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ソードレボリューション2 作者:殻鎖希

第5回   憂さを晴らして事件調査
      3
 それから数日の時が過ぎた。俺は破壊活動を行った容疑者として捕まり、スクールの外に一歩も出る事を許されない生活を送っている。
 拘束……それは前のような生易しいものじゃない。手と足には枷が付けられているし、口には声を出す事の出来ぬように猿轡を噛まされている。
 声を出せないと言う事は即ち、魔法の使用が実質上不可能になってしまった事を意味する。構成を編み終わった魔法を具現化させるためには、声を発して空気を振動させる必要がある。くぐもった声程度であれば、猿轡を付けていても何とか出す事は可能だけど、その程度の声じゃ使う魔法の威力もたかが知れている。使えないも同然の状態にあるってわけさ。
 本当に迂闊だった……今回ばっかりはな。
 マスターから届いた筈だったあの手紙と、スクールで起きた今回の事件。偶然にしては、この二つはあまりにも出来過ぎている。そもそもあの手紙がなければ、俺がこうしてスクールまで来る事もなかっただろうからな。
 つまりは、思うようにはめられちまったわけだ。意志ある何者かの手によってな。
 問題なのは俺をはめたのは、一体誰なのかと言う事だ。
 探偵なんて職業をやってると、恨みを買う伝なら吐いて捨てる程にある。しかし、今回の動機は単純な恨みと見ていいものだろうか。
 それにしては妙に手が込み過ぎているような……
「面会だ、フィズ・ライアス」
 檻の外から声をかけられる。俺の意識は現実へと呼び戻された。
 面会人か……
 一旦檻が開かれ、猿轡が外される。だが、手枷と足枷はそのままだ。このような面会や取り調べ、あるいは食事の時等には猿轡を外してもらえる事もある。尤も、教師の監視付きではあるが。
 ようやく自由になった口で俺は大きく深呼吸をした。そして相手の顔を一瞥し、皮肉混じりの言葉を投げかける。
「やっとご到着かい。いつ来てくれるのかと首を長くして待ってたぜ」
「ごめんなさい。でも、こちらも遊んでたわけじゃないのよ。
 それにしても、知らせを受けた時は驚いたわ」
「……弟も妹も似たような事を言うもんだな」
 変なところで感心し、俺は苦笑を漏らした。
 面会人は俺の相棒にして義妹のミレア・タガーノであった。
「大丈夫?ちょっと痩せたんじゃない?」
「シェイプアップになって助かってるよ。斬り合ってる時に邪魔な肉がつっかえて動けなくなる心配も要らないしな」
 心配そうな様子のミレアを安心させるため軽口を叩く。でも、痩せたってのは本当の事かも知れないな。心休まる一時ってやつからはもう随分とご無沙汰しているような気がする。
「だいたいの事情は呑み込んでるか?」
「ええ。マスターから話は伺っているわ」
「そうか……まあそういうわけで、なかなか厄介な事になってるよ。マスター以外の教師連中は俺を犯人と決めつけて、ろくに話を聞こうともしないしな」
 喋りながら、ミレアの隣に立つ教師をじろりと睨み付ける。こいつらと言ったら、俺を尋問する際にも、俺自身の口から罪を告白させようとする事ばかりに躍起になってやがる。ヘルゼーラの方もかなり厳しく調べられているらしい。しかし、俺もヘルゼーラも最初から真実しか口にしていないのだから、どんなに叩いてみたところで肝心の埃が出るわけがない。
 本当に要領が悪い連中だぜ。こんな調子じゃいつまで経っても事件は解決しそうにない。
 頼みの綱はマスターと……今俺の眼前にいる、この頼れる相棒だけだ。
「それで、何か役に立ちそうな情報はあるのか?」
 そう訊ねると、ミレアは大きく頷いた。
「容疑を晴らす、という意味では役に立つ物を持ってきたわ。
 フェイカー直筆の書状をマスターに渡してあるの。あなたが情報屋から手紙を受け取ったという証明にもなるわ」
「そいつは仕事が速くて助かる」
 ヒュウと俺は吐息を漏らす、全く、どこぞの教師とは違って優秀なもんだ。
「だが……無実を証明する決定打には至らないな」
