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ノストイ〜帰還物語〜 作者:紫苑璃苑

第45回   W‐22
                      □□□

  彼はラルクとしばらく話していたけど、私たちには「ふざけるな!」ぐらいしか聞こえなかった。ラルクの声も、電源を切られたみたいに全く聞こえてこなかった。

 「ウェーア!」

 彼はラルクの首から飛び降りると、崩れるように膝を付いた。わたしはびっくりして、大急ぎで駆け寄った。

「大丈夫?足、酷いよ?」
「すぐに治療したしませんと」
ナギも傍らに膝ま付き、ウェーアの顔を覗き込んだ。

「ラ、ラルク様!どうして俺だけ出られないんですか!?」
 わたしとナギがあわあわしていると、後ろの方でドンドン壁を叩く音がした。そういえば、何かと文句をつけてくる奴がいない。
『二人、ティーイア・ケイ持ちいたるが故、我が膜、破れたり。今し方解くが故…』
スイシュンも加わり、ウェーアのマントや荷物から薬とかを取り出しながら彼に指示を仰いだ。けどウェーアは、自分でできるからって、勝手に一人で治療を始める。

『…そちの足ならば、二人が持つケイより治るやもしれぬ』

グイッと頭を下げてきたラルクが、そんな呟きを頭に送ってきた。
「本当?」
わたしは期待を込めた眼差しで銀色の目を見上げる。ケイで治るんだったらそんな楽な事はない。
『むう。我、試みしことあらんばかりに、真(まこと)治るとは言えぬ』
「んー…。ま、何事もやってみなきゃね?」
ニッコリ笑って懐からワグナー・ケイを取り出した。
「お、おい!俺を実験台にするな。ラルクは治るかどうかわからないって言っているんだぞ?余計に悪化したらどうするんだ!?これぐらい平気だから、頼むから変な事はしないでくれ!」
ウェーアは危険を感じたのか、慌てた様子で早口にまくし立てる。そんな暴れまくる彼を、ナギとスイシュンとラルクの手と爪ががっしりと押さえつけた。

「ねえ、どっちがいいと思う?」

ティーイア・ケイとリーブズ・ケイを手に取り、首を傾げる。

「放せ!――ラルク、腹に爪が立っている!貴様俺の傷を増やす気か!?」

「そうね…私はセリナの判断に任せるわ」

「って、ナギ!セリナなんかに任せるな。何をするのかわかったもんじゃない!」

 ラルクに文句を言っていたウェーアは、ナギのそれを耳にすると今度は彼女に矛先を向けた。 わたしはそんな彼をちらりと見ると、二つの石をよく見えるようにかか掲げて、

「まあ、こんな時は両方だね」

と、満面の笑みでケイを火傷の負った足へ近づけた。

「悪くなったら一生祟ってやるからなセリナ!」

「治ったら一生感謝してね、ウェーア」
 わたしは彼を軽くいなし、どうすればいいかわからなかったから、とりあえずケイを足に当ててみた。

 すると、途端に傷口が淡く光り出す。
 ウェーアはうめきを洩らし、私たちはそれぞれの反応を示した。
 光は、ケイを離した今でも輝きをやめることはなかった。

『む。暫し待つが良い。さすれば、ヘーリ消え、傷、癒されると思いける』
ラルクがそう言うと、ナギが“ヘーリとは何ですか”と尋ねた。
「ヘーリって言うのは、今の言葉に直すと“光”だ。かなり昔に使われていたものだから、知っている奴はほとんどいないだろうな」
ラルクの代わりにウェーアが答えた。
「そうなのですか。ラルクさん、ラルクさんもやはりここから外へ出る事はできないのですか?」
またナギが質問する中、ウェーアはまだ光っている足を気味悪げに見ながら座り直し、上のシャツを脱ぎ始めた。

『む。ナギが言うこと真なり。よって、我、時を持て余すこと暫し。されど、巨大なる力、我に外界を――』
「うわっ。ウェーア背中も酷いじゃん。よくそんなんで平気って言ってられるよね。――あー。血が出てるー。気持ち悪い・…」
「嫌ならどっか向いていろ」
「あら。ウェーアさん、一人ではお辛いでしょう?お手伝いいたしましょうか?」
「ナギさん、こういう奴はほっといても死にませんから大丈夫ですよ。それより、見せたい物があるんです。来てもらえませんか?――いいですよね?ラルク様」
『む、むぅ…』

 言葉を濁すラルクを尻目に、ナギとスイシュンはどこかへ行ってしまった。わたしはウェーアのマントを被って二人を見送る。マントは丁度いい冷気を放っていて、ヒンヤリ気持ちいい。いや〜、極楽極楽。

 「そういえば、あいつはずっとお前に仕えているのか?両親は…」
 二人の姿が見えなくなってからしばらくして、ウェーアが唐突に口を開いた。
『スイシュン、孤児なり。故に我が育てた』
「そうか。…もしかしたら、ナギに母親の面影でも見たのかもしれないな」
 ラルクがどうやって人間の子供を育てたのかはさて置き、あいつも結構苦労してるのかも。そう思うと、あのひねくれた性格にも頷ける所がある。

 「俺は何度かエバパレイトに来たことがあるんだが…ラルク、町に入った途端いつもより暑い気がしたんだが、俺の気のせいか?」
『…否。確かに、外が温度上がりつつある』
「この辺りが暑いのはお前のせいでもあるんだろう?困っている人も結構いた。どうにかならないのか?」

