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ノストイ〜帰還物語〜第三部 作者:紫苑璃苑

第7回   \-6
                       ○○○

 早足で前を行くナギの背中を見つめながら、わたしはその後を追っていた。
 結局彼女一人で行かせる訳にもいかず、ご機嫌を損ねてしまったナギに無理矢理ついて来たのだ。

 「こんにちは。――?何かあった?」
レーミルは爽やかにあいさつし、私たちのただならぬ雰囲気に気付いたのか、首を傾げた。
「「何も」」
 そろってしまった声に一瞬目が合い、彼女はすぐに逸らしてしまう。
 そんな光景を見て、レーミルはふうんと頷いただけだった。

 「ここだよ」

 大通りから段々と細い道へ入っていくと、袋小路に行き着いた。下り坂の先にはポツリと小さなドアがひとつ。その上には傾いた看板が掛けられていて、なんとも陰気な場所だ。

「どうぞ」

 外見の割にスムーズにドアは開かれ、私たちを促がす。
「どうしたんだい?」
ドアを押えている彼が、一歩も動こうとしないわたしを見下ろす。ナギが絵の飾られた部屋の中で、こちらを振り返った。


「ナギ・・・帰ろう。ここにいちゃ駄目だ。よく、わからないけど・・・なんかやばいよ。お願い。そこから出てきて」


「セリナ?」


「早く!!」


 蛇のような、うねうねした物が頭の中でぞろり、ぞろりと蠢(うごめ)いている。

 彼女はためらっていた。けれども、やっと足を一歩踏み出し―――







 「――まったく、これだから勘のいい奴は嫌いだよ」






 ドンッと、突き飛ばされた。

「セリナ!――レーミルさん、何を・・・!?」

 背後で、大きな音を立ててドアが閉められた。
 冷たい床から顔を上げて振り返ると、少ない光の中に表情を変えたレーミルがいた。まるで別人だ。

「本当に、勘の良い子は嫌いだ。まるで“あの男”のようで、縊(くび)り殺したくなるよ」

 完全に人を見下した目だった。声の調子までコロリと変わっている。
「奇遇だね。わたしもあなたの事が嫌いだよ。悪い事を考えている奴は特に、ね」
「・・・そんな挑発には乗らないよ。――しかし、腸(はらわた)が煮え繰り返りそうだ。こうも思い通りに事が運ばなかった事は数少ない。ああ、心配はいらないよ?殺すまではしないから。ただ、君達の持っているその“お守り”とやらが欲しいだけなんだ」

「「―――っ!?」」

 ハッと息を飲む私たちを見て、レーミルは含み笑いを洩らした。そしてツカツカと歩み寄り、ピタリと目の前で止まる。
 わたしはナギの手を取って立ち上がり、距離を取る。どこかに逃げ道はないかと視線を這わせて探すが、あの入り口以外に脱出路はなさそうだ。

「ふふふ・・・僕が一人だからって甘く見ないほうがいいからね。一応これでも体術を身に付けたんだ。けど、僕は自分の手を汚すのを極力避けたい主義でね。だからこうしてお願いしているんだよ。――さあ、その首に掛かっている袋を渡してくれないかな。そうすれば、無傷で家に帰してあげるよ」

 じりじりと退る私たちに、彼はさも楽しそうに笑みを浮かべながら距離を縮める。
「ずうっと探していたんだ。“聖なる石”なんだろう?どうしても必要なんだ。そう、それさえ手に入れば・・・・」

 背中が壁に当たった。退く方向が変わる。――あと、少し・・・。

「そうだ!交換条件にしようか。それをもらう代わりに、君達が欲しいと言う物をあげよう。ね?それなら公平だろう?富・名誉・宝石・豪邸・・・何でも良い。僕に用意できるものなら何でもだ。どう?」
「誰が!!そんなものいらない!!」
ナギを引っ張ってドアに飛びついた。が、

 ―――ガチャガチャガチャ・・・・・・

「無駄だよ。それは自動的に鍵が閉まるようになっていてね、僕が持っている鍵でしか開けることができないんだ」

 得意気な声が首筋に掛かった。
 バッと振り返る。勢いに任せて繰り出した腕は難なく躱(かわ)され、逆に捕らえられてしまった。
「君の方が持ってる確率、高いよね。確か、黒髪黒瞳の少女って言ってたし。そっちの子も同じような物を持っているようだけど、どうせ偽物だろう?」
「ど、どうしてその事を!?――セ、セリナを放して下さい!なぜ、あなたのような方が・・・あんなに、親切にして下さったのに・・・」
ナギは男の腕を掴み、嫌々するように頭を振った。

