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ノストイ〜帰還物語〜第三部 作者:紫苑璃苑

第3回   \-3

                      ○○○

 「ねえ、どこでやってるの?その“フーヌ・ナムシ”って言うやつ」


 テンペレットに来て三日目。わたしとナギは“アシル”と言う町に観光に来ていた。
 今日からこの町全体でお祭があるらしい。そのおかげもあって、通りは人で溢れ返っている。
 ルシフは昨日私たちをここまで送ると、どうしても外せない用があるからと言って、家に帰ったまま戻ってこない。

 そして今わたしとナギは、ルシフに聞いた一大イベントに参加するべく、宿を出たところだった。

「ああ、そういえば…。宿を出る前に聞いておけばよかったわね。その辺の誰かに聞いてみましょうか」
「うん。――あれ?」
「あら、あの人は…。丁度いいわ。あの人に聞いてみましょう?お互いに面識はあるのだから、ね?」
ナギは道を挟んだ向こう側にいる、肩幅の広い背中を指した。

 わたしは乗り気じゃなかったんだけど…。ナギがいたく彼の事を気に入ったようなので、仕方なくひしめく人々の合間をぬって、彼女に続いた。

「あの…」
ナギが声を掛けると、男の人はエメラルドグリーンの髪をなびかせて振り返った。そして、驚いたように瞬(まばた)く。
「君達は…この前の?奇遇(きぐう)だね、こんな所で会うなんて」
「ええ、本当に。あの、一昨日はどうも、ありがとうございました」
本当はわたしが言わなきゃいけないセリフなんだけど、またナギが代わりに言ってくれた。なんか、お母さんみたい。
「いいや、お礼を言われるほどの事はしてないから。――ああ、そうだ。僕はレーミル。よろしく」
「私はナギ、こちらはセリナです」
ナギは差し出された手を取って、握手した。けれども、どういう訳か、わたしはそんな気にはなれなかった。せめて上辺だけでも握手すればいいのに、意識に逆らって体が動き、ナギの背中に隠れてしまった。
「おや、嫌われちゃったかな?男が馴れ馴れしく女の子の手を取るのはよくなかったね」
「すみません。セリナ?どうしてそんな…」
「いいよ、気にしてないから。難しい年頃だもんね?」
咎(とが)めるナギと、妙な誤解をするレーミルの視線から逃れるように、わたしは深く俯(うつむ)いた。

 
 丁度行く所だったからと、レーミルに“フーヌ・ナムシ”の会場まで案内してもらった。
 坂を上ったり下ったり、細い路地を通ったりと、まるで迷路に放り込まれたようにくねくね進む。さすがに不安になったのか、ナギが“遠いのですか?”と尋ねた。それに対してレーミルは、“もうすぐだよ”と意味深な笑みを残した。

 しばらくして辿り着いた空地には、数十名の老若男女がヒソヒソと、嬉しそうに喋っていた。
「そんなにいないね」
もっとたくさんいるものだと思っていた。それこそ、何千人といてもおかしくないはずだ。ルシフが、有名なお祭りだって言っていたのに、どうしてこんなに人が少ないんだろう?
「“フーヌ・ナムシ”はね、大勢の人が参加したがるものだから、人数制限する為にわざと会場を教えないんだ。それに、毎年違う場所で開かれているんだよ」
わたしの呟きに答えたレーミルは、Vの字型に別れて捻じれる葉を持った、背の低い木の傍で止まった。
「祭りの広告に、所々会場へ辿り着く為の情報が書かれているんだ。皆毎年、解くのにやっき躍起になっているよ」
クスリと笑って、そろそろ始まりそうだねと、壁の方を見た。


『さあさあ紳士淑女の皆さん、長らくお待たせいたしました!今、この時点で会場に居られる方々、おめでとうございます!!あなた方は“フーヌ・ナムシ”に参加する資格を得ました!』

どこからか司会者が出てきて、奥にある台に上がった。皆の注目が集まり、静まり返る。

『でもでもぉ、まだ安心は出来ません!知っている方も多いとは思いますが、初めて参加される人もいると思うので、お話しておきましょう!――そこのお兄さん?あんまり興奮すると、毛が抜けてしまいますよー?いえいえ、本当ですってば』
と言って、司会者はカツラごと帽子を取り、見事に禿げ上がった頭皮を見せる。

 会場がどっと湧くと、照れ笑いをしている司会者の横から、わざとらしい咳払いが聞こえた。
『ゲッ…。はいはい、すみませんマクレガーさん。――それでは皆さん、話を戻しましょう。ここだけの話、これは円形脱毛症が原因でして――はいっ!わかってますよー、マクレガーさん。――えー、えー…。とにかく、こちらの合図がありましたら、皆さんの足下にある“フーヌ・ネヨホ”の葉をお一つ摘んでください。後は運任せ!今回はどれだけの人が参加できるかな!?それでは、もうしばしのご辛抱を〜』
やんややんやと拍手が起こり、また静かなざわめきが戻ってきた。


「“フーヌ・ナムシ”はここにいる方全員が参加できる訳ではないのですか?」

ナギがさっそく疑問をぶつける。わたしは興味の無い雰囲気を装(よそお)って、足元の“フーヌ・ネヨホ”と呼ばれた植物の観察を始めた。もちろん、耳はしっかり傍(そば)だたせて。

