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ノストイ〜帰還物語〜第三部 作者:紫苑璃苑

第31回   XII-5

 やはりその声は、木のざわめきの混ざった不思議な声だった。
 声の持ち主が、枝の上に姿を現す。霧は、いつの間にか薄れていた。
 長く、木の枝のような髪の毛に木肌の体。青々とした葉を身にまとい、男だか女だかわからない顔をしている。
「あーえっと…こんな所からで悪いんだけど、こんにちは。わたしはセリナ、でそっちがナギ」
「セリナ、あなたのん気に紹介している場合じゃないでしょう?まずは敵なのか味方なのかとか、このツルを解いてくれないかとか、そういう事を聞きなさいよ」
「あ〜。だ、そうですが?」
ウグトは枝の上に立ったまま、しばらく何も言わずに私たちを眺めていた。
 森はシン……と静まり返っている。次の言葉を、固唾を呑んで待っているかのようだ。

『また、クシュロを刈りに来たのか』

「また……?」
何のことだかさっぱりだ。
『クシュロパゴスなれば、たとえ子供なりとも生かしては帰さぬ』
言っている事はわからない。けど、ウグトは明らかに私たちを敵視している。綺麗な顔を憎々しげに歪め、鋭く睨まれた。

 な、なにか…なんでもいいから言わなきゃ!でも、何を……?

「さ、さっき、わたしがツルを切ろうとしたのは確かだよ。けど、私たちはクシュロパゴスなんかじゃない」
出た言葉は、自分でも驚くほど話を理解した上で発しているような言葉だった。
『証拠はあるのか。クシュロパゴスではないという証拠は』
「私たちの荷物を調べてもらってもかまわないよ。こんな立派な木を切れるような道具は持っていない。火は明かりや食事の時にしか使わないし、短剣は身を守ったりする時にしか使わないよ」
『…………』
「納得できない?」
ウグトはしばらく黙って下を見ていた。あまりにも長くそうしているので、目線を追って地上を見ると、私たちの荷物を片付けている所だった。
『……所持品だけでは判断しかねる。人間は危険な生き物だ』
「そんな人ばかりじゃないんだけどなぁ」
「お願いです!信じてください!」
私たちにクシュロ(=森の木)を傷付ける気はないと、いくら説いてもウグトは耳を貸さなかった。
『口では何とでも言えよう。――お前達を試す。来なさい』
途端に、動きを奪っていたツルが緩んだ。当然、吊るされていたのだから、
「「ああぁぁぁぁぁ〜〜〜!!」」
ドロッピングアクション全開ですよ。

 ボスッと、枝や葉の障害物のおかげで大怪我することなく…落ちることができた。ただ、服が破れたり傷ができてたり、青あざができた程度ですんだ。
 落ちたショックに呻いていると、今まで感じなかった突き刺さる視線に気付いた。一つや二つばかりじゃない。それこそ、360度木々の数だけ目があるようで、ぞっとしない。
「…試すって、どうやって?」
鋭い気配に気を配りながら、慎重に腰を上げて尋ねた。
『審判にかける』
試すと言ったのに、審判…?どういう意味だろう?色々詰問して、真理を引き出すつもりだろうか。
『ついて来なさい』
ウグトは木の根の足をゆっくりと動かしだしだ。足運びはそう速くないのだが、歩きにくいでこぼこ道をするすると進む。わたしとナギは再び深まる霧の中、脱出の希望を見失わないように急いで後を追った。

「ねえ。あなた、木の精霊だよね?」
『……………』
「私たちの話を聞いて下さい」
『聞くことなど何もない』
ウグトはやはり耳を塞ぎ、これ以上何も聞きたくないと、足を速めた。
 多少距離が開いても、精霊の姿は霧に紛れることなくハッキリ見て取れる。まるで、霧の方がウグトを避けているようだ。
 やがて、私たちの周りからも乳白色の膜が引き、急に視界が開け、

「「―――っ!?」」

目の前にそびえる、巨大な老木に目を奪われた。
 ナギの家が建つ湖の木よりも、もっともっと大きく、もっともっと年を重ねてきた木だ。
 初めてハッキリと周りを窺えるようになり、ここが森の中心だと悟った。足元には幾万本もの根がはびこり、表面はコケで覆われている。

『審判の間』

 老木の根本で立ち止まったウグトは、背景に溶け込んで見える。
「ここで…何?尋問とかするの?」
ウグトは答えず、すうっと右手を真っ直ぐ上に伸ばした。そして、それが前――つまり私たちの方へ振り下ろされ――

「っ!?きゃあぁぁぁぁぁ!!」

「ナギ!?」

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Novel Editor by BS CGI Rental
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