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ノストイ〜帰還物語〜第二部 作者:紫苑璃苑

第12回   Y-8

                      ・・・



   …………パシャ…………

            ナンの  オト    だろ?

       ……ピチャッ………

              ・・・ハ ネ た ?

           ……………………………………

  ・・・ナガれル  おトが  する・・・

               ・・・ナ ガ レ・・・ミズ    の―――




 ―――バシャッ!!


「ふわぁ!?」



 突然、フワフワした所から、パッと引き出された。
 ボーっとしている頭をハッキリさせようと、目を擦る。
 気のせいか、足下には草が生えていた。
 そして辺りを見渡し―――

「…………」

 ―――また目を擦った。

「ここ、どこ?」

 あの砂の台風だか、竜巻だかに吹き飛ばされたのに、まだ気絶しているけれど全員が(クダラと荷物も含めて)いる。

 それに、ここは・・・


「オアシス…?」


 わたしの髪は少し濡れていて、それのあった所には清らかな川が、さらさらと心地良い音を立てていた。頭上には紅葉した木々が葉を揺らしていて、足下は鮮やかな銀杏色・もみじ色・青さを残した草の色で敷き詰められていた。まるで、秋の一景のように…。

 わたしは急に喉の渇きを思い出して、ごくごく川の水を存分に飲み下した。
 満足のいったわたしは、やっと皆を起こす事に想いが回った。まず手始めに、うつ伏せでわたしの服の裾を掴んでいたウェーアを。
「ウェーア!ウェーア!!起きてー!!水があるよー?」
 何度呼んでも、何度体を揺すっても、彼は死人のごとく動かなかった。もしかして、本当に死んでるんじゃ…?って、確かめてみると――――あぁ、ちゃんと息してる。
 困ったわたしはちょっと考えて、一番初めに目に入った水で試してみる事にした。

 手で水をすくって、ぐっすり寝ている彼の耳へ――

「――!?」

――掛けたら、飛び起きた――までは良かったんだけど…。よほどびっくりしたのか、わたしの眉間の目と鼻の先には淡く赤にきらめく銀の切っ先が…。

「「あっ…」」

ハッとしたウェーアと、驚いたわたしの声が重なった。

「………おはよう」
目の前にいる人が敵ではないと確認した彼の口からは、まだ寝ぼけているような言葉が出された。
「えっと…おはよう?」
とりあえずお返事して、
「なんか、助かったみたいだよ。私たち」
目線で周りを見るように促がすと、ウェーアも上を見上げて不思議そうに呟いた。
「…の、ようだな」
やっと剣をしまう気になって、水を被った耳をこする。
「水、飲んでなよ。わたしナギ達起こしてくるから」
「ああ。それにしても…酷い起こし方してくれたな」
寝起きの悪いウェーアは、不服そうに眉をひそめた。
「んー?でも、ちゃんと呼んだり揺すったりしたんだよ?――ナギー?ナーギー!!お・き・てっ!」

 結局、ナギもフォウル兄妹も水を掛けるまでピクリともしなかった。





 「――っくーぅ〜!生き返るさ〜!!」
顔ごと突っ込んで喉の渇きを潤していたロウちゃんは、顔を上げるなり水しぶきを飛ばしながら叫んだ。
「親父臭い。うるさい」
服に付いていた砂や葉っぱを、神経質そうに払っていたウェーアがぼそりと言うと、また言い争い――って言うよりロウちゃんが一方的にわめくだけだけど――が始まった。
 まぁ、いつもの事なので、わたしはそのやり取りを眺めるだけ。

「うそさ!」

わめき続けていたロウちゃんが、一際高く叫んで、ナギとアルミスさんを振り向かせた。
「歳をごまかして何になる」
ウェーアのうんざりした声で、ナギはピンときたようだ。そりゃ、誰だって一回は間違えるよ。
「うそさうそさうそさ!兄さが二十一だよ!?赤目菌がそれより下なんてありえないさ!!」
「えぇ!?」
今度はわたしが驚く番だった。てっきり、アルミスさんは二十代後半ぐらいかと…。ずいぶんと歳の離れた兄妹だなーって思ってはいたけど。
「………?」
驚かれた方は、キョトンとした顔でクダラから降ろした荷物を持っていた。
「今日は飲もうか」
その肩をポンッと叩いたウェーアは、溜め息混じりに言う。
「ウェーアさん?お酒は十八になってからだと、何度申し上げればよろしいのでしょうか?」
間髪いれずに、ナギの恐ろしくて優しい声が彼の背中に突き刺さった。
「別に、ほんの少しぐらいいいじゃないか。あと半年で十八なんだし…。そ、それに…美容にもいいんだぞ?ナギも飲んでみるか?」
ナギはニッコリ微笑み返すと、ウェーアの荷物(いつの間にか持ってきていた)をあさって、酒瓶を取り出す。
「では、これはお預かりしておきますね」
「お、おい待て!治療にも使うんだぞ?」
「その時は私がお渡ししますから、どうぞご心配なく」
言い訳がましく手を伸ばすウェーアに、ピシャリと笑顔で言いつけた。


 その後、ここで一夜明かすことにした私たちは、アルミスさんから“ここはノースかもしれない”という話を聞いた。

 何でも二年前、つまり砂漠が広まってきた頃のことだ。生まれ故郷からレイタムへ逃げる途中、砂漠の猛威に負けて倒れたそうだ。そして気が付いたときには、見たこともない植物の中に二人で倒れていたとか。その時の雰囲気がここと似通っているみたい。

 「で、色々見て回ったのか?」
「いえ。何が出るのかわからなかったんで。その時もこうして水辺にいて、食べ物は周りにたくさんなっていたものですから…」
「今いる場所とは違っていたのですか?」
「はい。けれども、同じ感じがします。確か…木の葉がこんな色はしていなかった。もっとこう…若々しいと言うか、芽吹いたばかりと言うか…。そんな感じでした」
「ん…。ま、今は悩んでも仕方がないだろう。食料も手に入った事だし、今日は早めに休むか?」
と言って、ウェーアはウトウトしているロウちゃんを横目で見た。
 賛成した私たちは、川の近くで採ってきた果物を胃に収めた。もう日が傾いていたから、それは夕飯になった。




 その晩。

 疲れ果てて早めに寝入ったわたしは、誰かの話し声にふと目を覚ました。と言っても、体はだるくてまぶたも上がらない。耳だけをそばだてた。

「――って、よく誰かに似ていると言われませんか?」
アルミスさんの声だ。
「あぁ。お前は誰に似ていると思ったんだ?」
応じたのはウェーアだった。
 さわっと風が吹いて、お酒の臭いを運ぶ。懲りない奴。まだどこかに隠し持っていたみたい。
「えっ?自分ですか?…いいえ、言うのは止めておきます。あっ、悪い意味ではありませんから」
アルミスさんは慌てた様子で弁明する。ウェーアは気にも留めずに別の話に移っていった。

 ウェーアって、誰に似てるんだろう?わたしに言ってもわからないだろうけど、ちょっと気になる。



 彼らのボソボソ声を聞いているうちに、またフワフワした感覚に包まれて、わたしは夢も見ないほど深い眠りについた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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