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SU・DA・CHI 作者:殻鎖希

第7回   尾崎愛梨登場
 同時刻。駅の近くにあるゲームセンターにて。
(やれやれ、金の無駄遣いやったか)
 縫いぐるみのなかなか取れぬUFOキャッチャーにほんの少し未練を残し、ニャン子は場所を変えるべく歩を進めていた。
 出口付近に差し掛かったところで、ふと足を止める。彼の視線はガンシューティングゲームの前に立つ一人の女性に釘付けになっていた。
(愛梨ちゃん?)
 後ろ姿ではあったものの、ニャン子にはすぐにその女性が誰であるのか見当がついた。彼女は尾崎愛梨。ニャン子にとっては顔見知りである。
(ふうん。最近よくあの娘に会うな)
 尾崎は一心に射撃に勤しんでいる様子だった。しかし、後ろからそっと覗き込んでみると、戦績はあまり芳しくない。
 ポケットの小銭の量を確認する。大半を縫いぐるみ取りに注ぎ込んでしまっていたが、ちょうどいい具合に百円玉を一枚だけ発見することができた。
 ニャン子は無言で彼女の隣りに立ち、その肩にポンと手を置いた。
「ニャン子さん?」
 驚きに目を丸くする尾崎を尻目に、ニャン子は百円玉を筐体に放り込む。
「任せとけよ。こういうゲームは得意なんだ」
 銃を手にし、ニャン子は誰もに親しまれるその笑みを浮かべた。
 それから言葉を交わさぬまま、二人はシューティングに没頭する。だが、幾ばくもせぬ内に、ゲームは終わりを
 必死で撃つニャン子であるが、照準が合っていないため全く敵に当たらない。逆に敵の攻撃を受け、ライフゲージを減らしてしまうばかりであった。
 結局途中から乱入したにも関わらず、ニャン子は尾崎よりも先にゲームオーバーを迎えることとなってしまった。
「……おかしいなぁ。いつもはもっとうまくできるんやけど」
 頬を掻きながら苦笑するニャン子。
「それじゃあ今度は私の腕前を見せますよ」
 しばし後に同じくゲームオーバーになった尾崎は、銃を置いてニャン子の手を取る。
「音ゲーは任せて下さい」
 と尾崎がまっすぐ向かったのは、最近流行りの太鼓型音楽ゲームの台だった。
 台の前に腰を下ろし、尾崎はバチを握る。
 そんな彼女に対して、ニャン子はずっと気になっていることを訊ねてみることにした。
「なあ」
「何ですか?」
「君、何でこないだ病院におったん?」
 その言葉に、ほんの一瞬尾崎はピタリと動きを止める。
「どうして、それを?」
「前にいっぺん俺達、あそこの病院ですれ違ったことがあるんやで」
「全然気が付きませんでした」
 喋りながらもバチを振り続ける尾崎。しかし、そのプレイにはどこか焦りのようなものが窺えた。明らかに彼女は動揺していた。
「……友達がね」
 尾崎がそう切り出したのは、かろうじて一曲目をクリアし終えてからのことだった。
「うん」
 相槌を打つニャン子。
「友達が入院してるんですよ。
 決してそんなに重い症状じゃないんですけど。でもその娘、入院とか手術とかって今回が初めてらしいんですよね。それで、何だか不安になっちゃってるみたいで」
 セリフが終わると同時に、尾崎はバチを手放す。画面にはゲームオーバーの文字が大きく映し出されていた。
「失敗しちゃった」
 尾崎はやれやれと溜め息をついて椅子から立ち上がった。そこでふと思い出したように口を開く。
「そう言えば、ニャン子さんはどうして病院に?」
「ん……」
「どこかお身体悪いんですか?」
「ああ、ちゃうちゃう。俺のことじゃないで」
 キョトンとする尾崎。
「俺も君と同じでな。ある小学生の見舞いに行っとったんよ」
「ああ……なるほど」
 どちらから切り出したわけでもないが、二人は店を出ることにした。肩を並べて歩きつつ、ニャン子はさらに話を続ける。
「そいつもな、怖がってるんよ」
「手術をですか?」
 『いや』と頭を振るニャン子。
「手術だけに限ったことやない。これからの人生そのものにあいつは恐怖を覚えてる」
「そんな……まだ小学生なのに」
 伏し目になる尾崎。
「ヤツも重いものを背負い込んでるんよ。ガキが持つにしては、重すぎる枷をな」
「……無力ですよね、こういう時の自分って」
 自嘲めいた笑みを浮かべ、尾崎は大きく
「友達が病気で悩み苦しんでいるのに……何やってんだろ、私って」
「あんまし自分を卑下するもんじゃないさ。
 それにこうも考えられるやろ。自分にしかできないこともある、ってね」
「自分にしか……できない?」
 尾崎は目を丸くして、ニャン子の顔をじっと見やる。彼の表情からは何かしらの強い意志が感じられた。
(もしも、今の俺にすべきことがあるとすれば、それは……)

「俺の周りの人間には手を出すな、か」
 魚住は空のビール缶を放り投げ、小さくうそぶいた。
「随分とご機嫌ね」
 足下に転がってきた缶を拾い上げ、制服姿の少女はそれをゴミ箱の中に入れる。
「分かるかい、サキ?」
「それで……どうするつもり?」
 冷淡とも感じられる口調で、少女サキは魚住の言葉に答えぬまま、逆にそう問い返した。
「わざわざ訊くまでもないだろう」
 新たな缶に手を伸ばしつつ、魚住は破顔する。
「まずは……そうだな。あのニャン子とかいう男からいくとするか。ニャン子に関しては、一つ面白そうな情報も入ってきているようだし」
「つまり、彼の警告は無視するということね」
 大きく嘆息を漏らすサキ。彼女が心の内を表に出すことは極めて珍しいことだった。
「生きのいい獲物は一番最後まで取っておくものさ。
 そうだろ、豪徳寺」
「……火に油を注ぐことになるかもしれないわよ」
「その方が張りがあると思わないかい?」
 水のようにビールをあおり、魚住は声を出さずに笑い続ける。
「あなたは何も分かっていないようね」
 そんな魚住に、サキは少しばかり同情を覚えた。豪徳寺康成の怒りがただの火の粉に収まるはずもない。この調子では、激しく燃え盛る業火にいずれ自分達も焼き尽くされることになるだろう、と。
 直に豪徳寺と接したことのあるサキには、それがよく理解できていた。
(潮時かな、そろそろ……)
 サキは、魚住というこの男に愛想を尽かしつつあった。

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Novel Editor