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ノストイ〜帰還物語〜 作者:紫苑璃苑

第42回   W‐19

 「そこで何してるんだ?」

 角を曲がった先には岩の壁しかなかった。つまるところは行き止まり。けど、そこには一人の少年がアグラをかいてどっかり座り込んでいた。

「別に?座っとるだけや」

エバパレイトの訛りで少年はぶっきらぼうに答える。彼は、そばかすのある顔に茶色い目、真っ赤な髪をしていた。

「そうか」
ウェーアが無防備に岩壁へと近づき、ゴツゴツの岩肌に手を伸ばす。
「なあ〜!?ちょ、ちょちょい待てや!何入ろうとしてんねん、あかんやろ!」
少年は急に慌てて、背後にあった槍のような物を持って、ウェーアを引き止めようと立ち上がった。
「なんだ?ここに手をつけば中に入れるのか?」
かかったな、とばかりにニヤリと笑う。
「げっ!…と、とにかく入るな!」
槍を構えた赤髪は、ウェーアの鳩尾(みぞおち)辺りに焦点を定める。
「入っちゃいけないのか」
矛先を突きつけられているのに、彼は動じることなく続けた。
「駄目に決まっとるやろ!」
「なんでだめなの?」
少し近づいて、少し高い位置にある茶色い目を見上げた。

「だめだからや」

苛立っているのがよくわかった。
「ちゃんと答えてよ」
早口に言う彼の言葉がディスティニーと重なって、ちょっとムッとした。
「うるせー黒髪チビ!!」
「なんだとそばかす猿!!」
「まあまあセリナ、落ち着いて」
今まで黙っていたナギがこぶしを震わせているわたしをなだめて、
「なぜあなたは私たちを通してくださらないのですか?」
と、ムカツク赤髪に優しい笑顔を見せながら、丁寧に尋ねた。問われた方はなにやら口をパクパクさせてたけど、やっと声を出して、

「あ…な、なな中に、ら、ラルク様が居られるからです」
と、態度を一変させてそう言った。

 わたしとウェーアはそろって顔を見合わせた。

                       □□□

 私がこの男の人に話し掛けると、正直に答えて下さいました。これは使えそうだと思い、私は話を進めました。

「そうですか。ではここが火の精霊さんの住家なのですね?」
「そ、そうです」
「中に入れていただけませんか?」
「あ、あなた様なら喜んで!」
彼はそう言ってくださいました。けれども私だけでは意味がありません。
「ひとつあなたにお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「は、ははい!」
「私たちはどうしてもラルクさんにお会いしなければなりません。私たち三人を通していただけませんか?」
すると彼はしばらく黙り込み、
「…すみません。残念ながらそれはまだできません。ラルク様に許しを得るまでは、何人たりとも中へ入れるなと仰せつかまっておりますので…」
と、申し訳なさそうに言いました。



すると――


                      □□□



 『スイシュン、そこな人間、我の所へ案内せよ』

 ルシフの時と同じ、鼓膜を震わせる感じじゃない頭に直接送り込んできているような、重い重量感のある声がした。

「ラ、ラルク様!御意!!すぐに案内いたします」
慌てた様子で返事をしたスイシュンと呼ばれた少年は、わたしとウェーアの方を見ると、
「ホンマはなぁ、お前らなんか連れていきとうないんや。ラルク様の広い御心に感謝せいよ」
さも偉そうに告げる。
 わたしが怒りで何も言い返せれないでいると、スイシュンはさっさと壁に手を当てて、岩の扉を開いた。途端にブワッと熱気が洩れてくる。

「足下に気を付けて下さい。――そういえば、あ、あなた様のお名前は?」
「ナギ・セイムです。案内よろしくお願いします、スイシュンさん」
「は、はい!任せてください、ナギさん!…い、いい名前ですね…」

