○○○
早足で前を行くナギの背中を見つめながら、わたしはその後を追っていた。 結局彼女一人で行かせる訳にもいかず、ご機嫌を損ねてしまったナギに無理矢理ついて来たのだ。
「こんにちは。――?何かあった?」 レーミルは爽やかにあいさつし、私たちのただならぬ雰囲気に気付いたのか、首を傾げた。 「「何も」」 そろってしまった声に一瞬目が合い、彼女はすぐに逸らしてしまう。 そんな光景を見て、レーミルはふうんと頷いただけだった。
「ここだよ」
大通りから段々と細い道へ入っていくと、袋小路に行き着いた。下り坂の先にはポツリと小さなドアがひとつ。その上には傾いた看板が掛けられていて、なんとも陰気な場所だ。
「どうぞ」
外見の割にスムーズにドアは開かれ、私たちを促がす。 「どうしたんだい?」 ドアを押えている彼が、一歩も動こうとしないわたしを見下ろす。ナギが絵の飾られた部屋の中で、こちらを振り返った。
「ナギ・・・帰ろう。ここにいちゃ駄目だ。よく、わからないけど・・・なんかやばいよ。お願い。そこから出てきて」
「セリナ?」
「早く!!」
蛇のような、うねうねした物が頭の中でぞろり、ぞろりと蠢(うごめ)いている。
彼女はためらっていた。けれども、やっと足を一歩踏み出し―――
「――まったく、これだから勘のいい奴は嫌いだよ」
ドンッと、突き飛ばされた。
「セリナ!――レーミルさん、何を・・・!?」
背後で、大きな音を立ててドアが閉められた。 冷たい床から顔を上げて振り返ると、少ない光の中に表情を変えたレーミルがいた。まるで別人だ。
「本当に、勘の良い子は嫌いだ。まるで“あの男”のようで、縊(くび)り殺したくなるよ」
完全に人を見下した目だった。声の調子までコロリと変わっている。 「奇遇だね。わたしもあなたの事が嫌いだよ。悪い事を考えている奴は特に、ね」 「・・・そんな挑発には乗らないよ。――しかし、腸(はらわた)が煮え繰り返りそうだ。こうも思い通りに事が運ばなかった事は数少ない。ああ、心配はいらないよ?殺すまではしないから。ただ、君達の持っているその“お守り”とやらが欲しいだけなんだ」
「「―――っ!?」」
ハッと息を飲む私たちを見て、レーミルは含み笑いを洩らした。そしてツカツカと歩み寄り、ピタリと目の前で止まる。 わたしはナギの手を取って立ち上がり、距離を取る。どこかに逃げ道はないかと視線を這わせて探すが、あの入り口以外に脱出路はなさそうだ。
「ふふふ・・・僕が一人だからって甘く見ないほうがいいからね。一応これでも体術を身に付けたんだ。けど、僕は自分の手を汚すのを極力避けたい主義でね。だからこうしてお願いしているんだよ。――さあ、その首に掛かっている袋を渡してくれないかな。そうすれば、無傷で家に帰してあげるよ」
じりじりと退る私たちに、彼はさも楽しそうに笑みを浮かべながら距離を縮める。 「ずうっと探していたんだ。“聖なる石”なんだろう?どうしても必要なんだ。そう、それさえ手に入れば・・・・」
背中が壁に当たった。退く方向が変わる。――あと、少し・・・。
「そうだ!交換条件にしようか。それをもらう代わりに、君達が欲しいと言う物をあげよう。ね?それなら公平だろう?富・名誉・宝石・豪邸・・・何でも良い。僕に用意できるものなら何でもだ。どう?」 「誰が!!そんなものいらない!!」 ナギを引っ張ってドアに飛びついた。が、
―――ガチャガチャガチャ・・・・・・
「無駄だよ。それは自動的に鍵が閉まるようになっていてね、僕が持っている鍵でしか開けることができないんだ」
得意気な声が首筋に掛かった。 バッと振り返る。勢いに任せて繰り出した腕は難なく躱(かわ)され、逆に捕らえられてしまった。 「君の方が持ってる確率、高いよね。確か、黒髪黒瞳の少女って言ってたし。そっちの子も同じような物を持っているようだけど、どうせ偽物だろう?」 「ど、どうしてその事を!?――セ、セリナを放して下さい!なぜ、あなたのような方が・・・あんなに、親切にして下さったのに・・・」 ナギは男の腕を掴み、嫌々するように頭を振った。
「“どうして”?言っただろう?僕には気の良い友達がたくさんいるって。“なぜ”?それを手に入れるためだ。“親切にした”?石を手に入れるための茶番さ」
「―――ぅっ!?」
レーミルはナギに掴まれていたその腕で、彼女を部屋の端まで薙(な)ぎ飛ばした。 ナギは、鈍い音を立てて床に叩き付けられ、それでも勢いが収まらず、ざぁーっと滑る。
「――そう、くだらない茶番だよ」
