Mission2 冤罪を晴らせ 〜影なる者の策略〜
フィズ・ライアス殿
久しいな、フィズ。ライアスよ。死戯の一件以来となるが、そちらには変わりはないか。 早速本題に移る事とする。この度こうして手紙をしたためたのは他でもない。折り入ってお前に話したい事があるのだ。話の内容については、先の死戯の件に関する事と思ってもらって構わない。 これは依頼ではない。あくまでも私の頼みといったところだ。勝手な話とは思うが、今一度スクールに足を運んではくれまいか。 誠に勝手である事は承知の上だ。しかし、この一件に関してはお前にしか頼る事は出来ない。 なお、今回はお前一人だけでスクールまで来て欲しい。よろしく頼む。
スクール マスター
1
俺は……何をやってるんだ? 自問したところで、答えが出るはずもない。そんな事は自分でも分かってるんだ。 誰か変わって答えられる奴がいるなら、是非答えて欲しい。俺は一体何をやってるんだ? 発端は大した事じゃない。スクールに足を踏み入れたところで名前も知らないような教師からいきなり言いがかりをつけられた。ただそれだけだ。 「こんな事やってる筈じゃなかったってのにな……」 頭を掻きつつ、俺は眼前に立つ男をジロリと睨み付けた。 「相変わらず反抗的な眼をしているな」 「放っとけ」 ぶっきらぼうな口調で投げやりな返事をする。いや実際、こんな野郎に敬語なんざ要らないだろ。 「目上の者に対する言葉遣いも知らんのか? そうして、またあのお方の名声を汚すわけだな」 男のセリフに、俺の怒りのボルテージは一気に跳ね上がる。 安い挑発であっても、乗らないわけにはいかないよな。そいつを言われたらよぉ…… 「ん?怒ったのか? なら。さっさとかかってこい」 「ああ、そうさせてもらうぜ」 言うが早いか、俺は地を蹴っていた。 もう理由なんざどうでもいい。話を進めるのは、こいつの口を塞いでからだ。 「隙だらけだぞ、阿呆が。しばらく見ぬ間に腕を落としたようだな」 ……思わずこぼれそうになった溜め息を堪える。アホなのはどっちだっての。 この程度のフェイントに引っかかるようじゃ、話にならないな。里に帰って畑仕事でもしてた方がいいんじゃないか? 俺が柄に手を伸ばすのを妨げるかのように、相手は斬撃を繰り出してくる。 ところがどっこい、あんたみたいな奴相手に振るうには、俺の剣は少々上等すぎるんだよ。 「……吹き荒べ!」 相手の攻撃が当たる直前、俺は柄から手を離して大きく振りかぶり、風魔法を発動させた。当然の話だが、構成はとっくの昔に編み終わっている。 「なっ……ぐぉ……」 腕を振り下ろす動作と共に発生した竜巻に巻き込まれ、哀れな男は悲鳴を上げる事すらままならず、後方へと吹っ飛んでいった。 威力を弱めていたとは言え、《吹き荒ぶ真空の刃》をまともに喰らって平気でいられるわけがない。骨の数本くらいはへし折れたかも知れないな。 「き……貴様……」 数度もんどりうったところでようやく地に伏した男の元に、俺はつかつかと歩み寄った。ついでに側に落ちていたそいつの得物……ごくごく普通の剣を拾い上げる。 「ライアス……貴様、確か魔法が使えぬ筈では……」 「使えるようになったんだよ。 以前の俺と同じと思い込み、力量を見誤ったか。そいつが命取りになるとはな。 あんたみたいな教師がいると、このスクールの名声も落ちるってもんだ」 「グッ……!」 先程の挑発をそっくり返され、悔しそうに歯ぎしりする一人の馬鹿。そんなクソ野郎を前に、俺は大きく剣を振りかぶった。 「闘いにおいての油断は死を招く事にもなりかねない……昔ここで教えてもらった事だっけな」 男の目が驚愕のあまりにカッと見開かれる。 