全ては終わった。俺はそう信じていた。 後味のいい、と言えば嘘になる。精神においての己の未熟さを、嫌ってほどに思い知らされちまったからな。 あの時の俺にもっと力があれば……なんて考えても仕方がない。そいつは分かってる。反省は必要だ。しかし、過度の後悔はしない方がいい。大切なのは、過去を過去と割り切って二度と愚を繰り返さないと誓う事。それが出来なければ、プロとして失格だ。 俺はヤツを斬った。そして今、俺はこうして生きている。結果オーライだったかも知れないが、紛れもない現実なのさ。 しかし……俺はすぐさま理解する事になる。 一つの大戦は終わった。けれど、また新たなるそれが始まろうとしている。 あの男が生きていたんだ……!
Mission1 猟奇事件の真相を暴け 〜新乱の幕開け〜
依頼状
ここ数ヶ月、コイート全域において猟奇殺人事件が多発している。被害者は老若男女に及び、事態は深刻を極めるばかりである。 一刻も早く事件を解決するため、諸君らに調査を依頼したい。具体的に依頼する内容は二つ。コイート地区内にある町村の一つに張り込んで事件を調査し、可能ならば解決に導く事。そして、もう一つはこれ以上の事件の再発を防ぐ事だ。 なお、各町村には我が王宮騎士団の兵士達を向かわせている。彼らと協力する事で、事件に解決に努めてほしい。 報酬は五百万レアとしておくが、事件を解決させた暁にはさらに上乗せさせてもらうつもりである。
コイート地区 国王
1 「どこにする?」 相棒に意見を求められ、俺は周囲を見渡した。初めての街と言うわけでもないので、当たり外れくらいは分かるつもりだ。 少し先の店で視線を止める。値段に味、サービス。どれを取っても、及第点にあてはまるな。 「あそこのカフェにしよう。ホットサンドが結構いけるんだぜ」 「うん、手軽でいいかもね」 「よし、決まり」 俺達はまっすぐに、お目当てのオープンカフェへと歩いていった。適当な席に着き、注文を取りに来たウエイトレスのねえちゃんに、この俺一押しのホットサンドとアイスコーヒーを二つずつ頼む。 「それにしても」 ねえちゃんが奥へと引っ込んだところで、俺は話を切り出した。 「ここいらも随分と雰囲気が変わったもんだ。まあ、しばらくご無沙汰だったには違いないけど」 「前よりも垢抜けた?」 相棒にして義理の妹、ミレア・タガーノが尋ねてくる。 「……確かにそれもあるさ」 ど田舎ってほどでもないが、数年前まではこの街ももっと寂れていたものさ。全く、時代の流れを感じさせられる。 「でも、俺が言いたいのはそういう事じゃない」 「ん?」 「ほらその、明るさが失せたなって」 「そりゃまあ」 大きく嘆息するミレア。 「こんな時に、わざわざ馬鹿騒ぎをしようって人もいないんじゃない?」 ……そういうものなのだろうか?こんな時だからこそ、活気が必要だと思うんだが。 俺がミレアに反論しようとした、その時だった。 「そこにいるのは……フィズ・ライアスか?」 背後から、俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。 耳に馴染んだ声だ。俺がこの声を忘れるはずもない。 「奇遇だな、ジョーナンド」 後ろを振り向く。そこには、いかつい顔つきをした大男が立っていた。趣味特技はと訊かれたら、即座に子供を泣かす事とでも答えそうな容貌だ。 「相変わらずデカいな。一体何を食ったら、そんなに健やかに育つんだ?」 「おいおい、そりゃあ一種の問題発言じゃねえか」 ニッと白い歯を除かせて、この巨漢は俺の隣にどっかりと腰を下ろした。ミレアが視線で『誰?』と問いかけてくる。そう言えば、彼とミレアには面識がなかったっけ。 説明しようとした矢先に、先程のウエイトレスが注文の品を運んでくる。 「しかし、ライアスよ。お前も隅に置けないなあ」 「……どういう意味だ?」 コーヒーを喉に流し込みつつ、俺は先を促す。 「羨ましいねえ。こんな美人を連れ歩けるなんて。いつ、式を挙げたんだよ?」 「……あのなあ。お前にゃ、綺麗なかみさんがいるだろうが。 こいつはただの相棒だよ。前に話した事があるだろ」 「ミレア・タガーノです。初めまして」 律儀に握手を求めるミレア。デカいおっさんは必要以上に頬を緩ませてそれに応じる。 「ああ、俺はリック・ジョーナンドだ。こいつとの間柄は……まあ戦友ってところかな」 戦友、か。 俺の脳裏に、かつて引き受けた一つの事件がありありと蘇る。探偵稼業に足を踏み入れて間もない頃、俺はこの男と出会ったんだよな。 ハムのたっぷり挟まったサンドイッチを頬張りながら、俺はジョーナンドの顔をちらりと見た。確かにいいヤツには違いない。 「それにしても、可愛いなあ。異母兄妹とは言え、お前の妹には見えないぞ」 これで、口が悪くて頑固でなけりゃなぁ。