「ええ、残念ながら」
 嘆息するミレア。
「あくまでフェイカーが証言出来る事は、マスター名義の手紙を預かったと言うだけの事。ちょっと手の込んだ事をすれば、人物や組織名を偽造する事は十分に可能となる」
 まさにその通り。ミレアの言葉は文句の付けようもないほどに的を得ていた。
「となるとやはり……ヘルゼーラと俺があの時間にこの部屋にいた事を何とか証明出来ないと、どうにもならないか」
「ただ問題となるのは、どうやってヘル君があの時間にここにいたかを証明するかと言う事だけど……」
 腕を組み、思案するミレア。
 流石の相棒にも妙案は浮かばないらしい。まあそれも仕方のない事だ。あくまでもミレアは人伝に情報を集めたに過ぎない。大した時間もなかっただろうし、打開策を見出すには到らないとしても無理はない。
 尤も……それはあくまで相棒に関しての話、だがな。
「ミレア」
 腕を組んで考える仕草を見せるミレアに、俺はこう言った。
「ちょっと外に出て、記録帳を持ってきてくれないか」
「記録帳?」
「ああ。
 この折檻部屋に出入りする人間を記録してある物が入り口にある筈だ。お前もここに入る際、記入しただろ」
「ええ。分かったわ、持ってくる」
 そんなやり取りを交わしてから、待つ事しばし。
 分厚い帳面を抱え、ミレアは俺の所へと戻ってきた。俺は彼女にさらなる指示を出す。
「俺はこの通り、手を動かす事が出来ない。悪いが、俺の指示の通りにそいつのページをめくってみてくれないか」
「分かった」
 頷くミレア。
「それじゃあ、教官室で例の爆発があった日の記録を確かめてみてくれ」
 俺の言葉に従い、ミレアは記録帳のページをめくる。
「どうやらこの日に出入りしたのは、あなたの食事を運んできた配膳係の先生とヘル君だけみたいね」
 ……成程。この日、折檻部屋に押し込まれたのはうやっぱり俺一人だけだったか。まあそんな事はどうでもいい。
「最初に配膳の係の人が来ているわ。入った時の記録と出た時の記録が二つ……」
「ああ、そいつは飯を持って来た時と下げた時の二回だ。
 そしてその後は?」
「ヘル君が入っているわね。この日の記録はそこで終わっているわ」
「フム」
 思った通りだ。もし俺の考えが間違っていなければ……ひとまずはこれで自由の身になれる。
 俺はミレアの顔を見据え、新たなる指示を出した。
「ミレア、今から俺が言う連中をここに集めてくれ」

 間もなくして、この折檻部屋に数人の事件関係者が顔を合わせた。どういうつもりかは知らないが、中には俺が指示した覚えのない奴まで紛れ込んでいる。ま、邪魔にならない限りは支障を来す事もないだろうけどな。
 さて、じゃあそろそろ始めるか。
「お忙しい中、先生方にこうして集まってもらったのは他でもない……俺の無実を証明する事の出来る材料を手に入れたからだ」
「何を言っている」
 傲慢な態度を崩そうともせずに言い放つ教師が一人。こいつの名前はトバと言ったか。呼んだ覚えもないのにのこのこやって来るとは、全くどういうつもりなんだか。
「フィズ・ライアス、貴様の働いた狼藉は大罪に値する。よって、しかるべき裁きを……」
「俺はやっていない」
 強い口調で、俺はトバの台詞を遮断する。
「少なくともあの時間、俺とヘルゼーラがこの折檻部屋を出ていない事は証明出来ると思うぜ」
「……聞かせてもらおうか、フィズよ」
 俺の言葉を受け、口を開いたのはマスターだった。
「ああ」
 トバからマスターへと視線を移し、俺は大きく首を縦に振った。
「ただし、話を始める前に確認しておきたい事がある。
 ……そこの先生」
 俺は一人の教師に声をかけた。全員の視線が彼の元に集まる。
「あの日、この折檻部屋の見張り番として立っていたのはあんただな、先生」
「そうだが」
「一つ訊きたい。あの日、あんたはこの持ち場を離れたか?」
 恰幅の良いその教師は長く伸びた髭を撫で、考える仕草を見せる。ややあって、彼はこう答えた。
「一度だけ……離れた事があったな」
「いつ?」
「例の爆発が起こった時だ。私も気になって現場へと駆けつけた」