「「………………」」

ディスティニーじゃないけど――

「差別だよな、これは」
「やっぱ?同じ事考えてたみたいだね」
冷めた視線で前の二人を眺めながら、その後に続いた。


 しばらく細い道(両脇は奈落の底へと続く深い谷)をひたすら歩いた。周りは不思議な緑色の光で包まれていた。
 わたしは落ちそうで恐くて、ウェーアのマントをがっちり掴みながら進んでいた。
「…高所恐怖症か?」
ウェーアが肩越しに振り返った。
「そうでもないけど、こんだけ道幅狭くちゃ…。ウェーアは恐くないの?」
「綱渡りしているわけじゃないか――」

「?――わっ!?」

 突然言葉を切ったかと思ったら、いきなり彼が足を止めた。降ろしかけてた足を止められず、頭の隅で止まれって叫んだけど駄目で、わたしはウェーアの背中にぶつかってグラリと体が傾い――

「――っと。大丈夫か?」

落ちる前に彼に支えられて、なんとか難をまぬがれた。
「あ、ありがと。もう心臓が止まるかと――って、ウェーアがいきなり止まるから落ちそうになったんじゃない!」
「ああ、すまない。少し、な…」
謝る彼の目は、どこか遠くを見つめていた。
「セリナ?ウェーアさん?置いていかれてしまいますよ?」
ナギの声がかかったので、私たちは先を急いだ。



 「ラルク様、お連れいたしました」

スイシュンが言うと、目の前の壁が突如として青白い炎に変わった。溜め息の出るほど綺麗な眺め。けど、炎が消える気配は一向になく、逆に勢いを増していった。

「安心してくださいナギさん。この炎は熱くありませんし、何かに燃え移る事もありません。さ、行きましょう」
「はい」
スイシュンはさり気なくナギの手を引いて、行ってしまった。

「本当に大丈夫なのかな」
「ま、二人の叫び声も聞こえないからな。――ああ、平気だ。なんともない」
ウェーアは炎に手を突っ込んで確かめると、すぐに歩を進める。
「行くぞ?」

一人残されるのはごめんだ。

「う、うん――にゃ!?」
頷いた途端、頭をぐしゃぐしゃなでられた。
「心配するな」

 炎の海へと足を踏み入れた。頬をちらちらくすぐる火は、言われた通り何にも熱くはなかった。むしろ火照った体を冷やしてくれる。

 「うわ熱っ!」

 冷気の炎を抜けると、いきなりものすごい熱気に襲われた。まるで焼けた鉄板の上に立たされているみたい。
「これだけすごいと笑えてくるな」
 腕で顔を守らないと焦がされそう。喋ると灼熱の空気が肺を焼く。

「どーや!すんげーやろ!一歩落ちたら命あらへんぞ――あ、ナギさんは何があってもそうはさせませんから、安心してください」
下から来る赤い光に肌を赤黒く照らされながら、スイシュンは自分の事でもないのに威張ってた。


『よくぞここまで辿り着けた。人間、我、近こう寄るが許さん。されど、道より落つるなれば、さもあらばあれ』


またラルクの声がして、
「何て言ったの?今」
わたしは聞きなれない言葉に首を傾げる。
「最後のか?道に落ちてしまったんなら、それはそれで仕方がないなってことだ。――言ってくれる」
ウェーアはそう説明して、鼻を鳴らした。
「セリナ?」
ナギが再び私たちに急ぐよう呼びかけると、
「いいじゃないですかナギさん。あんな奴らなんかほっときましょう?」
赤髪そばかすはこっちにも聞こえるように言うと、私たちに向かってベーってしたを突き出した。

「あのガキ…」
ウェーアが頬をピクつかせながら呟く。
 ペットは飼い主に似るっていうのは本当だったみたい。


 道、と言っても下から伸びている飛び石みたいな物の上を歩いて、わたしはなるべく下を見ないようにナギの後に続いた。はるか下では沸き立つ溶岩が私たちを飲み込もうと、真っ赤な炎を吐き出している。これなら確かに、落ちたらいっかんの終わり。



 そして、行き着く先には―――

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Novel Editor by BS CGI Rental
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