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ノストイ〜帰還物語〜第三部 作者:紫苑璃苑

第32回   XII-6
蛇のごとく、かつ素早く伸びてきたツルは、あっという間にナギを捕らえて高く持ち上げた。
「何すんの!ナギを降ろして!!」
手の届かないツルを諦め、ウグトに掴みかかった。けれども木の精霊は何も反応しない。喚いている間にも、ナギは老木の“虚(うろ)”に入れられてしまった。
 ナギの、助けを求める声が唐突に途切れる。
 わたしは空(うつ)ろな目をして固まってしまったウグトを放って、虚へ駆け寄る。
「ナギ!ナギ!?返事して!!」
ツルはマユのように彼女を包んでいた。荷物も取り上げられているわたしは、素手でツルを引っ張りながらナギを呼び続ける。しかし、

『審判中だ。静かにせよ』

グッと肩をつかまれ、伸びてきたツルに元の位置へ戻された。ついでに動きも封じられ、なすすべもなく再び光をなくしていくウグトの瞳を睨みつける。




 やがて―――




 『よかろう』




 精霊の呟きと共に、マユが次々に解かれていった。わたしは、未だに宙吊りにされたままだ。
「ウグト!ナギは大丈夫なの!?怪我してないよね?死んでないよね?」
『…………』
相手は無言のまま、裁決の手を振り下ろした。



・・・



 木立のざわめきが耳をくすぐり、私は目を覚ましました。
 いったい、何があったのでしょうか。私はいつの間にか広場の真ん中で横になっていました。

「セリナ…?」
 そういえば、ウグトさんは一歩も変わらない位置にいらっしゃるのに、彼女の姿が見えませんでした。まさか…セリナも私と同じようにあの中へ……。
「ウグトさ――」
腐葉土に手を付き、真相を確かめようと声を掛けた時でした。私は木々のただならないざわめきに思わず身を縮め、言葉が詰まりました。
 風が吹いている様子はありません。今まで体験したことがないのでよくはわかりませんが、“殺気立った”とでもいうようなざわめきです。
 ふと、古く大きな木の穴に、大きなマユのような塊があることに気が付きました。
 私はピリピリとした空気の中、ゆっくりと歩き出しました。周囲に立ち並ぶ木々から、あるはずのない突き刺さるような視線が投げられます。

 「ウグトさん」
石のように固まっていた精霊さんがぎこちなく動き、空ろだった目に光が宿りました。
「セリナを返して下さい」
『………』
「私たちは世界の消滅を防ぐために、あなた方精霊を尋ねてワグナー・ケイを集めています。どうか、力を貸して下さい。セリナを開放して下さい」
心のないような瞳を半ば睨みつけ、私は返事を待ちました。
『……あの娘はアルケモロス。生かしておく訳にはいかない』
返ってきた答えも、やはり心のないものでした。
「なぜですか!?セリナは何も悪いことはしていないはずです!なぜそのような事を―――」
『アルケモロスは我々に災いをもたらす。すぐにでも処分しなければ、取り返しのつかない事になりかねない』
「ですが…もしそうだとしても、セリナを元の世界へ戻さなければ、二つの星は消えてしまうのですよ!?あなたも、この森も、死んでしまうのですよ!?」
ウグトさんは相変わらず無表情に佇(たたず)んでいます。私は精霊さんが何も言わないのを見て取り、
『我々は生きるために行っている』
口を開いたところで、上から被せられました。
『お前たち人間は生きるために生き物を殺して糧にしているだろう。生きるためには犠牲が必要だ。ならばなぜ、我々が狩る側に回ってはいけない』
「それは……」
『我々は生きるために大地から様々なものを吸収――すなわち命を奪い、お前達に必要な空気や土を作っている。だが、お前達は我々に何を与えている?何を返している?お前たち人間は奪ってばかりで何も返してはくれない。恩を仇で返すとはこの事だ。そんな人間に怒りを覚えぬ方がおかしい』
「そ、それは…そうかもしれませんが……」
『自然(我々)を破壊(こわ)す人間を、我々はあえて今まで目を瞑ってきた。そのうち気付くと思っておったが……。忘れるな。我々にはお前達が太刀打ちできない程の“力”を持っている。それこそ、一振りの“力”で何千人、何万人もの命を奪うほどのな』
「…………」
『機は熟した。我々は人間を消していくことにした。アルケモロスの記憶を覗き、ますます生かしておく訳にはいかなくなった』
「セリナの、記憶…?」
ウグトさんは私の問いに、背後にある老木を指して言いました。
『あれは私の本当の姿だ。この体はただの作り物に過ぎない。人間の言葉を扱うには、この姿を取らねばならん。人間に、我々の言葉が解せるはずがないからな。そして私は、対象を包み込む事で、その者の記憶・身の回りで起きた出来事、または過去の出来事を視る事ができるのだ。―――人間の危険性は我々の想像を遥かに超えていた。よって、我々はまず、アルケモロスを排除する』
「!?そ、そんな!止めて下さい、お願いします!セリナは…セリナは私の大切な友達なのです!アルケモロスだからなんて関係ありません。お願いします、お願いします!!」
『……我々も、理不尽な理由で何度も友を失った。当然の報いだ。それに、これは我々の生死に関わる問題だ。すでに世界では異変が起こっている。心当たりが無いとは言わせぬ。これからもっと酷くなっていくだろう。何もかも、人間のせいなのだ!アルケモロスも、人間も、これ以上存在すべきではない!!』
ウグトさんの一際高い叫びに、森全体が賛成の声を上げました。

 もう、諦めるしかないのでしょうか。
 たった一人の大切な友達も救えず、私は、人間は自然に滅ぼされてしまうのでしょうか。

 「…セリナ…」
 






 あなただったら、どうやって止めるの…?


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Novel Editor by BS CGI Rental
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