「そこで何してるんだ?」
角を曲がった先には岩の壁しかなかった。つまるところは行き止まり。けど、そこには一人の少年がアグラをかいてどっかり座り込んでいた。
「別に?座っとるだけや」
エバパレイトの訛りで少年はぶっきらぼうに答える。彼は、そばかすのある顔に茶色い目、真っ赤な髪をしていた。
「そうか」 ウェーアが無防備に岩壁へと近づき、ゴツゴツの岩肌に手を伸ばす。 「なあ〜!?ちょ、ちょちょい待てや!何入ろうとしてんねん、あかんやろ!」 少年は急に慌てて、背後にあった槍のような物を持って、ウェーアを引き止めようと立ち上がった。 「なんだ?ここに手をつけば中に入れるのか?」 かかったな、とばかりにニヤリと笑う。 「げっ!…と、とにかく入るな!」 槍を構えた赤髪は、ウェーアの鳩尾(みぞおち)辺りに焦点を定める。 「入っちゃいけないのか」 矛先を突きつけられているのに、彼は動じることなく続けた。 「駄目に決まっとるやろ!」 「なんでだめなの?」 少し近づいて、少し高い位置にある茶色い目を見上げた。
「だめだからや」
苛立っているのがよくわかった。 「ちゃんと答えてよ」 早口に言う彼の言葉がディスティニーと重なって、ちょっとムッとした。 「うるせー黒髪チビ!!」 「なんだとそばかす猿!!」 「まあまあセリナ、落ち着いて」 今まで黙っていたナギがこぶしを震わせているわたしをなだめて、 「なぜあなたは私たちを通してくださらないのですか?」 と、ムカツク赤髪に優しい笑顔を見せながら、丁寧に尋ねた。問われた方はなにやら口をパクパクさせてたけど、やっと声を出して、
「あ…な、なな中に、ら、ラルク様が居られるからです」 と、態度を一変させてそう言った。
わたしとウェーアはそろって顔を見合わせた。
□□□
私がこの男の人に話し掛けると、正直に答えて下さいました。これは使えそうだと思い、私は話を進めました。
「そうですか。ではここが火の精霊さんの住家なのですね?」 「そ、そうです」 「中に入れていただけませんか?」 「あ、あなた様なら喜んで!」 彼はそう言ってくださいました。けれども私だけでは意味がありません。 「ひとつあなたにお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」 「は、ははい!」 「私たちはどうしてもラルクさんにお会いしなければなりません。私たち三人を通していただけませんか?」 すると彼はしばらく黙り込み、 「…すみません。残念ながらそれはまだできません。ラルク様に許しを得るまでは、何人たりとも中へ入れるなと仰せつかまっておりますので…」 と、申し訳なさそうに言いました。
すると――
□□□
『スイシュン、そこな人間、我の所へ案内せよ』
ルシフの時と同じ、鼓膜を震わせる感じじゃない頭に直接送り込んできているような、重い重量感のある声がした。
「ラ、ラルク様!御意!!すぐに案内いたします」 慌てた様子で返事をしたスイシュンと呼ばれた少年は、わたしとウェーアの方を見ると、 「ホンマはなぁ、お前らなんか連れていきとうないんや。ラルク様の広い御心に感謝せいよ」 さも偉そうに告げる。 わたしが怒りで何も言い返せれないでいると、スイシュンはさっさと壁に手を当てて、岩の扉を開いた。途端にブワッと熱気が洩れてくる。
「足下に気を付けて下さい。――そういえば、あ、あなた様のお名前は?」 「ナギ・セイムです。案内よろしくお願いします、スイシュンさん」 「は、はい!任せてください、ナギさん!…い、いい名前ですね…」
「「………………」」
ディスティニーじゃないけど――
「差別だよな、これは」 「やっぱ?同じ事考えてたみたいだね」 冷めた視線で前の二人を眺めながら、その後に続いた。
