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『起きなよ、アルケモロス。呼んでいるよ』
・・・・・・・・・・・ だ れ ・・・・・・・・?
『私は私さ。いつも君の傍にいる』
ああ、声のヒトね。また出て来てくれたんだ・・・・・・
『そうだよ。さあ、オーケアニテスを助けてやってくれ。彼女は君を待っている』
――うん、そうだね。わたしが言い出したことだ。最後までやらなきゃ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・
「――あ・・・。助けてくれたの?ありがと」 目が覚めると、わたしはオーケアニテスが抱える、淡いオーロラ色の膜の中にいた。さっきから、海に入ったり出たりを繰り返していたが、衝撃はほとんどなかった。 『あなた、助けてくれる、言ったから』 きれいな声だ。きっと世界中の人が聞きほれる。 「そっか。よかった、声が届いて。待っててね。今からこのロープで・・・・・・・あれ?」 体に巻いていたはずのロープが消えていた。しがみ付いている最中か、投げ出された時にでも外れたんだろう。
「おーい!大―丈夫かーぃ!?」
どうしようかと悩んでいる所に、下の方から呼ぶ声がした。小舟に乗っていた、力自慢だ。 「何とかねー!ねえ、代わりの太いヒモない?解けちゃった」 返事を返した事にホッと笑顔を見せた漕ぎ手と、力自慢のおじさんは、そろって頭上にロープを掲(かか)げた。あんなに波があって、水を吸って重くなっていたのに、引き上げてくれたんだ。 「ありがとー!!こっちに投げれる?――オーケアニテス、あれこの中に入れれるかな?」 『できるよ』
力自慢のおじさんが、先に重りを付けて投げた。見事なコントロールで、それは真っ直ぐにわたしの方へ向かって来る。 膜を通り抜けたそれを拾って、再びしっかりと縛り付けた。 「じゃあ、これからあなたの背中によじ登るんだけど・・・海に入らないようにできる?あと、暴れられると落っこちちゃうから、できるだけ我慢してくれると助かるんだけど」 『がんばる』 頷いたわたしは海の中にいる膜から出て、オーケアニテスのヒレを伝う。彼女は言われた通り、暴れずに背中を海上に出していてくれた。 海から抜け出したわたしは、真っ直ぐにオーケアニテスの首に刺さっているモリへと向かう。 そして、彼女の傷口を見て、その深さに眉をひそめた。
誰なんだろう。どうしてこんな酷い事をするんだろう。 そう思いながら、しっかりと絶対に解けないようにロープをモリに結び直す。 もし捨てたものが誤って刺さってしまったのなら許せないし、故意に行なった事なら、なおさら許せない。
確認作業を終えて、小舟に合図を出す。力自慢がさらにバイルー号へと伝えた。 やがて、水を吸ったロープがゆっくりと海面へ姿を現す。オーケアニテスと船の間に、一本の筋が浮かび上がった。 「いい?オーケアニテス。一気には抜けないだろうから、相当痛むと思う。だからその…頑張って!」 『がんばる』 こういう時、なんて励ませばいいのか…ボキャブラリーが少ないとかなり困る。 バイルー号は最初よりもずっと近くに来ていた。波も治まり、より救助に専念できるだろう。
オ――――ン・・・・・・
鐘のような鳴き声が、高く響き渡った。 それを合図に、三ヶ所で綱を引く。
始めは全く動こうとはしなかったモリだが、次第にずっ ずっ と、鱗の間から引き出されてきた。その度に鮮血が溢れて、わたしの体は海と同じ色に染められた。 オーケアニテスが悲痛に鳴く。けれども彼女は決して、身をよじったり暴れたりはしなかった。
全身を徐々に現すモリ。それは、一際大きく引かれた時にやっと、彼女の体から抜け落ちた。
いきなり抜けて踏鞴(たたら)を踏んだわたしは、離れた所から沸き起こる歓声を耳にした。
「よぐやった嬢ちゃん!てーした根性だがや!!」
バイルー号に戻った途端、バシバシと背中を叩かれ、わたしはその場にへたり込んだ。 「おおおおおい!だだ、大丈夫けっ!?」 背中を叩いたうちの一人、ガドガが慌てふためいてオロオロする。わたしは疲れ果てていて、答える気にもなれず、ひらひらと手を降って示した。
ナギが抱きついてきた。 彼女の温もりが、冷えた体に温かい。 夕日を背に、傷の手当てを断って去った彼女の感謝の言葉を思い出しながら、わたしはゆっくりと目を閉じた。
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