○○○
翌日、昨日と同じように機械や服を見ながら歩いていると、
――カタカタカタ・・・
「・・・?人形?」 わたしの膝より少し上ぐらいの背丈の人形が、近付いてきた。顔など細部に渡ってリアルに作られているから、ちょっと気持ち悪い。
『アーアーアー。れ、れれれんれん・・・練習、れれレンシュウ』
「うわっ!喋った」 人形はいきなりかパッと口を開くと、生身の人間の声で壊れたレコードのようにどもりながら、“練習・練習“と繰り返す。また何かのデモンストレーションかな? 『ァーアーア。ききき、きみ、キミタチ。君達、そそ、その首に下げているもっものをわわ渡し、なさい』 「「!?」」 どもる人形を見守っていた私たちは、驚愕に身を硬くした。なんでこんな人形がケイのことを・・・。 「首に下げているものって何?私たち、飾り物なんてしてないよ?」 人形に言っても通じるかわからないけど、わたしはとっさ咄嗟に嘘をついた。もしかしたら、ミアルのブサイク男のように、どこかで私たちの情報を手に入れたのかもしれない。 『そそ、そんな嘘をいい、言ってもむっ無駄だよ。きー君達がとても大切なものをもっ持っているのはわかっているんだから』 壊れたレコードは、少し得意げに言う。が、 「いったい、どなたからそのような嘘の情報を?」 ナギがわたしに合わせてくれると、人形はガシャッと慌てふためいた。 『はやっ!?うっううウソォ!?そそ、そんなははずは・・・そ、そうだ!そんなはずはなっない!アニキのじー情報に間違なんかあるもんか!』 「人は、誰だって間違うことはありますよ?その、首から何かを下げている人が私たちだとは限りませんし・・・。どなたが、あなたにその情報を流したのですか?」 ナギはもう一度同じ事を強調して聞いた。わたしはその間に、そろりそろりと移動して、背後から人形に近付いていく。 『おおお前!ぼくっちに近づくんじゃなっ、ない!!アニキはううウソ、嘘なんかつかないし、ぼ、ぼくっちは・・・も、できるだけき、君達を傷付けないようにして、ものをも、もらいたいんだ。だだだから、おーおとなしくそっそれを渡してよ!』 驚いた。 相手が穏便に事を進めたいって言うのにも驚いたけど、むしろ後ろからバレないように近付いたはずなのに、すぐに気付かれた。けれど、後頭部にカメラが付いてるようには見えないし・・・。って、いう事は―― 「ナギ」 わたしは彼女の横に戻って、そっと耳打ちした。ナギが頷く。
「――ねえ」
わたしは人形と目線が合うように、しゃがんで話し掛けた。ナギはまだ後ろに立ったままだ。 「今やっている事ってさ、本当にあなたが望んでしている事なの?」 『はや?』 「そのアニキって人に言われて、あなたは首に何かを下げている人を探しているんでしょ?それを手に入れたとして、なにか見返りがあるって、言われた?いつもごまかされて、手柄横取りされてない?」 人形は、そんな事はない!と言い張る。 話している間、わたしは横を人が通るたびに人形のいろんなところで手を振って、反応を見た。 しばらくしてナギを振り返ると、彼女は心得たと頷いて、タイミングを計って人混みに紛れ込む。 『き、君達!いい、一体何をしているんださっきから。・・・あ、も、もしかして、ぼっぼくっちを探しているんだね。け、けど、そう簡単には見つけ――こんにちは』 突然、人形の声を遮ってナギの声が人形の口から発せられた。どうやら無事、見つけられたようだ。 辺りを見回したわたしも、すぐにナギと人形使いを見つけ、人形を抱えてそちらへ向かった。
ナギの横にいる人は、ショッキングピンクの髪を見事なまでに真っ直ぐ切ったおかっぱ頭に、丈の長い白衣を着ていた。それが余計に彼の痩せた小さな体を強調している。貧相な顔に掛けられたメガネは、いくつものレンズが付いていて、状況に合わせて度を調節できるみたい。って言うか、見るからにアブナイ人。 「『なななん、なんで、ぼぼくっちの居場所を!?』」 男はこりもせずに、人形を通して喋る。 「さあ、どうしてだと思いますか?私たちの質問に答えてくださったら、教えて差し上げますよ」 「『そ、そそそん、そんな条件はのの呑めないです』」 ダブダブのズボンを引きずる彼は、さっきまでの勢いはどこへやら・・・で、声の調子がどんどん弱くなっていく。 「じゃあ、あなたの“アニキ“を雇っている人は誰?」 「『しっししら、知らない。知らない』」 目が泳いでる。本当に知らないのかな?わたしがしばらくじっと見ていると、
「『――ひっひぃ〜。ご、ごめんなさい!すみません、許してくださいごめんなさい!い、言いますから、ゆっ許してえ〜』」
「「・・・・・・・・・」」
