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SU・DA・CHI 作者:殻鎖希

第6回   蘇りし悪鬼の正体
「先日は大変失礼致しました」
 覚えのある声に、豪徳寺は頭を上げる。彼の前に立っていたのは、以前に彼を連れだしたのと同じ女子高生だった。
「……またあんたか。それで今日はどこのお店に連れていってくれるのかな?」
 歯の浮くような豪徳寺のセリフに、額に青筋を立てるプッチー。
「性懲りもなくあの人は……!」
「プッチー、あの娘誰?」
 当然ながら、昨日少女と相見えていないニャン子は彼女のことを知る由もない。
「知りません!」
 頭ごなしに怒鳴られ、キョトンとするニャン子。そんな彼には脇目もくれず、プッチーはずかずかとセーラー服の少女に詰め寄った。
「あの、これから私達ライブするんですよ。また、うちの豪徳寺さん連れ出されたら、困るんですけど」
「ああ、ご心配には及びませんよ。今日の私はあくまでも連絡係ですから」
 温かみの感じられる偽りの笑顔を崩さぬまま、少女はそう言った。
「連絡係……ねぇ」
 サングラスを少し下げ、豪徳寺はどこか含みのある目でじっと少女を見つめる。
「心当たりが多すぎて分からないな。もう少しきちんと説明してくれないかい?」
「魚住(うおずみ)の使いの者……と言えば、分かっていただけますか?」
「魚住……?」
 訝しげに顔をしかめる豪徳寺。
「俺の知っている魚住と言えば、一人しかいないがな。今更、そいつが何の用だ?」
「さて……私にも魚住の考えていることは分かりませんが。
 今日は、一つだけ言伝を頼まれたので、こうして来たんです」
「ほう」
 腕を組み、次の少女の言葉を待つ豪徳寺。
 それまで張り付かせていた微笑みを消し去り、少女は淡々とそれを告げる。その口調は、まるで本でも読み上げるかのようなものであった。
「『昨日の連中を倒した程度で図に乗ってもらっては困る。いずれ、僕が君から大切な物を奪うことになる』だそうです」
「相変わらず、陳腐なセリフだな。今も昔もボキャブラリーの少なさは変わらないようだ」
 皮肉を口にする豪徳寺。しかし、その目には誰が見ても明らかに分かる、激しい怒りが宿されていた。
「奴に言っておいてくれ。
 俺は、売られた喧嘩ならいつでも買う。だから……俺の周りの人間には手を出すな、とな」
「伝えておきましょう。
 では、私はこれで」
 一礼して、少女はくるりときびすを返した。
 後を追うべきかと一瞬迷った豪徳寺であったが、結局は踏みとどまることにした。
(わざわざ俺から仕掛けることもないか。
 それに、こいつらもいることだしな)
「なぁ、豪ちゃん。あの娘何なん?」
 人混みの中に消えていくいく少女の姿をじっと見つめている豪徳寺に、ニャン子が訊ねかけてくる。
「ファンの一人、らしいぜ」
「ただのファンってわけでもなさそうですけどね」
 先程までの勢いがすっかり冷めてしまった様子で、プッチーがぽつりと呟く。少女の雰囲気の変貌に、少なからず気圧されたらしかった。
「さあ、俺にもさっぱりだ」
 他のメンバーをあくまでもはぐらかそうとする豪徳寺。
 二人を巻き込む可能性があるならば、話しておいた方がいいのかも知れない。けれど、どうしても豪徳寺は彼らに打ち明けることができなかった。
(俺の事情で、すだちの音楽を妨げるようなことだけはしたくない。
 だが、どうしたもんかな?)
 一人で抱え込むには少々大きすぎる問題ではある。彼自身もそのことは重々承知していた。
(まぁ……あの人にでも話を聞いてもらうとするか)
 すだちのメンバーに話せなければ、他の人間に話せばいい。かように豪徳寺は考えをまとめたのだった。

