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ノストイ〜帰還物語〜第二部 作者:紫苑璃苑

第31回   Z-10

                      □□□

 ノームさんの家から脱出した私たちは、暗くなってきた空の下を必死に逃げていました。
 けれども追っ手は泥。元々は土からできているので、幾度となく私たちの目の前や足下に現れては行く手を阻みます。その度に、ウェーアさんやアルミスさんが助けて下さいました。

 私たちはいつの間にか森から草原へ、草原から土が剥き出しの荒地へと向かっていました。これでは、彼らの格好の獲物になってしまいます。その証拠に、後ろや横手からは大勢にじり寄って来ていますのに、前方はまったくと言っていいほどいません。

 ついに草原と荒地の境まで追い詰められてしまった私たちは、互いに背中を合わせてドロギョンさん達と睨み合いました。

「どこか、ドロギョンさん達の手の届かないような所へ逃げなければ、私たち食べられてしまいますよ?」
私は早口に言いました。もう、どうすればいいのでしょうか。焦りばかりがつの募ってしまい、満足に考える事もできません。
「そうだな。…ん?まてよ。つち…土、か。もしかしたら――」
「なんかいい作戦があるんなら、早く言うさ!」
「ああ、わかっている。――フォウル。先と後、どっちがいい?」
「…ウェ、ウェーア?冗談だとは思うけど、まさか…正面突破なんて、しないよね?」
勘鋭く尋ねるセリナに対し、ウェーアさんは口の端を吊り上げて、楽しそうにおっしゃいました。

「その“まさか”だ」

 ・・・この頃やけにウェーアさんの行動が大胆になっている気がします。歯止めの効かない子供のようで、見ていてとても恐いです。

「……先に行ってもいいですか?」
「ああ、構わない。そうだな…あの一番高い木に向かってくれ。ロウを真ん中に、君達は足下に注意をしてフォウルに続け」


そうして、冷戦状態を破った私たちは、襲い掛かるドロギョンさん達の中へ飛び込んでいく羽目になりました。

                      □□□

 ウェーアの指示に従って、私たちは無謀ともいえる作戦に出た。
 前から順にアルミスさん、ナギ、ロウちゃん、わたし、ウェーアと並んで、この辺りで一番背の高い木を目指し、走り出した。

 アルミスさんは前方に現れる泥人形をな薙ぎ倒し、ウェーアは後ろから私たちを守る。女三人は、足下から伸びてくる手などを避けたり蹴飛ばしたりして先を急いだ。
 
 逃げても倒してもきりがない。このドロギョンはどうやらオートマ自動操作らしく、ウェーアに言わせれば、穴の中で襲われた時のより動きが鈍いらしい。それでも、この数ではどうしようもない。
 息が切れてのどの痛みも相当なものになってきた。けど、止まることはできない。止まったら最後、泥の中に引き込まれて……ああ、想像もしたくない。

 何度もドロギョンに足をとられて転びそうになったけれど、その度に周りの人形を切り裂きながらウェーアが助けてくれた。

 やっとのことで、目指していた大きな木が見えてきた。どうしてここを選んだのかはわからないけれど、ウェーアが言ったんだ、何とかなるかもしれない。
巨木は、根が大きく地面から飛び出ているものだった。月の明かりの元、薄ぼんやりとそれを確認することができる。あと少しだ。しかし―――



―――不意に土と頭を出した根っことの境界線に、今まで以上のドロギョンがにょきにょきと生えてきた。




「フォウル換われ!!」

 止まりもせずに後ろから声がかかり、濃い緑の筋がわたしの傍らを通り過ぎる。入れ替わりに大きな体か逆を行き、わたしの後ろに迫っていたらしい一体を太い棒で薙ぎ払う。
 ほんの一瞬、楕円形の空間が周囲に生じた。けれども、一瞬は一瞬でしかなく、それはすぐに泥人形達に埋められてしまう。
 今度はウェーアが先に立ち、見事な剣さばきで行く手を塞ぐ泥人形を倒していった。わたしも負けじと、横から来るそれらを拾った棒で遠ざける。
 と、急にドロギョンの林が開けた。どうしてかはわからないけれど、ドロギョン達は木の根が出ている所より中には入れないようだ。ウェーアはそれを狙って、ここを目指したんだろうか。

 「――うっ」

 低い呻きと共に、重いものが落ちる音がした。安全圏の中に入ったわたしは、その声にハッと振り返る。
「兄さ!!」
アルミスさんが倒れていた。見る見るうちに彼の大きな体は泥にまみれていく。
 何度も棒を振るっては、近づけまいとしていたけれど、結局は数の多さに勝てなかった。


 ほんの、一瞬の事だった。


「フォウル!」
「来ちゃだめです!」

 飛び出すウェーアに、アルミスさんは抵抗しながら言った。
 “何を言っている”とウェーアは群れに突っ込んで行く。
 ロウちゃんが泣きながら兄の名を呼ぶ。
 ナギがロウちゃんを押し留め、悲痛に顔を歪めていた。
 わたしは、自分は何もできないのかと、あきれるほど呆然とその光景を見ていた。
 ウェーアはなかなかアルミスさんの元へいけないでいた。それどころか、今にも泥人形達に取り押さえられてしまいそうだ。
 アルミスさんは、たくさんの手に捕まりながらも、必死に逃れようともがく。
 わたし、は―――


「二人から離れろ!」


 不意に誰かが叫んだ。



 わたしの体は、動きの止まった泥人形達の中へ、ウェーアとアルミスさんの所へと駆け寄っていた。

                     □□□

 正直言って、驚いた。
 セリナのあのはき覇気に、俺も一瞬気圧されたほどだ。
 彼女が駆け寄って来る時、泥人形達の動きは完全に止まっていた。その隙を突いて切り崩し、彼女と共にフォウルを助けた訳だが…なぜか泥人形達はそれ以上襲ってこようとはしなかった。崩れたまま、姿を起こそうともしなかった。


 何故?



 あの時、セリナに何が起こったというのだろうか。

“アルミスさんを放せ!!”
“ウェーアに手を出すな!!”

言っている時は、怒りとも焦りともつかない表情だった。ただただ必死に、懸命に俺達を助けようとしていた。そうとしか、見えなかった。だと言うのに、なぜ……

 思いを廻らせながら淡い月の光が映る水の中にいた。幸運な事に、逃げ込んだ樹木の付近を小川が流れていたのだ。そこで俺は泥にまみれた靴を洗っていた。外套(がいとう)は、セリナ達がついでにと洗ってくれている。

 水が熱を持った足に心地よかった。
 疲労感と、とりあえず助かったという安堵感で肩が重かった。以前にも似たような出来事がなかった訳でもないが、何分今回はお荷物が多すぎる。疲れが出ない方がおかしい、か。

 「ご飯ができましたよ、お姉様方」

ロウに“呼んでもないのに来るな!”とか言われそうだが、俺は濡れた靴を片手にそちらへ向かった。フォウルが俺の分も用意してくれているだろう。



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Novel Editor by BS CGI Rental
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