その魔物の体格は俺よりも一回り大きかった。人間であれば、かなりの大男か大女になるだろうか。けれども、奴は最早人としての人生を歩んではいなかった。 ドロドロに爛れた皮膚に、失われた眼球。その姿はまさに、この森の中で俺やミレアが倒してきたあの魔物である。 だがしかし。俺の眼前にいるそいつには、これまでに出会った奴とは少しばかり異なる点が見受けられた。 「肉人形……まだ残っていたとはね」 決して気を抜く事なく、俺は魔物を観察する。 子供をベースとして創られていた今までの肉人形は、その体格も小さかった。ところが、目の前にいるこいつは随分とデカい。 そして、何よりも注目すべきはその腕だ。肩の付け根から手の先に至るまで……奴の両腕は鋭い刃物の様に構成されている。まるで二本の剣を携えている風にも見える。前の肉人形は、確か爪を武器としていた筈だが…… 「そやつを他の肉人形と同じと思わぬ方が良いぞ。 体術は勿論だが、凶暴性においても目を見張るものがある。今でこそ、儂が術を用いて抑え付けておるものの……一度枷を解けば瞬時に破壊神と化すわ」 「地下に潜って魔物創りに勤しんでたってわけか。わざわざ隠し通路まで設けてよ……あんたも随分と暇人なんだな」 「ほざけ」 挑発に乗る様子もなく、せせら笑うジュオウ。完全に落ち着きを取り戻した様だ。 かたや俺の方はと言えば……やはり脇腹に傷を負っているのが辛い。慣れたせいか痛みはましになってるんだけど、動きは鈍ってくるだろう。 けどまぁ、やらないわけにゃいかねえよな。 「ミレア。オヤジを連れて少し離れていてくれ」 後ろを振り返り、ミレアに指示を出す。一つ頷くと、ミレアはオヤジを立ち上がらせ、戦闘の邪魔にならぬよう、俺達三人から十分な距離を取った。 よし。これでミレア達に害が及ぶ事はない。存分に闘えるぜ。 「準備は良いか?フィズ・ライアス」 「ああ、いつでもOKさ」 ジュオウの問いかけに肯定の意を示す。 「では……行くぞ」 そう言うと、ジュオウはさらに引き下がった。そして杖を高々とかざす。 「滅せよ、封魔!」 ジュオウの叫びに呼応し、杖の先端に輝きが灯る。 肉人形が奇声を発したのは、その直後だった。 「ガアアアアアアアァァァッ!」 気味が悪い程に声を裏返らせ、吼える魔物。ジュオウの手により抑えられていた力が解放された瞬間だった。 「……来る!」 相手が攻撃を仕掛けようとしている事を理解した瞬間。俺の身体を言い知れぬ恐怖が突き抜けた。 この化け物……何て殺気を放ちやがるんだ。それにあの声……耳にするだけで鳥肌が立っちまう。 「アァッ!」 奇怪な叫びを上げ、迫り来る肉人形。爛れた足とは思えぬ脚力だ。一瞬で間合いを詰められてしまう。 勢いに任せ、肉人形は両腕の剣で突き技を繰り出してくる。 「チッ!」 俺は咄嗟に身を横に翻し、二つの刃をかわした。 休む間もなく、第二撃が俺を襲う。避けられて事を知るや否や、魔物は右の腕を横に薙いだんだ。 突きから横薙ぎへの変換、だと?この魔物には剣術の心得があるのか! 「けど……甘ぇっての!」 俺は迷わず自分の剣で、敵の腕を受け止めた。 そのまま力任せに押し返してやる。 「喰らえ!」 敵が一瞬バランスを崩したところに、すかさず蹴りを叩き込む。 さらに追い打ちをかけるべく、俺は一気に剣を斬り下ろした。 『ガギッ!』 耳に入ったのは金属同士のぶつかり合う音。やはりそう簡単には勝たせてもらえないみたいだ。 肉人形は両の剣を駆使して、俺の斬撃を防いでいた。先程の蹴りは全くダメージを与えられなかったらしい。 ここは一旦体勢を立て直すとするか…… 距離を取るべく後ろへと退く。が、しかしすぐさま肉人形に間合いを詰められてしまう。どんなに素早く、どんなに遠くに退こうとも、敵は驚異的な速さを以て、どこまでもしつこく食らい付いてきた。 「仕切り直しって言葉を知らないのかよ、この野郎!」 