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ノストイ〜帰還物語〜第三部 作者:紫苑璃苑

第11回   ]-2


 一人で騒ぐ男からだいぶ離れた所でまた休みを取る。と、言うより地上へ出る道が見つからなくて、困り果てて立ち止まるしかなかっただけだ。

 休んでいる間に、わたしはどうやってパーラから逃げ出したのか、男は誰を相手に喧嘩をしていたのかを尋ねた。すると彼は、“換わり身“を使ったと話してくれた。
「換わり身!?すごいすごい!!忍者みたいだね。どうやるの?わたしにもできる?」
「一夕一朝じゃあできないなぁ。やり方はもちろん、商売機密だから教えられないっと」
得意そうに胸を張って答えた。
 わたしの考えていた忍者とは随分違うけど、そういう技術があるのは羨ましい。ときどき間が抜けてるのはイタイところだけど・・・。
 「それより、どうしましょうか。ラヌシーさん、この道は本当に来られた事がないのですか?あなたがよく使われる地下道なのでしょう?」
「そうだけど、本当にここは来た事がないんだ。俺も全部を把握している訳じゃないし、テキトーに逃げていたから迷ったかもしれないなっと」
「「は――っ」」
これのどこがミアル1の情報屋なんだか・・・。

―――タタタタタ・・・・・・

「あっ、早くどこかにーー」
再び迫り来る足音に慌てて、私たちは身を潜める場所を求めた。しかし、

「――ああ!?」

しまった!見つかっ―――





「兄さん!?」






「ん?――おお!我が弟よ!っと」

私たちの前に現れたのは、あの太った男とは対照的な、背の高いほっそりとした男の人だった。


「兄さんも相変わらずだね。道はしっかり覚えておかなくちゃだめだよ?」
ラヌシーの弟さんは、兄と違って信頼できそうな、いかにも優等生という感じの人だ。
「いやっはっはっはっ。胸が痛む言葉だなぁっと」
弟さんは兄と同じように情報屋をしていて、今から雇い主に手に入れた情報を渡しに行く所だそうだ。その途中である人物に見つかってしまって、追っ手から逃げているみたい。
 その彼に外まで案内してもらうことになった。迷惑かと思ったが、もう追っ手はま撒いたから大丈夫だって。
 しばらくは用心してそろりそろりと進んでいたが、次第に散歩でもするように話しながら歩き出した。と言っても、ほとんど兄弟の自慢話で、わたしとナギに口を挟む余地は与えられなかった。

 やがて、前方に一つの梯子が見えた。
「あそこから出られるから、気を付けて。俺はもう少し行ってからにするよ。――じゃあ兄さん、またね」
「おう。お前も気を付けてっと」
 ラヌシーは外の様子を窺ってから、わたしとナギを出してくれ、弟さんは手を振って見送ってくれた。

 外へ出ると、影がもう昼を大きく過ぎている事を教えてくれた。そういえば、お腹もすいてる。そこで、ラヌシーになにか食べないかと誘おうと――

「ワーッハッハッハッハッハーァ!!やーはり出てきたなラーヌシー!!」

「げっ」
 ブサイク男だ。
 どこからともなく現れたそいつは随分走ったのか、顔は真っ赤、汗はダラダラ、息は切れ切れ・・・。それでも表情は嬉しそうに輝いていた。
「やいラヌシー!!さっさその小娘を渡せ!っていうか、ぶっちゃけそいつらの首に掛かってるもんだけでもいい!!」
「え!?」
どういう事だろう。こいつが狙っていたのは、ワグナー・ケイってこと?どうして私たちが持っているってわかったんだろう?情報屋の名の通り、どこかから仕入れてきたのだろうか。
「なんなら、分け前増やしてやってもいいんだぜ?これでどうだ!」
「・・・断る!!っと」
ラヌシーが答えた瞬間、男の小さな目がこれでもかってぐらいに開かれた。
「お、お前!俺を裏切るのか!?あれだけ約束したじゃないか!その小娘をあのお方の所へ連れて行けば、一生遊んで暮らせる位の金が手に入るんだぜ!?なんで今更そんな事言うんだよ!!こンの裏切り者〜!!」
パーラは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。よっぽど裏切られたのが悔しかったんだろう。



 ・・・・・・ん?待てよ?裏切り・・・?




