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ノストイ〜帰還物語〜第二部 作者:紫苑璃苑

第8回   Y-4

 辺りが闇に沈む頃、テーブルには豪華絢爛(けんらん)アシュレイさんが腕によりをかけて作ってくれた自信作が、所狭しと並んでいた。

 人数分のコップをトレイに乗せて運ぶアシュレイさんの後ろには、ウグイス色の髪を持つ青年がビンを両手についてきた。

「紹介するわね。私の甥のテーゼちゃん。で、そこに座っているのが息子トルアよ。――テーゼ、トルア。こちらはナギちゃんにセリナちゃん。ウェーアちゃんは…もう知ってるわよね〜?」

 全員がそろうと、アシュレイさんは二人を紹介してくれた。トルア君の方は、アシュレイさんと同じような亜麻色の髪の八歳くらいの子だ。
「初めまして、テーゼです。以後、お見知りおきを」
「ほら、あいさつは?」
アシュレイさんが促すと、椅子の上でもじもじしていたトルア君が消え入りそうな声で、こんにちはと言った。
「お久し振りです、リ――ウェーアさん」
爽やかな笑みでテーゼがぺこりとお辞儀する。
「…あぁ。テーゼもトルアも大きくなったな。変わりはなかったか?」
「ええ。叔父さんがまた、盗み食いをしようとして怒られた事以外は」
「あいつも懲りないな…」
「さあさ。冷めないうちにどんどん食べてねー。砂漠に行くのなら、一杯栄養取っておかなくっちゃ〜」


 アシュレイさんの料理は、文句のつけようがないほどおいしかった。その分、食べきれずに下げられていくお皿が恨めしい。

 食事中、テーゼがわたしの髪を誉めてくれた。あちらじゃ黒い髪なんて当たり前だから、誉められて事なんてない。
「珍しい色だけど、きれいだよ。ね?ウェーアさん」
話を振られた方はちらりとこっちを見て、すぐに視線を外しながら“ああ”って頷く。
「バレバレの嘘で言われてもうれしくないなー」
お世辞でもいいから、もう少し上手く言ってほしい。
「う、嘘では――!」
ガタンッと勢いよく立ち上がった彼はハッとして、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしながら座り直した。そして偉そうに腕を組みながら一言。
「なら、どう言えというんだ?珍しくて変な色だと言ってほしいのか?」
「悪かったね変な色で!」
「あらあら、照れ隠し〜?」
「あぁ、なるほど」
納得したように頷くのが気になって、テーゼに何が?って聞いた。

「そのうちわかるよ」

意味深な微笑を残して、彼はそれ以上教えてくれない。同意するように、アシュレイさんもナギも頷くだけ。ウェーアは面白くなさそうに横を向いていた。

「おにいちゃんピース(ピーマンみたいなもの)のこしてるー!」

トルア君が、自分は食べたのにとアシュレイさんに主張した。ウェーアは、苦い顔をしながらそれを食べさせられた。

                      □□□

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものです。今回のお食事会も例に漏れず、すぐに時間が来てしまいました。

 「あら、もうこんな時間。そろそろお開きにしましょうね。それじゃあ、皆杯を持って〜」
アシュレイさんに倣(なら)い、私たちも新たに満たされた器を持ちました。

「それじゃーぁ、三人の旅の幸運を祈って―――アラザー!!」
「「アラザー!!」」

それぞれ、カチンと器をぶつけ合い、それを一気にあおりました。


 行く手に待つ不安を飲み込むように…。




 私とセリナとウェーアさんは、アシュレイさんとテーゼさん、寝てしまったトルア君にお休みなさいを言うと、寝床へ向かいました。


「少し、いいか?」

 今日はどんな夢が見られるのでしょうかと楽しみにしていますと、ウェーアさんが部屋に入るのを止めました。そして、話があると、私とセリナを部屋に招きました。

 寝台へ私たちを座らせたウェーアさんは、唯一の椅子を引っ張ってきますと、足を組んで座りました。

「わかっているとは思うが、今回はエバパレイトの時より辛い道のりになる。情報によると、昼と夜の気温差がかなり大きいようだ。植物は全くといってない。ファタムに関しての詳細はわかっていないが、二年前に比べて山脈は険しさを増し、容易に近寄れないようになっている。海の方も同じような状況だ」

ウェーアさんは一呼吸置いて、“さらに”と続けました。

「さらに、砂嵐が毎日のように吹き荒れていて、地形がすぐに変わってしまう。ために、方向を見失う可能性が高く、もしかしたら全員がバラバラになってしまうかもしれない。
 危険は夥多(かた)だが、――聞いていられる状況じゃなかっただろうから一応言っておくが――最短距離を行くことになった。砂漠を突っ切る。何事も起こらなければ二十五日程度で着くはずだ。遅れたとしても一ヶ月前後だろう」

淡々と語るウェーアさんの指は、一定の間隔で絶えず自らの腕を叩いていました。それは、今言っている事を自分にも確認させているような仕草です。

「海岸沿いを行くわけにはいかないのですか?」
「俺もそう思ったんだが、そちら側からの山脈は一番険しくなっていてな。そこから登れそうなところへ行くには倍の時間が掛かる。そうなると、金の方が先に尽きてしまう。どうせ、俺が賭博で稼いでやると言ってもいい顔をしないだろう?だから、一直線で金も時間も節約しよう、と言うことになった。――他に質問は?」
「いいえ、特には」
「じゃあ話はそれだけだ。圧力を掛けるようなことを言って悪かったな。何も知らずに行くよりはマシだろう?」
「まあね」

ウェーアさんが立ち上がったのを皮切りに、私とセリナは扉へ向かいました。

「ゆっくり休めよ」

「うん。お休みー」

「お休みなさい」





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Novel Editor by BS CGI Rental
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