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SU・DA・CHI 作者:殻鎖希

第3回   謎が呼ぶ謎
「今日は」
 聞き覚えのあるしゃがれ声に、滝沢(たきざわ)は頬をほころばせた。
「お久しぶりですね、美馬さん」
「またまたあ。美馬さんはなしですよ、先生。ニャン子でええですから」
 しゃがれ声の男、ニャン子もまた相好を崩す。
「まあ立ち話も何ですから、どうぞ中にお上がり下さい」
「いえ、今日はこの後行く所がありますから」
 ニャン子の言葉に滝沢の表情に影が差す。
「あのメール、読んで下さったんですね」
「ええ。今から、拓也(たくや)にも会いに行くつもりです。
 それで、今日は少し先生にも伺いたいことがありましてね」
「あの、ニャン子さん」
 口を開こうとする滝沢を、ニャン子は手で制した。
「分かってますよ。他言は無用……ですよね。ご心配なく。誰にも話していませんよ。ラジオのスタッフの中でもこのことを知っているのは、俺と大野君だけですから」
「お心遣い、感謝いたします」
 深々と頭を垂れる滝沢。
「やめて下さい、先生。俺が勝手にやってることですから。
 それで、先生はどう思われますか?あいつには……今、一体何が見えているんでしょうか?」
 優しい瞳で、ニャン子は滝沢をじっと見つめる。初めは迷っていた様子の滝沢だったが、やがて腹を決めたのかぽつりぽつりと話し始めた。
「あの子は、何よりも恐れているんです。永遠の闇の到来を」

「ったく、どういうつもりだよ、ニャン子のヤツ……」
 ペットボトルに入ったスポーツドリンクを喉に流し込み、豪徳寺は悪態をついた。
「ホントに女にうつつぬかしてんじゃないだろうな」
「まあいいじゃないですか。今日は私も歌いますから、二人で頑張りましょうよ」
 そう言って、豪徳寺をなだめるのはプッチーである。
 この日も、すだちの面々は路上ライブを行う予定だった。ところが、急遽ニャン子からキャンセルとの連絡が入ったのである。
「ちょっとは真面目になったかと思えば、すぐこれだからなぁ」
「まあまあ、そう言わないで。そろそろ始めましょうよ」
 マイクを持つプッチー。
「ま、ぼやいてても始まらないからな」
 豪徳寺も愛用のギターに手を伸ばそうとした。
 その時。
「すみません」
 豪徳寺とプッチーの背後から、突然声がかけられた。
「ん?」
 振り返る二人。
 そこに立っていたのは、学校帰りと見受けられる女子高生だった。ストレートに伸ばした長い黒髪。化粧のない顔立ちに温かみのある笑顔が非常によく似合う。
「ヒュウ」
 少女の姿を目に留め、豪徳寺は吐息を漏らす。居村章子とはまた違ったタイプであるが、彼女が素晴らしい美貌を持ち合わせていることには違いなかった。絶世の美女と言っても過言ではない。
「あの、すだちの方々ですよね。豪徳寺康成さんとプッチーさん」
 豪徳寺の反応などお構いなしに、話を進める少女。
「少しよろしいですか?豪徳寺さんとお話がしたいんですが」
「俺と?」
 豪徳寺は微かに眉をひそめる。これほどの奇麗どころと談話できるのは、願ってもないことである。しかしその一方、何か言い知れぬ引っかかりを覚えているもう一人の彼がいた。
(どうにも匂うな)
 別段根拠はない。ただの勘である。昨夜居村を笑い飛ばしたことなどどこ吹く風で、豪徳寺は周囲に目を配った。そして、あることに気付く。
(フ……ン。なるほど、な)
「あ〜、すみません。私達これから演奏するんですよ。それが終わってからに……」
「いいぜ」
 プッチーのセリフを遮り、承諾する豪徳寺。
「って豪徳寺さん、何言ってるんですか?」
「お話をするくらいなら構わないだろ、別に」
「ライブはどうするんですか!」
「今日は中止」
「え〜っ!」
「それで、何のお話をしたいのかな?」
 なおも抗議しようとするプッチーであるが、豪徳寺は全く聞く耳を持とうとしない。
「ここでは話しにくいことなので……」
「あ、そう。
 プッチー、これ頼むわ」
「ほ、本気なんですか?ニャン子さんのこと、偉そうに言える立場じゃないですよ!」
 ギターを手渡され、戸惑いが隠せない様子のプッチー。
「それじゃあ行こうか」
「ええ」
「行くなあああぁぁぁっ!」
 プッチーの突っ込みが寂しく夕焼け空にこだました。

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Novel Editor