「か……身体が言う事を……」 「動けないかい。そいつは残念。まぁ俺にとっては、都合がいいけどな」 一片の容赦もせず俺が剣を振ろうとした、まさにその時。 「そこまでだ」 背後から声をかけられる。 やれやれ……流石にこれ以上はまずいかな。 剣を捨て、俺は両手を上に上げた。そのままゆっくりと方向転換する。 「ああ、やっぱり」 そこにいたのは、スクール腕利きの教師達が数人。いずれも殺気を漲らせてやがる。かつての教え子相手とは言え、手加減なんかするつもりはさらさらないらしい。 さすがにこいつら全員の相手をするのは、ちょっとしんどいな。決して自信がないわけじゃないが、勝負したところで俺も無傷というわけにはいかないだろう。さっきの馬鹿教師と違って、俺は相手を過小評価する事も過大評価する事もない。 「何か言いたい事はあるか、フィズ・ライアス?」 「……ねえよ」 そっぽを向いて俺はそう答えた。
本日の夕食。具が全く入っていない水みたいなスープに、まるで味気のないパン。それと持参していた干し肉。当たり前だが、酒なんかは出るわけもない。 わざわざこうしてスクールまで出向いたわけだが、まさか初日の寝床が薄暗い牢屋の中とは想像もしてなかった。いつまで滞在する事になるかは分からないが、先が楽しみだぜ。 鉄格子の外をぼんやりと眺めながら、俺は一人ただただ呆けていた。 かつて世界中を巻き込んだ大戦の際に活躍した伝説のパーティー。その一員である〈魔を極めし者〉マスターは、大戦終了後にこのスクールを設立した。俺も一年と少し前まではここで学生生活を送っていたんだが……その頃から随分と教師連中には目を付けられていたもんだ。魔法が使えないってだけで随分と落ちこぼれ扱いされて……そうそう、いつも父さんと比較されてたっけ。 やっぱり大嫌いだ……伝説なんて。 一人ぼんやりとそんな事を考えていた折、俺の耳に人の歩く足音が聞こえてきた。 他の牢を見渡す。どうやら俺の他には誰もいないらしい。まあ、この場所は問題を起こした生徒を懲らしめるための、いわゆる折檻部屋として用いられてるそうだから、そうそうお客さんで溢れかえってるってのも困った話なんだろうけど。 まあつまり、足音の主は俺に用があるって事だ。 「誰だい?」 闇に向かって、声をかける。 「俺だよ、兄さん」 返ってきたのは俺もよく知った声だった。 「……ヘルゼーラか。何しに来たんだ?」 「それはこっちの台詞」 暗がりから姿を見せたのは十歳ほどの少年だった。 こいつの名前はヘルゼーラ・セイル。俺の養父クリマの実の息子で……まあ俺の義弟ってわけだ。このヘルゼーラも現在スクールに在籍している。 「先生に聞かされた時は驚いたよ。兄さんがここに来て一暴れしたなんてさ」 呆れた様子でヘルゼーラは頬を掻く。 「理由があったんだろうけど、無茶もほどほどにしときなって。 兄さんがシメたっていう教師……あばらが何本か折れてたらしいよ」 あ、やっぱし折れてたか。 「多少手加減はしといたんだがな」 「多少ねえ……」 半眼で俺を睨み付けるヘルゼーラ。これじゃどっちが年上なのか分かったもんじゃない。 「まあとにかく、今晩はじっとしときなよ。下手な騒ぎ起こしても仕方ないだろ」 「心配すんなって。今夜は大人しくしてるさ」 欠伸混じりに返事をし、俺は冷たい床にゴロリと寝そべった。ベッドの一つも置いてないとは、本当に素晴らしいおもてなしだ。 「それで、今回は何しに来たの?仕事ってわけでもなさそうだけど……」 「マスターからお呼び出しを食らったんだよ。それも相棒抜きで一人で来いとさ。 