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結局、いくら探してもセリナは見つかりませんでした。いったい、どこへ行ってしまったのでしょうか? 約束の時間が近付いてきたので、私とウェーアさんは川を伝って水源へ戻ることにしました。 アルミスさんとロウちゃんが、見つけていて下さるといいのですが…。
―――バシャン!!
何か、大きなものが水に落ちたような音がしました。その音が私の耳に届くと同時に、
「セリナ!?」
ウェーアさんはいきなり叫び、一目散に走って行ってしまいました。私も慌てて追います。が、彼の足はとても速く、どんどん放される一方です。
私が追いつくと、ウェーアさんは石版の浮いている泉水の中で、誰かを抱えて立っていました。その向かい側からは、アルミスさんとロウちゃんが木々の間から姿を現しました。
「セリナお姉様!!」 「――セリナ!?」 ロウちゃんの叫びで、ウェーアさんの腕の中にいる人物がやっとわかり、私は駆け寄りました。ウェーアさんが、そっとセリナを黄金色の草の上に横たえます。
「セリナ!セリナ!?」
彼女の上半身を抱き上げてもずっしりと重く、全く動こうとはしませんでした。 「大丈夫だ。寝ているだけで、たぶん身体に異常はないと思う」 ウェーアさんに言われて、ホッと息をつきました。確かに、よく見ると胸が上下していますし、顔色もいいです。ただ単に、気持ちよさそうに寝ているだけでした。 「よかった」 アルミスさんも、胸を撫で下ろしました。
「それより赤目菌!!」 セリナの濡れた服や体を拭いていると、ロウちゃんがウェーアさんを指差しました。 「なんであんたが先にセリナお姉様を助けんのさ!お姉様を見つけんのは、あたいの役目なのに!!」 「そうか」 ウェーアさんは一言言うとセリナの傍らに座り込んで、誰とも会話をしようとはしませんでした。
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・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・ ――――の では、か を て まい よ ――です 。 くをかえないと… 「でも、起こすのも悪いさ」
皆の声がした。ウェーアのだけ、ない。
何度かまばたきをして視界をはっきりさせると、隅の方に会話に参加していない彼の顔が見えた。
「……なんで、そんな怖い顔してるの?ウェーア」
「―――!?セリナ起きたのね!!」 ウェーアが答える前に、温かい腕がわたしの首に巻きついてきた。体を起こすと、動きにつられて銀色の髪が揺れる。 “よかった、よかった”と大げさに安堵するナギに続いて、ロウちゃんも飛びついてきた。 「セリナお姉様〜!心配したんですよぉ?赤目菌なんかがお姉様を抱き上げてたから、もう起きないんじゃないかってぇ〜」
わたしはもう一度、ウェーアを振り返った。 出会った絳い目は不思議と揺れていて、それがどうしてなのか思い当たる前に、彼は小さく頷いた。再び顔を上げた時にはその表情は消えていて、代わりにうっすらとした微笑に彩られている。
わたしがノースとお喋りしている間に何かあっ―――
「―――そうだ!ノース!!」
濡れていた服を着替えたわたしは、ノースとの会話を大雑把に伝えた。 なんとかその話を信じてもらうと、皆それぞれ安堵の表情を浮かべていた。ウェーアだけ、それが薄い。 次に、わたしがいなかった時の話をしてもらった。 どうやらこのノースには、それぞれの川を中心にして四つの季節があるようだ。 アルミスさんとロウちゃんが行った方は、冬と春。ウェーアとナギの方は、秋と夏。 少し気になったのは…ウェーアが夏の方へ行ったときの事を話している間、ナギが何か言いたそうにしていたこと。何かあったんだろうか?
話が終わって、皆が口を閉ざして音が消えてしまった。 と、不意にウェーアが立ち上がって泉の石版を覗き込む。すると、彼が真っ直ぐ立って見れる位置まで石版が浮かび、小さく体を揺らした。石版には紋章が刻まれているようで、ウェーアはしばらく黙ってそれを読んでいた。そして、
「・・・【 生きることは苦しみであり喜び 死ぬことは恐怖であり逃れ 生き続けることは業を担う 全ては運命(モイライ) 播かれたる者(スパルトス)の運命 望めば入れよう 出るは自由 我らが季節(ホーライ) 司る 目覚めが時 決して見えず 望ばねば 決して見えぬ 望みし者 迎え入れよう 我らノース されど 秩序(エウノミアー) 乱す者あらば 即刻弾く 警告 聞かぬ者あらば 即刻弾く 我らノース 季節 支配(クラトス)す 】 ・・・聖なる季節を運ぶノース、か」
謳(うた)うように、石版に刻まれた紋章を読み上げた。 「ふーん……って、何さこれ?全然読めないさ。あんた、今適当に作った?」 「まさか」 「ロウ、これは古代紋章だよ。ウェーアさんは読めるんですね」 アルミスさんは感心したような、驚いたような表情を見せた。ウェーアは“まあな”って答える。ちょっと得意げに。
まあとにかく、私たちはノースのお言葉に甘えて、ここ“エーオース広間”つまり曙(あけぼの)の広間に寝泊りさせてもらうことにした。
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