一人で騒ぐ男からだいぶ離れた所でまた休みを取る。と、言うより地上へ出る道が見つからなくて、困り果てて立ち止まるしかなかっただけだ。
休んでいる間に、わたしはどうやってパーラから逃げ出したのか、男は誰を相手に喧嘩をしていたのかを尋ねた。すると彼は、“換わり身“を使ったと話してくれた。 「換わり身!?すごいすごい!!忍者みたいだね。どうやるの?わたしにもできる?」 「一夕一朝じゃあできないなぁ。やり方はもちろん、商売機密だから教えられないっと」 得意そうに胸を張って答えた。 わたしの考えていた忍者とは随分違うけど、そういう技術があるのは羨ましい。ときどき間が抜けてるのはイタイところだけど・・・。 「それより、どうしましょうか。ラヌシーさん、この道は本当に来られた事がないのですか?あなたがよく使われる地下道なのでしょう?」 「そうだけど、本当にここは来た事がないんだ。俺も全部を把握している訳じゃないし、テキトーに逃げていたから迷ったかもしれないなっと」 「「は――っ」」 これのどこがミアル1の情報屋なんだか・・・。
―――タタタタタ・・・・・・
「あっ、早くどこかにーー」 再び迫り来る足音に慌てて、私たちは身を潜める場所を求めた。しかし、
「――ああ!?」
しまった!見つかっ―――
「兄さん!?」
「ん?――おお!我が弟よ!っと」
私たちの前に現れたのは、あの太った男とは対照的な、背の高いほっそりとした男の人だった。
「兄さんも相変わらずだね。道はしっかり覚えておかなくちゃだめだよ?」 ラヌシーの弟さんは、兄と違って信頼できそうな、いかにも優等生という感じの人だ。 「いやっはっはっはっ。胸が痛む言葉だなぁっと」 弟さんは兄と同じように情報屋をしていて、今から雇い主に手に入れた情報を渡しに行く所だそうだ。その途中である人物に見つかってしまって、追っ手から逃げているみたい。 その彼に外まで案内してもらうことになった。迷惑かと思ったが、もう追っ手はま撒いたから大丈夫だって。 しばらくは用心してそろりそろりと進んでいたが、次第に散歩でもするように話しながら歩き出した。と言っても、ほとんど兄弟の自慢話で、わたしとナギに口を挟む余地は与えられなかった。
やがて、前方に一つの梯子が見えた。 「あそこから出られるから、気を付けて。俺はもう少し行ってからにするよ。――じゃあ兄さん、またね」 「おう。お前も気を付けてっと」 ラヌシーは外の様子を窺ってから、わたしとナギを出してくれ、弟さんは手を振って見送ってくれた。
外へ出ると、影がもう昼を大きく過ぎている事を教えてくれた。そういえば、お腹もすいてる。そこで、ラヌシーになにか食べないかと誘おうと――
「ワーッハッハッハッハッハーァ!!やーはり出てきたなラーヌシー!!」
「げっ」 ブサイク男だ。 どこからともなく現れたそいつは随分走ったのか、顔は真っ赤、汗はダラダラ、息は切れ切れ・・・。それでも表情は嬉しそうに輝いていた。 「やいラヌシー!!さっさその小娘を渡せ!っていうか、ぶっちゃけそいつらの首に掛かってるもんだけでもいい!!」 「え!?」 どういう事だろう。こいつが狙っていたのは、ワグナー・ケイってこと?どうして私たちが持っているってわかったんだろう?情報屋の名の通り、どこかから仕入れてきたのだろうか。 「なんなら、分け前増やしてやってもいいんだぜ?これでどうだ!」 「・・・断る!!っと」 ラヌシーが答えた瞬間、男の小さな目がこれでもかってぐらいに開かれた。 「お、お前!俺を裏切るのか!?あれだけ約束したじゃないか!その小娘をあのお方の所へ連れて行けば、一生遊んで暮らせる位の金が手に入るんだぜ!?なんで今更そんな事言うんだよ!!こンの裏切り者〜!!」 パーラは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。よっぽど裏切られたのが悔しかったんだろう。
・・・・・・ん?待てよ?裏切り・・・?