「持ち場を離れたのはその時だけ、なんだな」
「ああ」
 ……やっぱりな。
 俺は自分の推理に確信を持った。
「今の先生の言葉を踏まえた上で、見てもらいたい物がある。
 ミレア、さっきの記録帳をマスターに」
「分かった」
 一つ頷き、ミレアは手にしていた帳面をマスターに差し出す。
 訝しげに眉をひそめるマスター。
「これは……記録帳?」
「ああ。
 こいつはこの折檻部屋に出入りする時につける記録帳だ。投獄されている者を除き、全ての人間がこいつに記入する決まりとなっている。
 マスター、事件のあった日の記録を見て欲しい」
 俺に言われるがまま、マスターは記録帳を開く。それを確認して、俺は話を進めた。
「よく見てくれ。そこには本来なければならない筈の記入が抜け落ちているんだ」
「それは何だ?」
 問いかけるマスター。
 二呼吸ほど置いて、俺は回答を口にする。
「それは……ヘルゼーラがこの部屋を出た時の記録だよ」
『な……?』
 何名かから驚愕の声が漏れる。
 そう。部屋に入ったという記録がある以上、部屋を出たという記録も残されているのが普通である。
 何故、記録が残されていなかったのか。その理由はたった一つ。
「あの時は記録をつけるどころじゃなかったんだよ。ヘルゼーラはここで爆発音を耳にして、部屋を飛び出したんだからな」
「……成程、筋は通っているな」
 そこで、教師の一人が横から口を挟む。確かアニタと言ったか。ちなみに、俺はこいつを呼んだ覚えもない。
「確かに貴様の言葉通りやも知れん。ヘルゼーラ・セイルは事件当時ずっとここにいたとしよう」
 俺の説を肯定するアニタ。だが、その目には
「しかし、それで貴様の容疑が晴れたわけではないぞ。ヘルゼーラ・セイルが部屋の中にいたとして、貴様がそこに一緒にいたとは限らんからな」
 彼の台詞に俺は嘆息を漏らす。
 何を言い出すかと思えば……生憎と、俺があの時間、この場にいたと言う事も、すでに証明されちまってるんだよ。
「確かにこの記録帳だけでは俺の無実を証明する事は出来ない。
 だが……先程の見張り役の先生の証言と合わせてみるとどうだい?」
「何?」
 アニタには、未だ俺の意図が読めていないらしい。頭の方がそこまで鈍っていて、教師が務まるとも思えないんだが……まあ説明してやるしかないか。
「さっき見張りの先生が言ってたよな。持ち場を離れたのは爆発が起こった後で、それ以外には一切離れる事はなかったって」
「それがどうした?」
「まだ分からないのかよ。
 入り口にはずっとこの先生が立っていたんだ。つまり……この俺自身も部屋を出る事は絶対に不可能だったんだよ。例の爆発が起こるまではな!」
「はっ……!」
 アニタの顔つきが見て取れるほどにはっきりと変わった。
 どうやらこの男もようやく気付いたようだ。見張り番が出入り口に立っていた以上、檻から出る事こそ出来たとしても、この部屋から抜け出す事は絶対に不可能だったと言う事実に。
 厳密に言えば、魔法の力を借りれば出入り口を通らずとも外に出る事は出来る。どうするかって?簡単な話さ。壁か天井を魔法で吹っ飛ばして外に出ればいい。ただしこの方法を用いた場合、部屋の中には破壊された痕跡が残る。だが、実際に残されていたのは、俺が牢を破った跡のみ……つまりは実質上、あの爆発が起こるまで俺はここから外に出られなかった事になる。
「先程の記録帳の話と合わせて分かる通り、ヘルゼーラもここを出てはいない。これで事件当時、俺とヘルゼーラがここにいた事は完全に証明されるってわけだ。
 ……あんた達の方から何か言いたい事はあるかい?」
 そう言って、俺はトバとアニタに視線を向けた。二人は同じような顔をしたまま、何も喋らずただ俯いている。
 二人に代わって口を開いたのはマスターだった。
「フィズ・ライアスの枷を解け」
 その台詞に反応し、二人の教師は驚いたように面を上げる。対照的に、マスターは落ち着き払った様子で淡々と目の前にある事実を述べた。
「犯行を行う事が不可能と証明された以上、いつまでも拘束しておくわけにもいくまい。
 これより先は彼に協力してもらいたい事もある」