しばらく細い道(両脇は奈落の底へと続く深い谷)をひたすら歩いた。周りは不思議な緑色の光で包まれていた。 わたしは落ちそうで恐くて、ウェーアのマントをがっちり掴みながら進んでいた。 「…高所恐怖症か?」 ウェーアが肩越しに振り返った。 「そうでもないけど、こんだけ道幅狭くちゃ…。ウェーアは恐くないの?」 「綱渡りしているわけじゃないか――」
「?――わっ!?」
突然言葉を切ったかと思ったら、いきなり彼が足を止めた。降ろしかけてた足を止められず、頭の隅で止まれって叫んだけど駄目で、わたしはウェーアの背中にぶつかってグラリと体が傾い――
「――っと。大丈夫か?」
落ちる前に彼に支えられて、なんとか難をまぬがれた。 「あ、ありがと。もう心臓が止まるかと――って、ウェーアがいきなり止まるから落ちそうになったんじゃない!」 「ああ、すまない。少し、な…」 謝る彼の目は、どこか遠くを見つめていた。 「セリナ?ウェーアさん?置いていかれてしまいますよ?」 ナギの声がかかったので、私たちは先を急いだ。
「ラルク様、お連れいたしました」
スイシュンが言うと、目の前の壁が突如として青白い炎に変わった。溜め息の出るほど綺麗な眺め。けど、炎が消える気配は一向になく、逆に勢いを増していった。
「安心してくださいナギさん。この炎は熱くありませんし、何かに燃え移る事もありません。さ、行きましょう」 「はい」 スイシュンはさり気なくナギの手を引いて、行ってしまった。
「本当に大丈夫なのかな」 「ま、二人の叫び声も聞こえないからな。――ああ、平気だ。なんともない」 ウェーアは炎に手を突っ込んで確かめると、すぐに歩を進める。 「行くぞ?」
一人残されるのはごめんだ。
「う、うん――にゃ!?」 頷いた途端、頭をぐしゃぐしゃなでられた。 「心配するな」
炎の海へと足を踏み入れた。頬をちらちらくすぐる火は、言われた通り何にも熱くはなかった。むしろ火照った体を冷やしてくれる。
「うわ熱っ!」
冷気の炎を抜けると、いきなりものすごい熱気に襲われた。まるで焼けた鉄板の上に立たされているみたい。 「これだけすごいと笑えてくるな」 腕で顔を守らないと焦がされそう。喋ると灼熱の空気が肺を焼く。
「どーや!すんげーやろ!一歩落ちたら命あらへんぞ――あ、ナギさんは何があってもそうはさせませんから、安心してください」 下から来る赤い光に肌を赤黒く照らされながら、スイシュンは自分の事でもないのに威張ってた。
『よくぞここまで辿り着けた。人間、我、近こう寄るが許さん。されど、道より落つるなれば、さもあらばあれ』
またラルクの声がして、 「何て言ったの?今」 わたしは聞きなれない言葉に首を傾げる。 「最後のか?道に落ちてしまったんなら、それはそれで仕方がないなってことだ。――言ってくれる」 ウェーアはそう説明して、鼻を鳴らした。 「セリナ?」 ナギが再び私たちに急ぐよう呼びかけると、 「いいじゃないですかナギさん。あんな奴らなんかほっときましょう?」 赤髪そばかすはこっちにも聞こえるように言うと、私たちに向かってベーってしたを突き出した。
「あのガキ…」 ウェーアが頬をピクつかせながら呟く。 ペットは飼い主に似るっていうのは本当だったみたい。
道、と言っても下から伸びている飛び石みたいな物の上を歩いて、わたしはなるべく下を見ないようにナギの後に続いた。はるか下では沸き立つ溶岩が私たちを飲み込もうと、真っ赤な炎を吐き出している。これなら確かに、落ちたらいっかんの終わり。
そして、行き着く先には―――
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