ暗でへこんでいる俺に、さらに追い打ちをかける様にして、オヤジがもう一人の厄介な人物を引っ張り出してきてくれる。
「べらぼうに強い使い手と言えば、もう一人いたんじゃないのか。
 コイートでの猟奇事件の時にアンパスの街でやり合ったっていう……」
「あの爺さんか」
 お伽話に出てくる魔法使いみたいな格好をした老人の姿を俺は脳裏に描き出した。尤も、あのキソウに比べればこちらの方が幾らかは与し易い相手とも言えるだろうけど。
 そう言えば、コイートの件以来一度もあの爺さんにお目にかかっていないな。あの事件についても、根底においては何も解決出来ていないに等しいから何とかしたいところだよ。
 ……ん?待てよ。
 俺は頭の隅に何か引っかかるものがある事を感じ取った。その引っかかりの正体を探るべく、気になる言葉を口に出してみる。
「爺さん……キソウ……リザードマン……コピーマン……」
 他に類を見ない事件の手口。化け物じみた使い手の存在。そして……暗躍する魔物。
「……そうか!」
 俺は愕然として叫んだ。
 どうして今まで気付かなかったのだろう。キソウとの勝負の燦々たる結果に参っちまってたとは言え、これじゃあ探偵失格と罵られても言い訳出来ない。
 比較してみれば一目瞭然だ。この二つの事件、何から何までそっくりじゃないか。その理由についても、自ずから限られてくる!
「何か気付いた事があったらしいな」
「ああ。
 俺、これからちょっとフェイカーの所に行ってくるよ」
 そう言って、俺はくるりとオヤジに背を向けた。そのまま足を踏み出そうとしたところで、オヤジに声をかけられる。
「そうかい。なら、今日は俺もついて行く事にしよう」
 ……へ?ついて来る?
 オヤジの言葉の意図が分からず、俺は踏鞴を踏みそうになる。俺が仕事絡みで〈クルーヴ〉に赴く際には、これまで一度も同行を申し出た事もなかったんだが……
「一体、どういう風の吹き回しだい?」
「今時分だとミレアもアルバイトをしてるだろ。たまにゃあ、愛娘の働く姿を見ながら一杯やるってのも悪くない」
「昼間っから飲んだくれるつもりかよ。今の時間だと、昼飯目当てに訪れてる客が多いと思うぜ」
「じゃあ別にランチでも構わんよ」
「ランチならさっき食ったばっかりだろ。オヤジ一人でシチュー三杯はお代わりしてたじゃねえか」
「はて?そうだったか?」
 すっとぼけた顔をするオヤジ。冗談なのか、それとも本気でそろそろ耄碌してきたってのか。どっちにしろ、始末が悪いぜ。
 普段のおちゃらけたオヤジを見ている限りでは、とてもじゃないが生ける伝説の男が一人、〈槍を尊ぶ者〉なんてお偉いさんには思えないんだが……人間ってのはよく分からないもんだ。槍を手にする時とそれ以外の時のギャップが激しすぎるってのも問題なんだろうか……
「まあ冗談は抜きにしてな」
 本気で返答に窮している俺を見て流石にやり過ぎたと思ったのか。少々きまりが悪そうに頬を掻きながら、オヤジは本音を語り出した。
 やっぱり、冗談だったのか……
「実際のところは、俺も興味があるんだよ。ここ最近、どうにも妙な事件が立て続けに起こってるだろ。こいつはきっと何かあるぜ」
「……オヤジもそう思うかい。事件には関連性があるって」
「ま、偶然と考えるには共通項が多すぎるわな。
 裏社会で、でっかい犯罪組織が芽生え始めていたとしてもおかしくはない」
 ……何だかんだ言っても適わないな、このオヤジには。心の内を見透かされているような気がする。
 俺は観念する事にした。
「分かったよ。一緒に行こうぜ、オヤジ」
「よっしゃ、そう来ねえとな」
 俺の言葉にオヤジは似合いもしないガッツポーズを取ってみせた。
 う〜ん、やっぱりこのオッサンはよく分からない。

 昼下がりの食堂兼酒場の店〈クルーヴ〉。昼食目当てで訪れた客達で賑わう店の扉を俺はゆっくりと開いた。
 俺の後に続いて入ってきた珍しい客に、フェイカーも少し驚きの表情を見せた。
「これはクリマ様……ご無沙汰しております」
「おう。いつもガキ共が世話になってすまねえな」
 簡単な挨拶を済ませると、オヤジはカウンター席に腰を下ろした。俺もその隣に座る事にする。
「いつもの奴、頼むわ」
「かしこまりました。ライアスさんはどうされますか?」
 そうだな……昼飯を終えたばかりだし、軽く一杯飲むくらいに留めておきたいところだ。
「ルビーフィズ、貰おうか」
 俺は自分と同じ名のカクテルをオーダーする。
 程なくして、赤いカクテルと透明の酒の入ったグラスが俺達の前に置かれる。オヤジの飲む酒については俺もよくは知らないが、かつてマスターとこの店に来ていた時にはいつもこの酒を飲んでいたな。
「前に聞いたキソウという男の情報、何か入ったかい?」
 ちびりちびりとカクテルを傾けつつ、俺はフェイカーに訊ねる。
「残念ながら何もありませんね」
「ならば、コイートでの猟奇殺人事件の時に暗躍していたと思われる爺さんの情報は?」
 二つ目の質問に対してもフェイカーは頭を振るばかり。極めて有能な情報屋である彼であっても、尻尾の一房をも掴む事が出来ないとは……相当に厄介な相手といったところだろうか。
「一つ言える事があるとすれば……」
「ん?」
 『これは情報ではありませんが』と前置きして、フェイカーはその言葉を口にした。
