まだ行く所があるからと去って行った精霊を見送って、わたしとナギはテンペレット一周の旅に出た。
同じ島の中でも、住む地域によって家や風車の形が違っていた。例えば、海岸端の地域では平屋で周りを防風林が囲っている。そこから風車が顔を覗かせていた。山岳地帯では、斜面を利用した三階建ての建物が多く、風車は別の小屋に取り付けられていた。その他広大な草原では、たくさんの家畜がのんびりと草を食(は)んでいる姿が見られる。 途中、同じく“フーヌ・ナムシ”に参加できた人々と会った。一人で悠々と遊んでいた人もいたが、断然グループが多かった。きっと皆で謎解きをしたんだろう。
もうすぐ一周という所で、高く響く鐘の音がこだました。そろそろ降りて来いという合図だ。たぶん、時間切れになると浮力が無くなって……こわっ。
もとの空地に戻ると、レーミルが手招きをしていた。 すうっと何の抵抗も無く高度を下げる。が、地上から一メートル離れた所で止まってしまった。いくら頑張ってもそれ以上降りる事ができない。
「ネヨホを放せば降りられるよ」
レーミルに教わってナギは降り立ったけれど、わたしはそのまま浮いていた。ギリギリまでこの浮遊感を味わっていたかったから。 やがて、参加者全員が帰ってきた頃、葉っぱの動きが鈍くなってきた。段々と震える速度を落とし、ついには止まる。 無事に降り立ったわたしは手の中のネヨホを見て、ナギと一緒に驚きの声を上げた。 「レーミルさん、これは……」 「ネヨホはね、この時期に摘まれるとしばらくして種になるんだよ。その種は地面い触れない限りずっと浮力を持ち続けるんだ。もう人を浮かせることはできないけどね」 聞きながら、種となったそれをまじまじと見た。 茎だった部分は末端に双葉を咲かせ、葉はタケノコのような形に変形していた。その部分に触れてみると、ヒンヤリと硬い。その割には重さが無いくらい軽かった。 硬い風船になった種は、時々ゆらゆらと体を揺らす。まるで、私達人間が感じる事のできない程のそよ風になびいているようだ。 他の人達のネヨホは地面に着くなり、土に溶けていった。わたしはせっかくだから記念に取っておこうと、こっそりバッグの中にしまい込んだ。
会場を後にした私たちはレーミルに誘われ、ナギに引っ張られながら昼食を取った。その後、彼の案内で町を巡り歩く。
「ねえ、気になっている事があるんだけど、聞いてもいいかな?」
不意にレーミルが尋ねてきた。夕方に近い空の下、まだ人通りは激しくて合間をぬって歩くのがやっとの状況だ。もしかしたら聞き逃していたかもしれない。 「構いませんけど…何でしょうか?」 「二人とも、同じものを首から下げているよね。それって何なのかな」 何でそんな質問をするんだろう。そう思っている間にナギがこれは――と、何かを言おうとした。
「お守りだよ」
口が勝手に動いて、わたしはナギの言葉を遮っていた。 「へえ。ディバインの?ちょっと見てみたいなぁ」 「だめ!!――あー…その、このお守り、人に見せたり触ったりすると効果が切れちゃうの。旅の、お守りだから…」 もちろん嘘だ。怪しまれるかと思ったけど、幸いレーミルは“ふーん”で済ませてくれた。 その後はこの話題に触れる事なく時間が過ぎていき、陽が落ちた頃にルシフがお迎えに来てくれた。そろそろ宿に帰ると言い、レーミルと別れた。明後日、リニス(ルシフの家がある港町)の『フースー・ヒコメイ』というお店でまた会う約束をして…。
『ねえねえ、さっきの誰さん?』 帰路につきながら、ルシフが尋ねた。ナギが彼の事を説明する。 「それでセリナったら、レーミルさんに対して態度が冷たいのですよ。あんなに優しくして下さるのに」 「しょーがないじゃん。何でかわかんないけど、そうなっちゃうんだもん」 『いいんじゃない?人の好みってもんもあるんだしさ。そんなにムキになる事もないと思うよー?それとも何かなー?ナギはその人に一目惚れ〜?』 ルシフはからかうようにクルリと前転して、ナギを逆さまから見た。 「ち、違います!ただ良い人だと思っただけでして…。だ、第一、歳が離れすぎています!!」 「あっれー?ナギ、顔が真っ赤だよ?どうしたのかなぁ?」 「セ、セリナ!!」
ルシフの家に着くと、セツラとオウラが出迎えてくれた。二人が腕を振るってくれたらしく、テーブルには香り引き立つ夕食がならんでいる。
『ありがたく食えよ。このセツラ様が腕によりを掛けて作ってやったんだからな!』 『違うよーぅ。ほとんどあたしに作らせたんでしょーぅ?』 『うるせーよ!生意気言ってねぇでさっさと食いやがれ!!』
賑やかな一日はゆっくりと幕を閉じていった。
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