 すごいな、たった一頭でこんなに広範囲の気温を上げちゃえられるんだ。

『むぅ…それが、何故か我の力、及ばず。我も頭を悩ませておるところ』
「制御がきかない?どういうことなんだ」
『我には、とんと……』
「そうか…」

 二人とも考え込んで黙った。確かに、精霊の手を離れて気候が一人歩きし始めたとしたら、大変なことになるかもしれない。
「…最後に一つ聞きたいことがある。――ここは相当な暑さだよな?それなのにも関わらず、なぜこれだけの高温で服が発火しなかったり、楽に、それこそ外にいる時と同じように呼吸ができたりするんだ?」
『む。それは、そち等青が炎通り、我の所に来たが為』
「ああ、あそこのか?どういう仕組みなんだ?」
『仕組みは我にもわからぬ。ただ、そち等があそこ、通るが時に、そち等の体にちと細工をした、と考えるが妥当か』
「…そうか」

『むぅ……。手を貸すか?ウェーア』
たぶんてこずっているんだろう。そんな彼を見かねてか、ラルクが声を掛けた。それに、
「どうやってだ?」
ウェーアは笑いを含んだ声で尋ねる。そしたらラルクは困ったように唸って、考え込んじゃった。わたしは小さく吹き出して、肩を揺らした。

『な、何故笑う』

ラルクが戸惑うから、わたしは余計に笑いがこみ上げてきて、しばらく発作が治まらなかった。


 「セリナ。あー…その…」
コトッと、ビンを置く音がして、やっと笑いが治まったわたしを呼ぶ声がした。

 まだナギたちは帰ってこない。

 何?って振り向くと、目が合って彼はなぜか慌てて視線をずらした。
『む。布、そちに巻いて欲しいと、か?』
ウェーアの代わりにラルクが言った。どことなく楽しそうな雰囲気で、ちょっと嫌味。

 それぐらい自分で言いなよ。

 そう思いながらも、マントを頭から被ったまま、彼の方へ行った。ウェーアの足は、いつの間にか光るのをやめていて、すごい事に焦げたはずのズボンまで元通りになっていた。

 「ねえ、他の傷にはケイを使っちゃいけないの?」
ふと思いついたわたしは、犬のように頭を前足に乗せて寝そべっているラルクに尋ねてみた。
『むう・・・おそらく効かぬと思いけるが。試みるか?』
「試すなよ」
ウェーアはそれを聞くとわたしから身を引いた。
 わたしは心の中で舌打ちをした。


 ウェーアの治療が終わって後片付けをしていると、やっとナギとスイシュンが帰ってきた。お帰りって言って、何してたの?って聞いたら、ナギは言葉を濁して後で、と言った。



 『ナギ、セリナ。我、そち等にケイを授けん。近こう寄れ』
 私たちが彼の前まで来ると、ポッと音を立てて小さな火が二つ、目の前に浮かび上がった。驚いて見ているとその炎はゆっくりと消え、中から深紅の丸い宝石が現れた。石の中ではそれ自体が生きてるのか、炎がちらついていた。
『我がワグナー・ケイ、ムレイフ・ケイなり』
ラルクが厳かに告げると、浮かんでいたケイは、すうっとわたしとナギの手の中に納まった。

 「そういえばラルクさん。なぜ精霊さん達は私とセリナの二人にケイをくださるのですか?セリナにだけで、充分なのでは?」
わたしがしげしげとムレイフ・ケイを眺めていると、俄かにナギが言った。
『む。故あるかな。我、二人が人間にケイ授けるべしと教わらん。何故なるかは我、知るすべ術なし』
「誰にそう教わった?」
ウェーアだ。
『…我、“巨大なる力”より聞き入らん』

まただ。また、巨大な力。いったい何なんだろう…

「ラルク様、その巨大な力ってなんですか?今日こそお教えください!」
「私からもお願い致します」
スイシュンに続いてナギが言うと、彼は赤い髪をうれしそうに躍らせながら彼女を見返した。けど、

『知る必要あらん』

そう短く発せられた言葉は、振り下ろされた氷の刃のごとく、容赦のない冷たさで私たちの脳を貫いた。
 場の空気がピンッと糸を張り、灼熱の暑さにもかかわらず背筋が凍るみたいだった。

 そんな中で一人――もとい、一頭は体を持ち上げると、
『我、港へ出る帰りが道、教えん。あそこより行くが良い』
彼の示した先には、横に広い洞窟があった。どうやらあの話はタブ−みたい。すっごく機嫌が悪そう。スイシュンに当たるようなことにならなきゃいいけど。

 「…じゃあ行くとするか。どちらにしろ、あまり長くいられるような所じゃないしな。――ああ、ラルク。傷、ちゃんと治療してもらえよ?」
 不安と戸惑いの中、ウェーアが荷物を持って立ち上がる。ついでに、わたしが被っていたマントも取られた。
『心配無用。我が再生力によればとるにたらん』
ラルクはいくらか穏やかな声で尻尾を振って見せた。結構深く切れてたはずなのに、どこが切られたのかわからない。そして、やっと元の調子に戻って、
『ウェーア、ぬしは不羈(ふき)の才、多く持つる。体(てい)に気を使え。皆も、な』
「それはどうも」
「そんじゃ、バイバイラルク。石、ありがとね」
「さようなら、ラルクさん、スイシュン」
『む』
「ナギさん、さっきの事絶対忘れないでくださいね!」



 そうして、私たちはラルクの住家を後にした。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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