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SU・DA・CHI2 〜今訪れるは巣立ちの時〜 作者:殻鎖希

第8回   8
エピローグ

「もうこんな時間か」
 店の壁にかけられた時計に目をやり、豪徳寺はそう呟いた。つられて、ニャン子も時計へと視線を移す。
「ホンマやな。豪ちゃんがここに来てから、はや三時間も過ぎたんや」
「店の中のお客さんも少し増えたみたいだな、そう言えば」
 さして広くもない店内を見回す豪徳寺。数時間前には空席だった場所の幾つかは、新たなる客によって陣取られ、各々のテーブルではすでに酒盛りが始まっていた。尤も、客の数は決して多いとは言えない。賑やかな席は相変わらず疎らであり、ほとんどがまだ空席のままであった。
「今が十時か。もう少ししたら、ここを出ないといけないな」
 豪徳寺の台詞に、ニャン子は頷く。
「そうやな。お話の時間はどうやら終わりみたいやで」
「ああ。過去を振り返る時間もそろそろお終いだ」
 カウンターの上に空のジョッキを置く豪徳寺。これ以上のオーダーをするつもりは、彼にはなかった。
 健啖な食欲を見せていたニャン子も、とうの昔に酒と料理を全て片付け終えていた。
「行こうか、豪ちゃん」
「ああ」
 すだちの二人は席を立つ。延々と語り明かしてきた思い出達に別れを告げるようにして。
 幾つかの物語は終焉の時を刻んだ。だが、それはまだ見ぬ未来との邂逅に繋がる。これまでに幾度となく繰り返されてきた出会いと別れが織りなす連鎖は、今もなお続いているのである。

いつもよりも少し綺麗だね 太陽の光が眩しくて
出逢った頃を想うと 何だか不思議な気がして

この広い宇宙で君と出逢った これが奇跡なら大切にしよう

出逢いは突然やって来て 僕の心奪っていく
この想い消えないように 二人で歩いていこう

「なぁ、ニャン子」
 失われつつある、夜の帳が降りた世界。無機質な道を上を歩きながら、豪徳寺はニャン子に訊ねかける。
「ラジオは終わっちまったけどさ……まだ続けるよな?俺達のすだち」
「あったりまえや」
 酔いに任せて、ニャン子は大きな声でがなる。
「ホンマのホンマにもうええわって思う時まで、俺は音楽続けてくで」
「何だよ」
 いつもと変わらぬ相棒の大らかな物言いに、豪徳寺は思わず相好を崩す。
「俺もお前も、考えてること同じだな」
「そろそろ付き合いも長いしな。お互いのこともよう分かってるって」
「ああ……そうだな」

裸のまま抱き合ってた 愛のぬくもり感じた
ケンカもよくしたよね 些細なことで笑っちゃう

生まれ変わっても君と出逢いたい 叶わないなら今に懸けよう

出逢いは何億分の一の 確率で出来ているから
偶然でも必然でもいいさ 愛を育てていこう

「さっきお前と話しててさ。いろんなこと思い出した。
 俺達、本当に沢山の出会いを経験してきたんだよな」
 トレードマークであるサングラスを外し、豪徳寺は感慨深げに呟きを漏らす。ニャン子に何かを話しかけるというよりも、自らに言い聞かせているかのように。
「この出会い、決して無駄にはしないさ」
「……だいぶ酔っとるな、豪ちゃん」
 苦笑を漏らし、ニャン子はさらに後を続けた。
「でも、まぁその通りなんやろうな。
 きっと、これからも多くの人に出会っていくんやろうし、大切にしてかなあかん。俺達の音楽を聴いてくれる、全ての人達のためにも……さ」
「うん……」
 強く。そして大きく。豪徳寺は頷いてみせたのだった。

うまくゆかない時もあるけど これが人生なら受け止めていこう

出逢いは愛のプロローグ これから始まるシンフォニー
リズムを乱さないように 二人で奏でていこう
出逢いは突然やって来て 僕の心奪っていく
この想い消えないように 二人で歩いていこう
いつまでも歩いていこう

 数多の決別を経て、すだちの二人は今ここに立つ。
 だがしかし。袂を分かつことは無に帰すことと同義ではない。別れもまた、新たなる一つの出会いなのである。
 決して変わらぬものもある。
 豪徳寺康成とニャン子がデュオを組み続ける限り、二人の物語が幕を閉じることはない。
 『疲れた……もう満足や』。心からそう実感できる時までは、二人は名乗り続けるであろう。
「俺達はすだちっていうんだ」と。

                《完》

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Novel Editor by BS CGI Rental
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