まだ何にも言ってない。 黙って見ていただけの私たちの見ている前で、男はうずくまって泣き出した上に、ペラペラと喋り出した。 彼のアニキが誰に雇われているのかは知らないが、一度テンペレットに連絡している所を見たことがあるらしい。他にもたくさん仲間がいて、私たちを捕らえるor首に下げているものを持ってきた者には、莫大な賞金が支払われると教えてくれた。 それらを全て吐き出してから、改めて彼は私たちに例のものを要求した。あくまで自分は穏便に済ませたいのだと。 まあ、もちろん私たちは―― 「まことに申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」 キッパリと断った。男は狼狽して、よろめきながら立ち上がる。 「『な、ななんのたっために旅をしているのかはし、知らないけど・・・ここで渡してくれなかったら、これからど・・・どんどん危なくなってくよ?』」 「止めないよ。どんなに危険な事でも、これは私たちのすべき事だから」 「『で、でででも・・・でも・・・』」 「そして、私たちは次の旅に出るため、急がなくてはならないのです」 ナギはどこかの台詞から抜いたような口調と言葉で締めくく括り、すっとお辞儀する。 「『だ、だけど…』」 「それでは――」 「さよーなら〜」 私たちは言いよどむ人形遣いを残して、踝を返す。ところが、
「『――まっままままて、待て〜!!』」 男の裏返った、叫びとも悲鳴とも取れない声の後、
―――ザンッ!!
間髪入れずに、同じ顔をした人形が何十体も出てきて、私たちの回りを取り囲んだ。 「『そ、そその二人が首にさっ下げているモノを奪って来い!』」 人形遣いがヒステリックに叫ぶ。 人形達がジリッと円を狭めてきた。 周りの人は、何だなんだと見物するだけだ。大方、“どこかの科学者が自分の作品を売ろうと宣伝してる”とでも思っているんだろう。もしくは映画の撮影!?……映画とかないか……。 とにかく、町の人に助けを求めても意味なさそうだ。自分たちの力だけで、どうやって逃げ出そうかと考えを巡らせる。
―――カタカタカタカタッ。
迫る人形達が、示し合わせたようにピタリと歩みを止めた。 私とナギは、来るか!?と身構える。 そして――
「『あぁ――っ!!!』」
空のどこかを指して、男と人形がいっせいに叫んだ。
「「……………」」
今時こんな古い手に引っかかるとでも… 「『・・・こっこれに掛からないな、なんて…。やや、やるなぁ』」
思ってる、ね。
「『じ、じゃじゃあ、こいつはどどうだ!!』」 男はポケットから何かのスイッチを出して、
―――カチッ
押した。 途端に、人形達が体勢を低くし、ダッと強く地を蹴る。 小さな体が高く空へと舞い上がる。――上から取り押さえる気だ!!
「―――っ!!」 わたしはナギの手を引いて、飛び上がった人形達の下を潜り抜けた。 空中で方向転換した人形達をスライディングして躱し、即座に立ち上がって走り出す。 野次馬の合間をぬって逃げ場を探すが、人形は背が低いため、人の足元をスルスル抜けられる。すぐに追いつかれてしまった。 飛び付いてくるそれらを、右へ左へと躱して、やっと人垣を抜けることができた。 振り返ると、人形もすぐに人だかりの間から姿を現していた。けど、相手は体が小さくて足もこちらより短いから、私たちの方が有利・・・・・・・・・だと思う。 人形達との距離を気にしながら、通行人に紛れてかくれんぼの場所を探す。だが、人形達がピッタリと張り付いていて、なかなかその機会をつかめなかった。
ああ、もうイヤ!!疲れたし息切れてるし、人は邪魔だし・・・・・・!! わたしは自棄(やけ)になって、
「―――ああっ!!」
と、空の一点を指して叫んだ。
・・・我ながら情けない。焦っていたとは言え、こんな相手が使った手に引っかかる訳――
「『えっ?』」
――神様、この人をバカ正直な人間に育ててくれてありがとうございます。
感謝をしながら、私たちはチャンスとばかりに通りを駆け抜けた。 どこか遠くから、男と人形達の“消えたー!?”という叫びが聞こえた。
物陰に隠れたわたしとナギは、次に備えて息を整え、作戦を練っていた。船着き場まではまだ遠い。 逃げ切れるかどうかはわからないけれど、他に助けてくれる人はいない。自分たちだけでどうにかしなくちゃいけないんだ。
「・・・あ、そうだ。ねえ、ちょっと――」 ふと思いついて、ナギに耳打ちしてみる。 「――どう?」 「そうね・・・何もしないよりはマシかしら。けれども・・・掛かってくださるかしらね」 「ようは試しだよ。駄目だったらまた別の方法考えりゃいいじゃん?」 「ものは試しね」 「・・・・・・はい」
|
|