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泥人形を足止めしてから、なだらかな登りが長く続いていた。おそらく、出口に近いのだろうが、どこに出るのかわからない。もしかしたらまた砂漠へと舞い戻るかもしれないし、ファタムの森の中に出るかもしれない。どちらにしろ、早く外へ出られるのならば、嬉しい事だ。再び泥人形が襲い掛かってこないとも言い切れない。
角を曲がった途端に、あまりにも強く喜ばしいその刺激に目が眩(くら)んだ。徐々に慣らすために手をかざし、叫びながら飛び出していくロウの後に続いた。
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急な登りを必死に登っていました。 道はくねくねと曲がり、空気の流れを感じるようになってきました。たぶん、もうすぐ外へ出られるのでしょう。 私はアルミスさんの様子を窺いながら、一刻も早く外へ出られるように速さを上げました。 やがて、光の眩しさに目を細め、私は光の縁に手を掛けました。
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わたしは跡形もなくなった白い花畑の真ん中で、ボーっと座っていた。
白昼夢から戻って来れたのはよかったけれど、ここがファタムのどこなのか、皆がどこにいるのか全くわからなかった。ただ、なんとなくここに居れば皆に会えるような気がした。勝手な希望かもしれないけれど、とりあえず待ってみる事にした。
「早く来ないかなー」
何度目かの愚痴をこぼすと、
「セリナお姉様ぁ〜!!」
ロウちゃん特有の叫び声がして、駆け寄ってきた彼女を迎えた。その後ろからはウェーアがゆっくりと歩いてくる。
「お姉様〜。もう死んじゃうかと思いましたよぉ。変なヤツ出てくるし、赤目菌なんかとずーっと一緒だったしぃ〜」 半泣きのロウちゃんが言うと、半笑いのウェーアがそれに応えるように言った。 「いや、本当に大変だった。泥人形を足止めできたのはよかったんだが、中にいる間ずーっとこいつの小言を聞かなきゃいけなかったし、相手をしてやらなきゃ喚き散らすし…」 「何さ、赤目菌のくせに!!」 「ああ、わかったわかった。――それよりセリナ。どうやってここに?フォウルとナギは?」 わたしは頷いて、今はもう土になってしまった花達の上で話し始めた。
ウェーア達が落ちてすぐにわたしも落ちたこと。何事もなく横道を抜け、ここで白昼夢を見たこと。不思議な声のこと。
「それからずっとここにいたんだけど…たぶん、ナギとアルミスさんも、もうすぐ来ると思うよ」 「なぜそう思う?勘か?」 言ったわたしに、ウェーアは少し楽しそうに聞いた。 「ん………わからないけど、なんとなく」 感じたままを口にすると、彼はじっと見つめて、 「そうか…。なんだか、変わったな。いや、いい意味でだぞ?」 「何言ってんのさ。セリナお姉様はセリナお姉様さ」 珍しくボソッとロウちゃんが言う。ウェーアは鼻で笑って、わたしは目を細めながら彼女の頭を優しく撫でた。 「お前も、色々と経験した方がいいぞ?いろんな事を知って知識を豊富にすると、世の中もだいぶ違って見えてくる。世の醍醐味(だいごみ)がわかってくるんだ。人生の意味も、な」 「…………やっぱり、赤目菌の言うことって、あんましわかんないさ」 ロウちゃんは難しい顔で呟く。わたしも同意して、 「そうだね。けど、きっとその内わかるよ。――それにしても…やっぱりウェーアって、十七には見えないなー。歳ごまかしてない?」 「何を失礼な。ごまかしてなどいない!!」
女二人でウェーアをからかっていると、
「アルミスさん、大丈夫ですか?外に出られましたよ」
聞きなれた声が、前方の地面から聞こえてきた。 「ナギ!お疲れ様」 「兄さー!!ナギお姉様ー!!」 私たちは二人に駆け寄って、再会を果たした。
・・・
「そうだったの。けど、皆無事に出られてよかったわ」
夕闇の下、私たちはそれぞれのエピソードを語った。 「それにしても、あの泥人形はなんだったんだろうな」
皮膚が泥でできていて、顔には大きな口だけ。頭から生えた触角の先端に目玉のある、出来損ないの泥人形。わたしは見ていないからよくわからないけれど、相当気持ちの悪いモノだって事は容易に想像できる。
「ファタムに土の神様がいるという昔話がありますけど、それでしょうか」 「あー!聞いたことがあるさ!ゆーめーだよね?」 フォウル兄妹が言うと、
『そーなんだな!“どろぎょん”はオイラが造ったんだな!!』
どこからか、少年のような声がした。 「誰?」 辺りを見回しても、誰の姿も見られない。 「ここなんだな!!」 「なっ!?」
突然土埃(つちぼこり)が舞い上がって、一番近くにいたウェーアがまともにそれを喰らった。 そして・・・
「「………………」」
土の中から飛び出してきたのもに、全員が沈黙した。
楕円形の平べったい手足。テディベアーのような顔に、水色のヘアーバンド。その上から四角いフレームのゴーグルを付け、赤いエプロンみたいな服を着ている、背丈三十センチの物体だった。
「オイラ、ノーム!よろしくなんだな!!」
物体が、喋って片腕を上げた。
私たちは依然として沈黙を守り、不意にウェーアが口を開く。 「…あー、さて。今日は皆疲れたろ。さっさとメシ食って寝るか」 「うん、そうだね。あ〜疲れた疲れた」 「ええ、本当に。今日はとても大変な一日でしたね。明日のために早く休みましょうか」 「賛成〜!あたい、水浴びしたいさー」 「どこかに川か何か、ありませんかね」 みな口々に言って、その場から遠ざかって行く。
「ちょ、ちょちょちょと待つんだな!なんでオイラを無視するの!現実逃避はよくないんだな!」
ノームと名乗ったぬいぐるみは、慌てて私たちを追って来た。 「オイラ、お前さんたちを招待しに来たんだな!オイラの家に泊まっていってほしいんだな!!」 「……浴室はございますか?」 ナギがノームに応えて振り返った。 「ナギ、知らないぞ。そんな人形の言うことを聞いてひどい目にあっても」 けど、押し留めようとしたウェーアは、 「人形じゃないんだな!オイラの家に来ればご馳走があるよ。お肉もあるんだな!」 「…ま、たまには騙されるのもいいか」 と、あっさり折れた。 確かに、抗(あらが)いがたいお誘い。それに、このぬいぐるみが本当にノーム(土の精霊)だとしたら、なおさらついて行かなくちゃ。 結局、誘惑に負けた私たちはノームの家へ招かれて行った。
〜お久振りです。〜 天気のはっきりとしない今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?春らしい陽気になったと思えば、雨・風・雨・風の繰り返し。うららかな春を堪能したいものです。 さて、久しぶりにお話をしに来たという事ですが、ノストイZに入ってからというもの、読みにくいかと思われ、申し訳ないばかりです。けれども、どうしても彼らそれぞれの視線から物事を見せていきたかったので…。わがままな自分を許して下さい。 今回で山場は越えましたので、安心なさって下さい。次回からはそこまで語り部が変わるということは……ない、はずです。
最後に、このソイル編が終わればあなた方は丁度、ノストイの半分をお読みになったという事になります。自分もただ今、ラストを書き進めている最中です。どうぞ、楽しみにしていて下さい。 それでは、またお会いできる事を心待ちにしております。
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