少女に連れられるまま、豪徳寺は人通りの少ない路地裏を歩いていた。 「この先にお気に入りのお店があるんです。そこに行きましょう」 「ああ。行き先は君に任せるよ」 それから、さらにしばし歩を進めた頃。 ふと、少女がその足を止めた。 直後。豪徳寺の背筋に冷たい物が走る。 「フッ!」 頭で考えるより先に、身体が反応する。咄嗟に豪徳寺は身を翻した。洗練された隙のない動作から、上段の後ろ回し蹴りを繰り出す。 「がっ!」 振り上げた右足が見事に相手の頬に命中する。 豪徳寺が足を戻すと同時に、その男……学生服に身を包んだ少年はその場に崩れ落ちた。 手には鉄パイプが握られている。後一歩遅ければ、豪徳寺の方が脳天に一撃を喰らっていただろう。 「へえ、随分と乱暴なお店もあったもんだな。少なくとも可愛い女の子がうろつくような所じゃないぜ」 「勘のいい人ですね」 さきほどまでのそれとは全く別種の冷たい微笑みを浮かべる少女。 「これでも通信教育で空手習ってるんだぜ。 それに……見えたんだよ。遠くから俺達の方をずっと睨んでる、こいつの面がな」 「なるほど。昔の腕は衰えていないというわけですか」 「昔の腕、だと?」 眉間に皺を寄せる豪徳寺。 「何者だ、お前?俺達のファンってわけでもなさそうだが」 「ファンですよ。ただし、あなた達ではなくて、あくまでもあなた一人の……ですけど。 とりあえず、お話は後ろの面子を片付けてからにしていただけませんか?」 「奇遇だな。俺もそうしようと思ってたところだ」 サングラスを外し、豪徳寺は改めて後ろに振り返る。そこには、それぞれに武器を携えた十数人の少年達がいた。全員が全員とも同じ学生服姿である。 「かかって来いよ。まとめて相手してやるから」 「やけに自信があるんですね。この人数を前にして」 「何なら賭けるかい?」 不敵に笑う豪徳寺。その顔からは絶対の余裕が見て取れた。 「あと五分後に立っているのは、俺とこいつらのどっちなのか……ってね」
「豪徳寺さん!」 スタジオ入りした豪徳寺を待ちかまえていたのは、頭から角を生やしたプッチーだった。 「あ、プッチー。俺のギターは?」 「『ギターは?』じゃないですよ!どういうつもりなんですか、一体?」 「悪い悪い。急用が入ったんだ。 それで、ギターどこ?」 「……そこに置いてありますけど」 プッチーの指差す先には、確かに見覚えのあるギターが置かれてあった。 「サンキュ」 礼を言う豪徳寺。しかし、対するプッチーの反応は非常に冷たいものだった。 「どうせ、あの娘と一緒に遊んでたんじゃないんですか?」 「……さあな」 本当のことを話すべきか否か。黙考したのも一瞬のことだった。結局、豪徳寺は真実を隠しておくことにする。 (まあいいさ。あいつの狙いはどうやらこの俺みたいだからな) 「ホントにもう!ニャン子さんのこと、偉そうに言える立場じゃないですよ」 豪徳寺の考えなど露知らず、怒り心頭といった様子でまくしたてるプッチー。 「ニャン子?そういや、姿が見えないけど。 ははあ……さてはあいつ、ラジオまでドタキャンする気だな」 「自分のこと棚に上げないで下さい!」 「ニャン子なら来てるわよ。随分早くから、向こうで大野君と難しい顔して話し込んでたみたいだけど」 それまでプッチーの剣幕に押されて耳を塞いでいた居村が、初めて口を挟んできた。 「やっぱり怪しいのよね、ニャン子。大野君も何か知ってるみたいなんだけど」 「女か?」 「それは今日のあなたもでしょう、コラ!」 ずっこけそうになって、突っ込みを入れるプッチー。 「もう、本当にしっかりして下さいよ!」 「悪い悪い。次からはしないって」 そんな彼女をなだめながら、豪徳寺はふとある疑問を抱いた。 先程何気なく自身が口にした女という単語が、妙に頭に引っかかるのである。 (あの女、まさかニャン子にも手を出してるんじゃないだろうな?) ニャン子の不倫疑惑と、自分の前に現れた女子高生。この二つのキーワードには、何か関連があるのかも知れない。豪徳寺の中では、ある仮説がまとまりつつあった。だが相手の正体が謎のベールに包まれている現状では、彼の考えも推測の域を越えることができない。 (……まあいいさ。身に降りかかる火の粉は払えばいいだけの話だ) 相手の正体が不明ならば、その出方を待てばいい。豪徳寺は、そう結論づけたのであった。
「結果は……全滅」 抑揚のない淡々とした口調で、制服姿の少女はその結果を報告した。 「へえ」 喜悦の笑みをその顔に張り付かせ、男は殻になったビールの缶を握り潰した。 「一人で十人以上を相手にして……か。 安心したよ。歳を取ったとは言え、腐ってはいないみたいだね」 「随分と嬉しそうね」 破顔する男の傍らにぴったりと寄り添う少女。 「どうせ壊すなら、相応の人間を壊した方が面白いだろ」 「……ごめんなさい、分からないわ」 「構わないさ。所詮、僕にしか分からないこともある」 少女の頭を撫でる少年。 「それでも、君は僕の側にいてくれる。感謝しているよ」 「どういたしまして」 ほっそりとした肩を抱き寄せ、男は少女の耳元で囁いた。 「僕が私怨を果たすまで……待っていてくれるよね?」 「勿論よ」 感情を押し殺したまま、少女は首肯する。 「もうすぐさ。もうすぐ、全てを壊すことができる」 喉の奥から絞り出されたようなかすれ声で、男は静かに笑い続ける。止まることを知らぬ憎悪……狂気をさらけ出した人間の姿がそこにあった。 「豪徳寺康成。次は君が大切な物を失う番さ」
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