2 その夜。場末にあるやや寂れた酒場兼食堂にて、俺とミレアは互いの情報を交換していた。 「聞き込みの結果、大した情報は得られなかったわね。あちこちで、妙な噂が流れてたくらいのものよ」 「俺の方も同じだな」 相槌を打ち、俺はブランデー入りのグラスを傾ける。 ジョーナンドと別れた後、俺もアンパスでの聞き込みを開始した。しかし実際のところ、プロですら相手の尻尾を掴みあぐねている状況なのに、ただの一般市民がそうそう有力な情報を持っているわけがない。曰くどこぞの誰かが仕掛けた呪いの仕業だの、曰く獣に育てられた人間の仕業だの……入ってくるのは、根も葉もない噂話ばかり。 これだから、地味な作業は嫌なんだよな。派手に斬り合う方が、分かりやすくてまだ楽だぜ。 「ジョーナンドさんにも話を聞いてみたんでしょ?そちらはどうだったの?」 チキンの照り焼きをナイフとフォークでつつきながら、ふと思い出したように訊ねかけてくるミレア。 「ああ……あいつもこの件にはかなり手を焼いてるらしいぜ」 そう前置きをして、俺はミレアに大まかな説明をした。火傷の事と裂傷の事。そこに生ずる明らかな矛盾について。 「お前はどう思う?」 「全くの八方塞がり……というわけでもなさそうね。可能性を追求すれば、考える余地は残されている」 頬杖をついたまま、ミレアはそう呟いた。 俺も同感だ。ジョーナンドに話しこそしなかったが、俺の中ではある一つの推論が形を作りつつある。 ジョーナンドに話さなかった理由は二つ。憶測だけで混乱を招きたくなかった事が一つ。もう一つは、おそらく言っても信じてはもらえないだろうと思ったという事にある。 「とにかくだ。これからは、その可能性とやらを前提にして調査を進めるとするか」 「そうするしかないみたいね。 正直、この街から出る事が出来ないのが痛いわ」 不満たらたらの様子で、ミレアは愚痴をこぼす。 国王からの依頼は、あくまでこの街での調査。他の場所については、別の連中の担当してるって事だから、俺達が差し出がましく首を突っ込むわけにもいかない。まあ何か新しい情報があれば、俺達の耳にも入る手筈にはなっているが。 「さすがに、そればかりはどうしようもないからな。まあ、何か変わった事でもあればまた……」 『ライアス。聞こえるか?』 俺の台詞は、突然耳に飛び込んできた声によって中断された。 「どうしたの?」 事情を把握出来ていないミレアは首を傾げている。 「噂をすれば何とやら、だな。ジョーナンドからの連絡だ」 目を閉じて、意識を集中することしばし。構成が編み上がったところで、俺は口を開いた。 「結べ」 声が空気を震わせ、その振動が魔法を具現化させる。今、俺が発動させたのは《音を結ぶ風の道標》と呼ばれる風魔法。遠く離れた相手に音や言葉を伝えたい時に、用いる魔法だ。ジョーナンドもまた俺と同じ風属性であり、彼もまたこの魔法を修得していた事は、俺にとっても幸運だった。《音を結ぶ風の道標》はあくまで音を伝えるだけの用途しか成さず、会話をしようする時にはお互いにこの魔法が使えなければならないからな。 「こちらフィズ・ライアス。どうした、ジョーナンド?」 離れた相手に向かって喋りかける俺。端から見れば、まるで俺がぶつぶつ独り言を言っているようにしか捉えられないだろう。かなり格好悪いけど、仕方ないよな…… 『面倒な事になった』 「何があった?」 『新たな猟奇事件が発生した。それも……ほぼ同時刻に三件もだ』 「なっ!」 息を呑む俺に、さらにジョーナンドは衝撃の事実を告げる。 「その中の一件は……このアンパスで発生した。現場に急行してほしい」 この街で新たな事件が起きた、だと? クソ……まさか、これだけの警戒態勢が敷かれているアンパスで、こうも易々と犯行が行われるとはな。 現場の詳細を確認してから、俺は魔法を解除した。 「すぐに出発するぞ、ミレア」 グラスに残っていたブランデーを一気に飲み干し、俺は勢いよく立ち上がった。傍らに置いてあった得物……輝きの剣を腰に携える。 多くを語らずとも、ミレアも事情を察してくれたらしい。彼女の武器、大弓を背に装着して一つ頷く。 「行きましょう」 「……よし」
