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ソードレボリューション2 作者:殻鎖希

第16回   剣を抜けフィズ・ライアス!今こそ悲劇の終焉の時
      9
 一つの個性と言うべきものであろうか。剣技には、使い手の癖が強く表れる。
 そして、俺は肉人形の用いる剣技を見た事があった。
 リック・ジョーナンド。
 かつて俺が引き受けた案件で、二度も面を合わせた男であり……俺にとっては戦友だ。そして、今回の仕事で俺達が行方を追っていた男でもある。
「……何でだよ?
 何で、こんな事になったんだ?」
 全ての元凶たる老人を見据え、俺は詰問した。
「ジュオウ……
 あんた、ジョーナンドに何をしたんだ?」
「その男の事か?
 フン。大した力も持ち合わせておらぬのに、出しゃばった真似をするからその様な事になるのだ」
「何だと?」
「国王には忠告をしておいたのだ。コイートを滅ぼされたくなければ、儂の邪魔をせぬように、とな。
 にも関わらず、飼い犬が一匹迷い込んできおったのよ。そこで炎に包まれておる、その男がな」
 ……耳を塞ぎたかった。いっその事、削ぎ落としてしまっても良いと思った。それで、全てが嘘になるのなら。延々と続く、この悪夢から目覚める事が出来るのなら。
 今度ばかりは……現実を受け入れる事が出来なかった。
「森に入ってきたところを肉人形に捕らえさせ、自らも魔物として創り替えてやったのだ」
「黙れ……黙れ、黙れ!」
「結果は上々。それまでの肉人形を遙かに上回る出来映えとなりおったわ。虚け者風情にしては、役に立ったものよ」
「黙れええぇぇっ!」
 俺は頭を抱えて、その場に蹲った。
 もう、何も出来なかった。次から次へと溢れ出る涙を拭おうともせず、子供の様に泣きじゃくる事以外は。
(何、泣いてんだよ?
 今は闘いの最中なんだぞ……早く構えろよ。でないと、殺されるんだ)
 頭のどこかで自身を諫める声が響く。
 分かってるさ、そんな事。だけどよ……俺はもう闘えないんだ。
 一体あいつが何をした?ジョーナンドがどんな悪事をやらかしたって言うんだ?奴はただ、事件解決のために闘っていただけなのに。王に裏切られる形になろうとも、ただ国の事を考え、ずっと働き続けていたってのによ。
 こんな事って……こんな事ってあっていいのかよ?畜生が!
「フィズ!起きて……お願い、フィズ!」
 ボロボロと涙をこぼす俺に、追い打ちをかけたのはミレアの金切り声だった。
「もう、魔法も持たないわ!早く立って!」
「……斬れって言うのか?」
 頭を上げ、虚ろな瞳を相棒に向ける。
 ミレアがハッと息を呑むのが分かった。無理もない……今までこんな姿を見せた事はなかったからな。
 ぼんやりと独りごちるようにして、俺は呟く。
「ジョーナンドを斬れと。
 お前はそう言うのか?なぁ、ミレア……」
 喋りながら、つくづく自分が嫌になってくるのが分かる。
 ミレアを責めたってどうしようもないのに。ミレアが悪いわけじゃないのに。
「無理だよ、そんなの。
 どうして、あいつを斬らなきゃいけないんだ……」
「お兄ちゃん……」
「ごめんな……ミレア」
 そう言って、俺は立ち上がった。鼻水を啜り上げ、嗚咽を必死に抑える。
 眼前には、炎の障壁から脱しようと藻掻く男の姿があった。変わり果てたかつての戦友に、俺は努めて優しく語りかける。
「ごめんな……ジョーナンド。俺がもっと早くここに来ていれば、お前をこんな風にする事もなかっただろう。
 今までさ、お前はずっと独りで闘ってたんだよな。辛かったよな……痛かったよな……」
「ウ……アゥ……」
 燃え盛る炎の音に紛れて、ジョーナンドの呻き声が聞こえてくる。
「本当に悪かったよ……今までお前独りばかりに酷い目に合わせてさ。
 これからは、俺も……共に歩ませてくれよ」
 剣を腰に携えたまま、俺はゆっくりとジョーナンドへと歩み寄った。熱気が髪や皮膚を焦がすが、まるで気にならない。
 俺の中で、覚悟はすでに決まっていた。
「どうするつもりなの?