「そいつは仕事の依頼と受け取ってもいいのかい?」
「構わん。必要であればそれなりの報酬も用意させてもらおう。
 どうだ?力を貸してはくれぬか?」
「……力を貸すも何も、俺は元よりこの事件の謎を暴くつもりだよ」
 マスターに頼まれるまでもなく、俺はこの事件の真犯人を見つけ出すつもりでいた。
 売られた喧嘩はしっかりと返す……それが当然の礼儀ってもんだからな。

      4
 折檻部屋から解放された俺は、寮の食堂に足を運んだ。まずは腹ごしらえをしておかないとな。
 並べられた皿の上から肉の焼ける匂いが漂ってくる。俺にとっては本当に久々のご馳走だ。肉なんざここ何日もお目にかかる事すらなかった。
 食前の挨拶もそこそこに、俺は目の前の骨付き肉にむしゃぶりついた。
「そんなにがっつかなくたって、誰も取ってきゃしないよ」
 苦笑しながらおばちゃんが新たな料理を運んでくる。
「こっちに来てずっとろくな物を食ってなかったんでね……何日も前から胃袋がぐうぐうぐうぐう悲鳴を上げてんのさ」
「おやまあ……そりゃあ大変だったんだねえ」
 おばちゃんが言うと、全然大変そうには聞こえない。
 とりあえず今は飯だ、飯。腹いっぱい食って、たっぷり英気を養うってのも大切な事さ。
「おばちゃん、マッシュポテトお代わり!大盛りな!」
「あいよ」
 厨房に引っ込むおばちゃん。その間も休む事なく、俺はテーブルの上の料理を貪るように片付けていった。

「ふう……食った食った」
 心から満腹感を覚えつつ、俺は腹をさすった。これだけのご馳走にありつけたのは本当に久しぶりだ。
「いいシェイプアップになったんじゃなかったの?」
「そんな昔の話は忘れたよ」
「いい加減な食生活は肥満の元になるわよ」
 食後の紅茶を口元に運びながら、相棒と談笑に興じる……何でもない事のようであるが、俺にとっては他の何にも変える事の出来ない至福の一時だった。
 例えそれが、ほんの僅かな時間でしかなかったとしても。
「さて、と……」
 すっかり温くなった紅茶を飲み干すと、俺は立ち上がった。
 遊びの時間は、そろそろ終わりだ。
「これからどうするの?」
 ミレアの表情が、義妹から相棒のそれへと変化する。
「そうだな。とりあえずは……現場に行くとするか。
 行方不明のままになっている輝きの剣の事も気になるが、まずは目に見える手がかりが残されていないか、少し探してみよう」
「分かった」
 一つ頷き、ミレアもまた腰を上げたのだった。

 スクールに戻った俺達二人は、そのまま真っ直ぐに教官部屋へと向かった。
「来たか、フィズ。そしてミレアよ」
 部屋の前にはマスターの姿があった。どうやら俺達二人が来るのを待っていたようだ。
「成程、ここで調査を始める事はお見通しだったってわけか」
「うむ、我が祖国には急がば回れという言葉もある。遠回りなようであっても、地道な調査を積む事が事件解決への手がかりとなるのであろう?」
「流石はマスター。探偵の心得もよく理解していらっしゃる」
 戯けた口調で軽口を叩くと、マスターも少し口の端を緩めた。だが、すぐにその表情は引き締められる。
 今はのんびりと立ち話をしている場合じゃないって事か。スクールの責任者としては、一刻も早く解決の運びに持っていきたいところなんだろう。
 険しい顔つきをしたまま、マスターは静かであり、しかしながら張りのある声でこう語る。
「この学び舎が急襲されたのは、設立以来実に初めての事だ。しかし、こうも容易く不法者の侵入を許してしまうとは……私も他の教員達も少々平和に慣れすぎていたのかも知れんな」
「ああ、その通りだと思うぜ」
「フィズ……」
 窘めるように相棒が声をかけてくるが、俺が気に留めずなおも喋り続ける。
「俺もミレアも探偵だ。依頼を受け、常に現場に赴いている。時には命懸けで闘い、斬り合いすることだってあるさ。
 あんたは別格としても、他の教師達よりは今の俺達の方が場慣れしてるんじゃないか」
「その通りであろうな」
 マスターは否定しなかった。俺自身、別に驕っているわけでも、自慢をしているわけでもない。ただ、真実を口にしているだけだ。
