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ノストイ〜帰還物語〜第二部 作者:紫苑璃苑

第26回   Z-6

                    □□□


 特に何もなかった道が、唐突に終わりを告げた。

 視界一杯に広がる白と緑のコントラスト。

 緑は樹海。白は花。
 雪のように白く、羽根のように柔らかな花が一面に咲き乱れていた。

 純白の花を手に取り、なんてきれいな花なんだろうと溜め息を漏らす。と、不意に誰かに呼ばれた気がして、後ろを振り返る。そこには、女の人と男の人が並んで立っていて、背景にはあまりにも見慣れた建物が。

「お父さん!お母さん!」

 わたしは子供みたいにはしゃいで、二人の元へ一目散に駆けて行った。

「お父さん、帰って来てくれたの?もう、単身赴任とかしない?どこにも行かない?」
お父さんは笑顔で頷いてくれた。
「お母さん、ほら!きれいでしょう?お母さんにあげる!!」
お母さんは、まあありがとう、うれしいわ。と、その花を受け取ってくれた。それから、もう一人にはしないよ。ずっと一緒に暮らしていこうねって言ってくれた。

 わたしは二人に促されて、我が家に帰って行った。

 わたし、元の世界に帰れたんだ!!



 あたたかい食事
 あたたかい会話
 あたたかいお風呂
 真っ白なシーツに、ふわふわの布団
 

 わたしはずぶずぶと、深い眠りに入った。



 朝になった。

 小鳥のさえずりが心地よく響く、気持ちのいい朝だ。

 朝食を食べに行くと、おはよう、早いのね。と支度をしているお母さんが言う。
「うん、だって学校あるでしょ?これ以上寝てたら遅刻しちゃうよ」
そう言ったら、お母さんと、食卓に着いて新聞を読んでいたお父さんが顔を見合わせて笑った。そして、もう学校なんて行かなくてもいいんだよ。と言った。
 わたしは驚きと嬉しさで叫んでいた。
「本当!?本当に行かなくてもいいの!?」
 ああ、もちろんさ。と新聞を置いてニッコリと答えてくれた。
 友達も呼べばすぐに来てくれるよ。欲しいものも買ってあげるよ。けど、一つ約束してくれるかな。家の囲いからは出てはいけないよ。とても危険だからね。
「うん、わかった!絶対に出ない!!」


 ―――それから、夢のような日々が続いた。


 楽しい友達。好きな本。おいしい食べ物。面白いゲーム。自由な時間。やさしいお父さんにお母さん。
 
 囲いの外に出ようなんて、一度だって考えなかった。皆優しくて、いつも笑顔で、喧嘩もなくて…。時間が経つのも忘れるくらい。




 ずっとここにいるんだ。ずっとここでくらせるんだ。




  『それで本当に幸せなのかい?アルケモロス』


 突然、ここにいる誰のものでもない声がした。
「だれ?」
わたしが聞くと、周りの皆は不思議そうにわたしを見た。

  『私は私さ。いつも君の傍にいる。――けれどもアルケモロス。君は本当にそれで楽しいのかい?』

「わたしはそんな名前じゃないよ!わたしは……わたし…は?」

  『そうだね、忘れてしまうのも無理はない。だって、君の周りの人達は誰も、君の名前を呼んではくれないから。――いいかい?アルケモロス。君はそんな偽りの友達や家族といて、本当に幸せなのかな?君の名前も呼んでくれない人達と一緒にいて』

「そ、そんなの、あなただって同じじゃない!わたしはここにいたいの!邪魔しないで!!」

  『…私は君の名前を知っているよ。今はまだ、教えることができないけれど、ね』 

「どういうこと?」

 わたしは友達の輪から抜け出して、庭の囲いに手を掛けた。

  どうしたの? 誰と話しているの? 一緒に遊ぼうよ。 囲いから出ちゃダメだよ。

 みんなの声が、わたしを引き戻そうともがいていた。

  『君は、ただ優しく接する親が本当の両親だと思っているのかい?子供の言うことを、唯々諾々と聞くだけの親を。親という者は、自分の子供に対していい事、悪い事、世の中の事を教えて、時には厳しく叱ったりするのではないのか?君を大人へと成長させるために、君が自立できるように。君の成長を温かく見守るものだろう?』

「で、でも…」

  『そこの友達はどうだ?ただ君の話に合わせて、笑って、遊んでいるだけじゃないか。君は彼らの名前を知っているか?何が好きで、何が嫌いなのか知っているのか!?互いに何も理解していない者を、君は友と呼ぶのかい?』

「わ、わたし…は」

  『現実を見ろ、アルケモロス!目を覚ませ!君はこんな所で埋もれているべき存在じゃない!――たとえ、現実は厳しくとも、その中にある幸せを見つけることが出来るんだ。君達人間は。とてもすばらしい事なんだよ。だから――だから、こんな偽りだらけの幻想に浸っていないで、こっちへおいで…』

「……幻想……」

 後ろを振り返ってみた。
 今まで優しそうに見えていた皆の笑顔が、貼り付けられたものに見えて、ひどく気持ちが悪かった。


  行かないで! ずっとここにいて! どうしたの? 囲いを越えちゃだめだ!!

 わたしを行かせまいと、必死に笑いの仮面をつけた人達が蠢(うごめ)く。その人達がとても醜く、とても悲しい人達に見えた。

「――あなた達は、誰?」

  『…さあ、夢から覚めよう。囲いを越えておいで。もう、自分の名前は思い出せるよね、アルケモロス?』


「わたし、そんな名前じゃない。わたしは――セリナだよ」


 キッと前を見据えて言い返した。

 どこからか、温かい、本物の笑い声が聞こえた。

 囲いを跨(また)ぐと、ふっと体が軽くなって―――






「・・・・・・・・・・ん?」

 何度か目を瞬(しばた)かせて、辺りを見回した。
 

 夕焼け空。オレンジがかった雲。優雅に舞う鳥。

 上体を起こすと、あれほど綺麗に咲いていた花は、一つ残らずしおれていた。




 やがて、全てが土に還る。




 

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Novel Editor by BS CGI Rental
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