「あまりにも、現実離れしてし過ぎていますね。その老人と言い、隻眼の剣士と言い……人間離れした力を持ちすぎている」
 まるで絵空事の様な無茶苦茶な連中の情報を集めるのにも骨が折れるってわけか。
「だが、連中は実際に存在する。存在するからこそ、事件を起こしているんだ」
 酒のつまみに干し肉を囓り、俺は先を続けた。
「先に起きた二つの事件……コイートの猟奇殺人と、スクールでのシギ強奪には何らかの繋がりがあるのかも知れない。確証はないが、無関係とも思えないのも事実だ」
「成程……現実離れをしている事もまた一つの共通項というわけですか」
 腕を組むフェイカー。
「フェイカー。仕事を増やしちまって悪いんだが、近年この世界に存在している犯罪組織について洗い直してみてくれ」
「犯罪組織、ですか」
「ああ。徒党を組んで、良からぬ悪巧みを企ててる連中がいるのかも知れない」
「その様な話は聞いた事もありませんがね」
「俺もないさ。だから、調べ直してみて欲しいんだよ」
 俺がそう言うと、フェイカーは納得したように一つ頷いた。
「分かりました。また一度、調べておきましょう」
「ああ、よろしく頼む」
 俺とフェイカーが仕事の話の段取りをまとめている隣で、オヤジはのんびりと酒を飲みつつ一人呟く。
「現実離れした犯罪者、か……」
「あん?」
 疑問符を顔に描き首を傾げている俺に、オヤジはさらにこう訊ねかけてきた。
「昔の事を少し思い出してな。
 有史以来、最大の犯罪者と呼ばれた人物は誰か分かるよな」
 史上最大の極悪人、か。スクールでの歴史の授業でも習ったが、そうでなくとも今日びそこいらのガキでも知ってる事だ。
「シャドウマスターの事だろ。まあシャドウマスターは犯罪者と言うよりも独裁者って柄だけどな」
「ああ。
 俺は直にあの男と闘った事すらないが、奴もまた現実離れした力を持った犯罪者だったよ。並大抵の人間とは桁違いの力を持っていた」
「無の力を操る者、か……」
 地水火風天真在無の八属性の中で、在と無の属性をその身に有する者はこの世に一人ずつしかいない。即ち、在の属性を有するはマスター、そして無の属性を有するはシャドウマスター。天性の素質を持って生まれたこの双子の兄弟以外には在と無の力を扱いこなせる者など存在しないんだ。
 尤も、シャドウマスターが消息不明となり、マスターもまたその力の大半を失っている現在においては、一人ずつしかいなかったと言う方が正しいのかも知れないけどな。
 それにしても……命ある者を無に帰す、死を呼び覚ます無属性の力とは一体どれほどのものなんだろうか?例の老人やキソウが相当の手練れとしても、あのシャドウマスターをも上回る程の力量を持ち合わせているとは正直思えないな。
「有り余る力あるところでは、良くない事が起こりやすいんだ。先の大戦もいい例だぜ」
 幾分顔を赤らめたオヤジは切々と語る。伝説のパーティーの一員として、その大戦で槍を振るっていた人間の言葉だけに説得力があるもんだ。
「気を付けておけよ、フィズ。俺にはどうにもその二人の男というのが臭うんだ。
 魔法を巧みに操る老人に隻眼の大男。そいつはまるで……」
 後の言葉を続けようとしたオヤジだったが、何かに気付いた様に息を呑む。そして、そのまま、
「いや……まさかな」
 と一言呟いたきり、口を閉ざしてしまった。
 何だ?言いかけた事を途中で切るなんてオヤジらしくもない。
「どうしたんだよ?」
「いや、何でもねえよ。とにかく気を抜くなって事だ」
 追求すると、オヤジは頭を振って誤魔化し、そっぽを向いてしまった。それ以上何を聞こうとも、ろくに返事をしようともしない。
 やれやれ……仕方がない。話題を変えるとするか。
 俺はフェイカーに再び声をかけた。
「時にフェイカー。何か仕事はないかい?
 もしもあるなら、相棒を返して欲しいんだけど」
「仕事、ですか。一つありますよ。
 それも、ライアスさん。依頼主は貴方をご指名しています」
 ……何だって?
 フェイカーの言葉に俺は眉をひそめた。
 これまで色々な案件を請け負ってきたが、その中でこの俺に対して直に依頼状を送りつけてきたといった類のものはなかった。大きな組織に属しているわけでもなし、俺はしがないフリー探偵だ。そうそう評判が上がっているというわけでもないのに……
「それで、どこのどなた様なんだい?その依頼主ってのはよ」
「その方の名は、エルザ・ジョーナンド」
 エルザ……ジョーナンド?
 覚えのある名を耳にし、俺は何とも言い知れぬ疑問を募らせる。
 ジョーナンドと言えばあの男の……何かがあったのか?

 その後、依頼状を一読した俺は、すぐにミレアを呼んでもらい仕事に取りかかる事にした。
 報酬は決して大した額ではないが、それでも俺はこの案件を断るつもりはさらさらなかった。俺の中にある懸念が段々と暗雲を渦巻きながら膨らみ始めていたからだ。
 嫌な予感がする。妙な事が起こらなければ良いんだけれど。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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