「“どうして”?言っただろう?僕には気の良い友達がたくさんいるって。“なぜ”?それを手に入れるためだ。“親切にした”?石を手に入れるための茶番さ」

「―――ぅっ!?」

 レーミルはナギに掴まれていたその腕で、彼女を部屋の端まで薙(な)ぎ飛ばした。
 ナギは、鈍い音を立てて床に叩き付けられ、それでも勢いが収まらず、ざぁーっと滑る。



「――そう、くだらない茶番だよ」



  笑っていた。

  どこまでも楽しそうに。

  苦しむ彼女を見て、



  ――この男は、笑っていた。



「――っこの!!」


 怒りに任せて攻撃したのは初めてだった。
 何も考えず、空いている手足をふんだんに使って、ただただがむしゃらに攻撃を繰り返す。
 情けないやら悔しいやらで、本当にこの男に仕返しする事しか頭になかった。

「お前なんか――った!」
 爪先立ちで蹴りを放った途端、掴まれていた腕を開放され、落ちた。
「さて、良い運動になったかな?そろそろ諦めてもらうよ。こっちにも色々と事情があってね。あまり長くは遊んであげられないんだ」
再び引き上げられ、勝利の笑みを浮かべる男と目が合った。そいつの手が、わたしの首元に伸びる。



「渡さない!!」




「!?だめナギ!逃げ――」






 一瞬だった。

 レーミルが体を捻って片足を上げると、ナギは反対側の壁に叩き付けられ、ずるずると床に崩れ折れた。

 そのまま、動かない。

 さぁーっと、血の気が引いていくのを感じた。


「やれやれ。ここまでするつもりはなかったんだけど・・・。少し気に入っていたんだけどな、あの子。まあ、いたし方がないよね?何かを得るためには何らかの代償が必要となる―――って、聞いてないかな?」

 ワグナー・ケイの入った袋を取られた。
 わたしはまた、物のように落とされた。
 
「大丈夫だよ、あの子は死んでない。ちゃんと急所は外したから、ちょっと気を失っているだけさ。まあ、骨にヒビぐらいは入ったかもしれないけど、それだけだよ。――ほぅ、これは美しい。四つもあるじゃないか。ふふふふふ・・・」




「―――して」



「ん?」

「返して」

 ナギを見ていた視線が、レーミルに固定された。

「それを、返してって言ったの」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 すうっと、男の目が細められた。
 ラービニで襲ってきたダーユと同じような、とても嫌な目つき。
 
「気に入らないなぁ。この僕を睨むのかい?君に何ができる。これはもう僕の物だ。誰にも渡さない」

「それは誰のものでもない。一人の人間が私欲で使っていい物でもない。あなたも、他の人もそれを使う事を許されていない。使う事はできない!!」

 足に力を入れて立ち上がった。

      『逃ゲテイテハ駄目ダ。立チ向カエ』

 そうだよ。逃げているだけじゃ、何も変わらない。

      『前ヲ見ロ。ソコニイルノハ同ジ人間デハナイカ』

 そうだ。相手が強いからって、わたしが何もできない訳じゃない。

「僕には、これを使う事ができないだって?――そんな事はない。あってたまるか!“あの男”でさえ使っているんだ、僕にできないはずはない!!」

 足を踏み出すと、男は狼狽えるように後ずさった。

「あなたには、使う資格がない!!」
「――っの小娘が!!」




 ――――バキャッ!!



 突如、鍵の降りているはずのドアが、ものすごい勢いで弾け飛んできた。

『セリナ、ナギ!二人とも無事!?』
「え?ルシ、ルシフ!?――ナギ!ナギをお願い!!」

 レーミルも、あまりの突発事故に対処しきれなかったようだ。飛ばされてきたドアが丁度当たったらしく、ケイの袋を取り落としていた。
 それを見つけたわたしは、飛びつくように手を伸ばす。
「それは僕の物だ!!」
伸ばした手を思いっきり踏み付けられ、悲鳴を上げた。痛みに耐えながらも、もう片方の手を伸ばす。もう少し、なのに・・・。

『セツラ、オウラ!やっちゃえ〜!!』
『おう!いっくぜー。必殺、春花の舞!!』

 精霊の声に上を仰ぐと、赤黒い煙を吐くひょうたんを持って、セツラとオウラがレーミルの周りを飛び回っていた。
 レーミルは呻きながら目を押えると、“止めろ!!”と叫びながら膝を付いて腕を振り回す。
「くそぉっ!目が、目が!!――止めろぉ!石はどこだっ!!」

 足が外れたのをいい事に、さっと袋を取り返して、わたしは毒々しい煙から素早く遠ざかった。

『そろそろいいでしょ。逃げるよ!』
ナギを風の膜で覆ったルシフが、わたしに手を伸ばしてくれた。

「欲に取り付かれた人は、自己破産するのがお決まりだよ。気を付けてね」

 膜の中に入ったわたしは、目を覆いながらあさっての方向によろめいている彼に、冷ややかに別れを告げた。





 〜いやはや〜
  レーミルとナギの関係が気になっていた皆さん、すみません。こうなってしまったんですよ。どーしても。
  ・・・まあ、彼女はちゃんと、後に×××と×××しますから。
                      (え?何を言っているのかわからない?そりゃあねぇ・・・・ふふふふ)

  それではまた!(逃走=3

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Novel Editor by BS CGI Rental
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