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ノストイ〜帰還物語〜第三部 作者:紫苑璃苑

第36回   XII−10


 ラズロの家は港町から離れた普通の森の、少し入った所に建てられていた。落ち着いた色合いの豪邸だ。けれども周りの木々に馴染んでいて、ひっそりと調和を保っている。
 「たーだいまー」
キョトキョトと落ち着かない私たちを尻目に、ラズロは案外普通に帰宅を告げた。
「お帰りなさいませ、ラズロ様。―――そちらのお嬢様方は?」
奥の方から執事さんらしいスキンヘッドの若い男の人が出てきた。日に焼けているラズロや漁師さん達よりも、ずいぶんと色白に見える。
「おう、客人だ。一晩泊める」
ラズロは短く言って、案内してやってくれと一人でどこかへ行ってしまった。その後姿に一礼して私たちに向き直った執事さんは、こちらへどうぞと丁重に客間へ案内してくれた。
 ふわふわのソファーに腰掛けてお茶とお茶請けを頂いていると、軽いノックの後にきちんとした服装のラズロが現れた。
「驚いたろ?」
出し抜けに、どこか皮肉げに口の端を吊り上げた。
「代々エウノミアルに継がれてきた家なんだ。でっかすぎて落ち着かねぇかもしンねーけど、そこら辺は勘弁してくれよ。部屋も今用意させてっから。――ってー事で、だ」
彼はそこで言葉を切り、パンッと膝を叩く。次いで目を輝かせて身を乗り出し、
「黒森、通ってきたんだろ?どんな所だった?木の神様ってどんな奴だった?」
宿代代わりに、私たちは主の心行くまで話してあげた。
 ディナーは、王様が食べるような豪華なものかと思いきや、意外と普通の量と素材だった。けれども味は格段にいい。こちらでは特別な事がない限り、豪華な食事はしないらしい。
 “存分に休めよ”って私たちの神をぐしゃぐしゃにするラズロと別れて、執事さんに部屋まで案内してもらった。事前に、一部屋づつ与えるかどうか聞かれたので、私たちは迷わず一緒の部屋にしてもらった。これだけ一つひとつの部屋が大きいと、ゆっくり休むどころか不眠症になる。
 執事(シングフェルス)さんに通された客室は、予想通り広かった。
「何か御用がありましたら、遠慮なくお申し付け下さい」
と、丁寧にお辞儀して彼が退室すると、入れられていた荷物もそのままに、部屋中の探検を始める。そして、クローゼットの中に女物の福が入っていたので、着ている物と替えを乾かさせてもらうことにした。なんせ、黒森の霧のせいでしっとり濡れてしまったから。
 ぐるぐる館内を巡って、丁度通りかかったメイドさんに尋ねた。
「それなら、ついでにお風呂に入ったらどう?お洋服、洗濯しておいてあげるわ」
優しい笑顔と誘惑の言葉に甘えてさせてもらった。
 久し振りに入る温かいお風呂を存分に味わい、不眠の心配をよそに私たちはすんなりと深い眠りについた。

○○○

 翌日、何時間も早く寝付いた私たちは、いつも通りの時間に起床した。
 メイドさんに呼ばれて食卓へ向かうと、すでにこざっぱりとした服装のラズロがお茶をすすっていた。
「「おはようございます」」
「おう!おはよ。ちゃあんと寝れたか?」
「はい、おかげさまで。ゆっくりと休むことができました。ありがとうございます」
朝食を頂きながら、ナギがいつ頃出発の都合がつくのか尋ねた。すると、意外にもすぐに行けるという返事が返ってきた。
「仕事は?本当にいいの?大変なんでしょう?私たち、四日ぐらい待ったっていいから――」
「遠慮すンなって。たまには息抜きもしねーと、過労死しちまうし。な?」
ラズロがいかにも頷いてくれという目で見るものだから、わたしとナギは頷かざるを得なかった。
 エウノミアルの斜め後ろで佇んでいるシングフェルスさんの表情を見ると、主人が仕事をサボろうとしていることに気付いている。言わなきゃいけないんだけど、言いたくない…そんな感じだ。彼も、誰よりもラズロのそばにいるから、その大変さがわかるんだろう。
 ま、そういう訳で、あまり迷惑ばかり掛けすぎないように、私たちの荷作りができ次第の出発となった。


 「よーぅし、だーすぞー!!」

 朝と昼の中間ぐらい。すっかり乾いてきれいになったいつもの服を着たわたしとナギは、ラズロと一緒にキーリスを出発した。
 舟が波に乗って落ち着いた頃、わたしは舵を取る海の男に尋ねた。
「ねえ、エウノミアルってさぁ、どうやってなるの?試験とかするの?」
「なんだ、知らねぇのか?」
彼は驚いたように片眉を上げて続けた。
「現エウノミアルが仕事を続けることができない状態になると、体にある刻印が消えるんだ。ンで、しばらくして別の人間に刻印が現れる。それを他の島のエウノミアルが認めたら、そいつはその日からエウノミアルを名乗るンだ」
「刻印とは、どのようなものなのですか?」
「うーん、そーだなぁ…俺の場合は前任者が降りてから一ヶ月ぐらい後に、右肩ン所に浮かび上がってきた。すっげー痛かったなー。ンで、どうやらエウノミアルによって刻印の形も場所も違うらしいんだ。今まで誰一人として被ったことねぇんだって。ちなみに俺のは――こんなん」
袖をまくって見せてくれた。刻印は、ラズロの性格をよく表していると思う。豪快で陽気な感じ。だけど、深くて綺麗な緑色のように、どこか安心させてくれる。
「ふうん。色も、人それぞれ?」
「おう。そんで、この刻印が消えるとエウノミアルの座を降りる。まーほとんどが年食ってだな。たまにやっちゃーいけねえ事したり殺されちまったりして強制的に消されるのもいるけど」
「殺されるって…強盗とか?」
「おう。だいたいな。全部が全部、エウノミアルの金じゃねぇンだけどさ、それでもフツーに暮らしてる人達よりは収入多いだろ?よく狙われるンだ。だから、牢番人とか雇う奴もいるよ」
「まあ…。名誉な職も大変なのですね」
「わははははは!!慣れりゃどーってことねーよ!」
 彼は、冷気を含み始めた風を吹き飛ばすかのように、豪快に、暖かい声を響かせた。

○○○

 「うわ寒っ!!」
 船内から厚手の服を着込んで出てきた私は、凍るような空気に身を縮めた。
「一年中雪積もってるような所だかンな。ここんとこ止んでたみてーだけど、また降りそうだなァ」
「それにしても…寒いとは耳にしていましたが、これ程までとは思いませんでした。たくさん積もるのでしょうか?」
「おう、結構積もるンじゃねぇか?風邪ひかねーように気を付けろよ?」
白い息を吐くラズロは、少し厚めの長袖を一枚羽織っているだけだ。その台詞、そっくりそのままお返ししたい。
「はい。ありがとうございます。――ラズロさん、本当にお忙しい中、いろいろとありがとうございました」
港の桟橋から、ラズロを見上げる。彼は気にするなと笑って、
「ディムロスはさァ、外っ面は堅っ苦しいけど、いい奴だ。きっと嬢ちゃん達の力になってくれっぜ。会ったらよろしく言っといてくれな」
「うん、わかった」
 エウノミアルの乗った舟は、ゆっくりと雪の島、ウィズダムを離れていった。


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Novel Editor by BS CGI Rental
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