まあお前の言う通り、別に仕事というわけじゃなさそうだ」 寝転がったまま、俺はぶっきらぼうにそう答えた。 マスターからの仕事だの呼び出しだのってのはどうも気が乗らない。客を選り好みするなんてプロ失格かも知れないが、こいつだけはどうしようもないんだ。伝説のパーティーが一員、〈魔を極めし者〉のマスターが絡んでくるとなれば……どうしても〈剣を求めし者〉、父さんの事を意識してしまうだろうからな。 しかし何より気になるのは、手紙に書かれていたあの男の名前だな。マスターは今頃になって、何を俺に伝えようとしているんだ? 「一体何の用事なんだろうね?」 「さあな。詳しい会って話してみないと俺にも分からんさ。 とにかく……」 と、俺が言葉を紡ぎ出そうとした時だった。 突如として、ドォンという耳をつんざくような爆音が建物内に鳴り響く。 「何?」 俺は咄嗟に飛び起きた。音の聞こえてきた方向と顔を向ける。 「何だ?今の……」 「音のでかさの割に、肌に触れた振動はそれほどでもなかった……少し離れた場所で何かあったらしいな」 きょとんとしているヘルゼーラをよそに、俺は出来る限りの状況を把握しようと努める。ヘルゼーラを不甲斐ないと責める事なかれ。こういった緊急の対応はある程度の場数を踏んだ人間だからこそ可能なんだ。 「今の……魔法?」 「だろうな。生徒同士が大喧嘩をやらかしたってわけでもなさそうだが」 すでに爆音が聞こえてから、幾ばくかの時間が流れている。だが、その音の他には特に何の異常もない。 何があったのか気になるな。少し探りを入れてみるとしよう。 「ヘルゼーラ、ちょっと離れてろ」 俺の意図を察したのか、ヘルゼーラはこくりと頷くと、数歩後ろに下がった。 それを確認して、俺は素早く構成を編み魔法発動のきっかけとなる言葉を口にした。 「包め」 風魔法《具を包む真空の矛》を発動し、右腕を風の力でコーティングさせる。本来は剣などの物体に対して用いる魔法なんだけど。手近な武器がない時にはこうして徒手空拳を強化させる事も出来るわけだ。 即興の魔法の刃と化した右腕を使い、俺は目の前の格子を斬り裂いた。これで外に出られる。 「お前はどうする?」 「勿論行くよ」 俺の問いかけに大きく首を縦に振るヘルゼーラ。 「よし、ついて来い」 言うが早いか、俺は駆け出していた。
2 昼間は生徒達で溢れ返っている校舎内だが、夜になると実に静かなもんだ。夜間にはほとんどの生徒が寮の方にいるせいか、野次馬の姿も見当たらない。 俺とヘルゼーラは人気のない廊下を走る。際ほどの爆音からおおよその方角は予測出来てる。どうやら上の階と言うわけでもなさそうだ。 となると、問題の現場は…… 「教官部屋か」 やれやれ……教師共のいる所か。あんまり気は乗らないがしょうがない。このままじゃ気になってぐっすり眠れそうもないからな。 嫌々ながらも足を動かし、俺は教官部屋へと急いだ。ほどなくして目的地にたどり着く。 部屋の前には、すでに十数人の教師共が集まって群れを成していた。突然の事態を前にして、統制がまるで取れていないという感じだ。これじゃあ野次馬と大差ない。 そんな中にいて、ただ一人他と違う雰囲気を醸し出している人間がいた。焦燥の色はなく、落ち着きはらった外見からは威圧感すら感じられる。そう、この男が今回俺をこの場に呼び出した人物だ。 「マスター」 俺の声に反応して、その人物……マスターはこちらへと視線を向けた。 「フィズ。それにヘルゼーラか」 表情をほとんど変えぬまま、マスターは言葉を紡ぐ。 「お前がスクールに来ている事はすでに他の者から聞いておった。