敵の攻撃を何とか捌きながら、俺は悪態をついた。 ……こいつはヤバい。すっかり敵のペースに持ち込まちまってる。反撃を試みたいところなんだが、今は防御と回避に専念するので精一杯だ。 チ……ここは後手に回るしかないか。 攻撃の糸口を見出す事の出来ぬまま、暫くの間俺は敵の攻撃を受け続けた。 「ガァッ!ウアアアァァッ!」 甲高い雄叫びと共に繰り出される斬撃を凌ぎ、何とか相手の隙を窺う。だがこのままでは長くは保たない。腹の怪我の事もあるし、そうでなくとも時間をかければスタミナは減る一方だ。 そうして、どれだけの攻撃を受け続けた頃だっただろうか。 ふと、俺はある事に気付いた。 (この太刀筋……この剣捌き……初見の技じゃない。 間違いない。俺は今までにこの剣技を目にした事がある) 一体どこで目にしたのだろう? ……さして時間は要する事もなく、俺はその答えを導き出す。 「……っ! まさか……」 驚愕に目を見開く。 まさか、そんな……じゃあ……じゃあ、この魔物の……肉人形の正体は…… 俺の心に焦燥が生まれる。闘いの最中において、他に気を取られる事は命取りになると言うのに。 「ぼさっとすんな、フィズ!」 切迫したオヤジの声に、俺は意識を現実に引き戻した。 だが、もうすでに時遅し。目と鼻の先まで、魔物の凶刃が迫り来る。 狙いは急所。避けられなければ、致命傷となるだろう。だけど……もう間に合わない! 俺が死を覚悟した、その時。 「駆け上れ!」 突然にして、魔物の足下より炎が出現した。 炎は轟々と燃え盛り、肉人形の頭の先にまで達する。そして次の瞬間……あたかも津波が小舟を飲み込むがごとく、炎の壁は標的へと降りかかった。 激しく猛り狂う業火に包まれ、魔物は身動きを取る術を失う。 「《天駆け上る焔壁》をかけたわ。 今よ、フィズ!反撃を!」 耳の中に入ってくるミレアの声。しかしながら俺はまるで他人事の様に聞き流した。 いつもであれば、的確な相棒のフォローに喜ぶ事が出来ただろう。だけど、今は…… 惚けた様にぼさっと突っ立っている俺を見かねたのか。ミレアが訝しげな表情を見せる。 「何をしているの? この魔法もそう長くは保たないわ。敵が動けないでいる今の内に……」 彼女の台詞を最後まで聞かずして。俺は剣を鞘に納めた。 『……フィズ!』 ミレアとオヤジの、俺を呼ぶ声がピタリと重なる。 「一体どうするつもりなの?どうして剣を納めるの?」 「まだだ……まだ勝負はついてねぇぞ。 構えろ、フィズ!そのまま死ぬつもりか!」 緊迫した様子で叫ぶ二人。 だが、俺には……俺にはもう、剣を抜く事が出来なかった。 「ミレア……オヤジ……俺、俺どうしたらいいんだよ?」 心の内に止め処なく溢れ出る哀しみや怒り。それらが必死に表に出ようとしているのだろう。目頭が熱くなってくるのが分かる。 腕で乱暴に目元を拭い、俺は離れた位置にいるミレアと視線を合わせる。 「フィズ?」 「ごめん、ミレア。 俺には……俺には斬れない」 喉元まででかかった嗚咽を何とか抑え、やっとの思いで俺はそう呟いた。 「どうして……?」 「あいつは……あいつは……」 あの魔物の正体を知らせるべく、俺は尚も重たい口を開く。 その事を口にするのは、正直言って怖かった。喋ってしまえば、自分の中でその事実を認めてしまった事になりそうだったから。 認めたくもないってのに……出来れば、嘘であって欲しいのに…… でも、逃げるわけにはいかない。真実が如何に残酷なものであったとしても……目を逸らすわけにはいかないんだ! 血が滲む程に拳を握りしめ、俺はミレアに真実を告げた。 「あいつは……ジョーナンドなんだ……」 「えっ……?」 絶望に彩られた言葉を紡ぎ終えたその直後。俺の頬を熱い雫が伝い落ちた。 もう……涙を堪える事すら出来なかった。
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