朝になった。 昨日の慌しさが嘘のように静まり返っていた。
朝食の準備が終わりそうなころ、ウェーアを起こしに行った。 「ウェーア?」 彼は上着を鼻の上まで引き上げて丸まっていた。体を揺すっても無反応。 「おーい」 そっと上着をめくっていく。現れた寝顔は、心なしかぐったりとしていた。昨日大活躍だったから疲れたのかな。 「起きてよー」 面白半分に、頬を突く――うるさそうに払われた。仕方なく、また大声で怒鳴って起こした。
「もう少しましな起こし方をしてくれ」 散々言われてるから、もう小言も気にならない。けれど、眠たそうに目をこするウェーアを見て、わたしはふと首を傾けた。 「何か…顔赤い?」 「そうか?」 「ちょといい?」 熱を測ろうと手を伸ばすと、彼はさっと身を引いてしまった。 「あ。いや、その…」 視線を外して口ごもる。 どうしたの?って言う前に、ナギに集合を掛けられたので結局聞き出すことは出来なかった。
乾いた服や靴を身につけて、ドロギョンの出てこない道なき道を歩いていた。 空はいつの間にか、重く圧し掛かるような灰色になっている。頬を撫でる風も生暖かく、一雨来そうな天候に気分が重い。
このままファタムを出てしまえば、ノームに何かされる心配はないのだけれども、そういう訳にもいかない。わたしとナギは、まだ目的を果たしていないからだ。 出発する前にフォウル兄妹を帰らせようとしたんだけど、駄目だった。わたしとナギが色々理由を作っても、ウェーアが突き放すように言っても、最後まで一緒に行くと言って聞かなかった。なるべく他人を巻き込まないように(もう充分巻き込んでいるけど)したいのに…。
そういう過程で、皆それぞれの思いを秘めながら、何も言わずに足だけを動かしていた。 ――と、
『あーもう!どこに行ったんだなあの動物食い人(ルニアーパゴス)はぁ!何でこうも簡単にオイラの仕掛けを突破して行くんだな!?』
どこからか、くぐもったノームの声がして、私たちは彼の姿を探す。そして、
『ああ!!いい加減、ムカつくんだな!!!』
と言う言葉と同時に、ウェーアの足下から土が勢い良く爆発した。
「……ああ!?ルニアーパゴス発っ見!なんだな!!」 低い呻きの後、モグラのごとく登場したノームは第一声に吼えた。すると不意に、前方で小さな鞘走りの音がして――
「こ、の狢(むじな)…一度ならず二度までも人様に――」
「ちょ、ちょっと待ってよウェーア!タンマタンマ!!何してんの!?」 わたしは慌てて彼のマントを掴んで止めようとした。けれども、剣を振りかざし、今にもノームを真っ二つにしようとする行為までは止められそうにない。 「ひ、ひえぇぇぇぇぇ!!や、やややっぱり、おまお前、お前達はそそ、そういう奴らだったんだなぁ!?」 ノームは怯えてパタパタと後退りする。 「誤解ですノームさん!ウェーアさんも落ち着いて下さい!!」 ナギが前に回りこんで暴走する危険なウサギを押えた。 「放せ!俺にも矜持(きょうじ)と言うものがあ――なっ!?フォウル!貴様何を!?」 ウェーアの体がいきなり宙に浮いた。アルミスさんがウェーアを持ち上げて、肩に担いだんだ。 「アルミスさんナイス!――じゃなかった、ありがと!!」 わたしは息を切らしながら上を見上げた。まだウェーアは暴れてる。…まー放っておこう。 「へへへ〜ん。いい気味さね。ずーっとそうしてるさ、赤目菌」 ロウちゃんは意地悪く笑ってウェーアを見上げた。彼女は思いっきり睨まれたけど、そ知らぬ顔で頭の後ろに手を組み、そっぽを向く。
「ええ〜い!!どろぎょん、そいつらをコテンパンにするんだな!!」
唐突にノームが叫んだ。と、同時に足下から泥人形が飛び出す。