「ラヌシーさん、どういう事ですか?裏切りとはまさか・・・」 「そうだ。俺はこいつの仲間で、ある人から黒髪と銀髪の少女を捕らえるよう、頼まれていたんだっと。けど、今はもう違う。俺は君達の味方になる!!っと」 「なななななんだとぉー!?お前!ただでさえ生活に困ってんのに、そんなこと言っていいのか!?」 「俺には、こんな子供が一生懸命旅をしているのを邪魔する事はできない!!っと」 辺りがしんと静まり返った。 今や民衆の注目はラヌシー一人に集まり、彼は自身の言葉に酔いしれて涙ぐんでいる。 けれども、言っちゃあ悪いけど、私たちはもう充分彼に邪魔されてる。 「――と、いう訳で、」 調子のいい男は、元の調子に戻ると、背中でゴソゴソさせていた手を振り上げて、 「ほいさっさ!っと」 また例のボールをパーラに投げつけた。 「ワーッハッハッハッハッハァー!!前にも言ったが、もう何度も同じ手に引っかかるかよ!」 と、男は当然不意打ちをまぬがれて、もくもくと広がる煙から脱出する。けど―― 「二連打ほいさっさっと」 ラヌシーはそれを見越して、もう一球を既に投球していた。今度は、追っ手のどてっ腹を狙って。 「うおぅ!?」 そのボールは、パーラの体に当たった途端、シューッと糸を吐き出した。そして一瞬にして丸い体を包み込み、体の自由を奪う。 「なっなんじゃこりゃー!?とっ取れんぞっ!!このっ――ああ!?こんらァ!待たんかーい!!」 ネバネバ糸を引く網に掛かったパーラの叫びを背中に浴びながら、私たちはまた走り出した。
その後もパーラはしつこく追いまわしてきた。その度にラヌシーが足止めしてくれるんだけど、しばらくすると彼は必ずひょっこりと現れる。 私たち三人はお昼も食べれないまま、結局船の出る夕方まで町中追いかけっこを繰り広げた。
「ラヌシーさん、港はどこですか?私たち、そろそろ船へ戻らないと・・・」 「わかった。連れてってやるっと」 ガドガとの約束の時間が迫っていた。早くしないと、置いていかれちゃう。 「こっ今度・・・・・・こそっ!」 ラヌシーが頷いた途端、またパーラが裏路地から突進してきた。向こうもこちらも体力の限界に近い。少しずつ休んでいるとはいえ、その時間はそう長くない。 追っ手は力を振り絞るように走りながら、腰にあるクマさんポーチをまさぐる。また何か出す気らしい。 ところが、その“何か“を出した瞬間、
―――ババババババンッ!!
こけた。 ついでに、おそらく私たちに投げつけようとしたそれを、自分の目の前にばら撒(ま)いて。爆竹の大きい版の爆発は、周りにいた人達の悲鳴を誘い、パーラの服を焦がした。 大丈夫かなぁ?と思いながらも私たちは、このチャンスを逃す事はなかった。
やっとの事で港を目の前にできた三人と追っ手は、ぜーぜー息を切らしながら重い足を一歩、また一歩と懸命に動かした。と、 「譲ちゃんたちー!そろそろ出港すっぞー!!」 顔を上げると、バイルー号はもう準備万端で待っていてくれた。あとは綱を解いて飛び乗るだけだ。 キツイ桟橋を帽になった足で登ると、すぐに船は動き出した。 甲板に倒れ込んだわたしとナギは、何とか頭を上げてラヌシーに別れを――
「・・・あー」
――告げようとしたんだけど、丁度ドロップキックを喰らっているところで、それどころではなかった。
・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「セリナ」 「ん?」 「結局、何も聞けなかったわ」 「・・・・・・・・・あ〞」
有り余る体力で喧嘩する二人のシルエットは、どんどん小さくなっていった。
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