 まさか……お兄ちゃん!」
「いかん……戻れ!戻ってこい、フィズ!」
 ミレアの戸惑う声も、オヤジの叱咤の叫びも。最早俺には届かない。俺の決心を、揺るがせてはいけないんだ。
 丸腰のまま、俺はジョーナンドの目と鼻の先にまで迫った。
「……斬れよ」
 哀しき友に向かって、穏やかに語りかける。
「俺を、斬れ。もう、こんな闘いは終わりにするんだ」
「ア……アアアァァァ……」
 俺が接近したのを確認したのか、ジョーナンドはさらに両の腕を振るい、暴れ狂う。
 そうだ、それでいい。早く、終わらせてくれ。もう……こんなのは沢山だ。
 俺は静かに両手を広げ、その時を待った。
 そして……
「ウオオオアアアアアァァァッ!」
 業火の滝が真っ二つに裂かれる。遂にジョーナンドが枷を外したのだ。
 光宿らぬ双眸を俺へと向けたその直後。ジョーナンドは刃を大きく振りかざした。
 次の瞬間、鋭い突き技が繰り出される。
「これで、終わりだ」
 俺は……そっと瞼を下ろした。

「嫌あああああっ!」
 耳を劈く様なミレアの悲鳴に、俺はカッと目を見開く。
「ん……?」
 頬や身体に何やら温かい物が付着している事に気が付く。手で触ってみると、ぬるぬるとした感触が伝わってきた。
 だがしかし……脇腹の傷を除けば、俺自身には痛みはない。
 いや、そもそも……何故俺は尻餅をついているんだ?俺は確か、ジョーナンドに斬られた筈じゃなかったのか?
 状況を確認するべく、前方に視線を向ける。そうして初めて、俺は何が起こったのかを悟った。
「ぁ……ああ……」
 口を半開きにして、俺はわなわなと身体を震わせた。
「オ、オヤジ……」
 そう。俺の目の前には、オヤジが立っていたんだ。その身を朱に染め、ぐったりとした姿のオヤジが。
 その背を深々と貫いているのは、紛れもない友の腕。
 俺が攻撃を喰らう刹那。横合いから、オヤジは俺を突き飛ばしたんだ。そうして俺を庇って、オヤジは友に刺された。
「グ……アア……オオオオッ!」
 尚も獲物を斬り刻むべく、異形の物と化したジョーナンドは腕を引き抜こうと足掻く。だがしかし、刃はびくとも動かない。
「ぐっ……」
 歯を食いしばり、オヤジはその身を蝕む痛みを堪えていた。敵の刃をがっしりと掴み、ジョーナンドが暴れ出すのを必死に止めながら。
「離さねぇ。
 もしもこの命が尽きたとしても……この手だけは絶対に離さねぇ!」
「ガアッ!」
 オヤジの抵抗が気に障ったのか、ジョーナンドは言葉にならぬ叫びを発し、もう片方の腕を無我夢中に振り回した。
 オヤジの全身の肉が裂け、傷口から鮮血が噴き出す。それでも、まだオヤジはジョーナンドを抑え付けている。
 いけない!このままだと……このままだとオヤジが本当に死んでしまう。
「止めろ!