しまった!――って思ったときにはもう遅かった。わたしは思わず身を固めて、視界を締め出す。そして――
□□□
急に、ウェーアさんを落とさないようにしていた腕が弾かれた。かと思うと、肩が軽くなり、自分の目の前で濃い緑の外套が翻(ひるがえ)っている。
ウェーアさんが自分の肩から飛び降りたんだと気付いたのは、彼が一体のドロギョンを袈裟(けさ)切りにしてからだった。彼は斜めに切り下げた勢いを殺さず、別の一体へと鋒鋩(ほうぼう)をめり込ませる。胴を真っ二つにしたそれは、弧を描いて左から迫っていた別の泥人形の肩口に吸い込まれた。
速い。そして見事な剣捌きだ。素人目にもわかるほどの強さだと思う。自分よりは腕力はないだろうけれど、彼は技術で充分に補えている。
ウェーアさんはあらかたドロギョンを片付けると、動けないでいたノームへと足を向けた。 「ひえぇぇぇぇ〜!!ややや、やめっ…!お、オイラをこっ殺すとたたた大変な事に〜い!!」 命乞いをする声にやっと我に返ったセリナさんが止める前に、ウェーアさんは剣を振り下ろし――
「ウェーア!!」
「気絶させただけだ。そう騒ぐな」
ノームは剣の腹で強い衝撃を受けて、地面に投げ出されていた。同じように、まだ残っていたドロギョンも崩れて土に還っていった。
□□□
良かった。タンコブできてるけど、ちゃんと生きてる。
わたしはそれを確認すると、ウェーアへと視線を移した。
「ここまでする必要はなかったんじゃないの?」 「じゃあ、どうすれば良かったんだ?」
咎(とが)めたわたしが逆に聞かれたので、しばらく考え、 「例えばさ、こう…取り押さえて縄で縛って、猿ぐつわ噛ませるとか」 言ったら、苦笑いされた。 「どうかした?」 すると、突然痛そうに顔をしかめたので尋ねると、 「いや」 やっと聞き取れるぐらいの声で答えて、顔をそらした。
「それで、このノームさんはどうなさるのですか?」 誰ともなくナギが尋ねる。彼女もわたしと同じようにノームの具合を見に来ていた。 「とりあえず、安全な場所へ移った方がいいんじゃないですか?また泥人形を出されても困りますし」 ついさっきまでウェーアを担いでいたアルミスさんも、こっちに来て屈み込んだ。そして、伸びているノームを見て何かを呟く。聞き間違いじゃなければ、“かわいい”って言ったような…。 「持ってくんならあたいが持ちた〜い!いいでしょ?兄さ」 アルミスさんが頷き、ナギがフォウル兄妹を見て微笑んだ。 「ドロギョンさんの出てこられない安全な場所、と言いますと…昨日の所でしょうか」 「いや別に…根の大きく張った木のしたなら、どこでもいいはずだ」 ウェーアがボソリと言うと、そうなのですかと驚いた。
…気のせいだろうか?ウェーアの声が掠れて聞こえる。
「なんでそう、ハッキリ言えるのさ」 「智能水準の差だ」 面白くなさそうに言うロウちゃんに、これまた面白くなさそうにさらりと返した。 「あたいは水の話なんかしてないさ!!」 「意味が違う。――移動するなら、こいつが起きないうちにさっさと行こう」 またさらりと返して、私たちは草原から雑木林へと向かった。
〜後書き〜 こんにちは、もうすぐ五月連休な日々をどうお過ごしですか?自分は、連休があって無き者といった状態です。いろいろと忙しいのです。まあ、暇ではないという事は喜ぶべき事なのでしょうが、欲しいですよね、ヒマ。
と、まあ愚痴は置いておきまして…やばいですね。ストックがもう底を着きそうで…。データ消失事件はかなりの痛手でした。更新、遅くなっても怒らないで下さいね? それではまた、いつの日かお会いしましょう。
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