夜の静寂が広がるアンパスの街を、俺とミレアは一心に駆けていた。目指すは中央広場だ。 焦りに思わず呼吸を乱しそうになる。 内心、俺は舌を巻いていた。アンパスの街には、ジョーナンド他多数の騎士団連中が張り込んでいた。加えて、俺やミレアのような雇われ者の類も調査を進めていたのだ。普通ならば、この状況で猟奇殺人など起こせるわけがない。だが、実際に事件は確かに動いたのだ。 「相手も素人じゃないようね」 少し後ろを走っているミレアが、ぽつりとそう漏らした。 「チッ……シギの件以来の大物って事か」 まあ、いくら何でもあの青紫のピエロの上を行く犯罪者という事はないだろうがな。 「ふざけやがって……」 悪態をついた、その瞬間。 「……っ!」 唐突に背筋に悪寒が走る。 こいつは……殺気? 後ろを振り返ってみるが、ミレアがそれに気付いた素振りはない。あるいは俺の勘違いか……いや、でも気になるな。 「ミレア、悪いが先に行っててくれ」 「……何かあった?」 「少し気になる事がある」 「了解」 速度を緩めた俺の横を、ミレアが駆け抜けていく。さすがは相棒、物分かりが良くて助かるよ。それだけ信用してくれてるって事かな。 ミレアの姿が見えなくなったのを確認し、俺は完全に足を止め、立ち止まった。 「さて……」 剣の柄に手をかけ、先程気配の差し向けられた方向に視線を配る。 「何者だ?姿を見せな」 闇に言葉を投げかける。これで勘違いだったら、末代まで笑い者にされそうだ。 幸か不幸か……俺の感じた殺気は、決して勘違いなどではなかった。 「運の良い男だ。もしも貴様が気付いていなければ、その背に法を撃ち込むつもりだったのだがな」 漆黒から返ってきたのは、しゃがれた男の声。そして…… 「まあ良いわ。どちらにせよ、貴様を無事に帰すわけにはいかぬ」 その男は姿を現した。 身に纏っているのは黒いローブに、顔を隠すほどに鍔の大きなこれまた黒い帽子。右手には杖をついている。これじゃまるっきり、お伽話に出てくる魔法使いのお爺さんだ。以前に出会ったピエロと言い、世の中にはなかなか珍妙なファッションセンスを備えたヤツが多いらしい。 「やっぱり、気のせいじゃなかったか。あいつも鋭い方なんだが……気付かなかったらしいな」 「先程の女人の事か? 気付かぬのも至極当然の話よ。儂が気を放った相手はあくまでも貴様なのだからな。フィズ・ライアス」 俺一人だけに対してあれだけの殺気を放つ?なかなか器用な芸当をするもんだな。 名乗ってもいないのに、ちゃんと俺の名を知ってやがる。尤も、俺はこんな爺さんの事なんて全く知らないんだが。 けど……この男がただの老人であるはずもない。闘い慣れをしていない素人さんに、あの殺気は放てないからな。 俺はそれ以上言葉を発さぬまま、剣を抜いた。 金属として最高の強度と魔法耐性を持った宝石、ジュエルのみで作られた輝きの剣。現在の俺の得物であるこの剣であるが、夜の暗闇の中ではいつもの七色の輝きも全く見受けられない。だが、それで剣の性能が落ちるわけもなし。 「儂に刃を向けるか。面白い小僧よのぉ」 「あんたにゃ訊きたい事がある。答えてくれるかい?」 切っ先を相手に向け、俺は念のために問いかけてみる。 「断ると言えば?」 「悪いが拒否権はないぜ」 「話すだけ時間の無駄か」 老人は杖を構えた。 魔法を仕掛けてくるか!なら、俺も…… 爺さんにやや遅れる形ではあるが、俺も魔法の構成……詠唱に入る。 一瞬先に、俺の方が詠唱を完了する。遅れはしたが、これから放とうとしている魔法はさして難しいものでもないから、発動までにそう時間もかからない。 「吹き荒べ!」 掲げた右手を振り下ろし、俺は魔法で作り出した竜巻を投げつける。《吹き荒ぶ真空の刃》。俺の十八番だ。 迫り来る竜巻に臆した風でもなく、老人は一歩前に歩み出た。 そして叫ぶ。 「集束せよ!」 ヤツが唱えたのは俺の知らない魔法! 「……っ!」 