 ここの教師共は平和である事がさも当然のような顔をして日々を暮らしている。有事の際には頼りにならない事この上ない。
 マスターもかつては伝説のパーティーが一員、〈魔を極めし者〉と呼ばれたで程の使い手であったけれど、今では体力も衰え戦闘能力は皆無に等しい。尤も、その威圧感だけは並々ならぬものがある。現役時代から培われてきた経験の賜物ってとこなのかな。
 ま、何にせよ今のこの状況でまともな戦力となり得るのは、俺とミレアの二人だけって事だ。気を引き締めてかからないとな。
「じゃ、そろそろ中に入ろうか」
 俺は二人を促し、変わり果てた教官部屋に足を一歩踏み入れようとする。
「待て」
 そんな俺を呼び止めるマスター。
 マスターは壁に立てかけられていた一振りの剣を手に取った。そして俺に差し出す。
「丸腰では何かと不便な事もあろう。この剣を持っておけ。
 魔法耐性もある程度は兼ね備えておる。お前の風魔法を付随させ、攻撃の手段とする事も可能である筈だ。強度、切れ味共にあの剣には遠く及ばぬが、なかなかの業物ではあるのだぞ」
 マスターから受け取り、俺は鞘から剣を抜いてみた。
「……そうらしいな」
 刀身を眺めながら、俺は返事をする。確かにこいつはそこらに転がってるようななまくらじゃない。俺の相棒、輝きの剣とまではいかないけれど、こいつがあれば並大抵の相手ならばどうにかなりそうだ。
「ありがたく受け取らせてもらうよ」
 剣を腰に差し、俺は改めて部屋の中へと入る。
 相も変わらず、教官部屋の中はひどい有様だった。部屋に取り残された者達の救助活動が行われた分、幾らかは整理されている所もあったが、それでも大半は事件当日のままになっている。
 ちなみに、現在教師達は空き部屋の一つを教官部屋の代理として使用しているらしい。まあ肝心の部屋がこんな状態じゃあ、何も出来ないだろうしな。
「今回の事件における重軽傷者は五人。いずれも教員だ。死者は幸いにして一人もいなかった」
「そいつはせめてもの救いだな」
 相槌を打ち、俺は手頃な所にひっくり返っていた机を一瞥する。
「フム……成程、こいつは確かに風使いの仕業と見て間違いないな。
 火や水や地であれば、もっと他の何らかの痕跡が残されていておかしくない筈だ」
 部屋の中にある物は全て、ただ無造作に散らばっているだけの状態だ。こいつは風の成せる業と考えるのが筋だろう。
 勿論、こいつが自然現象の類でない事は最早火を見るより明らかだ。部屋の中を見回してみると、元が何であったのか分からぬ程徹底的に破壊されている物もある。自然に吹く風にはここまでの力はない……
 ……ん?待てよ。
「ミレア」
 ふと思い付き、俺は部屋の中を調査していた相棒に声をかける。
「どうしたの?」
 振り返る相棒。
「気になる事があるんだ。少し手伝ってくれないか?」
「構わないけど……何か分かったの?」
「まだ全く確証はないけどね」
 尤も、気になる事は調べてみるに越した事はない。
「マスターにも少し手伝って欲しいんだが」
「何だ?」
「この部屋の中で特になくなっていたり、あるいは破壊されていたりする物がないか調べるのを手伝って欲しいんだ。こいつはどうしても、俺達二人じゃ限界がある」
「木の葉を隠すならば……と言うわけか。フム、一理あるな」
 俺の意図を察してくれたらしく、マスターも納得した様子で一つ頷く。
「よし。じゃあ早速作業に取りかかろうぜ」
 二人を促し、俺は少々骨の折れる調査を始める事にした。
 俺の姿を借りて犯行を行った犯人……その手品の種についてはもう俺の中で一つの結論が出ている。後は、誰が何のためにそんな手間暇かかる事をやってのけたのかって事だ。
 どこのどいつの仕業なのか今はさっぱり分からないが、首を洗って待ってるがいいさ。この俺がすぐに暴き出してやる。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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