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ノストイ〜帰還物語〜 作者:紫苑璃苑

第47回   W‐24

 「セリナ、起きて」

 ナギに起こされた。どうやら朝日がなくてもナギの体内時計は狂うことなく時を刻むみたい。

 イトレス・スビートは、ウェーアから十分離れた所で丸まっていた。まだ子供だからこうして丸まっていると、まるでふわふわの毛玉のよう。それが何かに反応してピクッと動いて、かわいらしい耳が立つ。あくび欠伸と伸びをしてから、すくっと立つ姿はとても凛々しかった。獰猛な獣だってウェーアは言うけど、こうして見ればただの体の大きなワンちゃんだ。

 イトレスはトテトテとわたしに歩み寄り、あいさつするように頬に顔を擦り付けた。おはようって、頭をなでると、今度はナギにも同じ事をしに行った。
 ウェーアに対しては、打って変わって鋭い眼光でがんを飛ばす。彼も負けじと睨み返した。まだ互いを認め合っていないものの、手を出すことは止めてくれたみたい。

 朝食をとり、私たちは依然と続く洞窟を進んだ。イトレスも少し距離をとって着いて来た。ウェーアといえば、逆に一人でズンズン先に行ってしまう。

 いがみ合う二人は放っておいて、わたしが暑いと弱音を吐きながら汗を拭いていると、

「そういえばラルク、お前はどのくらい生きているんだ?」
ウェーアが思い出したように斜め上を見ながら言った。なんせ、相手がここにいないのに声だけが聞こえるから、どこ見て喋ればいいのかちょっと迷う。
『む…悠遠の彼方なり』
「あら、ラルクさんもご自分の歳を御存知ないのですか?」
ラルクは唸って、エアプス年を数えた事、ないが故と言った。
「へえ、じゃあ不老不死ってやつ?ディスティニーと似てるね」
『死なぬとは限らん。されど、近いやも知れぬ』
「それは業(ごう)か?“力”の代償か?」
ウェーアは静かに、どこかいつもと違う声の調子で尋ねる。
『…判らぬ。我には、どちらとも…』
「辛い、よな」
『初めのうちは』
「そうか…。慣れも怖いものだな」
「……?」

 二人は言葉を交わし終えると、静かに押し黙った。
 誰も口を開く事はなく、ただ殷々と靴音を響かせた。
 
 一人で半永久的に生きるって、どんな感じなんだろう?普段、私達は人間と関わらないって事はないから、すごく寂しいんだろうな。

 いろんなことを考えながら、その日も陽の光を見ることが出来ずに夜を迎えた。


                       ○○○

 この洞窟に入ってから三日目の朝。やっと出口に近づいて来たらしく、そよ風が時々髪を揺らす。

 依然として険悪ムードだったウェーアも、もうすぐ外に出られるって事で、角が少し取れてきた。ここの所あんまり喋らなかった彼だけど、話に乗ってきたり突っ込んだりしてくるようになった。
 対するイトレスも、少しずつ彼との距離を縮めていた。夜寝る時とかも私たちから離れて丸くならずに、わたしとナギの間で眠るようになった。歩く時も同じような位置で。

 日が傾いた頃、私たちはやっと外の空気を吸うことができた。洞窟は切り立った崖の上に続いていて、眼下には夕日を浴びてオレンジ色に染まる海と、多くの人々が行き交う港町が広がっていた。
 道なりに崖を下りると、イトレスが服の裾を引っ張って、わたしを呼んだ。どうしたの?としゃがみ込むと、金色のつぶらな瞳が物言いたげに揺れる。そして、一声鳴いたかと思うといきなり、

『獣、別れを告げたり』

久し振りにラルクの声が頭の中に送られてきた。

「ら、ラルクさん!びっくりするではありませんか」
幸い、今はまだ木立の中だから、私たちの奇妙な会話を聞く人はいない。
「えっと…お別れって、もう行っちゃうの?」
イトレスに聞いた。言葉が解るはずないんだけど、ラルクが約してくれたみたい。イトレスは悲しそうに喉を鳴らして、屈んだわたしの顔に頬をすり寄せた。

『獣、そち等と共に行きたいと思いけり。されど、願い叶わず。元気でと』
「そうだな。このまま俺たちといれば他の人間に危惧(きぐ)を抱かせるだろうし、そいつにとっても人間にとっても危険だ。自然の中で生きていく方がいいだろう」
『ウェーアが事、真し』
「…そっか。じゃあ、元気でね…」
イトレスはもう一度顔をすり寄せ、一つ大きく吠えると、木々の中へ走り去って行った。

 これでよかったんだ。ウェーアの言う通り、イトレスは人間に恐れられている。寂しいけど、
わたしはイトレスの幸運を祈りながら振っていた手をゆっくりと降ろした。

 「ラルク」

不意にウェーアが火の精霊を呼んだ。
「もう行くが、今度会う時は俺たちで暇潰しなんかするなよ?」
『む』
「あと…あいつのこと、頼んだぞ」
『そちが言葉、しかと心に留めようぞ』
「くれぐれもね。じゃあねラルク」
『む』
「さようなら。お体にもお気を付けて下さいね」
『む。スイシュンにも伝えようぞ。では、さらば…』

 ふつりとラルクの声が途絶えた。
「さて、今夜の寝床を探すとするか」
「そだね」


 私たちは、ゆっくりとファスト山脈を離れていった。


 〜後書き〜
  はい。お疲れ様でした!
  ついに、やっと、『新たな出会い』完結です!!けれども、ノストイはまだまだ続きます。
  次なる目的地は『ソイル』!彼らは新たな冒険に旅立つのであった!………みたいな感じですかね。まあとにかく、次回もよろしく!!

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Novel Editor by BS CGI Rental
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