嫌な予感を覚え、俺は咄嗟に身体を横に反らした。その右頬を杖から放たれた何かがかすめ、皮膚を浅く裂いていく。 俺の魔法を突き破るとは……まともに喰らうとヤバいな。 多少は威力を削がれながらも、竜巻は確実に敵に向かっている。状況を素早く確認し、俺は駆け出していた。 魔法が命中したところで同時に物理攻撃を仕掛け、速攻でかたをつける!これなら…… 「ム……!」 老人はその身にまともに竜巻を受けた。鍔の大きな帽子が、宙に舞い上がる。 「ハッ!」 俺は大きく振りかぶり、そのまま斬り下ろす。 しかし…… 『ガギッ!』 手にした杖で簡単に受け止められてしまった。 このジジイ……《吹き荒ぶ真空の刃》をまともに喰らいながら、輝きの剣の一撃を防ぐとは…… 「なかなかの攻撃だったようだが、儂には通じぬぞ」 素顔を露わにした老人は、唇の端をニヤリとつり上げた。 ん?待てよ……この面、どこかで…… なんて、考えこんでる場合じゃないか! 「チッ!」 がら空きの腹に蹴りを入れ、俺は後方に跳んだ。それでも大して効いた様子もなく、老人は杖を構え直す。 ヤバい! 「集束せよ!」 老人の叫びに呼応して、魔法が発動された。 しかも連発! 俺は攻撃のことごことくを何とか見切り、紙一重でかわし続ける。かなりのスピードで発射される謎の魔法を果たしてどこまで避けられるか…… 「先程の勢いはどうしたのだ?逃げ回るだけか?」 「うるせぇっ!」 危ういところで身を翻し、何とか直撃をまぬがれつつも……俺は確実に追い込まれていた。 ミレアを先に行かせたの、もしかして失敗だったかな……? けど、今更ないものねだりをしていても仕方がない。ここは俺だけの力で何とか切り抜けてみせる! 「さて、そろそろ……」 何やら喋ろうとしていた老人であったが、途中で急に口をつぐむ。それと同時に、謎の魔法も撃ってこなくなった。 「何?」 相手の意図がさっぱり読めず、俺はただ首を傾げるしかなかった。 「悪運の強い男よ。止めを刺すつもりだったのだがな。 今日はこれにて退かせてもらおう」 「待てよ」 俺は剣を構え直した。 ヤツには用がある。ここで逃がすわけにはいかない。 「追ってきたければそうしても構わんぞ。儂もそうしてくれた方が助かる」 ク……ッ! 地に落ちた帽子を深くかぶり直し、老人は俺に背を向けた。一見すれば隙だらけ。いかにも斬って下さいと言わんばかりのシチュエーション。 だが……俺は微動だに出来なかった。 「次の機会に会う事を楽しみにしているぞ。フィズ・ライアスよ」 そうして、杖をついた老人は再び闇へと消えていった。 チ…… 「ただ者じゃねえ……マジで」 かすれた声で、ぼんやりと独りごちる。 ヤツの最初の攻撃は全然本気じゃなかった。やろうと思えば、俺よりも早く詠唱を終わらせる事も可能だったはずだ。 輝きの剣が受け止められたのもショックだった。武器の性能では、明らかに俺に分があったってのに…… 「勝てない。今の俺には、絶対に」 実力が違いすぎる。運良く退いてくれたから良かったものの、あのまま闘っていればおそらくは…… 「ライアス!」 ぼんやりと突っ立っていた俺に、声をかけてくる者がいた。俺はそちらに向き直る。そこには、こちらに駆けてくる一人の騎士の姿があった。 ジョーナンド……何故、あいつがここに? 「何があった、ライアス?」 ジョーナンドは俺に詰め寄り、一気にまくし立ててくる。 「ああ……ちょっと遊んでたんだ。肝心の相手を逃がしちまったが」 剣を鞘に納め、頬を伝う血を拭いつつ、俺は少しばかり訊ねてみる。 「それよりよく分かったな?ここで俺が闘ってるって事」 「……あのな」 心底呆れた様子で、ジョーナンドは大きく溜め息をついた。 「住民から知らせを受けたんだよ。お前、ここが街の中だって事、忘れてないか?」 ……いけね、忘れてた。少々派手にやりすぎたかな。 「ハハ、そりゃそうだ。悪い悪い」 何とか誤魔化そうと、俺は視線を左右に動かす。 そうして。俺は初めて思い至ったのだった。ヤツの使っていた魔法の正体に。