笑っていた。
どこまでも楽しそうに。
苦しむ彼女を見て、
――この男は、笑っていた。
「――っこの!!」
怒りに任せて攻撃したのは初めてだった。 何も考えず、空いている手足をふんだんに使って、ただただがむしゃらに攻撃を繰り返す。 情けないやら悔しいやらで、本当にこの男に仕返しする事しか頭になかった。
「お前なんか――った!」 爪先立ちで蹴りを放った途端、掴まれていた腕を開放され、落ちた。 「さて、良い運動になったかな?そろそろ諦めてもらうよ。こっちにも色々と事情があってね。あまり長くは遊んであげられないんだ」 再び引き上げられ、勝利の笑みを浮かべる男と目が合った。そいつの手が、わたしの首元に伸びる。
「渡さない!!」
「!?だめナギ!逃げ――」
一瞬だった。
レーミルが体を捻って片足を上げると、ナギは反対側の壁に叩き付けられ、ずるずると床に崩れ折れた。
そのまま、動かない。
さぁーっと、血の気が引いていくのを感じた。
「やれやれ。ここまでするつもりはなかったんだけど・・・。少し気に入っていたんだけどな、あの子。まあ、いたし方がないよね?何かを得るためには何らかの代償が必要となる―――って、聞いてないかな?」
ワグナー・ケイの入った袋を取られた。 わたしはまた、物のように落とされた。 「大丈夫だよ、あの子は死んでない。ちゃんと急所は外したから、ちょっと気を失っているだけさ。まあ、骨にヒビぐらいは入ったかもしれないけど、それだけだよ。――ほぅ、これは美しい。四つもあるじゃないか。ふふふふふ・・・」
「―――して」
「ん?」
「返して」
ナギを見ていた視線が、レーミルに固定された。
「それを、返してって言ったの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
すうっと、男の目が細められた。 ラービニで襲ってきたダーユと同じような、とても嫌な目つき。 「気に入らないなぁ。この僕を睨むのかい?君に何ができる。これはもう僕の物だ。誰にも渡さない」
「それは誰のものでもない。一人の人間が私欲で使っていい物でもない。あなたも、他の人もそれを使う事を許されていない。使う事はできない!!」
足に力を入れて立ち上がった。
『逃ゲテイテハ駄目ダ。立チ向カエ』
そうだよ。逃げているだけじゃ、何も変わらない。
『前ヲ見ロ。ソコニイルノハ同ジ人間デハナイカ』
そうだ。相手が強いからって、わたしが何もできない訳じゃない。
「僕には、これを使う事ができないだって?――そんな事はない。あってたまるか!“あの男”でさえ使っているんだ、僕にできないはずはない!!」
足を踏み出すと、男は狼狽えるように後ずさった。
「あなたには、使う資格がない!!」 「――っの小娘が!!」
――――バキャッ!!
突如、鍵の降りているはずのドアが、ものすごい勢いで弾け飛んできた。
『セリナ、ナギ!二人とも無事!?』 「え?ルシ、ルシフ!?――ナギ!ナギをお願い!!」
レーミルも、あまりの突発事故に対処しきれなかったようだ。飛ばされてきたドアが丁度当たったらしく、ケイの袋を取り落としていた。 それを見つけたわたしは、飛びつくように手を伸ばす。 「それは僕の物だ!!」 伸ばした手を思いっきり踏み付けられ、悲鳴を上げた。痛みに耐えながらも、もう片方の手を伸ばす。もう少し、なのに・・・。
『セツラ、オウラ!やっちゃえ〜!!』 『おう!いっくぜー。必殺、春花の舞!!』
精霊の声に上を仰ぐと、赤黒い煙を吐くひょうたんを持って、セツラとオウラがレーミルの周りを飛び回っていた。 レーミルは呻きながら目を押えると、“止めろ!!”と叫びながら膝を付いて腕を振り回す。 「くそぉっ!目が、目が!!――止めろぉ!石はどこだっ!!」
足が外れたのをいい事に、さっと袋を取り返して、わたしは毒々しい煙から素早く遠ざかった。
『そろそろいいでしょ。逃げるよ!』 ナギを風の膜で覆ったルシフが、わたしに手を伸ばしてくれた。
「欲に取り付かれた人は、自己破産するのがお決まりだよ。気を付けてね」
膜の中に入ったわたしは、目を覆いながらあさっての方向によろめいている彼に、冷ややかに別れを告げた。
〜いやはや〜 レーミルとナギの関係が気になっていた皆さん、すみません。こうなってしまったんですよ。どーしても。 ・・・まあ、彼女はちゃんと、後に×××と×××しますから。 (え?何を言っているのかわからない?そりゃあねぇ・・・・ふふふふ)
それではまた!(逃走=3
|
|