また随分な騒ぎを起こしたらしいな」 「ちょっとは教師の連中も教育してやれよ。俺とのタイマン勝負で軽くのされるような腕じゃ、引退させた方がいいかも知れないけどな」 「……相変わらず元気そうだ」 そこで初めてマスターは相好を崩す。しかし、その表情の中にもどこか威厳が見受けられた。さすがにこの人は他の教師とはひと味もふた味も違う。 おっと、今はそんな話をしている時じゃなかったな。 「それで、何があった?今の音は何だ?」 俺が話を本題に移すと、マスターもまた元の通りに唇を引き締めた。 「私とて詳しい事は分からぬ。件の音を耳にしてから来たものでな。 私が到着した時にはすでにこの有り様だった」 マスターは教師を掻き分けるようにして数歩ほど足を踏み出した。微かながら人垣が崩れ、現場の状況が視界に飛び込んでくる。 「なっ……」 それを目の当たりにして、俺は思わず息を呑んでいた。 部屋は滅茶苦茶に荒らされていた。窓のガラスは割れ、机は拉げ、壁にもひびが入っている。まるで何かの大災害が起こった後の様だ。あるいは、部屋の中全体が様々な物の雪崩で埋もれちまってるって言った方がいいのかな。 けれど、こいつが災害である筈はない。ここまで走ってきた限りで見たところでは、被害が出ているのはこの教官室だけだった。そうなると即ち、誰かが意図的に部屋を荒らした、と考えた方が自然だろう。 「侵入者か、マスター?」 「いや……」 言葉を濁すマスター。 『何だ?』と訊ねかけようとしたその時。俺は初めて気が付いた。この俺を見る他の教師達視線に疑いの色が混じっている事に。 「貴様だ……」 それを裏付けるかのように、教師陣の一人が俺の方を真っ直ぐに指差す。 「この騒ぎを起こしたのは貴様だ、フィズ・ライアス!」 「何……?」 彼の言葉に眉をひそめたのは俺だけではなかった。 「ちょっと待って下さいよ」 それまで沈黙を守っていたヘルゼーラが一歩前に進み出る。 「どうして兄さんが犯人にされないといけないんですか?だいたい兄さんはずっと折檻部屋にいたんですよ」 「では何故、今この男がここにいるのかね?牢に入っているはずのこの男が!」 別の教師がヘルゼーラに詰め寄る。 「それは、兄さんの風魔法で……」 「つまり、ライアスの魔法の力を用いれば、外に出る事は可能だった、と言うわけだな」 また別の教師が後ろから口を挟む。他の教師達もそれに同調する形で、口々に騒ぎ始めた。 おいおい……本気かよ。ここままじゃ本気で俺が犯人って事になっちまいそうだ。どこからそんなヨタ話が出たのか知らないが…… 黙っていられないとばかりに、俺が反論しようとしたその時。 「静まれ、皆の者」 凛としていて、それでいてどこか渋みのある声が響く。そんなに大きな声というわけでもなかったのだが、俺達を黙らせるのには十分なものだった。 声の主、マスターは咳払いを一つ漏らしてこう言った。 「いつまでも廊下で立ち話をするわけにもいくまい。それに、騒ぎを聞きつけた生徒達が来るやも知れぬしな。 続きの話は私の部屋にて行うとしよう」 その提案に異を唱える者は誰一人としていなかった。
