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ノストイ〜帰還物語〜第二部 作者:紫苑璃苑

第11回   Y-7

                     ○○○

 「あっつーい〜。ゆだっちゃうよ〜」

 上は晴天、下は少し砂の舞う程度の暑い日。
 太陽に熱されて熱を持った砂漠は、まさに温風吹き荒れるサウナと化していた。
 水も、思った以上に消費が激しくて、制限せざるを得なかった。

「夕方まで我慢しろ」
ウェーアは涼しい顔で冷たく言う。いつも適温に保ってくれるマントを着てるから、そんな事が言えるんだ。
「いーよねー、そういうマント持ってる人は〜」
「何か言ったか?」
恨みがましく呟いたのを、とぼけて躱された。ちょっとムカツク…。

「バカって言ったの!!」
「なぜ俺がバカ呼ばわりされなきゃいけない」
「バカだから」
「…ふ、二人とも止めておいた方が…」

「ちょっと黙ってて!」
「貴様は黙っていろ!」

止めに入ったアルミスさんを、同時に怒鳴りつける。それがまた気に入らなくて、わたしはウェーアを睨み付けた。

「あー!?兄さを“キサマ”って言ったなー、赤眼菌!!テーセーするさ!」

そこにロウちゃん乱入。口論がさらにヒートアップした。
「訂正してもらいたいのは俺の方だ。大体、“赤眼菌”ってなんだ?失礼にも程があるだろう」
「あんたの目が赤いから赤眼菌なのさ!見たまんま言って何が悪いのさ!?」
「そうそう、こっちの気なんかなーんにも知らないくせに。ウェーアのバカ!」
「あ〜ぁ、知らないな!人の気持ちを解せる者がこの世にいると言うのか?だとしたら、ぜひとも教えていただきたいね」
「わたしが知るわけないじゃん!こっちの事なんかほとんど知らないっていうのに、どうやって教えるの!?もしかしたら、いるかもしれないじゃん!」
「いないな。俺の知る限りでは。君とて同じ事だろう。俺の気持ちなど解るはずがない。だと言うのに――」


「――ちょっと、よろしいでしょうか?」


言い返そうと口を開けた瞬間、ナギの声が――目の笑っていない笑みを浮かべて――割り込んできた。
 彼女の一言で私たちはピタリと口を閉ざす。
「あまり大きな声でお話していますと、余計に喉が渇かれて、水の摂取量が増えてしまわれますよ?それでもお話ししたいとおっしゃるのでしたら、制限をもっと厳しくさせていただきますが?」

「す…すみません」

なぜかアルミスさんが謝った。

 もしかしたら、この中で一番不快度が高くてイラついているのは、ナギかもしれない。


                     ○○○


 意識が朦朧(もうろう)としていた。
 またもや砂嵐が止み、代わりに太陽が情け容赦なく照りつける。
 そんな中をほとんど水も飲めず、ただ先を急ぐ事しかできない私たちは急激に口数が減っていた。

 この頃クダラに揺られていると、フワフワ浮いているような錯覚に襲われたり、いつの間にかウトウトしたりしてしまう。

 体力が、奪われていく…。

 火を見てそれとわかるように、私たちはどんどん衰弱していった。





「セリナ?おーい…生きてるか?」

 体を揺すられて、目が覚めた。

 また眠ってたみたい。眠気眼で斜め後ろを見上げると、揺れる絳い瞳に行き着いた。
「大丈夫…じゃ、ないよな。けど、皆辛いんだ。もう少し頑張ってくれ」
ウェーアの言葉にボーっとしながら頷き、彼の腕にもたれていた事に今頃気が付いた。真っ直ぐ座り直して、前方にそびえる険しい山脈を見据える。山は、だいぶ近づいてきた。それでも、あと十何日もかかる距離だ。ここから海岸沿いの町や村に行こうとしても、また一ヶ月ぐらいかかる。私たちに残された道は一つしかなかった。

 手綱を握る手が、わたしに水筒を差し出した。振り向くと彼は、
「少し飲め」
言って、それを押し付けると、ウェーアは片手でマントのポケットを探る。
「でも、これってウェーアの……」
「いいから。君は元の世界へ戻るんだろう?だったら、こんな所で倒れる訳にはいかないだろ」
懐から出てきたのは、小さな袋だった。その中身を一つ口に放り込み、わたしにもくれる。ウェーアだって、帰る家や心配している人達がいるのに…。
「塩(ショウ)の結晶だ。水分と塩分だけでも取らないとな」
ポンッと、頭を叩かれた。
 わたしがまともに食事をしていないのを心配しているんだ。そう思った途端情けなくて、申し訳なくて、目の奥がキューっと熱くなったけれど、ぐっと我慢する。これ以上水分をなくす訳にはいかない。
「ありがと」
小さく呟いて、少しだけ水をもらった。その後、塩のカケラをあめ玉にしていると、

「あら?どうしたのでしょうか」

急に日が陰ってきた。
「雨でも降りそうな雰囲気ですね」
ナギの乗ったクダラがわたしの傍で止まった。ロウちゃんと二人で空を見上げている。
「ですが、雨雲には見えない」
少し後ろでは、アルミスさんも止まっていた。
「雨なら助かったんだが…」
ウェーアもクダラを止めて、不安そうに空を仰いだ。
「水、溜めれるもんね?」
わたしも皆に倣って見上げる。確かに、厚い雲が垂れ込めていた。それに、さっきまでそよそよと吹いていた風さえも、今はピタリと活動を止めている。
「うーん…………雨の匂いはしないさ」
ロウちゃんがクンクンと鼻を鳴らすと、
「獣かお前は…。ん?なんだ、これは…?―――っ!?皆、固まれ!風が―――っ!」





 ――ゴォッ!!



 ウェーアの必死の叫びが、突風によって遮られた。



 強い風と共に細かい砂が空を舞い、一瞬にしてわたしの視界を奪う。




 遠くの方で、悲鳴が聞こえた気がした。




 ウェーアが飛ばされるものかと、わたしごとクダラにうつ伏せる。



 けど、














 結局は無駄になったみたい。



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Novel Editor by BS CGI Rental
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