 オヤジ、もう止めるんだ!」
「……フィズ」
 俺の呼びかけが届いたのか、オヤジはその口を開く。
「け、剣を抜くんだ……フィズ。剣を抜いて、俺ごとこいつを……倒すんだ」
 弱々しくも芯のある声で、オヤジは俺にゆっくりと語りかけた。
「友を斬ると言う事が、どれ程の苦しみであるか……お前の気持ちも分かる。
 けど、よ……こいつは斬らなきゃいけねえ」
「そんな……」
「分かってるだろ……
 今倒してやらなければ……こいつは未来永劫、化け物として生き……世界中に災厄をもたらす事になる。愛する者すらも、その手にかけてしまう事になるかも知れねえんだ」
 俺には……オヤジの言葉を否定する事が出来なかった。
 彼の言っている事は事実だ。今のジョーナンドであれば、決して躊躇う事なく、簡単に人を殺してみせるだろう。たとえ相手が子供であっても、女であっても。最愛の妻、エルザであったとしてもだ。
「そんなの……望んじゃいねぇ筈だろ。リック・ジョーナンドって男はよ。
 そうじゃねぇのか、フィズ・ライアス!」
「っ……!」
 その通りだ。俺の知っているジョーナンドは、絶対にそんな事を望みやしない。それに俺も探偵として、災いをもたらす者を放っておくわけにもいかない。
 刃を振るい止めを刺せば、結果的に奴に安らぎを与えてやる事になるんだ。俺は必死に自分に言い聞かせようとした。
 だけど……どうしても出来ない。ジョーナンドをこの手で斬るなんて、あまりにも不憫すぎる。
「……俺には、無理だ」
「このっ……馬鹿野郎が!
 手前の言う友ってのは……馴れ合うばかりなのか?そうじゃねぇだろが……」
 がくりと項垂れた俺に、オヤジの怒声が飛ばされる。
「こいつを倒すのは……俺でもねぇ。ミレアでもねぇ。友である、お前の役目なんだ」
「俺の、役目?」
「そうだ!」
 言葉と共に、オヤジは口から鮮血を迸らせる。正視に耐えぬ光景であったが、俺は決して目を逸らさなかった。もしも逸らしてしまったなら、俺はきっと自分を一生恨む。その事が、痛い程に分かっていたから。
 壊れてしまわんばかりに力を込めて、拳を握りしめる。皮膚が裂け、生温かい物が指の間より伝い落ちるのが実感出来た。
 ……その時である。
「ラ……イ……アス……」
 地の底より響く様な重く、低い声が俺の鼓膜を振動させた。
 この場にいる誰の物とも思えぬ声……いや、しかし確かに聞き覚えのある声。
「ラ……イ……ア……ス……」
 俺の名を呼ぶ謎の声は、尚も発せられ続ける。
 俺は面を上げ……そして、息を呑んだ。
「ライ……アス……ト……モ……
 オレ……ノ……トモ……ラ……イア……ス」
 その声を発していたのは他でもない……ジョーナンドだった。邪悪なる者の意志により、魔物と化した筈の彼が、俺の名を呼んでいる。ドロドロに溶けた口元を開き、途切れ途切れになりながらも、俺の名を紡ぎ続けている。
『なっ……!』
 この事態に言葉を失ったのは、俺やミレアばかりではなかった。
 常に余裕を見せつけていた、あのキソウが。そして、肉人形の創造主であるジュオウすらが。驚きを隠せぬ様子で目を見開き、ジョーナンドを凝視している。
「ジョーナンド!俺の事が分かるのか!」
 俺は必死に呼びかけた。
 ジョーナンドには、まだ自我が残っている。そして俺に何かを伝えようとしているんだ。
「ライア……ス」
「ああ……聞いてる。俺はここだ、ジョーナンド!」
 呼びかけながら、俺はジョーナンドの声に耳を傾ける。
 奴が俺に何を伝えようとしているのか。
「ラ……イアス……オレ……ヲ、コ……ロセェ……」
「……!