俺とヘルゼーラにマスター、そして名前も知らない二人の教師。マスタールームに顔を合わせた面々は以上の五人である。他の教師連中は教官部屋の方の救助活動にあたっている。何でも逃げそびれた教師達が何人か部屋の中に閉じこめられたままになっているそうだ。 まあ、そちらは教師共に任せるとして。 「さて、と」 俺はキッと二人の教師に睨みを利かせる。 「聞かせてもらおうか。どうしてこの俺が犯人扱いされなければいけないのか、その理由をな」 言うまでもない事だが、俺は探偵だ。探偵のお仕事は依頼や案件を解決する事であって破壊活動ではない。 第一折檻部屋に放り込まれていた俺が、あれ以上騒ぎを起こして一体何の得になるって言うんだよ。 「……口が過ぎるぞ、フィズ・ライアス」 マスターが諫めの言葉を投げかけてくる。わざとらしい舌打ちを漏らして、俺は一旦口をつぐんだ。 「それでは状況の説明をしてもらうとしよう。 ジェック・トバ教諭」 マスターが教師の一人を指名する。 トバと呼ばれたその男は必要以上にでかい声で律儀に『はっ』と返事をし、事の詳細について話し始めた。俺としてはどうも人間的に好きになれそうにないタイプだ。 「私は教官部屋にて明日の授業の準備を整えておりました。そこに一人の男が入って来たのです。 男は真っ直ぐに部屋の中央まで歩いてくると、腕を高々と掲げました。そして次の瞬間には、破壊性の非常に強い魔法と思しき力を展開させたのです」 嫌な懸念が頭をよぎる。 ……まさかそいつを俺がやらかしたとでも言い出す気じゃないだろうな。 「その男とは?」 「彼です」 トバは迷う事なく俺を指差した。 おいおい、冗談はやめてくれよ。 「ハル・アニタ教諭。トバ教諭の証言に間違いはないか?」 マスターはもう一人の教師にも確認を取る。 「間違いありません。自分もこの目ではっきりと確認いたしました。 そこにいるフィズ・ライアスは今日の昼に教師一名に重傷を負わせております。先程の騒ぎにも連鎖性があると見て間違いはないでしょう」 「ちょっと待てよ」 二人の教師からのあまりの言われように、俺も口を開かずにはいられなくなった。 「あんたらの言っている事は矛盾してるぜ。 さっきもヘルゼーラが言ってただろうが。例の爆発があった頃、俺は折檻部屋にいたんだよ」 「間違いはないのだな、ヘルゼーラ・セイルよ?」 「間違いありません」 マスターの問いに対し、ヘルゼーラは肯定の意を示す。 「なるほど……」 顔をしかめ、腕を組むマスター。 流石のマスターもどうしたもんかと考えあぐねているようだ。あちらの証言を立てればこちらの言い分が立たず……確かにこれではどうしようもない。 「……一つ訊きたい」 そんな折、教師の一人が俺に話しかけてきた。アニタと呼ばれていた方だ。 「ヘルゼーラ・セイルの証言の他にフィズ・ライアスの無実を証明出来る物はあるか?」 「……ない」 嘘を付いても仕方がないので俺は真実のままに答えた。 実際、魔法を使えばあの部屋から出る事は容易い。捕まった後にはさして抵抗しなかったためか、それ程厳重に閉じこめられていたというわけでもなかったからな。尤も、武器だけは奪われてしまったんだけど。 武器と言えば……未だに返してもらっていないな。 俺はふと気になって、その事を訊ねてみた。 「ところで、俺の輝きの剣はどこにあるんだ?」 「話を逸らすな、ライアス。今は事件の話をしているのだぞ」 眉をひそめて俺をたしなめようとするアニタ。軽く聞き流して俺はさらに話を進める。 「折檻部屋に押し込まれた時に、俺は武器を没収されたんだ。きっちりと管理してくれてるんだろうな?」 喋りながら、俺は学生時代の頃の記憶を手繰り寄せる。俺の記憶が正しければ、没収品の類が納められているのは確か…… 「……そういった物は全て教官室内に保管する事となっている」 教師二人に代わって答えたのはマスターだった。 やはり、そうだったか。確かに教官部屋の中にちょっとした物置のようなスペースがあった。あそこが保管庫としてして使われているのは、今も昔も変わらないらしい。 