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重い雲の向こう太陽が高く昇ってから、少し経ちました。霧雨が世界を霞(かす)ませています。 ノームさんは“なんであんな奴に…”と文句を言っておられましたが、素直にゼルチップの生息地まで案内して下さいました。
私は、彼の家が見えなくなった頃を見計らい、今までのいきさつを簡単にお話しました。 今度はきちんと聞いて下さり、ふうんと頷くと、 「それでかぁ。あのセリナって子、なんかお前さん達と違ってたんだな」 そして、こうもおっしゃりました。 「オイラは人間がどーなってもいいけど、動物達までいなくなっちゃうのは嫌なんだな。仕方ないからオイラのワグナー・ケイをやるんだな。そのかわり、絶対に世界を消させないで欲しいんだな」 そうして、ノームさんから直立した岩石のような石“イバレン・ケイ”をいただきました。
しばらくして、目的地に着きました。小さな空間に、たくさんの鉱物のような植物が生えています。私はそれを必要な量だけ摘みますと、帰路に着きました。
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ウェーアの食事が済むと、フォウル兄妹は果物を採って来ると、外へ行ってしまった。 必然的にポツリと取り残された。
ボーっとウェーアの傍らに座り込んで、定期的におでこのタオルを替えてあげる。けれど、さっきから寝たり起きたりを繰り返していた。
「ちゃんと寝ないと、熱下がらないよ?」 また目を開けてこっちを見たときに言うと、彼は視線をそらして、
「…………どこにも………」
「え?」
「どこにも……行くな……」
わたしはまじまじと、横たわる彼を見た。 熱のせいなのか、とても小さく見える。
「…行かないよ。大丈夫、ここに居てあげるから。だから、安心してゆっくり寝て」 ウェーアはもう一度チラリとわたしを見ると、静かに目を閉じた。
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つくづく弱い人間だと思う。 普段、あれだけ偉そうな事を言っておいて、いざとなるとひどく不安になる。
いつだったか、幼い頃に同じように高熱に苛(さいな)まれた事があった。その時も、傍らにいてくれた母が知らぬ間にどこかへ行ってしまわないかと危惧(きぐ)したものだ。 セリナは、全くと言っていいほど母と似通った所がないと言うのに、なぜか姿が重なった。
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・・・・・・・・いったい、どれほどの時が経ったのだろう。何か夢を見ていた気がするのだが、その断片すら出て来はしない。ただ、見たという感覚の残滓(ざんし)があるだけだ。
混沌とした意識の中で、遠方から話し声が聞こえてきた。俺は、眠っているのだが寝付いておらず、ただ周りの音だけが耳に入ってくる――と言ったものか…そうした中で、セリナとナギの会話を聞くともなしに聞いていた。
――…のね。仲良く二人でお昼寝してたから、起こすのも悪いと思って…。先に食べちゃったわよ? ――別に、仲良くしてた訳じゃないよ。今、どのくらい? ――そうね・・・お昼を食べるには遅すぎるし、夕食には早いわ。どうする?
ああ、そんなに寝ていたのか…。セリナも同じような事を口にした。彼女はすっきりしたようだが、俺はまだまだ寝たりない。
――ん〜微妙だなぁ。どうしよう、少しだけ入れておこうかな。
隣で立ち上がる気配がした。が、動きは途中で中断され、
――…やっぱいいや。夕ご飯できたら呼んでくれる?ウェーア起こして、食べれるか聞くから。 ナギは、無理しないでねとそっと言うと、遠ざかっていった。
再び静寂が広がった。 このまま続けば俺もまた、深い別の世界へと旅立つだろう。
「…ウェーア、起きてたの?」
ポツリと、つかの間の静寂(しじま)が破られた。 迷ったが、まぶたに力を入れて傍らで俺を覗き込むセリナに焦点を合わせる。 「ゼルチップのお薬できたって。どうする?」 「…夕食の時でいい。それより…君はいいのか?お腹、空いているんだろう?」 するとなぜか、彼女は驚いた表情をして、 「え?行って欲しくなかったから、手引っ張ったんじゃないの?」 今度は俺が複雑な表情をする番だった。 「……おっ、俺に聞くな」
「何それ。自分がやったのに……あぁ、」
彼女は言っている途中で、何かに気付いたようだ。納得のいった顔で言葉を止める。
「何だ」 「べっつに〜?」 「気になるだろ」 「自分だって色々隠しているくせに。秘密主義者」 「……悪かったな、秘密主義で」
俺は深い溜息を吐いて体を起こした。 全身が酷く痛む。間接と共に、見えない何かまで軋んでいるような気がした。
「もう少し教えてくれたっていいのに」 「ま、その内な」
俺はむくれて口を尖らす彼女の頭を、宥めるように撫でた。 だがしかし、俺の事情を話したとして、彼女は受け入れてくれるだろうか。今のこの状況を、崩してしまう事につながらないだろうか…。
視線の落ちる俺を、掌(てのひら)の下から不思議そうな顔が覗く。そして――
「ちょっとちょっと!何してんのさ赤目菌!!あんた熱あったんじゃなかったの!?セリナお姉様に何してんのさ!!」
――容赦のない甲高い声が、ガンガンと脳内に響いた。俺は、頭のどこかでプツリと切れそうになるモノをどうにかつなぎ止めようとし、脱力感と共に横になった。そして、突然何の用もなく入ってきたロウへ、手向けの一言を。
「何もしていない。うるさいから早く消えろ」
後、怒号の嵐が吹きつけたのは、言うまでもない。
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