やはりその声は、木のざわめきの混ざった不思議な声だった。 声の持ち主が、枝の上に姿を現す。霧は、いつの間にか薄れていた。 長く、木の枝のような髪の毛に木肌の体。青々とした葉を身にまとい、男だか女だかわからない顔をしている。 「あーえっと…こんな所からで悪いんだけど、こんにちは。わたしはセリナ、でそっちがナギ」 「セリナ、あなたのん気に紹介している場合じゃないでしょう?まずは敵なのか味方なのかとか、このツルを解いてくれないかとか、そういう事を聞きなさいよ」 「あ〜。だ、そうですが?」 ウグトは枝の上に立ったまま、しばらく何も言わずに私たちを眺めていた。 森はシン……と静まり返っている。次の言葉を、固唾を呑んで待っているかのようだ。
『また、クシュロを刈りに来たのか』
「また……?」 何のことだかさっぱりだ。 『クシュロパゴスなれば、たとえ子供なりとも生かしては帰さぬ』 言っている事はわからない。けど、ウグトは明らかに私たちを敵視している。綺麗な顔を憎々しげに歪め、鋭く睨まれた。
な、なにか…なんでもいいから言わなきゃ!でも、何を……?
「さ、さっき、わたしがツルを切ろうとしたのは確かだよ。けど、私たちはクシュロパゴスなんかじゃない」 出た言葉は、自分でも驚くほど話を理解した上で発しているような言葉だった。 『証拠はあるのか。クシュロパゴスではないという証拠は』 「私たちの荷物を調べてもらってもかまわないよ。こんな立派な木を切れるような道具は持っていない。火は明かりや食事の時にしか使わないし、短剣は身を守ったりする時にしか使わないよ」 『…………』 「納得できない?」 ウグトはしばらく黙って下を見ていた。あまりにも長くそうしているので、目線を追って地上を見ると、私たちの荷物を片付けている所だった。 『……所持品だけでは判断しかねる。人間は危険な生き物だ』 「そんな人ばかりじゃないんだけどなぁ」 「お願いです!信じてください!」 私たちにクシュロ(=森の木)を傷付ける気はないと、いくら説いてもウグトは耳を貸さなかった。 『口では何とでも言えよう。――お前達を試す。来なさい』 途端に、動きを奪っていたツルが緩んだ。当然、吊るされていたのだから、 「「ああぁぁぁぁぁ〜〜〜!!」」 ドロッピングアクション全開ですよ。
ボスッと、枝や葉の障害物のおかげで大怪我することなく…落ちることができた。ただ、服が破れたり傷ができてたり、青あざができた程度ですんだ。 落ちたショックに呻いていると、今まで感じなかった突き刺さる視線に気付いた。一つや二つばかりじゃない。それこそ、360度木々の数だけ目があるようで、ぞっとしない。 「…試すって、どうやって?」 鋭い気配に気を配りながら、慎重に腰を上げて尋ねた。 『審判にかける』 試すと言ったのに、審判…?どういう意味だろう?色々詰問して、真理を引き出すつもりだろうか。 『ついて来なさい』 ウグトは木の根の足をゆっくりと動かしだしだ。足運びはそう速くないのだが、歩きにくいでこぼこ道をするすると進む。わたしとナギは再び深まる霧の中、脱出の希望を見失わないように急いで後を追った。
「ねえ。あなた、木の精霊だよね?」 『……………』 「私たちの話を聞いて下さい」 『聞くことなど何もない』 ウグトはやはり耳を塞ぎ、これ以上何も聞きたくないと、足を速めた。 多少距離が開いても、精霊の姿は霧に紛れることなくハッキリ見て取れる。まるで、霧の方がウグトを避けているようだ。 やがて、私たちの周りからも乳白色の膜が引き、急に視界が開け、
「「―――っ!?」」
目の前にそびえる、巨大な老木に目を奪われた。 ナギの家が建つ湖の木よりも、もっともっと大きく、もっともっと年を重ねてきた木だ。 初めてハッキリと周りを窺えるようになり、ここが森の中心だと悟った。足元には幾万本もの根がはびこり、表面はコケで覆われている。
『審判の間』
老木の根本で立ち止まったウグトは、背景に溶け込んで見える。 「ここで…何?尋問とかするの?」 ウグトは答えず、すうっと右手を真っ直ぐ上に伸ばした。そして、それが前――つまり私たちの方へ振り下ろされ――
「っ!?きゃあぁぁぁぁぁ!!」
「ナギ!?」
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