「つまり、あの剣も埋もれたまんまになってるわけか」 やれやれ、こいつはさっさと復旧作業を終わらせてもらう必要があるな。 俺は肩をすくめて、溜め息を漏らした。 「とぼけるのもいい加減にしたらどうだ、貴様」 そんな俺を嘲るかのようにしてトバがそう言い放つ。 「貴様が騒ぎを起こしたのは、あの剣を取り戻すためだった。違うか?」 ……この野郎、今度は何を言い出すんだよ? 「ふざけんなよ、おっさん」 頭の中で切れそうになる何かを抑えつつ、俺は反論する。 「じゃあ何か?剣を奪い返すためだけに俺がわざわざ教官部屋に急襲をかけたとでも言うのか?そんな馬鹿な事やらかすわけないだろうが」 「信用出来んな。貴様の剣に対するこだわりは尋常ではなかろう」 「それは……」 痛い所を突かれて、俺は言葉に詰まる。 魔法を使えなかった学生時代の俺が剣に依存しきっていた事は紛れもない事実だ。今は違うと主調したところで、聞き入れてくれるとは思えない。 反詰の術を失った俺に追い打ちをかけるように、今度はアニタがこんな事を言い出した。 「そもそも何故貴様はこのスクールにいる?何をするためにここに来たのだ?」 「それは……」 『マスターから手紙でここに呼び出されたからだ』。俺が答えようとしたその時。 「うむ、その事については、私も気になっていたのだ」 その台詞を口にしたのは他でもない、俺をここに呼び寄せた筈のマスター本人だった。 何……だって? マスターの言って事が理解出来ず、一瞬頭が真っ白になる。 「じょ、冗談はよせよ……あんたからの手紙を読んで、俺はここに来たんだ。あんたが俺を呼んだんだろ」 「手紙、だと?」 合点がいかぬといった様子で顎を撫でるマスター。本当に心当たりがなさそうである。 「ほら、これだよ……これ」 手紙を突き付けようと、俺は懐をまさぐる。 だが次の瞬間、背筋に冷水をぶっかけられたような気分になったのは……あろう事かこの俺の方だった。 「手紙が……なくなっている」 馬鹿な……そんな馬鹿な! 「貴様の言う事は何もかも支離滅裂だな」 心底から呆れ返ったように、トバは肩をすくめる。 違う、そんな筈はないんだ。手紙はきちんと携えていた。なくなるわけがないんだ。 「観念する事だな」 一歩前に詰め寄るアニタ。とてもではないが、楽しく茶でも一緒に飲もうといった雰囲気などは感じられない。 クソ……一体何がどうなってやがるんだ?このままじゃ本当に俺が犯人って事になっちまうぞ。 「ま、待って下さいよ」 追い詰められた俺に助け船を出すかのごとく、ヘルゼーラが会話に加わる。 「さっきも言ったでしょう。兄さんは、あの時俺と一緒にいたんです!」 「貴様が嘘を付いていないのであればな」 「なっ……」 アニタから発せられたのあまりと言えばあまりの発言に言葉を失うヘルゼーラ。 そんなヘルゼーラを目にも留めようとせず、二人の教師は口々に勝手な事を言い出した。 「マスター。この男を野放しにしておくのは危険です。 強さに溺れきってしまった者の末路とはこのようなものかも知れませんがな」 「動機は、大方我々に対する復讐というところでしょう。恩を仇で返すとは、全くお父上もお嘆きになられるのではないですかな」 「グ……」 俺は折れてしまう程に奥歯を噛みしめた。 耐えなければ……今ここで暴れると、それこそ何もかも終わっちまうんだ。 二人の言い分を一通り聞き終え、マスターはゆっくりと首を縦に動かした。 「監禁……それもやむを得まいか。この状況ではな」 監禁。その言葉は、俺の肩にずしりと重くのし掛かったのだった。
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