3 翌日。 俺とミレアとジョーナンドの三人は、猟奇殺人の怒った現場へと赴いた。 すでに遺体は片付けられている。そういうのにはあまり強くない俺としては、ある意味ラッキーだったのかもな。 「被害者は中年の男性。身元はまだ割れていない。遺体の特徴も今までと全く同じだ。 他の二件についても、似たような状況らしい」 「無数の裂傷と火傷の跡。私もはっきりとこの眼で確認したわ。間違いない」 ジョーナンドの言葉を補足するミレア。 「やはり変だな」 腕を組んだまま、俺は考えをまとめていた。 殺人に獣の類が使われたのだとしたら、例えばその前後の移動等においてある程度は目立つはずだ。しかし、昨夜も特に目撃情報はなかったと言う。 こいつはやはり…… 「昨夜、俺がヤツと闘った所は、ここからそう遠く離れていない」 「例の水使いの老人か」 俺の呟きに相槌を撃つジョーナンド。 そう。あの爺さんが発動させたのは、水魔法だった。杖の先に発生させた水を一点に集中させ、スピードを込めて撃ち出す。たかが水と侮る事なかれ。速度と圧力の加わった水流には十分な殺傷力がある。 事実、老人の放ったそれは、軽々と塀に大穴を開けていた。かすっただけで済んだのは、運が良かったと言うしかない。 一つ言えるのは、ヤツの魔力が俺を遙かに上回っているって事だ。本来、属性の性質だけで見れば、風は水よりも強い。けれど、ヤツの水魔法は俺の風魔法を軽々と破ってくれた。術者のレベルに大きな差がなければ、ああはならないだろう。 つくづく厄介な相手である。 「彼がこの事件に無関係とは思えないな。俺に喧嘩を売ってきた時期と言い場所と言い、偶然にしては出来過ぎている」 「そのお爺さんには本当に心当たりがないの?」 う〜ん…… ミレアに問われ、俺は頭を捻った。 探偵稼業を営んでいれば、人から恨みを買う事も少なくはない。あの爺さんが俺に対して個人的な恨みを抱いていてもおかしくはないんだけど。 気になるのが素顔だ。どうも、誰かに似ているような気がするんだが。一体、誰に似ているのかがどうしても思い付かない。 「……駄目だな。爺さんの正体については、見当もつかない」 「そう」 「ただ……」 「ただ?」 俺はジョーナンドをちらりと見やった。 彼の前でこの事を告げるべきか否か…… 「言いたい事があるなら、言ってみろよ」 俺の視線に気付いたらしい。ジョーナンドもまた、話の先を促してくる。 「多分、信じないと思うぜ」 「そいつは聞いてから決める事だ」 ジョーナンドはすでに聞く気満々といった様子だ。 やれやれ……相変わらず頑固なヤツ。 嘆息混じりに、俺は導き出した一つの推論の説明を始めた。 「あの爺さんなら、一連の犯行を起こす事はおそらく可能なんだよ」
「まさか……」 俺の推理を聞き終えたジョーナンドの第一声がこれだった。 ほら、やっぱり信じてないし。 「あり得るのか?そんな事が……」 「過去に扱った案件の中でも、似たような事をした奴がいた。 そいつは洞窟の中で召喚を行い、無数の魔物をいとも容易く呼び出していたよ」 「召喚……」 その言葉を反芻し、呻くジョーナンド。 そう。この事件には魔物が絡んでいると俺は考えている。 この世には、魔法によって生物を創り出す、召喚と呼ばれる技法が存在する。そして、魔物とは召喚によって創られた生物の事を示すんだ。 ところが、この召喚魔法を扱えるのはほんの一握りの人間でしかない。一部の例外を除いて、地水火風天魔在無の八属性の内で天の属性をその身に宿す者だけが、召喚を用いて魔物を生み出す事が出来るんだ。 そして……魔物には魔法を使うだけの知能がある。即ち、この猟奇殺人を行う事は十分に可能って事になる。 そう考えれば、昨夜全く別の場所で起きた三件の事件についても説明は付けられる。つまるところ、三匹の魔物がいれば事は足りるのだから。 普通の獣と違い、魔物は術者の意志で自由に召喚出来る。用が終われば、呼び出した時と逆の要領で引っ込める事も可能。よって、人目に触れさせずにに行動させるのも容易い。 魔物の仕業と考えれば、ありとあらゆる条件が整ってしまうわけなんだよ。