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空は重く厚い雲で覆われ、細かな雫が天と地とをつなぎ止めていた。
昨日は結局ウェーアに付きっきりで、一日中ウトウトしていた。
今は、まだ起きない彼の傍を抜け出して、地上の木の下に隠れて手足を伸ばしてる。
ふと、首に下がった袋を思い出して、服の下からそれを引っ張り出す。中には、新たに加わったワグナー・ケイがあった。
『イバレン・ケイ』
昨日、ナギは予定通りノームからワグナー・ケイを譲ってもらった。これでここソイルでの目的は果たしたから、ウェーアの容体が良くなればまた旅を再開する事になる。
「……はーぁ……」
今までちゃんと考えていなかった(って言うより、考えないようにしていたのかもしれない)けど、たくさんの疑問が浮かび上がっていた。
どうしてわたしは、突然こちらに来てしまったんだろう。 どうしてワグナー・ケイを集めれば元の世界へ帰れるんだろう。 その保証はあるのかな。 あの不思議な声の主は? この旅はいつまで続くんだろう。 世界が消えてしまう前に、全てのケイを集められるのかな…。
「わたしって…」
自分は何なんだろうという考えが、脳裏をよぎる。 別に、ネガティブ思考に陥(おちい)っている訳じゃない。ただ単に、わたしって何者なんだろうと思っただけだ。“アルケモロス”とか呼ばれるし。
「セリナ」
ノームのマンホールから、ウェーアが顔を出した。わたしは這い上がってきた彼が濡れてしまわないように、持っていた大きな葉っぱの傘をかざす。
「もう少し寝てなきゃダメダよ」 まだほんのりと赤い頬を見て、叱った。昨日よりはいいみたいだけど、また熱が上がるかもしれない。 「少しぐらい外の空気を吸わせろ」 ウェーアは家の中へ戻そうとするわたしをやんわり押し留めて、さっきまでいた木の下へ向かう。 「少ししたらちゃんと寝るんだよ?」 「ああ」
しばらくボーっとしていると、まだ治らない、掠れた声が静かに流れてきた。
「…あまり、急にいなくなるな。その………なかなか戻らなかったから……」
顔を上げると、顔を背ける彼がいた。どうやら、結構長い間わたしはここにいたみたい。
「…うん、ごめん。ちょっと…考え事をね」 正直に言うと、どうしたと言いたそうな表情でわたしを見下ろした。その視線に居心地の悪さを感じて、わたしは下を向いた。
「なんかね、わからない事が一杯ありすぎてさ、頭の中、混乱しっぱなしで…。今更なんだけどね。それに…わたしって、何だろうなーって」
どうしてウェーアなら何でも話せるんだろう。彼は何も教えてくれなくて、ガードが固いのに…。ナギだと、ものすごく心配させちゃうから話せないのかな。
「…俺は、君のそんな顔は見たくない」
ウェーアの怒ったような声に、再び顔を上げた。
「わからない事があるのなら、教えられる限り教えてやる。この世界に居場所が欲しいのなら、俺が作ってやる。君の存在を証明して欲しいのなら、俺がいくらでもしてやる。だから―――そんな顔をするな」
彼は正面を向いていた。珍しく、視線が逃げていない。
「…できるかなぁ」 なんだからしくないウェーアがおかしくて、わたしは笑いを含めていた。笑われた方は、横目でちらりとこちらを見て、 「やろうと思えば、な」 ポンッと、わたしの頭にマメだらけの手を乗せた。いつもと同じ口調、穏やかな表情で。そして――
「――あー、いたいた!セリナお姉様、朝ご飯ですよぉ!!」
ロウちゃんの顔がひょっこりと穴から出た。 今行くよと返事をしたら、彼女は今ウェーアがいるって事に気付いたようで、よくわからない事を怒鳴り出した。 わたしは、後ろで聞こえよがしに溜め息を付く彼と一緒に、家の中へ入っていった。
まだ答えは見つからないけれど、ゆっくりと解いていこう。少なくとも、今ここにいる人達は、わたしの仲間なんだから。
『誰モガ自分ガ存在シタコトヲ残ソウトスル。人ソレゾレ方法ハ変ワリハスルガ、 多クノ人ガ、自分ハ存在シタトイウ事実ヲ証明シタガル』
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