 ジョーナンド……」
「タノ……ム、コロセ……ライア……ス……コロシ……テク……レ……
 モウ……モタナイ。
 オ……レガ、オレ……デ、アルウ……チニ、タノ……ライア……コロセ……ライ……アス」
 ……俺は、静かに瞼を閉じた。改めて、友の思いを悟ったんだ。
 結局、俺は逃げていただけなんだよな。残酷な真実ってやつから、必死に目を逸らそうとしてた。その真実の中で、ずっと苦しみ続けていた奴もいたってのによ……
 すまなかったな、ジョーナンド。ずっと、シカトしちまってよ。
「けど、もう逃げないぜ……」
 そう呟いて、俺は再び剣を抜いた。

「この虚け者めが!」
 森の静寂をぶち破るかの様な怒声が響き渡る。声の主、ジュオウは鬼の形相を浮かべて、ジョーナンドを睨み付けた。
「失敗作のコピーマンのみならず、貴様までもが儂に刃向かうのか、肉人形!
 一体何をしておるのだ?その失敗作もろとも小僧を葬るがよい!」
「ゥ……ガッ!ウアオォァッ!」
 ジュオウの命を受け、ジョーナンドは咆吼する。しかし、一向に動きを見せない。
 魔物の性と人間の意志。相容れぬ二つの情が、奴の中で争っている。そうだ、奴もまた闘っているんだ。
「殺れ、肉人形よ!」
「ウアアアアッ!」
 度重なるジュオウの命令に、声を裏返らせて叫ぶジョーナンド。刃と化した腕を振り回し、再び暴れ出そうとする。
「そうは、させるかあっ!」
 そんなジョーナンドを、オヤジは正面から羽交い締めにした。その胴は尚も刺し貫かれたままだと言うのに……
 オヤジ……あんたも、そうなのか?
「言ったろうが……たとえ死んでも、離さねえってよ。
 今だ……フィズ!俺達を……斬るんだ!」
「やっぱり……あんたもそれを望むのかい?」
 剣を手にしたまま、俺はオヤジにそう問いかける。先程までとは打って変わって、不思議と冷静さを保つ事が出来た。
「……俺は、深手を負いすぎている。どの道、長くは生きられねぇさ。
 それによ……やっぱり、俺はクリマの偽物でしかねえんだ」
「……父さん」
 頬を涙で濡らしたミレアが、小さな声で養父を呼ぶ。その呟きが届いたらしく、オヤジはフッと相好を崩してみせた。
「ミレア……嬉しかったぜ。お前に……お前達に父と呼んでもらえた事。
 俺は、本当に幸せ者だ。もう、思い残す事もねぇ。誇りを持って……逝く事が出来る」
「父さん……!」
 ミレアの悲痛な叫びは、痛い程に俺の胸に響いた。
 畜生……!
 俺は絶対に許さない。この悲劇を生み出した、あの野郎だけは!
 怒りや悲しみが複雑に絡み合ったやり場のない憤りを抱きながら……俺は呼吸を整えた。
「さぁ……フィズ」
 オヤジの呼びかけに応じる様にして、脳裏で魔法の構成を編む。
「………………」
 詠唱の時間は、いつもより遙かに長く感じられた。
 構成を編み終え、俺は吼える。
「包め!」
 俺の声に呼応し、刀身を包み込む様にして風の障壁が発生する。風魔法の一つ、《具を包む真空の矛》だ。
 風の力を宿した魔法剣を携え、俺は構えを取った。
 目標をじっと見据える。
 狙うは二人。戦友と養父。俺にとって、大切な存在……
 心の内より沸き上がってくる迷いを、俺は必死に押し留めた。
「ウ……」
 そして、
「ウオオオオッ!」
 地を蹴る。
 瞬く間に間合いを詰め……俺は大きく剣を振りかぶった。
「ハアッ!」
 そのまま、一気に振り下ろす。
「フィズ!」
 斬撃の刹那、誰かが俺の名を呼んだ。果たしてそれが誰であったのかは知る由もない。
 永遠とも思える程の時間が過ぎた後。
 二人は力尽き果てた様にして、地に倒れた。
「………………」
 風のコーティングを解除して、俺は剣を鞘に納める。
 その時になって、俺は初めて気が付いた。自分が、泣きながら剣を振るっていた事に。
(ごめんな……ジョーナンド)
 俺は沈黙を保ったまま、ただただ二人の男を見下ろしていた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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