俺の名はフィズ・ライアス。相棒ミレアと共に、フリー探偵を営んでいる。 今回、俺達が受けた依頼とは、ある猟奇殺人についての調査だ。何でも、コイート地区全域において、とんでもない猟奇殺人が多発しているらしい。手口から推測するに、同一犯である事には間違いない。 被害者の身体には、いずれも無数の裂傷及び火傷の跡が見受けられた。何とも酷い殺され様だ。死体を直に目にしたわけではないが、想像するだに背筋が寒くなる。 嫌な事件はさっさと終わらせたいところだ。けれど、事はそう簡単ではない。 目下のところの問題は、次の犯行現場を一つに特定出来ない事だ。一言にコイートと言っても、決して狭くはない。ある程度の予想はつけられても、きちんとした確証が得られないんだ。 また、犯人の目星も一向に浮かんでこない。火を操る人間はコイートにごまんといるが、それで割り出せるはずもないだろ。 そういうわけで、不本意ながらも消極的な手を打つ他に道はないんだよな。 国王が最初に俺達に依頼したのは、アンパスの街での情報収集。コイートの中心部にあるこの街は、次の犯行舞台の候補の一つとして挙げられている。つまりは、ここに張り込んでいれば、敵が尻尾を見せるかも知れないって事になる。 そいつを期待して、早速今日からアンパスを訪れたわけなんだが……つくづく気の長い話だよな。
ジョーナンドに勧められて、俺達は彼と同じ宿に泊まる事にした。寝床を探す手間が省けたのは、全く嬉しい限りだ。 部屋に荷物を置いた後、俺は一人ジョーナンドの部屋に赴く事にした。是非とも、ヤツから話を聞かせてもらいたい。ちなみにその間、ミレアには再び街に出て聞き込みをしてもらっている。 部屋の前に立ち、ドアを数度ノックする。 「入れよ」 返事を確認してから、俺はノブを回した。 部屋に一歩入る。ジョーナンドは椅子に腰掛けて、何やら考え事をしているらしかった。 「ジョーナンド。幾つか訊きたい事があるんだが」 「例の猟奇事件についてだろ」 俺の言葉を即座に返すジョーナンド。 「そうだ。話が早くて助かる」 「何を隠そう、この俺も同じ事件を調査しているんでな」 「そうなのか?」 初耳だった。 「今、俺はコイートの王宮騎士団にいるんだ。アンパスにいるのも、王から直々に命令を下されての事さ」 「流浪の傭兵だったお前が騎士団に?」 「俺も所帯を持つ身になったんでな」 ……なるほど。野暮な質問をしちまったらしいな。 「話を戻そう。事件の情報だったな」 「ああ、頼む」 「……生憎と、俺に話せる事はほとんどないぞ」 「喋れる限りでいい」 フン……目的が同じとくれば、おいそれと情報を流すわけにもいかないってか。 「そういう意味じゃない。本当に与えられるほどの情報がないんだ。 知っている事と言えば、そうだな……遺体の詳細についてくらいだが」 「それで十分だ」 あまり気分のいい話じゃないけど……まあ、仕方ないか。 「具体的な話をする前に一つクイズを出そうか」 ポリポリと頭を掻くジョーナンド。妙にもったいぶるヤツだな…… 「人間以外の動物が魔法を使う事が出来るか否か」 「出来ない」 俺は即答した。 「どうして?」 「魔法を使う際に最低限必要なのは、意識容量と構成、そして声だ。動物でも意識容量と声は何とかなるだろうが、知恵が足りないために構成を編む事が出来ない」 昔、スクールで教わった内容を反芻する。 そもそも魔法とは、生物が潜在的に保持している力を具現化させる事であり、つまるところその力……地水火風天魔在無のいずれかの属性を身に宿す者なら誰でも扱う事が出来る。ただし、これはあくまで理論上の話。 例えば、俺は風の属性を持っている。けれど、実際に俺が魔法を扱えるようになったのはごく最近の事なんだ。いくら属性が備わっていても、条件が整っていなければ魔法を発動させる事は出来ない。 そして、自然に存在する生物の中で、人間以外にその条件を満たしている例は今のところ確認されていない。 「立派な模範解答だな。まあ、正解と言っておこうか」 「それで?あんたは何が言いたいんだ?」 ジョーナンドの意図が分からないままに、俺は訊ねる。 「遺体の残されていた傷跡なんだがな。凶器の類で付けられたものじゃないようなんだ」 「……どういう意味だ?」 「遺体には歯型や大きな爪で引っかかれたような跡があった。そ、れから肉も所々食いちぎられてやがったよ。あたかも……猛獣にでも襲われたようにな」 「念のために訊いておくが」 質問の先を続けようとした俺を手で制し、ジョーナンドはこう付け加えた。 「ありゃあ絶対に人間に出来る芸当じゃねえ。歯型にしろ爪跡にしろ、明らかに人間とは異質の生物の物だった」 「……矛盾しているな」 腕を組み、俺はゆっくりと瞼を降ろす。 遺体に見受けられたのは、無数の裂傷と火傷の跡。魔法によるものにしろそうでないにしろ、ただの動物が炎を操ることなど出来ようはずもない。しかしながら、裂傷の方は決して人間の仕業ではないらしい。まさに、あちらを立てればこちらが立たずといったところか。 とすれば、考えられる可能性は…… 「獣使いがいれば、何とかなるかも……」 「そいつはあり得ない」 俺の考えに、即座に水を差すジョーナンド。 おいおい、そこまで言い切るからには、ちゃんとした根拠があるんだろうな。 「言っただろ。傷跡は猛獣に付けられたようなものだったと。 それほどの猛獣を連れた獣使いなんぞがいれば、相当に目立つはずだろう。コイートにそういった類の輩がいないことは、すでに調べがついている」 『それ以前に……』と、ジョーナンドは大きく嘆息した。 「コイートには、猛獣の類が棲みついている場所もない」 ……なるほど。ここまでないない尽くしだと、調査の方も一向に進まないってわけだ。 どうやらこいつは、思ってた以上に厄介な事件になりそうだぜ。 改めて実感させられながら、俺はすっかり乾ききった唇を舐めたのだった。
|
|