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「あっつーい〜。ゆだっちゃうよ〜」
上は晴天、下は少し砂の舞う程度の暑い日。 太陽に熱されて熱を持った砂漠は、まさに温風吹き荒れるサウナと化していた。 水も、思った以上に消費が激しくて、制限せざるを得なかった。
「夕方まで我慢しろ」 ウェーアは涼しい顔で冷たく言う。いつも適温に保ってくれるマントを着てるから、そんな事が言えるんだ。 「いーよねー、そういうマント持ってる人は〜」 「何か言ったか?」 恨みがましく呟いたのを、とぼけて躱された。ちょっとムカツク…。
「バカって言ったの!!」 「なぜ俺がバカ呼ばわりされなきゃいけない」 「バカだから」 「…ふ、二人とも止めておいた方が…」
「ちょっと黙ってて!」 「貴様は黙っていろ!」
止めに入ったアルミスさんを、同時に怒鳴りつける。それがまた気に入らなくて、わたしはウェーアを睨み付けた。
「あー!?兄さを“キサマ”って言ったなー、赤眼菌!!テーセーするさ!」
そこにロウちゃん乱入。口論がさらにヒートアップした。 「訂正してもらいたいのは俺の方だ。大体、“赤眼菌”ってなんだ?失礼にも程があるだろう」 「あんたの目が赤いから赤眼菌なのさ!見たまんま言って何が悪いのさ!?」 「そうそう、こっちの気なんかなーんにも知らないくせに。ウェーアのバカ!」 「あ〜ぁ、知らないな!人の気持ちを解せる者がこの世にいると言うのか?だとしたら、ぜひとも教えていただきたいね」 「わたしが知るわけないじゃん!こっちの事なんかほとんど知らないっていうのに、どうやって教えるの!?もしかしたら、いるかもしれないじゃん!」 「いないな。俺の知る限りでは。君とて同じ事だろう。俺の気持ちなど解るはずがない。だと言うのに――」
「――ちょっと、よろしいでしょうか?」
言い返そうと口を開けた瞬間、ナギの声が――目の笑っていない笑みを浮かべて――割り込んできた。 彼女の一言で私たちはピタリと口を閉ざす。 「あまり大きな声でお話していますと、余計に喉が渇かれて、水の摂取量が増えてしまわれますよ?それでもお話ししたいとおっしゃるのでしたら、制限をもっと厳しくさせていただきますが?」
「す…すみません」
なぜかアルミスさんが謝った。
もしかしたら、この中で一番不快度が高くてイラついているのは、ナギかもしれない。
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意識が朦朧(もうろう)としていた。 またもや砂嵐が止み、代わりに太陽が情け容赦なく照りつける。 そんな中をほとんど水も飲めず、ただ先を急ぐ事しかできない私たちは急激に口数が減っていた。
この頃クダラに揺られていると、フワフワ浮いているような錯覚に襲われたり、いつの間にかウトウトしたりしてしまう。
体力が、奪われていく…。
火を見てそれとわかるように、私たちはどんどん衰弱していった。
「セリナ?おーい…生きてるか?」
体を揺すられて、目が覚めた。
また眠ってたみたい。眠気眼で斜め後ろを見上げると、揺れる絳い瞳に行き着いた。 「大丈夫…じゃ、ないよな。けど、皆辛いんだ。もう少し頑張ってくれ」 ウェーアの言葉にボーっとしながら頷き、彼の腕にもたれていた事に今頃気が付いた。真っ直ぐ座り直して、前方にそびえる険しい山脈を見据える。山は、だいぶ近づいてきた。それでも、あと十何日もかかる距離だ。ここから海岸沿いの町や村に行こうとしても、また一ヶ月ぐらいかかる。私たちに残された道は一つしかなかった。
手綱を握る手が、わたしに水筒を差し出した。振り向くと彼は、 「少し飲め」 言って、それを押し付けると、ウェーアは片手でマントのポケットを探る。 「でも、これってウェーアの……」 「いいから。君は元の世界へ戻るんだろう?だったら、こんな所で倒れる訳にはいかないだろ」 懐から出てきたのは、小さな袋だった。その中身を一つ口に放り込み、わたしにもくれる。ウェーアだって、帰る家や心配している人達がいるのに…。 「塩(ショウ)の結晶だ。水分と塩分だけでも取らないとな」 ポンッと、頭を叩かれた。 わたしがまともに食事をしていないのを心配しているんだ。そう思った途端情けなくて、申し訳なくて、目の奥がキューっと熱くなったけれど、ぐっと我慢する。これ以上水分をなくす訳にはいかない。 「ありがと」 小さく呟いて、少しだけ水をもらった。その後、塩のカケラをあめ玉にしていると、
「あら?どうしたのでしょうか」
急に日が陰ってきた。 「雨でも降りそうな雰囲気ですね」 ナギの乗ったクダラがわたしの傍で止まった。ロウちゃんと二人で空を見上げている。 「ですが、雨雲には見えない」 少し後ろでは、アルミスさんも止まっていた。 「雨なら助かったんだが…」 ウェーアもクダラを止めて、不安そうに空を仰いだ。 「水、溜めれるもんね?」 わたしも皆に倣って見上げる。確かに、厚い雲が垂れ込めていた。それに、さっきまでそよそよと吹いていた風さえも、今はピタリと活動を止めている。 「うーん…………雨の匂いはしないさ」 ロウちゃんがクンクンと鼻を鳴らすと、 「獣かお前は…。ん?なんだ、これは…?―――っ!?皆、固まれ!風が―――っ!」
――ゴォッ!!
ウェーアの必死の叫びが、突風によって遮られた。
強い風と共に細かい砂が空を舞い、一瞬にしてわたしの視界を奪う。
遠くの方で、悲鳴が聞こえた気がした。
ウェーアが飛ばされるものかと、わたしごとクダラにうつ伏せる。
けど、
結局は無駄になったみたい。
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