「うん、そうだよ。必ず参加できる人と、そうでない人がいるんだ。僕も参加できない者の一人だけどね。まあどうせ、どれだけ集まったのか見に来ただけだし、参加するつもりもないけど」
「まあ、それは残念ですね。でも、どうして参加できる方とそうでない方と、はっきり別れてしまうのでしょう?」
「うん、それが全く解明されていないんだ。それぞれの共通点を調べても、これといって――」

わたしは二人の会話を聞きながら、奇妙な葉っぱを指先で突付いてみた。


「うわっ?」


と、突然震えだしたそれに驚いて、思わず小さな悲鳴を洩らす。
 葉から手を離すと、すぐに震えは止まった。
 何で震えたんだろう?突付いたから揺れたって感じの揺れじゃなかった。

「何やってるの?セリナ」

頭を捻っているわたしに気付いたナギが、声を掛けてきた。
「えっと…葉っぱの観察?」
「さっき、触った?」
レーミルはしゃがんで、わたしを覗き込むようにして聞く。そんな彼からさり気なく身を引き、子供扱いする笑顔から逃げるために立ち上がった。
「いけなかった?」
「いけなくはないけど、大抵の人は合図があるまで触ろうとはしないからね。――触れたとき、小刻みに揺れた?」
「それが?」
肩を竦めて後を追うように立ち上がった彼に、わたしは見もしないで答えた。なんだか、冷たいときのウェーアみたいだ。
「揺れたのなら、セリナは参加できるよ。現に――ほら、僕が触っても何も起こらない」
本当だ。わたしの時はちょっと触っただけでもあんなに震えたのに、この人だとピクリともしない。


 『さあさあ皆さん!やっと時間になりましたよ。準備はいいですか?』
再び司会者が登場した。ついさっきまで聞こえていた怒鳴り声も止んでいる。
『ニメイン(トイレ)に行きたい人はいない?始まってからじゃ遅いですよぉ?――はいはい、わかってますって。それでは皆さん、ネヨホを一つ、お摘み下さい!!』

彼の合図で、それそれが腰をかが屈めて葉を摘む。途端に、「動いた!!」とか、「なんでだよー」とか、いろんな叫び声が空地を満たす。

 わたしが摘んだネヨホは、外側に開いてはカタが外れたようにぶるぶる震え、また開いては震えを繰り返した。回りを見回すと、人それぞれで揺れ方が微妙に違うのがうかが窺える。ナギのはゆっくりと大きく交互に前後していて、別の人のはせわしなく左右に動いていた。また別の人は、ぐるぐる回っては逆回転を繰り返している。なんとも不思議な光景で。

『さあさあ、ネヨホが動いた方、おめでとうございます!!そうでなかった方々は、残念無念また来年〜。人生そんなもんですよ。――じゃあ、参加できる方、ちゃーんと荷物は持っていってくださいね。あっ、お財布は置いて行ってもいいですよー?私が有効利用しますんで』
司会者が話しているうちに、ふわりとした浮遊感がわたしを襲った。

 足が地面から離れている。
 ネヨホが私たちを浮かせてくれているようだ。

 驚きに声も出せずにいると、見上げたレーミルが“ネヨホを放しちゃだめだよ”と言っていた。



『それでは皆様、存分に空中遊泳をお楽しみください!!』



空地で手を振る人たちに見送られ、私たちは空高くへと舞い上がった。


                       ・・・

 「あ〜。気持ちい〜ね〜、ナギ」
「本当に。夢見たいだわ、こんな風に空を飛べるなんて」

 眼下に町が見えた。
 ざわめきは遠く、人々が小さく見える。時々こちらを指さす人もいた。
 見事“フーヌ・ナムシ”に参加できたわたしとナギは、思い通りに飛べる事を驚嘆しつつ、空中遊泳を楽しんでいた。
 わたしはうれしくて、地上では絶対に出来なかったバク宙を何回もやった。羽目を外しすぎて気持ち悪くはなったけれど…。

 ルシフはいつもこんな風に飛んでいるんだろうか。けれども、彼女からすれば、私たちが歩くのと同じ事だから、こういう感動はないんだろう。“おいしい物は、たまに食べるからおいしんだ”って言うしね。

 しばらくのんびり風に流されていると、強く暖かい風と、冷たい風に吹き付けられた。振り返ると、やっぱりルシフがいて、彼女の後ろに見慣れない子供が二人いた。ネヨホを持たずに浮いているから、きっと風の精霊の仲間だろう。

『やっほー!やっぱり二人とも“フーヌ・ナムシ”できたね!あたしの見込んだ通りだわ〜』
「ルシフさん、こちらにいらしていたのですか。――そちらの方々は…?」
『あっ、そうそ。わっすれてた〜』
『忘れんじゃねーよこのボケ。――オレはセツラ。こいつはオレの子分のオウラだ。よろしく』

ルシフより年下の男の子(セツラ)が自己紹介すると、気の弱そうな女の子(オウラ)が小さく口を開いた。

『あたし、子分なんかじゃないよぅ。セツラ君の方が年下でしょぅ?』
『うるせーよ!格の差だろ、格の!!生意気いってんじゃねーよ!』
『痛いよやめてよイタイと酷いよいたいよ――』

セツラがオウラの頭を拳でぐりぐりやっているのを尻目に、ルシフは当然のように無視をして、


『この子達は下僕みたいなもんよ。今日久し振りに帰ってきてさー。あ、こき使ってくれていいからね』

『『下僕言うな!!』』




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Novel Editor by BS CGI Rental
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