 その夜。さびれた感のある酒場のカウンターに、三人の男達が肩を並べて酒を飲みかわしていた。
「魚住覚(さとし)。中学の頃の同級生なんだ」
 二人の男に挟まれて座っているのは豪徳寺である。ジョッキの中のビールを飲み干し、彼は大きな嘆息を漏らした。
「俺も学生時代には随分と無茶をしたもんさ。派手な喧嘩も日常茶飯事だったからな。
 でも……あいつはそういうのとは違ったヤバさを持ってるんだ」
「ヤバいってどういう風に?」
 そう訊ねかけてきたのは、豪徳寺の隣りに腰を下ろした男である。眼鏡をかけた彼は、相槌を打ちつつ日本酒の注がれたぐい飲みを口元に近づけた。
「魚住は他人よりもかなり裕福な家庭に生まれ育った。ま、俗に言うボンボンって奴だな」
「下手な不良よりも、思い上がったお坊ちゃんの方が質が悪いってことですか」
 一番右端を陣取っていた男は、すだちの出演するラジオ番組のディレクター大野であった。
「そうだ。奴には金の力があった。問題を起こしても、親の金と権力さえあればもみ消すことができる。それで昔は色々とやりたい放題やっていたよ。はっきり言って、俺の一番嫌いなタイプだった」
「……それで?」
 ちびちびと飲みつつ、先を促す眼鏡男。
「うん、それでな。魚住の奴が、当時俺の付き合っていた彼女に手を出しだことがあったんだ。
 何をとち狂ったのかあの馬鹿、とうとう拉致まがいのことをやらかしやがってな。それまでは犯罪の一歩手前くらいまでで抑えてたんだが、どこかで心のタガが外れたんだろう」
「その時、豪徳寺さんはどうしたんですか?」
「勿論ぶん殴った」
 大野の問いに、こともなげに豪徳寺はそうそう答えた。
「さすがにその時ばかりはことが大きくなりすぎて、奴も警察沙汰を避けられなかったらしい。そのまま少年院に直行さ。
 その後、魚住がどこでどんな生活を送っていたのか、それは俺も知らない」
「なるほど……」
 ぐい飲みを空にして、眼鏡の男は呟いた。
「つまり、その魚住君は今になって君に復讐しようとしているってわけだ」
「それじゃ完全な逆恨みじゃないですか」
 大野の顔が赤らんでいるのは、酒か憤慨かあるいはその両方のためか。
「理屈じゃないんだ。奴の中では逆恨みも正当化される。世界は自分を中心にして動いてると信じているからな」
「ホントにいたんですね、馬鹿みたいに思い上がってる奴が」
 心底から呆れたといった風に、大野は肩をすくめる。
 一方眼鏡をかけた男はぐい飲みを離し、腕を組んだまま神妙な顔つきで一人唸っていた。
「魚住……覚か」
「どうかした?」
 それに気付き、声をかける豪徳寺。
「いや、どこかで聞いたような名前だなと思ってね。はて、どこだったか……」
「本当か?」
「う〜ん……すごく最近のことだったような気がするんだが」
 しばらくそのまま考え込んでいた男であったが、やおら思い出したようにポンと手を叩く。
「ああ、そうだ。思い出したよ。
 いやね、僕の所に来てる生徒の一人が確かそんなことを話してたよ」
「魚住のことを?」
「ああ。その子なら、何か分かるかもしれないね。聞いておこうか?」
「頼むよ、山下さん。今日の勘定俺が持つから」
「やりぃ」
 山下と呼ばれた眼鏡の男は、パチンと指を鳴らした。
「そうと決まれば大野君、今日はとことん食って飲もう」
「そうですね」
「……ほどほどにしといてくれよ」
 遠慮のない二人の態度に、苦笑いを浮かべる豪徳寺。
「ついでに、今日の話はニャン子とプッチーには内緒だぜ。くれぐれもよろしくな」
「分かってる分かってる。
 あ、オッチャン。これもう一本頂戴」
「当然じゃないですか。俺はこれでも口が固いんですから。
 あ〜、ついでに焼き鳥も追加お願いね!」
 豪徳寺の言葉にさっさと空返事をし、山下と大野は早くも次の注文を取り始めた。
(……少々早まったかもしれない)
 そう思わずにはいられなくて、豪徳寺は二度目の溜め息を漏らしたのだった。

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Novel Editor