「ラヌシーさん、どういう事ですか?裏切りとはまさか・・・」
「そうだ。俺はこいつの仲間で、ある人から黒髪と銀髪の少女を捕らえるよう、頼まれていたんだっと。けど、今はもう違う。俺は君達の味方になる!!っと」
「なななななんだとぉー!?お前!ただでさえ生活に困ってんのに、そんなこと言っていいのか!?」
「俺には、こんな子供が一生懸命旅をしているのを邪魔する事はできない!!っと」
辺りがしんと静まり返った。
 今や民衆の注目はラヌシー一人に集まり、彼は自身の言葉に酔いしれて涙ぐんでいる。
 けれども、言っちゃあ悪いけど、私たちはもう充分彼に邪魔されてる。
「――と、いう訳で、」
調子のいい男は、元の調子に戻ると、背中でゴソゴソさせていた手を振り上げて、
「ほいさっさ!っと」
また例のボールをパーラに投げつけた。
「ワーッハッハッハッハッハァー!!前にも言ったが、もう何度も同じ手に引っかかるかよ!」
と、男は当然不意打ちをまぬがれて、もくもくと広がる煙から脱出する。けど――
「二連打ほいさっさっと」
ラヌシーはそれを見越して、もう一球を既に投球していた。今度は、追っ手のどてっ腹を狙って。
「うおぅ!?」
そのボールは、パーラの体に当たった途端、シューッと糸を吐き出した。そして一瞬にして丸い体を包み込み、体の自由を奪う。
「なっなんじゃこりゃー!?とっ取れんぞっ!!このっ――ああ!?こんらァ!待たんかーい!!」
ネバネバ糸を引く網に掛かったパーラの叫びを背中に浴びながら、私たちはまた走り出した。

 その後もパーラはしつこく追いまわしてきた。その度にラヌシーが足止めしてくれるんだけど、しばらくすると彼は必ずひょっこりと現れる。
 私たち三人はお昼も食べれないまま、結局船の出る夕方まで町中追いかけっこを繰り広げた。

「ラヌシーさん、港はどこですか?私たち、そろそろ船へ戻らないと・・・」
「わかった。連れてってやるっと」
ガドガとの約束の時間が迫っていた。早くしないと、置いていかれちゃう。
「こっ今度・・・・・・こそっ!」
ラヌシーが頷いた途端、またパーラが裏路地から突進してきた。向こうもこちらも体力の限界に近い。少しずつ休んでいるとはいえ、その時間はそう長くない。
 追っ手は力を振り絞るように走りながら、腰にあるクマさんポーチをまさぐる。また何か出す気らしい。
 ところが、その“何か“を出した瞬間、

―――ババババババンッ!!

こけた。
 ついでに、おそらく私たちに投げつけようとしたそれを、自分の目の前にばら撒(ま)いて。爆竹の大きい版の爆発は、周りにいた人達の悲鳴を誘い、パーラの服を焦がした。
 大丈夫かなぁ?と思いながらも私たちは、このチャンスを逃す事はなかった。

 やっとの事で港を目の前にできた三人と追っ手は、ぜーぜー息を切らしながら重い足を一歩、また一歩と懸命に動かした。と、
「譲ちゃんたちー!そろそろ出港すっぞー!!」
顔を上げると、バイルー号はもう準備万端で待っていてくれた。あとは綱を解いて飛び乗るだけだ。
 キツイ桟橋を帽になった足で登ると、すぐに船は動き出した。
 甲板に倒れ込んだわたしとナギは、何とか頭を上げてラヌシーに別れを――

「・・・あー」

――告げようとしたんだけど、丁度ドロップキックを喰らっているところで、それどころではなかった。

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「セリナ」
「ん?」
「結局、何も聞けなかったわ」
「・・・・・・・・・あ〞」

 有り余る体力で喧嘩する二人のシルエットは、どんどん小さくなっていった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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