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ノストイ〜帰還物語〜第二部 作者:紫苑璃苑

第36回   Z-14

                      ○○○


 空は重く厚い雲で覆われ、細かな雫が天と地とをつなぎ止めていた。

 昨日は結局ウェーアに付きっきりで、一日中ウトウトしていた。


 今は、まだ起きない彼の傍を抜け出して、地上の木の下に隠れて手足を伸ばしてる。

 ふと、首に下がった袋を思い出して、服の下からそれを引っ張り出す。中には、新たに加わったワグナー・ケイがあった。



  『イバレン・ケイ』



 昨日、ナギは予定通りノームからワグナー・ケイを譲ってもらった。これでここソイルでの目的は果たしたから、ウェーアの容体が良くなればまた旅を再開する事になる。

 「……はーぁ……」

 今までちゃんと考えていなかった(って言うより、考えないようにしていたのかもしれない)けど、たくさんの疑問が浮かび上がっていた。

 どうしてわたしは、突然こちらに来てしまったんだろう。
 どうしてワグナー・ケイを集めれば元の世界へ帰れるんだろう。
 その保証はあるのかな。
 あの不思議な声の主は?
 この旅はいつまで続くんだろう。
 世界が消えてしまう前に、全てのケイを集められるのかな…。



 「わたしって…」


 自分は何なんだろうという考えが、脳裏をよぎる。
 別に、ネガティブ思考に陥(おちい)っている訳じゃない。ただ単に、わたしって何者なんだろうと思っただけだ。“アルケモロス”とか呼ばれるし。


「セリナ」

 ノームのマンホールから、ウェーアが顔を出した。わたしは這い上がってきた彼が濡れてしまわないように、持っていた大きな葉っぱの傘をかざす。

「もう少し寝てなきゃダメダよ」
まだほんのりと赤い頬を見て、叱った。昨日よりはいいみたいだけど、また熱が上がるかもしれない。
「少しぐらい外の空気を吸わせろ」
ウェーアは家の中へ戻そうとするわたしをやんわり押し留めて、さっきまでいた木の下へ向かう。
「少ししたらちゃんと寝るんだよ?」
「ああ」





しばらくボーっとしていると、まだ治らない、掠れた声が静かに流れてきた。

「…あまり、急にいなくなるな。その………なかなか戻らなかったから……」

顔を上げると、顔を背ける彼がいた。どうやら、結構長い間わたしはここにいたみたい。

「…うん、ごめん。ちょっと…考え事をね」
正直に言うと、どうしたと言いたそうな表情でわたしを見下ろした。その視線に居心地の悪さを感じて、わたしは下を向いた。

「なんかね、わからない事が一杯ありすぎてさ、頭の中、混乱しっぱなしで…。今更なんだけどね。それに…わたしって、何だろうなーって」

 どうしてウェーアなら何でも話せるんだろう。彼は何も教えてくれなくて、ガードが固いのに…。ナギだと、ものすごく心配させちゃうから話せないのかな。




「…俺は、君のそんな顔は見たくない」



 ウェーアの怒ったような声に、再び顔を上げた。

「わからない事があるのなら、教えられる限り教えてやる。この世界に居場所が欲しいのなら、俺が作ってやる。君の存在を証明して欲しいのなら、俺がいくらでもしてやる。だから―――そんな顔をするな」

彼は正面を向いていた。珍しく、視線が逃げていない。

「…できるかなぁ」
なんだからしくないウェーアがおかしくて、わたしは笑いを含めていた。笑われた方は、横目でちらりとこちらを見て、
「やろうと思えば、な」
ポンッと、わたしの頭にマメだらけの手を乗せた。いつもと同じ口調、穏やかな表情で。そして――


「――あー、いたいた!セリナお姉様、朝ご飯ですよぉ!!」

 ロウちゃんの顔がひょっこりと穴から出た。
 今行くよと返事をしたら、彼女は今ウェーアがいるって事に気付いたようで、よくわからない事を怒鳴り出した。
 わたしは、後ろで聞こえよがしに溜め息を付く彼と一緒に、家の中へ入っていった。




 まだ答えは見つからないけれど、ゆっくりと解いていこう。少なくとも、今ここにいる人達は、わたしの仲間なんだから。







  『誰モガ自分ガ存在シタコトヲ残ソウトスル。人ソレゾレ方法ハ変ワリハスルガ、
多クノ人ガ、自分ハ存在シタトイウ事実ヲ証明シタガル』

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Novel Editor by BS CGI Rental
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