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俺は長剣を丸めた外套(がいとう)の上にそっと置き、軽く準備運動をしながら相手を観察した。 長身のシユウは上背があり、腕も太い。荷物運びを仕事としているくらいなのだから、脚腰も相当鍛えられていることだろう。捕まってしまってはだめだ。俺が唯一彼に勝っているものは速さぐらいか。
「準備はいいか?先手取っていいぜ」 隙(すき)のないいい構えだ。武術を習った経験があるのかもしれない。 「それじゃあ、お言葉に甘えるとするか」 対して俺は特に構えない。ただ左足を少し引き、余分な力を抜く。 「いくぞ?」 「おう!」
思い切り甲板を蹴った。 体勢は低い。相手にとっては突然消えたかのように見えただろう。
俺はシユウの足元で片手を付き、その顎へと向かって踵を突き上げる。一発で終わらせるつもりだった。だが彼は敏感に反応し、すれすれの所で体を反らした。靴の底がヂッと顎を掠(かす)める。動体視力もいいようだ。 シユウが躱した反動で足を振り上げてきたので、右手を軸に反転し、攻撃を避ける。そこへ拳の雨が降ってきた。何とか躱すことが出来たが、その威力には目を剥いた。振り下ろされる度に、甲板の板が割られてしまいそうな程たわむ。アテネの言ったとおり、当たれば一発でのされてしまいそうだ。
「どうしたいウェーア!逃げてばっかじゃ勝てねーぜ!」
引いた足が何かに当たった。どうやら船の縁まで追いやられてしまっていたらしい。 相手は俺のあばらを狙い、蹴りを放つ。
背後はうず高く積み、固定された荷物。
右へ行けば海。
左からは蹴りが迫ってくる。
しゃがむような余裕はない。
逃げ道は――いや、ひとつだけ…
俺は見計らって彼の足の上に手を添え、体を浮かして彼の背後へと回る。 そして――
「――うお!?」
体の回転を利用して回し蹴りを決めようとしたのだが、太い腕に防がれてしまった。俺は素早く後退し、間合いを取る。
「なっかなかやるなあ。後ろ取られたの、初めてだぜ」 「そっちこそ。俺も今の蹴りを防がれるとは思わなかった」
師匠とあいつには、よくそれを逆手に取られたものだが。
「へへっ。久しぶりの上玉だ。もうちょい楽しませてくれよ〜」 「さて、期待にそえるかな」 「お前ならできるさ!」
雄叫びを上げ、拳を振りかぶり、そこそこ早い足で突進してくる。俺はそれを見切り、横に体を捌(さば)きながら彼の腕を掴みひねる―――と同時に足を払った。するとシユウの体は一瞬中に浮き、重力に逆らうことが出来ず、甲板に叩き付けられる。
普通の者ならばこれで勝負が付いているはずなのだが、今回は例外だ。シユウは肺の空気を無理矢理押し出され苦しむが、すぐに起き上がりまたしても拳の雨を降らせる。
そろそろいいだろう。
攻撃を避けながら心の中で呟き、隙を突いて彼の懐へ飛び込み――
「――うぐっ」
掌底をまともに喰らったシユウは後方へ飛ばされ、縁に体をぶつけた。 今度は息を荒げ、立ち上がろうとはしなかった。
俺は両手足を大きく投げ出して倒れている彼を上から覗き込んだ。 「へへ…だめだ、まいったぜ。オイラの負けだぁ〜」 「すまないな。少しやりすぎたか?」 手を差し出し、彼を起こした。 「うんにゃ、いいってことよ。オイラおめーをなめて掛かってたかも知れねーなー。それにしても、小っこくって細っせーのに強いんだな、ウェーア」 「小さいと細いは余分だ。太れない体質でな」 また子供扱いする手を払い退け、意地悪く見えるようニヤリと笑みを浮かべた。
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なんだかんだ言って、本当に勝ってしまった。あんなに体格に差があるのに、ウェーアはいとも簡単に相手を負かす。しかも、息ひとつ乱れてない。ウェーアの本気って、どんなものだろ。
「まさかあんたが負けるなんてね。ほら、汗拭いときな、風邪引くよ。――それにしても、あんた本当に人間かい?シユウの攻撃全部避けるわ、かすり傷ひとつ負わないわ、息乱れないわ」 アテネさんは持ってきたタオルを二人に渡し、しげしげとウェーアを見た。珍しい生き物でも見るような目つきだった。 「残念ながられっきとした人間だ。旅をしていると、自然と体術が身に付くものでね。ま、最も得意としているのはこれだけどな」 そう言って、彼は剣を掲げて見せた。
「ガッハハハハハ!こりゃあ愉快、愉快!!ウェーアの坊主、感謝するぜ!」 「やりましたね、親っさん!」
いつの間にか来ていたシドさんは、一人の船員と肩を組んで皮袋をチャラチャラ鳴らしながら、小躍りしていた。 「礼には及ばない。俺は酒が欲しいだけだからな。くれるんだろ?」
どうやらここに集まった人たちの中で、賭け事がされていたみたい。で、その結果ウェーアに賭けたシドさんと紫っぽい髪をした人が勝ったって言う訳。 ウェーアはそんな事どうでもいいって感じで、お酒に飛びつき、私たちは小物がごった返している箱の中からひとつづつオマケをもらった。ナギは青い綺麗なリボンで、わたしは八角形の、厚みのある水晶のペンダント。ウェーアはもうお酒の栓を開けて飲もうとしていた。
「…そういえば、ラルクと戦った時、尻尾がスパーッと切れたよね?あれってなに?」 ふと思い出して聞いてみると、ウェーアははたと手を止め、 「おーいシユウ。一緒にどうだー?」 思いっきり無視された。 「ちょっと!無視しないで教えてよぉ!」 彼の腕を掴み、おもいきり揺する。 「ぅわっ!?や、止めろ。酒が…せっかくもらった酒がこぼれる!」 「嫌なら教えて!」 「おーおー。仲がいいねー、お二人さん。まるでオイラとアテネみてーだあっ!?」 冷やかすシユウさんの頭に、大きな箱が飛んできた。
「おお!!アネゴ必殺、物投げ炸裂かぁ!?」
とか言って、周りではやし立てるおじさん達をアテネさんはひと睨みで黙らせた。
「ひっでーことすんなー、アテネ。オイラじゃなかったら死んでたぜ!?」 「あんただからやったんだよ。どうせ脳みそまで筋肉だから、痛いなんて思わねーだろ!」 「っんだとー!?」
「あんた達、悪い事は言わねえ、早く避難した方がいいぞ」 シドさんが私たちを振り返って警告した。 わたしにはシドさんの言葉の意味が汲み取れなかった。けど鼻先を、アテネさんかシユウさんが投げた物が掠(かす)めたので、他の人達と一緒に船内に逃げ込んだ。
結局、その喧嘩は夕食にまで影響を及ぼした。
〜一言〜 パキャルー号の最強はアテネさんだ!!
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