分かるかい、ジョーナンド? 「しかし、待てよ。 召喚を得意とする犯罪者、青紫のピエロはすでに死んだと聞いている。確かな筋の情報だから間違いはない。 あの青紫のピエロの他に、召喚魔法を操る事の出来る犯罪者などそうはいるとも思えないが」 俺の推理に異を唱えるジョーナンド。 確かに、青紫のピエロことシギがこの世にいないのは、動かしようのない事実だ。疑うまでもない。奴を手にかけたのは……この俺なんだから。 奴は天以外の属性でありながらも召喚の能力を身につけていた、数少ない例外だった。過去に闘った相手の中でも一、二を争う強さを持っていた。 そして奴は、歴史の残した忘れ形見だった。この俺と同じように…… 「仮にいたとしても、だ」 ジョーナンドの台詞で、俺の意識は現実に引き戻される。 そうだ。今成すべき事は過去を振り返る事じゃない。事件を解決する事だ。 「それがあの老人と考えるのは、早計なんじゃないか」 「確かにお前の言う通りだ。 けど、な」 俺はそこで一旦言葉を切り、ジョーナンドの顔をじっと見据える。 「他に何か手がかりがあるのか?」 「……ないな」 頭を振るジョーナンド。 「アンパスで起きた物も含め、今回の事件では証拠の類が残されていない。まあ、あくまで今のところはだがな」 「それなら……やっぱりそのお爺さんからあたってみた方がいいんじゃない?」 俺の説明が始まってからずっと沈黙を保っていたミレアが、ここに来てやっと口を開いた。 「あくまでフィズの推理は一つの可能性よ。突拍子もない事なのかも知れない。 でも、調べてみる価値はあると思うの」 「同感だ」 相棒の後を継ぐ形で、俺はゆっくりと言い聞かせるように言葉を紡ぎ出す。 「俺の考えが当たっているのかどうか、今の段階では結論づける事は出来ない。だが少なくとも、あの怪しいジジイの存在だけは紛れもない事実なんだ。なら、そっから調べてみるのが筋ってもんだろ?」 「なるほど、一理ある」 それで納得したらしく、ジョーナンドも俺の意見に賛同してくれた。 よーし、そうと決まれば早速…… 「それにしても、仲がいいな」 だが。意気込んでいた俺に水を差してくれたのは、またまたジョーナンドだった。 って……何なんだ、いきなり? 「お前さん達二人だよ。相棒というだけあって、見事に息が合っていると思ってな」 そ、そうか?何か改まって言われると、照れるもんだよな…… 「しかし、よく釣り合うもんだ。ミレアも色々と気苦労が多いだろ」 「ええ、それはもう」 待てや、お前ら。どういう意味だ? 喉まで出かかった言葉を、かろうじて押し殺す。『そのままの意味だが』なんて答えが返ってくるのが目に見えていたからだ。 だいたい何で俺の事は名字で呼ぶくせに、ミレアは名前なんだよ?下心が見え見えだぞ、ジョーナンド。 良い奴には違いないんだがなぁ…… 「まあ冗談はさておいてだ」 本当か?本当に冗談だったのか? 突っ込む間もなく、さくさくと話を進めるジョーナンド。 「俺は同僚と合流する。そちらの指揮も任されているんでな。 例の老人についても、調べておこう」 「助かる」 「じゃあ、後は二人で仲良くやりな」 そう言い残して、ジョーナンドは俺達に背を向けた。しっかりとした足取りで、この中央広場から一人出ていく。 う〜ん、言葉の端に棘があったような気がするぞ。 ……あまり深く考えないようにしよう。 とりあえず、何となく口元が寂しくなったんで、好物の干し肉でも囓る事にする。 「フィズ」 そんな俺にミレアが悪戯っ子のような視線を投げかけてくる。 うっ……何か嫌な予感。 「何だよ?」 肉を口に放り込みつつ、先を促す俺。 「もしかして、妬いてる?」 「ブッ!」 あんまりと言えばあんまりな発言に、俺は思わず吹き出してしまったのだった。 義理とは言え、ミレアは俺の妹だぞ。誰が妬く…か……って……あれ? 完全に否定出来ないのが、何よりも悲しかった。
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